第87話 勝手口
前回のあらすじ
カミラ子爵夫人とノーマと共にウォーカー男爵家王都別邸に潜入するリック。
皆で話し合った末、勝手口から潜入する事になった。
俺達は別邸の敷地内を移動。
勝手口が見える物陰に隠れ、様子を伺う。
誰かが出て来るのを待つためだ。
いくら門は閉ざされていても、勝手口からの人の出入りくらいはあるはずだ。
それが無ければ、トイレからの潜入になってしまう。
「ドアが開くわよ」
最初に気が付いたのはノーマだ。
彼女が言う通り、勝手口の扉が開き、女の人が出て来る。
するとノーマは物陰から飛び出すと女の人の背後に回り、手にしたハンカチで口を塞ぐ。
突然の出来事に手足を動かし、もがき抗う女の人。
しかし、ノーマが何やら囁くと女の人は抵抗を止め、俺達が潜んでいる物陰まで連れて来られる。
見事な手際だ。
「手荒なことをしてすまないな」
俺は女の人に謝罪する。
そばかすが印象的な丸顔の女性。
この人とは会った事がある。
別邸で働いている使用人の一人だ。
「リック様!」
俺の顔を見ると女の人の表情は怯えから喜びを含めた驚きに変わる。
悪人顔で怯えられる事が多い俺にとっては逆パターンで新鮮だ。
「メイドのアリサです。皆を助けに来て下さったのですか」
「そうだ。何があったか教えてくれないか」
俺の頼みにアリサと名乗った女の人は「はい」と言って説明してくれる。
事件が起きたのは今から9日前の夜。
食器の片づけをしていたアリサは突然強烈な睡魔に襲われる。
「こんなのは初めてで。何とか起きようと思ったのですが………」
睡魔に負けた彼女はそのまま床に倒れ込んで眠ってしまう。
「目が覚めると手足を縛られていました」
拘束を受けたのは彼女だけではない。
別邸で働いている全ての使用人達が手足を縛られ一室に集められていた。
そんな使用人達を見知らぬ男達が武器を向けて取り囲んでいた。
「殺されると思いました」
その時の事を思い出したのだろう。アリサは恐怖で青い顔をする。
幸い、殺される事は無かったが、監禁されている状況は続いているという。
「しかし、あいつらは雑用する者が欲しいようです」
見知らぬ男達は、監禁しているメイドを一人ずつ交代で食事の用意などの雑用させているそうだ。
ただ、常に監視は付いているし、逃げたり外部に通報したりしたら監禁されている使用人達の命は保証しないと脅されているという。
「卑劣ね」
カミラさんは憤っている。
「眠り薬でも盛ったのかしら。でも………」
一方ノーマは不自然な眠り方に疑問を持った様子だ。何やら呟いている
「ノーマ。眠り薬を使えば出来るのか?」
俺の質問にノーマは首を傾げる。
「無理だと思うわ。都合が良すぎる。食事に盛れば全員に飲ませる事は出来るけど、個人差があるから一斉に眠らせるのは難しいわ。奇跡を期待するレベルよ」
薬に自信を持つノーマがそう言うのだから、薬を使われた可能性は限りなく低い。
やはり魔法の類なのだろう。
ますますソランジュの影が濃くなってきた。
困ったな。
「それでアリサ。ポール兄さんとオリーヴ義姉さんとティム君は無事なのか」
気を取り直して俺は一番知りたい事を聞く。
「オリーヴ様とティム様は御無事です。2階のご自身のお部屋に監禁されています」
アリサは今朝、朝食を届けた時に会ったそうだ。
「監視はいませんでしたが、逃げたら私達の命は無いと脅されていると仰ってました」
「あの子はやさしいから」
カミラさんが呟く。
俺も同感だ。
オリーヴ義姉さんの優しさに付け込むとは酷い奴らだ。
それでも無事だと聞いて一安心だ。
ただ、アリサの言葉に引っかかる点がある。
「オリーヴ義姉さんとティム君は無事だと言ったよな。兄さんはどうしたんだ」
その言い方だと兄さんの身に何かあったという事だろう。
「ポール様もご無事です。しかし……」
そこでアリサは言い淀む。
余程言いづらい事があるのだろう。
「教えてくれ」
覚悟は決めている。
俺の態度を見て、アリサは「はい」と答えて言葉を続ける
「ポール様はあの男達と一緒にいました。そして、男達に命令をしていました『私達を縄で縛れ』と」
「それって……」
「そうです。オリーヴ様とティム様、使用人達を監禁させたのはポール様ご自身の意思です」
敵対するパイル男爵を領主代行に任命した事。
何日間も門を閉ざし引きこもった事。
奇行ともいえる最近の行動を見れば不思議ではないのかもしれない。
だけど、兄さんはそんな事をする人ではない。
穏やかで心優しい人だ。
家族や仲間を大切にする人だ。
俺はポール兄さんを信じていた。
どうして?
アリサの一言。
それは俺に強烈な衝撃を与えたのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
追伸…当初タイトルを「どうして」としていましたが「勝手口」に変更しました。




