第11話 盗賊との戦い
一人、二人、三人・・・・・・
メタボマン伯爵と七三分け男を追ってきた盗賊に人数を数える。
合計十人か。
「おう、見慣れない顔だな。同業者か」
盗賊の親玉らしい男が、俺を見つけ声を掛ける。
人相が悪い事は自覚しているが、本職から間違われる程、俺の人相は悪いのか。
何と答えて良いのか分からず黙っていると、盗賊達は肯定と捉えたようだ。
なんとか団とか名乗って来るが、盗賊と間違われたことにショックを受けている俺にはどうでも良い事だ。聞き流す。
「・・・・・・と言う訳で悪いが、ウォーカー男爵はこっちが先に見つけたんだ。男爵の首はこっちがもらう」
聞き逃せない発言を耳にする。
「ウォーカー男爵の首?」
俺が聞き返すと、親玉は「そうだ」と頷き「男爵の首がないと報酬が貰えないからな」と話す。
「男爵を殺すといくら貰えるんだ」
「男爵の首を持って来れば大金貨200枚、取り巻きを殺せば一人金貨3枚だ」
参考までに説明すると、日本の相場で例えると大金貨は1枚100万円、金貨は1枚10万円に相当する。つまり男爵の首を持って来れば2億円の報酬が、取り巻きは一人殺す毎に30万円の報酬が貰える事を意味する。
どうやら父さんは暗殺の対象にされてしまったらしい。
そして、メタボマン伯爵は、ウォーカー男爵と間違われたようだ。
盗賊から見れば伯爵も男爵も同じ貴族で見分けなんてつかないだろうからな。
気の毒としか言いようがないが、昼飯時の一悶着を考えると同情する気持ちも薄まる。
ただ、当のメタボマン伯爵がウォーカー男爵と間違われた事を知ったら後々面倒な事になりそうだな。
今の会話のやり取りを聞いて感づいてしまったのではないかと思い、恐る恐る伯爵の顔を伺おうとするが、離れた所にアニーが立っているのみで、当人と七三分け男の姿が見えない。
「あっちへ走っていったわ」
アニーが指し示す先は、暴走馬車が走って来た方向だった。
かなり遠くまで行っている。メタボの割にはスタミナがあるな。感心してしまう。
まあ良いか。轍を辿ればいずれ父さんたちの元へ着けるだろう。
「ちっ。逃げてしまいやがった」
一方、盗賊達はメタボマン伯爵たちに逃げられて舌打ちをする。
結果、俺達がメタボマン伯爵たちを逃がした形になってしまった。報酬大金貨200枚だからな。恨まれてしまいそうだ。
「今から急げば、追いつけるぞ」
厄介事は極力避けたい俺は、盗賊達に伯爵追撃を提案する。
「そうだな」
親玉は頷くが「その前に」と言って、アニーを見る。
嫌な予感がする。
「若い女を連れているな。そいつを差し出せば仲間にしてやるぜ」
そう言うと親玉をはじめ、盗賊達は一斉に下品な笑い声をあげる。
俺は今までに認識を改める事にした。
今まで父さんの笑い声は盗賊に匹敵する品の無さだと思っていたが、本物の盗賊の笑い声は、父さんの笑い声の方がはるかに上品であったと思わせる程、下品であった。
「断る」
俺が拒否の意思を簡潔に告げると、盗賊達は一斉に錆びた剣を構える。
「武器も無いのに粋がっているな小僧」
親玉が鼻で笑う。
「お前の目は節穴か」
とりあえず俺も鼻で笑って相手を挑発している。
「死ね」
親玉が号令をかけると盗賊達は一斉に襲い掛かる。
俺は持っていたシャベルを構える。
シャベルは土を掘る為だけの道具ではない。
ブレードの部分は金属製だし、柄も剣に匹敵する長さを誇る。
振り回せば強力な武器となるし、盾にも使える。
攻める/守る/掘る
三拍子揃った万能兵器なのだ。
実際、地球では軍用シャベルが存在し、第一次世界大戦以降各国の軍隊で使われてきた実績がある。
ウゲッ
盗賊の一人が間抜けな声をあげて倒れる。シャベルで頭を叩かれたのだ。
「この野郎」
他の盗賊が剣を振り下ろすが、俺はそれをシャベルのブレードで受け流す。
そして隙が出来た盗賊の脇腹へ向けてシャベルを突く。
アガッ
そしてまた一人倒れる。
「へっ、ガキのくせにやりやがる。だがいつまでもつかな」
親玉は強がっているが、さっきよりも声が上擦っている。仲間を二人倒されて、焦っている様子だ。
ギャッ ゲゴォ ゴワァッ ゲブゥゥゥ ブグゥアッ
さらに俺は、襲い掛かって来た盗賊五人にシャベルを打ち込む。奴らは珍妙な叫び声をあげながら次々と倒れる。
超人の力にシャベル。まさにこれは鬼に金棒だ。
「おい、お前ら、あの女を狙え」
親玉の指示によって残りの盗賊達は俺の後ろで見守っているアニーへと向かう。
「させるか」
バフォ ゼエッ
俺の脇を抜けて行こうとした盗賊二人に打撃を与え気絶させる。
これで九人。
「こっちの勝ちだ」
盗賊の親玉は勝ち誇った顔をしてアニーへと襲い掛かる。
彼女を人質にして自分だけ逃げようって魂胆だな。
下種の極みだ。
普通であれば、間に合わない距離だ。しかし、超人の力が発動している今であれば問題ない。
ビギャッ
背後からの一撃を受けて、盗賊の親玉は情けない声をあげて倒れる。
「ありがとう」
「いや、アニーが無事で良かった」
そう言って俺は辺りを見渡す。
十人の盗賊が倒れている。
全員意識は失っているが、死んではいないはずだ。致命傷は避けて攻撃したつもりだ。
前世で日本人だった影響か、人を殺すことには躊躇いがあった。
偽善と呼ばれるかもしれないが、己の手で人を殺めるのは抵抗があるのだ。
それに、盗賊はさっき気になる言葉を口にしていた。
ウォーカー男爵の首を持って来れば大金貨200枚、取り巻きを殺せば一人金貨3枚の報酬。
大金貨200枚なんて大金だ。盗賊が手にすれば人生を変える事も可能だろう。それだけに奴らの士気も高かったはずだ。
ただ、気軽に出せる金額ではない。並の貴族や商人では無理だ。
つまり、財力がある何者かが、父さんピーター・ウォーカー男爵を殺したがっている。
そして、もう一つ気になるのは、なぜ父さんがこの付近を通る事を知っていたのか。
王都と男爵領を繋いでいる街道はここしかないので、待ち伏せ自体は可能だが、いつここを通るのか父さんの動静を把握しておく必要がある。
隠密行動ではないので、動静の把握はそれほど困難ではないが、見張られていたとすれば、気分の良い話ではない。
つんつん
「ひゃっ!?」
考え事をしていたら不意に脇腹をつつかれる。
変な声をあげてしまう。くすぐったいじゃないか!
