邪な阿字観
次の日、俺達は役所に来た。ロッドだけイルレシスの看病で牧場にいる。ロッドは特に人間が嫌いなようだし来ない方が吉か。
「あの、すいません。昨日捕まえた密猟者と話がしたいんですけど」
「少々お待ちください。担当の方を呼んできます」
初めて役所に来たが、指名手配のボードがすごいことになってる。手配書は全て違う顔なのに枚数が多すぎて食み出してる。
「キラも密猟者と話すのは初めて?」
「そうだね。見たことは何回かあるけど」
「あれ?アーマーは?」
「お花を摘みに行ったわよ」
重要な話を聞けるかもしれないってのにマイペースだな。
「お待たせしました。メラノフと申します。シン様でお間違えないですか?」
「はい」
人間か。だけど、邪悪さは感じないな。
「昨日の密猟者は十五万ミストの懸賞金が賭けられていました。帰りの際にお渡しします」
「やったねキラ!これで薬が買えるよ!」
「え、でも皆で分けなきゃ」
「いいのよ。全部おばあちゃんのために使ってあげて」
「本当にありがとう」
キラはツーとセレネを抱きしめる。
「ふー危なかったぜ。やっぱ自然でするのが一番だな」
…アーマーも合流した。
「密猟者は昨夜から興奮状態なのでなるべく刺激の無い質問をお願いします」
俺達はメラノフに付いていく。とても長い廊下を歩き一番奥の部屋に着いた。少し汚れたドアを開けると椅子に縛られた密猟者がこちらを睨んでいた。
「話すことは何も無い」
俺達が何かを聞きに来たことを察し、逸早くそう口遊んだ。
「あなたの持っている情報は我々にも有益です。ある程度供述して貰えれば私が刑を軽くするように支持致します。」
「嘘じゃねぇよな?」
「ええ。牢屋に入りますが重労働はさせず十分な食事が与えられます。不当な扱いは致しません」
メラノフがメモを取り出した。さて、何から聞こうか。まずは俺から。
「密猟者って何人いるんだ?」
「百万人を超えてる。本格的でない部隊なら二千万人くらいか」
「すごい数だな」
「上流階級がありとあらゆる狼藉を働いて八年間で五十億人が死んだ。たった百人ちょっとのせいでな。本当のことだ。しかも、分かってるだけでこの数だ」
皆がその数字を聞いて驚く。町にいる人の数が数十万だろ?疫病や災害でもねぇのにどうやったら八年でそんなに死ぬんだ。
次はセレネが質問する。
「密猟者の中に女の人や十一歳の小さな子供がいたけど、これって異常だよね?すごくきつい決断だけど家族を捨てて逃げるっていう考えは無かったの?」
「そういう裏切り者を殺す役割の奴もいる。俺が見た中で一番若かったのは七歳だ。俺も十歳の時に密猟者になった」
若いな。俺でも七歳でこんなことしたら罪悪感で性格が歪みそうだ。
アーマーが質問する。
「そんなに珍しい生き物を集めて何がしたいんだい?」
「それは隊長の俺にも理由を聞かされたことは無い。生物のランクは高い程戦うにあたって強力な傾向がある。一説には合成生物を作ってるって話だ。表では嗜好目的と言ってるが俺は違うと思ってる」
悍ましい。まさか龍人も一人くらい捕まってるのか?
キラが質問する。
「中心国との戦争はどんな感じなの?南の国が負けそうって聞いたんだけど…。あと、負けそうなのに密猟者を戦闘要員にしないのは何故なの?」
「中心国はわざと負けさせてないんだ。負けたら形振り構わず奴隷を皆殺しにするかもしれないからな。それをいいことに珍しい生物を捕まえまくってんだ。俺が思うに、南の国は奥の手を持ってる」
何とも厄介な国だな。どう攻め入ればいいのか。
「私からも一つ質問が、モートゲッタからプリエステスに来るには最低でも海を二つ、山脈を三つ越えなければなりません。何故近隣の地ではなく辺境の地にまで足を運んだのですか?」
「プリエステスは警戒が薄いと聞いたからだ。この国の尖獣族がこんなに強いと思ってなかったが…」
(そういえば、茶髪の少女以外、尖獣族にしては角が大きすぎる気がする…)
メラノフが俺達の方を振り向く。
「俺達混血が多いからな。俺は火を出せるし」
「ハーフでいらっしゃいましたか。これは失礼」
誤魔化せたようだ。ばれたとしてもこの人は何も言わなそうだけどな。
「ねぇ、龍人ってどれくらい価値があるの?」
ツー!不味いだろ!今疑われたばっかりだってのに!
