第13話 闇夜に二人で
「これでは物足りないわ。もっと激しくして欲しいの」
「激しくか」
オリーヴ義姉さんの言葉を聞きながら、俺は額の汗を拭う。結構頑張ったつもりだったが。まあ現状を見る限り、物足りないと指摘されても仕方がないか。
「激しくしたら壊れないか」
「躊躇っちゃ駄目よ。こういう時は、勢いが大事よ」
「分かった。頑張る」
俺は自身を鼓舞させ立ち上がる。
「いくぞ!」
こういうのは上半身に頼りがちだが、腰の動かし方が重要だった気がする。
「あっ、あっ、良い感じよ」
オリーヴ義姉さんの歓声に俺はニヤリと笑う。
「もう一丁だ!」
ガチガチガチ
俺は火打石を火打金に打ち下す。
「点いたわ」
オリーヴ義姉さんの歓喜の声。
石と金属が打ち合った衝撃で出来た火花が火口となる消し炭に引火したようだ。
オリーヴ義姉さんは一生懸命に消し炭に息を吹きかけ、火力を強めている。
その間に俺は油が染みた布を火に当てる。
瞬時にして俺達の目の前に焚火が誕生する。
俺はそこに木片をくべる。馬車の残骸だった物だ。雨で濡れた小枝よりも火の付きが良い。思わぬ形で役に立った。
「これで一安心ね」
オリーヴ義姉さんが安堵の表情を浮かべる。
日暮れ直後で周囲は薄暗くなっている。真っ暗になる前に点火して良かった。
幸いにも盗賊の一人が火口箱と油が入った瓶を持っていた。
俺達はそれを取り上げ、休めそうな場所に燃やせそうな残骸を集め、そこで焚火をする事にしたのだ。
ところで、貴族の生まれである俺もオリーヴ義姉さんも火起こしの経験は一切ない。俺が前世で聞きかじった知識だけが頼りであった。その中でよく短時間の内に火を点けられたものだと己の事ながら感心する。
盗賊と一悶着をしている内に時間は過ぎていき、気が付いた時には日暮れ間近となっていた。
色々と聞きたい事もあったし、早く皆と合流したいという気持ちもある。しかし、地理に明るくない山の中、いくら馬車の轍が残っていても、暗闇の中を歩くのは自殺行為。実質遭難と同じ状態だ。
そこで オリーヴ義姉さんと相談した結果、夜明けまでここで待つことに決め、野営の準備を最優先に行う事になった。
パチパチ
火がはぜる音が聞こえる。
日が暮れて時間が少し経過した。
辺りは真っ暗。空は雲が支配していて月も星も姿を現さない。
俺達の元にある明かりは、目の前で燃えている焚火のみ。
俺とオリーヴ義姉さんは隣り合いながら座っている、
しかし、会話は無く、お互い黙って火を見ている。
聞こえるは、火のはぜる音、風が吹く音、盗賊の呻き声。
盗賊達はここから離れた場所に縛ったまま放置している。
人道的に考えれば縄を解いた方が良いのだが、槍の名手がいるといえ、こちらは少女一人と未成年の男が一人。
襲われる危険を考えると縛ったままにしておくしかなかったのだ。
「「あの」」
俺とオリーヴ義姉さんが同時に声をあげるが、互いに沈黙する。
ギクシャクとした雰囲気。
さっきまでは火を点けるという共通の目的があったから普通に会話できた。
しかし、今は目的を達してしまい、やる事が無くなった状態で焚火の前で若い男女が二人っきりである。
お互い何を話して良いのか困ってしまうのだ。
グゥ~~
腹の虫の主は俺ではない。
そう言えば、昼飯以降何も食べていなかったな。
「食うか」
俺はポケットに手を突っ込み、布で包まれた物体を差し出す。
干し葡萄だ。
保存が利くし持ち運びも楽なので、旅の時はおやつ用として常に携帯している。
恥ずかしそうに顔を赤くした少女は、申し訳なさそうに干し葡萄を一粒手に取り口に入れる。
「美味しい」
それは良かった、俺はさらに干し葡萄を勧める。
