色褪せた魑魅
「さっきの人、大丈夫かなぁ?」
「吐きそうなくらい悍ましかったわ」
「でもきっといい人だよ。」
「罠カモシレナイ…」
「あの紫龍の見た目は俺達より老けてだが、年寄とまではいかないな。龍人がいるのはあの村だけじゃなかったのか」
不思議だ。あの龍人と会うのは初めてではない気がする…。
「今日も星が綺麗ね」
空に浮かぶ無数の光、ひときわ大きな光の塊は雪で出来た星だ。冬星と呼ぶ。その光が森を微かに照らす。
「ねぇ、何か臭くない?」
周りが騒めきだす。
目の前にあるのは赤い森?
「皆止まれ。何かがおかしい」
異様過ぎる空気を感じた五人は一旦着陸する。
「うっ…臭いな」
尋常でない臭いに一同鼻を摘まむ。
ロッドが辺りを物色しだした。
「…血ダナ。ソレモ、時間ガアマリ経ッテイナイ」
まだいくつかの木から血が滴れている。
ついさっき、ここで…
コッ
「ん?…イヤアアアアアァ!!」
セレネが叫び出し尻もちを付く。
ピチャ
「うあ…何よこれぇ…」
セレネの体はほぼ全て真っ赤になっていた。
「手が…私…」
「落チ着ケ」
ロッドがセレネの傍に寄り慰める。
「何か見つけたか?」
「あ、あそこに何かある」
指さした先には何かの胴体が転がっており、その手前には原型を留めていない生首があった。
「酷いな。どう考えてもこの動物だけの血じゃないよ。多分、それ以外は破片すら残さずに散らば」
「やめて!聞きたくない!」
「嫌!もう離れよ。都市に行こうよ」
セレネが蹲り、ツーが涙ぐんで怯えている。
「行こう!固まって動け。やばくなったら龍化するんだ!」
「もう龍化したいよ」
「アーマーガ一番長ク龍化出来ル。他ハ背中ニ乗ッテ護衛シヨウ」
「分かった。アーマーの次は俺、俺の次はロッドで進もう」
スパンッ
「あぐっ!」
ツーが突然倒れる。左翼が徐々に赤く染まる。
「叫び声がするんで来てみれば、絶滅した龍人じゃないか」
気が付くと武装した人間十数人に囲まれていた。
「ちぇ、二匹だけか。全員メスだったら良かったのに」
「ねぇ兄貴。あいつらいくらで売れるんだろう」
「誰だお前ら!」
なんて汚い目をしてるんだ。放置された遺体の目だってここまで淀んでいない。
「密猟者を知らないとは冗談で言ってるのか?」
「これはあなた達がやったの?」
「ああ。爆弾が賞味期限切れだったから色んな動物に括り付けて遊んでたんだよ。いやぁ傑作だったなぁあの悲鳴は」
「痛い…翼が」
「クソ。よりによって付け根かよ」
「急所を外して良かったな。こちとら生きたトレジャーを探して遥々来たんだ。悪いが捕まって貰うぜ」
一斉に銃を向けてきた。セレネは精神をやられてる。ツーも飛べないときたか。死守しなければ。
「言っとくけど俺は不味いからな」
「後悔しても知らないぞ」
「近ヅケバ殺ス」
密猟者達は知っていた。普通に戦えば龍人の方が優勢ということに。さりとて引けない理由があった。
「いくぜ!捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」
アーマーが龍化する。
「何であいつ光ってんだ?」
さすがアーマー。人の姿からあっという間に緑龍に変形した。
『おら来いや。捻り潰してやる』
緑龍は翼の生えた襟巻を持つ巨大な蛇の姿。途轍もなく体が長い。猛々しい咆哮は敵の耳を劈く。
『ちょっとごめんよ』
緑龍の強靭な襟巻がツーとセレネを包み込む。これで思う存分に戦える。
密猟者達は全員怯んでいた。亜人が突然大木より太く梟雄じみた生物に変貌していたのだから。
シンは敵を次々と殴り倒し、ロッドもそれに続き応戦した。
「ぐほっ」
「ぬああっ!」
人間と龍人では明らかな身体能力の違いがあった。
「調子に乗るんじゃねぇぞ!」
グサッ
「痛ぇなこの野郎!」
バギッ!!!