「そ、そうだね、龍人とか古代地底人とか、天空蛙とか、Aランクの価値が気になるよね」
キラが何とかフォローする。
「一億ミストくらいだ…」
「メラノフさん。一億ミストあれば何が買えますか?」
「この町にある牧場くらいの土地が買えますね」
ロッドが働いてる所か。五百メートルを超す生き物がいても狭さを感じない程の広さだった。
その後も南の国の情勢についていくつも質問した。国に残ってる者の殆どが過度な労働か死罪によって亡くなるそうだ。上流階級に生まれなければ逃れきれない不幸が待っており無理矢理犯罪に加担され珍しい生物を納品しようとしても結局家族を返されないことがあるらしい。返されたとしても後遺症を患っていたり歩けないくらいに衰弱していたり四肢を捥がれていたり、こんな最低な国が存在してることが未だに信じられない。
「皆さん他に何か質問はありますでしょうか?」
「特に無いです」
「三週間程度は当役所で保護していますのでまた聞きたいことがあれば来てください」
俺達は部屋を出る。密猟者は最後まで顔を上げることは無かった。
「なんか同情しちゃったな。物事を判断する能力が乏しい子供の時から危険な狩猟に駆り出されて、家族のことも心配だしいつか捕まるかもしれないっていう恐怖を味わいながら毎日生きる訳でしょ?」
「南の国の上流階級には手古摺っています。十年経っても一人として制裁を加えることが出来ておりません。早急に戦争が終わればいいと祈ることばかりです」
「上流階級の人って滅茶苦茶強いの?人数的に国民が反乱を起こせばすぐに倒せそうだけど…」
「そこが分からないのです。確かに国を牛耳る者の中には著名な武人や魔術師がいますが全盛期は百億人もいた国です。ここまで数が違うと洗脳や兵器を用いても普通は対応しきれません。」
龍人が百人いたって何十億もの人間を支配出来るとは思えない。何か強大な存在が糸を引いているのか。
「報酬の十五万ミストです。ただいま硬貨不足で紙も混ざっています。申し訳ございません。では私はこれで」
すごい金貨と紙幣の量だ。早く安全な場所に移したいな。
「皆、家に帰る前にこれを見てくれ」
「どうしたのアーマー?」
「さっきちらっとボードを見たらとんでもないのを見つけた」
アーマーが一枚の紙を取り出し広げた。描かれていたのは大きな角を持った紫色の禍々しい顔。
「この前の龍人!?でも懸賞金が書かれてない…どういうこと?」
「被害が大きすぎてお金では解決出来ないの。こういうのは何かしらの名誉や所有権が得られるっていう報酬が多いよ」
「あの龍人、悪い人なの?何で私達を助けたんだろう?」
「誰かに頼まれたんじゃない?」
「それかもしれないな。村長を圧倒する強さだ、捕まえるか殺すならあの場で出来る。だけどあの閉鎖された村の状況を知っててそれを紫龍人に頼んだ奴は一体何者なんだ?」
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龍人の村は絶望の淵に立たされていた。若者が全員出てしまい、希望は消えかけていた。そこに、ある者が更に追い打ちを掛ける。
「ペルム様。まだ望みはあります。お気を確かに」
村長は年と怪我で暫く寝たきりになっていた。
「龍人は極度の苦痛にも耐えられます。もし捕まっても生きてる可能性は高いです。ギュヴォグは溶岩の中に閉じ込められても死にませんでした。あの子達はきっと帰ってきます」
「………」
コトッ コトッ
何かが近づいて来る足音、その軽快さは老人の歩く速度ではなかった。
「誰だっ!」
