第110話 エリオットの頼み
前回のあらすじ
ウォーカー男爵家王都別邸の撤収作業を行っているリックの元に一人の男が訪れる。
その男は、兄ポール達と共に大広間に立てこもったエリオットだった。
「謹慎しなくて良いのか」
俺はエリオットに聞いてみる。
他の若者達と同様、あの事件に加わった罰として自宅謹慎の処分を受けているはずだ。
「だから人目のつかない夜に来た」
ばつが悪そうなエリオット。
つまり、やってはいけない事をしているのか。
発覚したら大変な目に遭うと思うのだが。
そこまでして俺に会いに来た理由とは何だろう。
「あんたに頼みたい事がある」
それは只ならぬ頼み事であるはずだ。
そうでなければ、リスクを冒してまで来ないだろうから。
「それで頼み事とは何だ?」
エリオットは少し躊躇うが意を決する。
「ディアナを攫って欲しい」
「はあっ!?」
驚きの声をあげる俺。
オリーヴ義姉さんも驚いている。
ディアナはあの事件に参加した若者の一人だ。
外国に嫁ぐ予定だと聞いていた。
「どうして俺が彼女を攫わないといけない」
何故、俺に頼むのか分からない。
根本的な部分から聞く必要がある。
「簡単な話だ。ディアナの幸せの為だ」
エリオットは堂々と言うが、何が簡単な話だ。
話が打っ飛び過ぎて難解な話になっているぞ。
俺とオリーヴ義姉さんだけでは埒が明かない。
エセル、シェリー、ノーマ、マーカスを呼び、六人掛かりで話を聞く。
その結果、ようやく話が繋がる。
ディアナはあの事件に参加した罰で謹慎をしているが、彼女の実家はその件が原因で縁談が破談になる事を恐れ、予定より結婚を早める事に決めた。
しかし、エリオットが聞いた噂によるとディアナの結婚相手は非道い人間で、わがままで気に入らない事があるとすぐに暴力を振るうらしい。DV男である。
このまま嫁いだらディアナが辛い目に遭う事は必至。
それを防ぐ為にディアナを攫い、縁談を消して欲しいのだそうだ。
「暴力を振るうなんてひどいですね」
「そうだよね」
「最低」
エセルやシェリーやノーマは憤っている。
彼女達が言う通り認められる行為ではない。
それは十分に理解できた。
「だが、どうして俺に頼む?」
この部分が全く分からない。
「こんな馬鹿な話を頼める相手なんていなんだ」
それはそうだろう。
「だけどよ、石像を素手で引き千切るような奴だったら何とかしてくれると思ったんだ」
そう言って俺を見るエリオット。
「あの場に俺はいない事になっているのだが」
全然誤魔化せていない。
勘違いだけで嘘を押し通すのは無理があったようだ。
「大丈夫だ。大人達は皆、あんたが居なかったと思っている。オレ達の話を誰も信じてくれいないから」
寂しそうに言うエリオット。
「あの、質問良いでしょうか」
エセルが小さく手を挙げる。
「ディアナ様はエリオット様にとって大切な方なのでしょうか」
それは前々から気になっていた。
大広間に立て籠もったのもディアナの結婚が一因らしいし。
「そうだよ。ディアナはオレにとって妹のような存在なんだ。守ってやりたいんだよ!」
拳を握り締め力説するエリオット。
彼にとって彼女が大切な人である想いは伝わる。
俺も何とかしてあげたい気持ちが無いわけではない。
しかし、貴族の令嬢を攫う真似なんて出来ない。
どう断ればいいのか。
考えているとシェリーが話し出す。
「ねえ、エリオットさん。ディアナさんを攫った後はどうするのかな?」
「えっ?」
エリオットよ「えっ」じゃないだろう。こいつ何も考えていなかったのか。
俺は呆れるが、シェリーは優しい表情で話しを続ける。
「どこに逃げるのかな?追手を気にしながらずっと逃げ続けるのは心も体も疲れるよ。運よく安全な逃げ場に辿り着けても、そこでどうやって生活するのかな?お金はどうするのかな?実家からの援助は望めないよ。世の中は甘くないから、今日の食事にすら有り付けないかもしれない。そんな生活を送る事がディアナさんにとって幸せと言えるかな」
諭すように言うシェリー。
そうなんだよな。
普段は当たり前すぎて感じないが、人間は周りから助けてもらいながら生きている。
家を飛び出しても生活できる術を確保していなければ厳しい現実が待っているだけだ。
シェリーが言わんとするところはエリオットも分かったようだ。
彼は俯く。
しばらくの間、黙ったままだったが、やがて大粒の涙が流れ出る。
大切な人のこれからの苦難を憂いた悲しみの涙なのか。
それとも何もできない不甲斐なさを責めた悔し涙なのか。
シェリーはそんなエリオットの背中を優しく擦る。
「ちくしょう!あんな噂がなければ、こんな目に遭わなかったのに!」
「あんな噂?」
泣き叫ぶエリオットから気になる言葉が出る。
「そうか、あんた達は王都にいなかったから分からないんだな」
エリオットは涙を拭うと、その噂を教えてくれる。
「数ヶ月前だ。ディアナが親の反対を押し切って敵対する派閥の貴族と結婚するという噂が流れたんだ。その噂はデマだったんだけどよ、ディアナは王都の貴族から傷者のように扱われるようになったんだ。それで外国の貴族しか嫁ぎ先がなくなったんだ」
風評被害というやつだな。
「貴族は些細な噂でも嫌がるから」
オリーヴ義姉さんが呟く。
「非道い噂を流す奴がいるのですな」
マーカスは憤慨している。
俺も同感だが、ある引っ掛かりを感じる。
何というか嫌な予感だ。
「なあ、エリオット。ディアナはどこの家の令嬢か教えてくれないか」
今まで興味が無かったので知らなかったのだ。
嫌な予感が外れる事を願い、エリオットの言葉を待つ。
「そんな事も知らなかったのかよ。ディアナはヘストン子爵家の令嬢だぜ」
それを聞いて俺は凍り付く。
俺だけではない。オリーヴ義姉さんもエセルもシェリーもノーマもマーカスも。
エリオット以外の全員が凍り付く。
「あんた達どうしたんだ?」
不思議そうな顔をするエリオット。
以前、パイル男爵から悪い噂を流された事がある。
その時、俺達は、報復としてパイル男爵にある嘘を流した。
『ウォーカー男爵家二男リックとヘストン子爵の令嬢との縁談が進んでいる』
ヘストン子爵が属するマルカヌ公爵の派閥はウォーカー男爵家が属する派閥と敵対している。
パイル男爵がその嘘を信じ、マルカヌ公爵に報告したので、公爵の派閥は一時期大混乱。
その後、虚報を流した罪でパイル男爵は失脚したので、報復は成功したと喜んでいた。
それがこんな形で影響していたとは………
結局、俺はエリオットの頼みを受ける事に決めた。
噂の件は知らん振りしても大丈夫だったかもしれないが、良心の呵責に耐えられなかったからだ。
俺は人が好いのだ。
人を陥れるような真似は向いていないかもしれないな。
読んで頂いてありがとうございます。
ヘストン子爵の一件は第60話並びに番外編11を参照ください。
今後の更新ですが、11月は作者の都合により、月曜日の更新となります。
その為、次回更新は11月1日(月)を予定しております。
これからもよろしくお願いします。




