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第112話 旅立ちと決意

「こちらが鍵一式です」

 俺はロイレア王国の役人に鍵の束を渡す。

 ウォーカー男爵家王都別邸の鍵だ。

 これで、この場所の所有者は名実共に王国になる。

 過ごした時間は短いが、寂しい気持ちになる。

 もしピーター父さんが生きていたら、悲しんだ事だろう。

 (もっと)も、父さんが生きていたらこのような失態は起きなかっただろうが。

「リック様、オリーヴ様、お世話になりました」

 王都別邸で働いていた使用人達が別れの挨拶をする。

 彼らは今この時を()って、ウォーカー男爵家を辞める。

 皆優秀なので出来る事なら男爵領で働いて欲しかったが、住み慣れた王都から離れたくないそうだ。

 優秀(ゆえ)、再就職先もそれぞれ見つけている。

 また、口に出して言う者は誰一人いなかったが、ポール兄さんの愚行に愛想が尽きたのも辞める理由だったと思う。

「あの時は、助けて頂いてありがとうございました」

 メイドのアリサも挨拶に来る。

「お母様の事を頼むわね」

 オリーヴ義姉さんの言葉にアリサは笑顔で頷く。

 アリサはマイエット子爵家で働く事が決まっている。

 あの事件で行動を共にしたカミラ夫人が直々にスカウトしたそうだ。

 カミラ夫人は良い人だが、何かと規格外な人でもあるので、傍で仕えるのは大変かもしれない。だけど、アリサなら大丈夫だろう。

「皆、今までありがとう。元気でな」

 俺は元使用人達にそう言い別れを告げてから王都別邸を後にした。



「何とか夕暮れの鐘には間に合いましたな」

 馬車の御者を務めているマーカスが言う。

 遠くから鐘の音が聞こえる。

 今頃、兵士が城門を閉じているだろう。

 今から夜明けの鐘が鳴る翌朝まで城門は開かない。

 つまり王都の内と外との往来が不可能になる。

 王都内の道が混んでいて時間は掛かったが、予定通り王都を出る事が出来た。

 馬車はそのまま街道を進む。

 やがて陽は沈み、辺りは暗くなる。

 周囲に人影はない。

「この辺りで良いですかな」

 マーカスは馬車を停める。

 野営をする(ため)だ。

 王都から歩いて一時間ちょっとの場所なので、無理せず王都で一泊してから出発した方が無難なのかもしれない。

 しかし、どうしても俺達にはその日の内に王都を出る必要があった。

「リック様、こちらでございます」

 夕食を済ませるとエセルが背負子(しょいこ)君2号を用意してくれる。

「ありがとう」

 俺はそれを背負うと『超人』の力を発動させる。 

 体中に力が(みなぎ)る。

「お気をつけてください」

 エセル達に見送られ、俺は王都へ向かって駆け出す。

 目標はヘストン子爵の家だ。

 これからディアナを(さら)いに行く。

 わざわざ俺達が王都を出たのはこの為だ。

 貴族の令嬢が行方不明になれば、王都は大騒ぎになる。

 徹底して捜索するだろう。

 ただ、王都の外へ出られない時間だ。

 探す方は王都内を重点に置くはずだし、万が一外へ出ないように城門での検問も厳しくするだろう。

 そうやって騒いでいる間に、王都の外にいる俺達は悠々とウォーカー男爵領を目指す。

 そんな作戦だ。

 とんでもない名探偵がいない限り、俺達に疑いの目が向けられることは無いだろう。


 駆け出してから数分程で王都の城壁の前に着く。

 ビル5階分はありそうな高さ。

 普通の人であれば登る事は出来ない。

 しかし、俺は城壁へ向けて走り出し、衝突する直前で跳び上がる。

 ぴょ~ん

 そんな擬音が聞こえそうだ。

 俺は城壁を跳び越える。

 よしよし。見張りの兵士には見つからなかったようだ。

 まぁ、跳び越えられるなんて夢にも思っていないだろう。

 無事に王都に入れた。

 夜とはいえ、ここは王国最大の都市。

 通りには(あか)りが煌々(こうこう)()かれ、人通りも多い。

 人に見られたら台無しなので、人通りが無い暗い裏路地を進む。

 途中道に迷ったが、何とかヘストン子爵の家の前に着く。

 ディアナの部屋は二階だ。

 彼女の部屋の窓は空いている。

 手紙に書いた指示通りだな。

 俺は跳躍して窓から部屋に飛び込む。

 進入成功!

 相変わらず『超人』に力は凄い。

 使う毎に寿命を一日消費するのが難点だが。

 切札を乱用してはいけないという神様の(いまし)めなのだろうか。

「リックさん?」

 部屋の主ディアナが声を掛ける。

 装いはすっかり旅装束(たびしょうぞく)になっている。

「まさかとは思ったけどびっくりした」

 言うほど驚いていない口調である。

「約束通り迎えに来たぞ。準備は良いか」

「もちろん!」   

 ディアナは笑顔でサムズアップする。

「どうしたの?また顔を赤くして。病気なの?」

「いや、違う」

 貴方の笑顔に照れました……なんて恥ずかしくて言えない。

 オリーヴ義姉さんもエセルもシェリーもノーマも高水準の美女だが、ディアナも彼女達に負けず劣らず美しい。

 特にディアナは不意打ちのように見せる笑顔が太陽みたいに明るくてかわいいのだ。 

 この不意打ちに慣れるのには時間が掛かりそうだ。

「ところで、荷物はこれだけで良いのか」

 気持ちを落ち着かせたところで、俺は質問する。

 大きなカバン1個とスケッチブックが3冊。

 想像していたより荷物が少ない。

「まだ余裕が有るぞ」

 俺は背負子(しょいこ)君2号を見せる。

 こう見えて積載能力は高いのだ。

「あの絵は良いのか」

 描きかけの(けやき)の木の絵は、部屋の隅に置かれたままだ。

 絵だけではない。彼女の部屋には多くの物が残されている。

 しかし、ディアナは首を横に振る。

「いいの。これだけあれば十分だから」

 ディアナの顔には迷いの色がない。決意の様子が伺える。

 それならば、俺は何も言うまい。

 俺は彼女の荷物を背負子(しょいこ)に載せ、落下しないように縄で縛る。

「それでは行くか」

「はい!」

 俺はディアナを()(かか)える。

 そして、窓から飛び出る。

「えっ!?ここ2階……」

 ディアナは顔を青くする。

 最初は皆ほぼ同じような反応をする。

 いずれ慣れるだろう。

 こうして俺はディアナを(さら)った。


 ディアナ・ヘストン。 

 ヘストン子爵家を捨てた金色の髪の少女。

 それはヘストン子爵家の庇護(ひご)を失った事を意味する。

 この先、彼女を守るのは誰か?

 それは俺である。


 何があっても守る!


 王都の夜景を見て目を白黒させている少女の小さな体を抱きながら、俺は決意するのであった。



読んで頂いてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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