側近が見に行くと中年の龍人が立っていた。
「ティムディ!生きていたのですか!今まで何処に!?」
「村長に会わせてくれないか?」
「ペルム様!ティムディ様が帰ってきました!」
「何っ!本当か!」
「今さらか…」
「やあ村長。元気では…ないですね」
ティムディと村長が目を合わす。しかし村長は気に食わない目をしている。
「ティムディ、子供達が逃げ出した…一人だけでもいい…連れて帰って来てくれないか…。そうしたら村長の座をお前に譲る…」
ティムディはすぐさま首を横に振る。
「それは無理ですよ村長」
「なっ!ペルム様がこんなに頼んでくれてるのです。それに村長の座を譲るとまで仰ってるのですよ?」
「お願いします。あなただけが頼りなのです。村長の座だけではありません。私達全員があなたに尽くすことでしょう」
「無理な理由が聞きたいですか?」
「何故です?」
「だって私が全員殺しましたから」
「「「!?」」」
「信じてないですか?ではこれを」
掌から何かが落ちる。黒い鱗、白い鱗、緑の鱗、赤い鱗、青い鱗。それは、逃げた五人達の鱗の色と全く一緒だった。
「貴様!!何てことを!!」
「彼等は泣いていました。あなたの強情な教えを毎日聞かされ遊ぶ時ですら監視され、見世物小屋のような感覚でいたそうです。いいですか?子孫を残すことは重要なことです。しかしあなた達はその為に大切な物を失ってる若しくは失わせていませんか?命というのは強制されて生んでいい物では無いんです。彼等が決めるべきことです。彼等は苦悩の末に死を選びました。逃げた原因、死んだ原因は、村長、あなたにあります。」
「………」
「…だからと言って、まだ話し合う機会はあったはず…」
「ありましたよね?もう十分に子供を産める年です。それまでに何年ありました?今更遅いんですよ。私を殺しても憂さ晴らしにしかなりませんよ?後はそうですね、ギュヴォグは南の大陸で、エウーケアが西の大陸で暴れ回ってますよ。龍人は悪評の嵐で結末を迎えるでしょうね」
「エウーケアが生きてるだと…!ならばまだ」
「村長、あなたはバカですか?ギュヴォグとエウーケアが村から出た理由を忘れたのですか?二度も同じ失敗をしたんですよあなたは!」
側近はティムディの発言に大いに納得したようだ。それでも村長は自分の非を認めてはいなかった。
「これまでの龍人も、力づくで婚約させた時もあった。儂が朽ち果てようとも、龍人の血は耐えさせん!」
「やれやれ、少しは頑固が治るかと期待していたのですが…もう話すことはありませんね。さて私も一暴れして来ましょうかね」
「お前を龍人とは認めん!」
「あなたを人として見ていません」
ティムディはそう言い捨て村長宅を去って行った。
「おい、何をしている。ティムディを殺してこい」
側近二人が立ち上がる。
「ペルム様、あなたが長でなければ、あなたを殺しています」
「私も、今のは見損ないましたよ。ティムディ様はかつてペルム様の一番の理解者だった。あの方がいなければ、私達はとっくに血が途絶えてました」
「儂が本気を出せないことをいいことに、好き勝手言いおって。奴等を止めなければどうなる?この場所を知っているのだぞ?ティムディはもういい。ギュヴォグとエウーケアを何とかするんだ!」
「エウーケア、特にギュヴォグは私達に激しく抵抗し被害が計り知れません。捕まるとしても、真っ先に死を選ぶと思いますよ」
「五人の墓を建てて来ます。今は体を休めてください。話はそれからにしましょう」
側近二人は鱗を拾い、村長の元を離れた。村長は怒りと悲しみが混じった瞳でただ天井を見つめていた。