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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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前門の虎、後門の狼……に加えて西の龍に東の朱雀

 白鷺さんの根回しが功を奏したのか、その後、医者からは年のことについては一切聞かれなくなった。


 と言うのも、『白鷺凛以外の面識がある人間と接触すると、情緒不安定になる』という症状を、どうにかしてでっち上げたらしい。


 俺の情緒が安定するまでは面識のある人間とは面会させない、という治療方針が立てられた結果、『正化』の世界の父と母とは退院するまで一度も会わなかったし、退院後もしばらくはその方針を維持するとのこと。


 こうして考えると、こちらの『正化』の世界で頼れる人が、現時点でいなくなったことになるが―吉と出るか、凶と出るか。


 一月経過し、医者から『頭の骨はもう大丈夫』とお墨付きを貰って退院した俺は、一人暮らしをすることになった寮に荷物を運びこみ、夏休みが終わった今日から登校。


 そう、現在の状況をこうして文字に置き換えれば、精神病院に隔離されるか、実験動物の疑いがあるお誘いに乗るか、究極の二択よりは、まだマシな状況だ。


 マシな状況のはずなんだが……東京の夏は暑いと聞いていたし、実際暑いと思うのだが、汗があまり出ていないのは、俺が置かれている現在の状況に、身体も困惑しているからだろうか?


 まぁ『東京』という名称が高校についていても、立地していたのが川崎だったのには驚いたが、東京ディズニーランドが千葉にあるようなものか。


「ケイくんが入学してくれて、お姉さん本当にうれしいよー!」


 ミーンミーンと鳴き続けるセミの声をぶった切るような大きな声。

 

 眼前には、カンカン照りの太陽よりも輝いていそうな笑顔。


 なれなれしくあだ名で呼んで、俺の右腕を組みつつそのまま強引に歩き出そうとしている童顔の少女を、俺は全く見覚えがない。


 身長は俺の胸元辺りだから140とちょっと。大きな瞳とボブカットが相まって活発な印象を受ける。


 身長とは相反する大きな胸も印象的で、組まれた俺の右腕には彼女の胸が当たっている。


 何を隠そうこうやって冷静に心の中で模写しているのは、違うことに集中していないとこの柔らかな感触に意識が全部持っていかれてしまうからだ。


 彼女のすぐ近くに、中肉中背の眼鏡をかけた男子がいたので、何度か助けを求めるアイコンタクトを送っているのだが、彼はやってられない、とでも言いたげに右手で顔を覆い、ため息をついているので俺の救援信号に全然気付いていない。


 グイグイと右腕を引っ張られる俺の身体が、唐突に止まった。


「あらあら。津田さん、独り占めは困ります」


 二人目の声は、対照的に涼し気。

 

 右の少女が太陽なら、こちらの少女は木陰の涼しさをイメージさせる。


 俺の左側に回り込んでいた彼女は、なぜか目を閉じているように見える。


 目を閉じているように見える、と言ったのは、正確にこちらの左手を握って俺の前進を止めたので、実際には見えていると思われるからだ。


 一纏めにされているポニーテールは背中の辺りまで伸ばされていて、手を口元に当てている仕草や歩き方、立ち居振る舞いからは気品めいたものが感じられる。


 左目のすぐ下に泣き黒子があるし、こんな特徴的な知人がいたら絶対忘れないと思うのだが……


「お三方とも、秦さんに何をされているんですか?」


 そう言って、俺の前方に立ちふさがるのは、ある意味左右の少女二人以上に得体の知れない、完全無欠に無表情な白鷺さんなんだが……お三方?


 後ろに誰かいるとでも―うぉ?!


「…………」


 真後ろには、問答無用で正体不明な人物が無言で佇んでいた。


 なぜなら、その顔にはマスケラがあって、どんな表情をしているのかサッパリわからないのだ。


 わかることと言えば、背丈はハクロさんより少々低めの痩せ型、髪は肩の辺りで切り揃えられている、ということくらい。


 身に着けているマスケラが、眼の部分と口の部分、共に三日月型で象られているので、不気味な笑みを浮かべているようにしか見えず、こちらの不安を否応なしに煽ってくる。


 白鷺さんや左右の少女と同じ制服を着ているので、この学校の女子生徒であることは間違いなさそうだが……


「白鷺さん、あの、この人達、誰なんだい?」


 三人の誰か、特定の個人に話しかけるのは、マズイ気がする。


 後ろの正体不明のマスケラは論外。


 左右の少女たちはそれぞれ活発系、おっとり系と系統こそ異なるが、異性からモテそうな顔立ちをしているにもかかわらず、両手に花と言うべき状態の俺を、他の生徒たちは男子も含めて、ただただ避けていく。


 嫉妬の視線も、羨望の眼差しも無い。


 友達と共に登校してきた生徒は、談笑しているのを装ってこちらを無視し、一人で登校してきた者は目線を可能な限り下げ、携帯電話かOBか、あるいはスマホに類するものかまではわからないが、電子機器に視線を落とす事でこちらを見ようとしないのだ。


 ほんの一瞬だけ眼があった女子生徒など、俺を見て、こちらの女性陣を見てからもう一度俺を見て、憐れむような眼差しを向けたのだから……白鷺さんを含めた四名の女子生徒のいずれか、あるいは全員が、高確率でアンタッチャブルな存在なんだろう。


 なら、全く知らない3名に話しかけるよりは、モルモットにされている疑いがあるとは言え、面識のある白鷺さんに話しかける方が、まだ危険性が少ない、という俺の判断は正しい……と思いたい。


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