大柄な密猟者はシンの反撃で一回転し木に激突した。
ナイフや銃で抵抗するものの、龍人にはあまり効果をなさなかった。怪我こそするが再生力は人間のそれとは比べることも烏滸がましい。
「こいつらガキのくせに…強すぎる」
極めつけにアーマーが全身で敵を薙ぎ払い、勝敗は見えた。
『一人残ってるなぁ』
木の裏にも一人怖気づき隠れていた。
「うわぁ!来るな化け物!」
パンッ
猟銃から放たれた弾丸は緑龍の体に傷一つ付けられず、砕け散る。
『グルルルルル』
「あ…あ。頼む!命だけは助けてくれ!俺はまだ入ったばかりで誰も殺してないんだ!」
「待てアーマー。こいつから聞きたいことがある」
完全に恐怖に支配されている密猟者の胸ぐらを攫んだ。
『二人共、もう大丈夫かい?』
「ありがとうアーマー」
「早く水浴びしたいわ」
「殺すなら一思いに殺してくれ!!」
「静かにしろ。俺達は外のことを何も知らねぇ。今世界で何が起こってるか出来るだけ話せ」
「待ってくれ。いいのか…密猟者を殺すと体に埋め込まれてる石が反応してまた新しく強力な密猟者が来るぞ…」
「何言ってやがる。俺達は一人も殺してないぞ。どれだけ損傷を受ければ死ぬかってのは見て分かるんだよ。野蛮な奴等と一緒にするな」
「気絶デ済マセテオイタ。カナリ長時間眠ッテイルダロウガ」
「あんたら、龍人だろ?南の国には絶対行っては駄目だ」
「何故?」
「あそこは龍人一人でも捕獲したら家族を返還してくれる上に無条件で貴族になれるんだ。間違い無く大勢に狙われる」
「東の都市に行こうと思ってるんだが」
「プリエステスか。あそこはまだ平和で危険人物もあまりいない」
「ちょっと待って。家族の返還ってどういうこと!?」
「実は俺、南の国の者なんだが、あそこは信じられないくらいの重税をかけてきて払えなかったら家族を奴隷にされるか檻で最悪の暮らしをするかの選択肢をさせられるんだ。俺も両親が奴隷にされた。俺の場合、国からあらゆる珍しい生物を捕まえてこいと命令されてるんだ。それで希望の生物をいくらか捕獲すれば家族を開放すると言われて…」
「そんな。信じられない」
「全て事実だ。半分以上の国が戦争を起こし夥しい数の人が犠牲になった。ほんの数十人のせいで」
「悪夢だわ」
セレネは理解が追いついておらず動揺している。
彼等にとって、龍人を始めとした希少生物の捕獲は、家族と名誉のための切り札だったのだ。嗜好目的ではなく、生きる為の仕方のない行為であった。
『俺、ちょっと怖くなってきたな』
「んもぅアーマー。今更遅いでしょ」
「色々理由があってこの職に入ったのか。でも、もう龍人には関わらないでくれ。まず、俺達は自然発火して自滅することも出来る。余程高度な技術を持ってなきゃ捕まえたって意味が無い」
「ああ。分かったよ」
「情報ありがとお兄さん」
「出よう。二人の気に障る」
緑龍は四人を乗せ真っ直ぐ東に去っていった。
「ツー。翼は大丈夫か?」
「うん平気。シンかっこよかったよ」
「ドウダ。少シハ落チ着イタカ」
「まだ心臓が暴れてるわ」
「オイデ。寒イダロ」
「血まみれだよ?汚いよ?」
「イイカラ来イヨ」
『俺の上でいちゃいちゃしやがって……』
多くの仲間が倒されたった一人取り残された兵士は生き伸びた喜びを噛み締め呆然としている。
「良かった…生きてる。俺、生きてるんだ」
ガサガサガサッ
漆黒の森の中、奥には大きな影。
『人間か。この森では珍しいな』
(人ではなさそうだけど同じ言語だ。)
「何か、用ですか?」
物体は不気味に笑う。
『実はな、腹が減ってるんだよ』