第101話 大広間 ~願望~
昨日に続いて久しぶりの二日連続投稿です。
「勝負は決した。降伏しろ。そうすれば、命は助けてやる」
俺はキイザーに降伏を呼びかける。
高圧的に言ってはいるが、内心では「お願いですから降伏して下さい」と懇願している。
キイザーの驚きぶりから分析するに、人を眠らせる力は、彼の必殺技だったのだろう。
その必殺技がティム君の泣き声によって無力化された上、カミラさんとオリーヴ義姉さんという猛者二人を相手にしなくてはいけない。
RPGで例えれば、魔法使い一人で高レベルの戦士二人と肉弾戦をする状況だ
キイザーの勝ち目は薄い。
とはいえ、俺達も楽勝とは言い難い。
エルフ耳のソランジュ程の強さはなくても、キイザーはそれなりに強いはずだ。
戦えば、カミラさんやオリーヴ義姉さんが怪我をする危険がある。
それに、俺はソランジュが何を企んでいるのか知りたい。
キイザーはソランジュに近い人物のようだ。ポール兄さんよりも多くの情報を持っているだろう。
その為には、致命傷を負わせずに捕まえる必要があるが、そうなると俺達側の難易度が格段に高くなる。
だからこそ、キイザーには降伏してもらいたい。
俺達にとって都合が良いからだ。
「ははははは。私奴を見くびらないで頂きたい。例え死んでもソランジュ様を裏切る真似はしない」
キイザーは降伏勧告を一蹴する。
やはり無理だったか。世の中は甘くない。
「見上げた忠誠心だな。何故、そこまでソランジュに尽くすのだ?」
素直に感じた疑問だ。
確かにソランジュは神秘的な美貌の持ち主で、普通の人が使えない力を使う。カリスマ性がある人物だと思う。
ただ、俺が最初に出会った時の印象が悪かった為か、キイザーや兄さん達がソランジュを信奉のか理解できないのだ。
「簡単な事ですよ。ソランジュ様は本気でこの世界を壊そうとしているからですよ。私奴の大切な人を虫けらのように殺した、この腐りきった世界を!」
キイザーは笑顔で答える。しかし、目は笑っていない。
瞳には悲しみと狂気が込められていて、異様な目力を感じる。
何があったか分からないが、壮絶な過去があったようだ。
「復讐を果たしても残るのは虚しさだけだぞ」
俺は諭す。
「うるさい!世間知らずのお坊ちゃんに何が分かる!」
キイザーは眉を吊り上げ、声を荒らげる。
彼にとっては触れられたくない事らしい。
そうだよな。
辛い思いをした当事者には、俺が言っているのは単なる綺麗事にしか聞こえないよな。
波乱に満ちた人生を送ったピーター父さんなら説得力があったかもしれないが。
前世を含め、俺は復讐を誓うような残酷な経験をしていない。
それは恵まれているのだろう。
ふと前世を思い出す。
前世で俺は飲酒運転の車に跳ねられて死んでいる。
神様の手違いで、本来死ぬ予定だった娘とお腹の子の身代わりになって死んだし、そのお詫びとして様々な特典を貰って転生したので、まあいいか程度に思っている。
だけど、残された家族はあの事故の後、どのような思いで過ごしているのだろう。
俺が突然いなくなった喪失感で悲しみに暮れているのだろうか。
酒を飲んで運転した相手を憎んでいるのだろうか。
それとも俺の事なんてすっかり忘れているのだろうか。
「死んだ方からすれば、ずっと覚えていて欲しい。だけど、悲しみや憎しみに費やすより、自身の幸せに時間を使って欲しい。それはわがままな願望なのだろうか」
俺は呟く。
誰かに向かって言ったのではない。
前世の家族の顔を思い浮かべたら、自然と口から出ていたのだ。
「ははははは」
突然キイザーが笑い声をあげる。
何がおかしい?
「リック・ウォーカー様。貴方は愉快な御方だ。他の貴族とは一味も二味も違う」
俺の呟きが彼の心の何かを刺激したらしい。
「それは俺の事を褒めているのか。それとも馬鹿にしているのか」
「もちろん褒めているのですよ。私奴の最大級の賛辞と思って頂きたい」
素直に喜んで良いものなのだろうか。
「それでは、賛辞の証として良い事を教えて差し上げましょう」
キイザーは右手の指をパチンと鳴らす。
すると彼の左の手のひらに何かが現れる。
光り輝く黄色の宝石。
これはもしかして……
「ご想像の通りですよ。これは大地の宝石です」
そう言うとキイザーは、わざとらしく髪をかきあげたのであった。
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