番外編15 エセルとシェリー4
ゴーン ゴーン ゴーン
昼下がりの鐘が鳴る音が聞こえます。
もうそんな時間なのですね。
エセルは窓の外を見ます。
リック様はお元気でしょうか。
朝はシェリーさんを懐柔しようとしたパイル男爵ですが、体調が悪いためか、今のところは目立った動きをしていません。
一安心といったところでしょう。
しかし、それとは別の事でエセルは悩みを抱えてしまっています。
「これ、どうしましょうか」
ワゴンに置かれた料理を見て呟きます。
シェフがリック様の為に作られた料理です。
今朝、不在とはいえ、リック様のお食事を食べるなど恐れ多いと思い、朝食に全く手を付けないで厨房に戻してしまったのが間違いでした。
「リック様は大丈夫ですか?」
シェフがとても心配したのです。
聞けばこれまで、どんなに熱が出ていても、どんなに喉が腫れていても、リック様は出された食事には必ず手を付けられてきたそうです。
エセルがリック様の傍にお仕えしてから2年弱。まだまだ知らない事がいっぱいある事を痛感します。
朝のミーティングでエセルが告げた、リック様の「誰にも会いたくない」宣言でもシェフは動揺していました。
昼食まで手を付けないまま厨房へ戻してしまったら、騒ぎが大きくなりそうな予感がします。
「遠慮しないで食べちゃえば良いんじゃないのかな」
エセルの呟きが聞こえていたのでしょう。隣で本を読んでいたシェリーさんが言います。
「しかし……」
「料理はね、多くの生き物たちが命を捧げてくれた上に成り立っているんだよ。彼らの命を粗末にしてはいけないよ」
シェリーさんは、料理に被せてあるクロッシュを開けます。
言っている事は正しいですが、料理を食べたい為のこじつけに聞こえるのはエセルの気のせいでしょうか。
「うわー!美味しそう!」
シェリーさんはスープ皿に盛られた料理に手を付けます。
「パン粥だね。ミルクじゃなくてコンソメで煮込んだんだね。ブイヨンが効いていて美味しい!!」
とても美味しいのでしょう。
シェリーさんは餌を食べたハムスターのように頬を膨らませています。
「エセルさんもどうぞ」
そう言われて渡されたのは、ココット皿です。
中にはクリーム色でプルプルしている料理が入っています。
これはもしかして……
「プリンですか!」
実はエセル、プリンが大好きです。
ウォーカー男爵家にお仕えして初めて食べたのですが、その美味しさの虜になってしまいました。
しかし、牛乳や卵の他にも、高価な砂糖や異国の香料バニラビーンズを使うので、エセルの様な使用人は滅多に食べられません。
お祭りやお祝いの時に食べられたら良い方でしょうか。
最後に食べたのは一年前です。
ですが、これはリック様の為に作られたプリン。エセル如きが……
「命を無駄にしてはいけないよ」
シェリーさんの言葉は、エセルの免罪符になりました。
「頂きます」
エセルは両手を合わせます。
リック様は食事の前、これをされています。
最初見た時は奇妙に感じましたが、いつしかエセルも真似するようになっていました。
早速スプーンでプリンを掬います。
プルンプルン
スプーン上でプリンが躍っています。
こんなにかわいい動きをする食べ物が他にあるでしょうか。
食べるのがもったいないです。
えいっ!
意を決し、エセルはプリンを口の中に運びます。
なめらかな食感が舌に伝わります。
あまーーーーい
バニラの香りが口中に広がります。
そしてカスタードの濃厚な味。
幸せです。
あっ!?
気が付くとココット皿の中は空になっています。
「美味しかったかな」
シェリーさんがニヤニヤ笑っています。
「…………美味しかったです」
何だか恥ずかしくなってエセルの顔は赤くなります。
だけど、冷静考えれば、シェリーさんもコンソメパン粥を完食しています。
「お互い様ですね」
「そうだよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべるシェリーさん。
それを見てエセルも笑います。
久しぶりに笑った気がします。
しばらくの間、エセルはシェリーさんと笑い合いました。
「そうですか!リック様は全て食べられましたか」
エセルが空になった食器を厨房へ戻しに行くと、シェフが駆け寄ってきました。
相当気にしていたようです。
「はい。美味しいと言って食べられていました」
「それは良かった!」
シェフは満面の笑みを浮かべます。
「夕食も腕によりをかけて作ります。リック様にお伝えください」
「分かりました。リック様も楽しみにされると思います」
この半日でエセルも嘘を吐くのが上手になってしまいました。
ごめんなさい。
エセルは心の中でシェフに謝りました。
読んで頂いてありがとうございます。
また、誤字脱字報告をして頂いた方、ありがとうございます!
作者も注意しているつもりですが、多く間違えていましたね。
一人ではなかなか手が回らないので、こうしたご指摘は本当に助かります。
また何かありましたら教えてください。
もちろん作者も気をつけます。
それでは、次回もよろしくお願いします。