抗議の目を向けると、そこにはアニーがいる。
「隙だらけよ」
そう言って彼女は悪戯めいた笑みを浮かべる。
意外と茶目っ気があるんだな。
「知らない事は知っている人から教えてもらうのが一番よ」
「なるほど」
俺は納得したのであった。
「目を覚ましたな」
しばらくしてから盗賊の親玉が目を覚ます。他の盗賊達は気絶したままだ。
親玉だけあって生命力は高いらしい。
「この小僧!」
親玉は俺に襲いかかろうとするが、すぐに自分の手足が縛られている事に気が付く。
「何もしないで放っておくと思うか」
ちなみに他の盗賊達も手足を縛ってある。
馬車に積まれていた縄を使って、俺とアニーで縛り上げたのだ。
「お前に聞きたいことがある。嫌だといったらどうなるか分かるか」
そう言って俺はシャベルを構える。
もともと人相が悪いと定評がある顔だ。
脅すには効果覿面だろう。
「わっ、わかった。何でも話すから命だけは助けてくれ」
ほら、あっという間だ。
この顔が生まれて初めて役立った瞬間だ。
「お前は誰からウォーカー男爵殺害の依頼を受けた」
親玉は口ごもるが、俺が睨むと顔を青くさせながらも話し始める。
「三日くらい前だったか、アジトにそいつがやって来た。そいつは前金を渡してから『ウォーカー男爵が近い時期にここを通るから殺して欲しい』と依頼してきたんだ」
三日前だと俺達が王都を出発した日だな。という事は、相手は俺達が王都を出発する時期を把握していたのだろう。
「そいつとはどんな奴だ」
「全身をローブで纏っていた。顔もフードで覆われていて分からない」
全然役に立たない情報だな。性別すらわからないとは。
俺は顔を顰める。
「ひっ」
親方が悲鳴をあげる。俺の顔を見て恐怖を抱いたようだ。そんなに俺の顔は怖いのか。ちょっと悲しい。
「リック君は素敵な人よ」
アニーが俺の肩をポンポンとたたいて慰めてくれる。良い人だ。
「お、お、お、思い出した」
一方の親玉は声を震わせながら何かを話し始める。
「何を思い出したんだ」
「そいつの顔だよ。一瞬だけフードの中からそいつの顔が見えたんだ。見惚れるくらい綺麗な顔をしていたんだ。そして、驚いたのはそいつの・・・ぐっ」
話をしていた親玉が突如苦しみだす。
「どうした?」
「大丈夫?」
俺とアニーが声を掛けるが、親玉は返事をせず、のたうちまわる。
時間にすれば一分もかからなかっただろう。親玉は動きを止め、おとなしくなる。
側に行って、親玉の様子を見るが、呼吸はしてなく、脈も心臓も止まっている。
心肺停止。
死んでしまったようだ。
!?
不意に俺は奇妙な気配を感じる。
超人の力が発動していたから感じられたし、見る事が出来た。
ここから相当離れた場所の崖の上で一人の人物がこっちを見ている。その人物が、俺が見ている事に気が付いているかは定かではない。
ローブを纏い、フードを頭から被っているので何者かは分からないが、親玉が話していた人物だろう。
その人物はすぐに反転して、その場を後にする。
「待て」
俺はその人物を追おうとする。放っておくと後々の禍を残す、そんな予感がしたのだ。
ローブ姿の人物は間違いなく俺達を見ていた。
超人の力を発動しなければ見えないような場所からだ。
間違いなく人智を超える力を持っている。
俺は漠然とした不安を感じる。
「危ない」
だから俺はアニーの声に反応するのが遅れた。
ドン
咄嗟にシャベルを出して防ぐが、強い衝撃だ。
シャベルのブレードの部分に凹みが出来ている。凄まじい力だ。
俺は攻撃をしてきた相手を見る。
そこにはこと切れたはずの親玉が立っていたのであった。




