第12話 盗賊の親玉
「あんた、たった今、死んだはずだよな」
俺は盗賊の親玉に声を掛けるが返事はない。
口は開いているのだが、開きっ放しで涎だか体液だか正体不明の液体がダラダラと流れ続けている。
目は開いているが、白目をむいている。
地面を見ると、切れた縄が落ちている。
手足を縛ってあった縄を力づくで引き千切ったようだ。
明らかにおかしい。
もしかして、これはゾンビという奴だろうだろうか。
死にたてだから肉体は整っているが、症状が似ている。
転生してから初めて見た。前世でも映画でしか見たことないが。
そんな事を考えていると、ゾンビと化した親玉は右手を振り上げ、俺に殴りかかってくる。
速い!
ビュン
耳元で風を切る音が聞こえる。
回避に成功するが、動きの速いゾンビは物理的に考えておかしいのではなかろうか。
人間は死ぬと急速に筋肉が硬くなる。死後硬直といわれているやつだ。
主君源義経を守る為に全身に雨の様な矢を受け、立ったまま絶命した武蔵坊弁慶も死後硬直が原因と言われている
それほど筋肉が硬くなっているのだから、こんなに速い動きが出来る筈がないのだ。
まあいいか。
深く考えても、目の前にゾンビらしき存在がある事実は変わらない。
きっと、世界には理屈では説明できない現象が多々あるのだ。
俺はまだ見た事がないが、魔法が存在してもおかしくない。
ここは地球ではない。異世界だ。
それよりも、サクッと倒して、ローブ姿の人物を追わないといけない。
俺はシャベルを構えて親玉を攻撃しようとする。
その時だった。
不意に立ちくらみに襲われる。
その時間は一瞬だったが、収まった時には全身に脱力感を感じるようになった。
手に持っているシャベルも重たい。
この症状に経験はある。
超人の力の発動が終了したのだ。体の動きも五感も何もかも一般の人に戻った。
こんな時に!
俺はもう一度、超人の力を発動させる。
寿命は一日縮むが、このままではゾンビと化した親玉の餌食になるし、ローブの人物も放っておけない。
しかし、超人の力は発動しなかった。
どうやら連発は出来ないらしい。
「くそっ」
思わず俺は悪態をつく。
こうなると一転して、俺達が劣勢となる。
一旦逃げよう。
そう判断するが、簡単には逃がしてくれそうにない。
再度、親玉が殴りかかってくる。
シャベルを盾にして攻撃を防ぐが、超人の時と違って、力負けしてしまう。
身体に攻撃は受けなかったが、シャベルは弾き飛ばされてしまう。
武器と防具を失って丸腰となった俺。
多少のダメージは覚悟の上で逃げるしかないと悟った俺に不運が襲う。
ズルッ
足を滑らせて転んでしまったのだ。
しまった!
悔やんでも遅い。
俺は慌てて立ち上がろうとするが、敵はそれを待ってくれないようだ。
親玉は再び殴りかかってくる。
縄を引き千切り、シャベルを凹ませ、弾き飛ばした力だ。
まともに受ければただでは済まない。
やられる
しかし、救いの手は意外な所から現れた。
親玉の攻撃を受ける寸前、俺と親玉の間に何かが入り攻撃を逸らす。
「逃げて」
女性が叫ぶ声が聞こえる。
せっかく作ってくれた貴重な時間だ。俺は急いで立ち上がり、親玉の攻撃範囲から離脱する。
目の前では、盗賊の親玉と少女が戦っている。
ボサボサの長い黒髪を赤い髪紐で結んでいる色白の少女だ。
彼女の手には槍が握られている。
見事な槍だ。槍に詳しくない俺でも見入ってしまう程の出来栄えだ。天下の名槍と評しても過言ではない。
嫁入り道具として贈ったという父親の愛情が伝わってくる。
戦いは少女が優勢だ。槍の長い間合いを存分に活かしている。
親玉の攻撃範囲外から槍で突き、親玉が攻撃しようとしても槍で突き放して近寄らせず、間合いを保っている。
見事な槍捌きだ。
“女学校創立以来最高の成績”
“女学校に侵入してきた熊を一人で撃退した”
これらの評判は正しかったようだ。
だが、敵は元人間の盗賊であっても、今は正体不明の生物?仮称ゾンビ。
槍でいくら攻撃しても、親玉は怯む様子はない。
その事に少女は僅かに焦りを感じているように見える。
このまま傍観していたら分が悪くなっていくよな。
だが、超人の力が終了した俺が加勢しても、役に立たないどころか足を引っ張りそうな気がする。
ゾンビの弱点って何だろう。
聖水とか護符とか効き目有りそうだが都合よく持ってなんかいない。
火は用意できるかもしれないが、時間が掛かり過ぎる。
そうなるとあそこを狙うしかないか。
ゾンビものではよく見られるパターンだ。創作だから実証されていないので確実に効果があるとは言い難いが試してみる価値はある。
「頭を狙ってくれ」
俺が叫ぶと少女は小さく頷く。
頭部を狙うと言っても、胴体に比べて小さいので命中率は格段に落ちる。だが、彼女の腕前なら大丈夫だろう。
そして俺の予想の通り、少女は槍で親玉の頭を突く。穂先は開きっ放しの口に入り、そのまま後頭部を貫く。
えぐいな。
だが、その攻撃によって、ゾンビと化した盗賊の親玉は崩れ落ち、動かなくなる。
ゾンビものでは銃を使う事が多いが、槍の攻撃力も侮れないな。ただ、今回は一体だけだったが、複数いると槍では厳しいかもしれない。
俺はゾンビを倒した少女を見る。
額には薄ら汗をかいてはいるが、疲れている様子はない。中々の体力だ。
これまで抱いていた俺の疑問はすでに確信に変わった。
俺は少女にお礼を言わなければならない。彼女が居なければ、ゾンビの餌食となって死んでいただろう。命の恩人だ。
「貴女のおかげで助かりました。ありがとうアニー。いや・・・」
一瞬言葉が詰まる。
「・・・オリーヴ義姉さん」
俺の言葉に、それまでアニーと名乗っていた少女、子爵令嬢オリーヴ・マイエットは黙って頷いたのであった。