「一個じゃ足りないだろ」
少女は黙って干し葡萄を二粒取る。
もっと取れば良いのに。
俺も一粒口に入れる。ジャリジャリとした食感がする。少し古くなったか。これはこれで美味しいのだが。
しばらくの間、俺達は干し葡萄を食べていた。腹が膨れるような食べ物ではないが、空腹には有り難い程の甘さがあった。
「ごめんなさい」
お互い干し葡萄を食べ終えた頃、オリーヴ義姉さんが謝る。
もちろん、オリーヴ義姉さんがアニーというメイドの少女を名乗っていた件についてだ。
彼女を見ると怯えた表情をしている。
「気にしなくて良い」
俺の言葉に、驚きの表情を浮かべる。
「怒らないの?」
ずっと騙されていたのだから、人によっては怒るだろう。だが、俺は怒る気にはなれなかった。
「怒る気は無いけど、気になる事はたくさんある」
オリーヴ義姉さんがアニーを騙るには、彼女一人では無理だ。
マイエット子爵、その家臣や召使達の協力が必要だ。
要は子爵家が総力を挙げて、ウォーカー男爵家を騙していたのだ。
単なる悪戯ではない、何かしらの事情があると考えるべきだろう。
だから俺は、質問に答えて欲しいとオリーヴ義姉さんに頼む。
「分かったわ」
迷うことなく、オリーヴ義姉さんは即答する。
このような展開になった時の事を予め考えていたのかもしれないな。
「まず、甲冑を着ていた人物は誰なんだ」
実は、甲冑を着ていた人物がオリーヴ義姉さんではない事は気が付いていた。
きっかけは、馬車が暴走して、俺が超人の力を発動した時だ。
甲冑の人物が「オリーヴ」と何度も呟いていたのだ。
あの場面で自分の名前を呟くのも変だ。だから俺は甲冑の人物はオリーヴ義姉さんではなくて別の人物ではないかと思った。
ただ、使用人であれば「オリーヴ」と呼び捨てにせず「オリーヴ様」とか「お嬢様」とか敬称を付けると思う。
なので、甲冑の人物もそれなりの身分の人物だと思うのだ。
「甲冑を着ていた人は、私のお母様よ。子爵第三夫人カミラと言えば分って貰えるかしら」
そういえば、マイエット子爵とカミラ第三夫人の間に産まれた娘がオリーヴ義姉さんだったな。
「カミラ夫人は道中ずっと甲冑を着ていたのか」
甲冑は重たい。金属加工の技術レベルによって差は出るが、地球の中世ヨーロッパでは30kgから40kgはあったといわれている。また通気性が無いので甲冑内に熱がこもって熱中症になり易かったそうだ。
女性がそんな物を一日中着込んで揺れる馬車に乗るのは過酷だろう。
「お母様の実家は勇名な武人を多く輩出してきた武門なの。幼い頃から厳しい訓練を課せられてきたから、この程度はどうってことないと笑っていたわ」
カミラ夫人は相当の強者みたいだ。
そんな母親だからオリーヴ義姉さんの槍の名手になったのかもしれないな。
続いて、俺は今回の疑問の核心を聞く事にする。
「どうして、名前を偽ったり、甲冑を着こんだり、手の込んだ事をやったんだ」
はっきり言って、俺にはマイエット子爵家の意図が見えない。
「お父様、マイエット子爵は私の為だと仰っていたわ」
「オリーヴ義姉さんの為?」
「ええそうよ。お父様は私をウォーカー男爵家へ嫁がせるのを渋られていたわ」
「格下の相手に嫁がせるのが嫌だったのか」
父さんや俺が懸念していた事を口にするが、意外にも彼女は首を横に振って否定する。
「それは無いと言えないけど、些細な理由だと思うわ」
彼女の説明を要約するとこうだ。
ウォーカー男爵家は、今まで付き合いが無い上、遠く離れた土地の貴族の家。
見知らぬ相手に嫁ぐのが貴族の宿命とはいえ、可愛い娘が粗末に扱われたり虐められたりしないか心配していたという。
心配した子爵は、ウォーカー男爵家の人となりを見極めてから娘を嫁がせたかったが、子爵家が調査するには時間が足りない。
そこで、オリーヴ義姉さん自身に判断させることにした。
良ければそのまま結婚、駄目なら破棄しても構わない。その様にマイエット子爵から言われたそうだ。
「豪快だな」
決まった縁談を破棄するなんて、余程の事が無ければ出来ないぞ。
相手が不祥事を起こしたり大病を患ったりしたのなら出来るかもしれないが、娘が嫌だと言ったから破棄するなんて言ったら大問題だ。お家の没落に繋がりかねないぞ。
「そうね。誤解を受けやすいけど、娘想いの素敵なお父様だわ」
オリーヴ義姉さんが苦笑いするが、娘想いというのは本当の様だ。
無表情で冷徹な印象が強い子爵だが、子煩悩なお父さん像が浮かび上がる。
さて、話を戻す。
娘に結婚の成否を委ねたが、限られた時間の中、少しでも情報が欲しい。
だが、子爵令嬢だと動きが制限されてしまう。
それならば、子爵が思いついたのが、オリーヴ義姉さんを使用人に変装させる事だ。
使用人であれば、主人の世話をする都合で動き回る事が出来るし、男爵家の使用人達と話も出来る。
使用人との会話は、貴族の耳には入らない話も色々と聞く事が出来るし、何よりも使用人達と直に触れ合う事でその家の雰囲気がよく分かるのだそうだ。
一見すれば皆、上辺では礼儀正しい使用人。その裏では、乱暴な主人の使用人達は暴力を振るうし、温厚な主人の元の使用人達は穏やかに振舞うそうである。
使用人は貴族の鏡。
こうして、ウォーカー男爵家の本性を見極める為、メイドのアニーは誕生した。
俺は、この話を聞いて前世で見たある時代劇を思い出す。
隠居と名乗る男性が日本諸国を漫遊し20時45分頃に印籠を出す、あの時代劇だ。
例えが古いな。思い返せば、前世で死ぬ直前に職場の新人と話をしたらこの時代劇の存在を知らなかった。その話を聞いた後輩からは「発想がおっさん」とからかわれた。皆、今はどうしているのか、元気かなぁ。
「試すようなことをされて、気分を悪くしたかしら」
前世の回想をしていたら、オリーヴ義姉さんが心配そうな表情をしていた。
黙ってしまったので俺が気を害したと誤解したようだ。
彼女の目は潤んでいる。本人は自覚していないみたいだが、色っぽい。
「いや、気にしないでくれ」
俺はパタパタと手を振る。
ここで兄嫁と一線を越えるような関係になると色々まずい。話を続けよう。
「それでメイドのアニーから見たウォーカー男爵家の評価はどうなんだ」
悪人面に加えて品の無い笑い声等、行儀面で課題の多いピーター父さん。
その父親に負けず劣らず悪人面の俺。
有能だが空回りしたり大失敗をやらかしたりするメイドのエセル。
ポール兄さんは性格温厚で優秀で美男子だが、この旅には同行していない。
言ってから気が付いた、今の質問は失言だったかもしれない。
厳しい評価になるかもしれないぞ。
内心ハラハラしながらオリーヴ義姉さんの返事を待つ。
「男爵様もリック君も、皆とても温かくて、素敵な方達ばかりの家だわ」
笑顔で答えるオリーヴ義姉さん。
それは社交辞令ではなくて本心から言っている様子だ。
「そうか」
俺は安堵する。
美男子のポール兄さん以外は外見に難あり一家だが、人間性を評価して貰えたようだ。
オリーヴ義姉さんは立ち上がる。
「ウォーカー男爵家の一人になる事ができて、私は幸せです。これから宜しくお願いします」
そう言うと綺麗なお辞儀をする。
「俺こそ不肖な義弟だがよろしく頼む」
俺も立ち上がる。
そして、闇夜の中、俺とオリーヴ義姉さんは、お互い固い握手を交わしたのであった。




