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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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覚醒と困惑

 骨折した頭が痛む。ベッドの上で医者や看護士に抑えつけられた手足が痛む。

 

 だが、そんな痛みはどうでも良い!


「秦さん、落ち着いて下さい! 貴方は頭を骨折しているんですよ!」

「そのくらいの衝撃があったら、記憶の錯乱があってもおかしくないんです、ですから!」

「ふざけんなぁっ! 俺はおかしくないっ! 俺は35歳だ!」

「啓一、お前が35歳な訳がないだろう! 落ち着け!」

「うるせぇ! やっぱり偽物だなお前たち! 本物の親父とお袋を連れてこいっ!」

「そんな、啓一、あんた、何言って?!」


 そっちこそ何言ってやがる! 泣き落とししようたってそうはいかねえぞ!


 赤の他人が、俺の両親を騙るな!


 クソ、どけ! 何で医者や看護士が、マトモな俺を『おかしい』と言って抑えつけているんだ! 変な音楽を大音量で流しているのは俺への嫌がらせか?! クソッタレ!


「鎮静剤の用意は?!」「出来ました、けど……」「貸せ! 私がやる!」


 白衣を着た男が、看護士らしき男から注射器を奪い取る。


「よせ、止めろ! 俺はマトモなんだから、そんなモノを……」


                        *


 暗い……ここはどこだ? 今、何時なんだ?


「目が覚めましたか?」


 聞き覚えのない声だ。誰だ?


「頭は動かさない方が良いでしょう。頭蓋骨を骨折している、と聞いています」


 確かに頭が多少痛み、息苦しい気がするが、動けない程ではない。慎重に、首を横に倒す。


「麻酔が利いていればそれほど痛くないかもしれませんが、絶対安静だと聞いています」


 電灯のついていない暗い天井から視線を動かすと、誰かがベッドのすぐ隣に立っていることがわかった。


 しかし、誰だ?


「申し訳ないが……どちら様でしょうか?」


「姓は白鷺、名は凛。7月15日で16になりました」


 ハクロ、なんて苗字の女の子に知り合いなんていないんだが……


「秦さんは横断歩道を歩いている最中に子どもを庇って撥ねられた結果、頭蓋骨を骨折し、病院に運び込まれたと聞き及んでおります。貴方の記憶と私の情報に、齟齬はありませんか?」


 ? おかしい。俺は、職場であるホームセンターにいたはずだ。


 お客さんの商品を取るために、脚立に乗って……そこから先の記憶がないが、横断歩道云々、という話になるはずがない。


「なんか、すごく記憶が混乱しているみたいなんだが……今は、いつで、何時頃なんだ?」

「現在は、正化9年の7月22日になります。時刻は」

「……待った。今、聞きなれない年号が出てきたんだが」

「正化、9年です」


 ! 思い出した!


 気付いたら病院のベッドの上で、医者から『頭蓋骨骨折だから絶対安静ですよ、秦さん。ちなみに、ここがどこで、今いつなのかわかりますか?』と聞かれたのだ。


 だから俺は『青森のどこかの病院ですか? 今は……7月えーと、いつでしたっけ?』と返した。


 すると、ベッドの上から青い手術着のようなモノを着た医師二人は、互いに顔を見合わせ『正確な年月はわかりますか?』と聞いてきた。


『2018年の7月……23日、ですよね?』


 医師と思しき二人は再度互いの顔を見合わせ、頷いたのが印象的だった。


 麻酔がまだ利いていたのか、再度俺は意識を失い―意識を取り戻した俺は、病室に駆け付けた親父とお袋―いや、親父とお袋にそっくりな赤の他人に『お前、今は何年で、ここはどこだと思っているんだ? お前、年はいくつだ?』と開口一番問いかけられたのだ。


 この時にはまだ二人が、本物の親父とお袋だと俺も思い込んでいたから、『2018年……青森の病院だろう、ここは? 俺の年は、35歳だ』と答えた。


『35歳……2018年って……おい……俺が誰だか、わかっているよな?』と疑わし気に問われたことで、何かがおかしいと思い口を噤んで、様子を伺った。


 二人とも、俺を、見る目が、明らかに違う。


 この目は、俺がまともじゃない、と考えている目だ!


 偽物のお袋がワンワンと泣きだし、『……こんな大怪我を負ったのに、後遺症が記憶の錯乱だけですんだんだから、贅沢言うな』と偽物の親父は慰め……


 周りの人間が皆、デタラメを言うモノだから、俺はつい興奮して……医者や看護士に取り押さえられたのだ!


 ベッドから跳ね起きようとしたら、目の前に白磁のような肌の白い手がかざされた。


「覚えていないかもしれませんが、今、暴れ出したら、先程の繰り返しになります。何がどうなっているのか、情報を集める事からはじめた方が良いかと」


 ……随分冷静だな、この娘。


 暗さに目が慣れてくると、眼前の少女の容姿が見えてきた。


 どこかの学校の制服を着ているが、白磁を思わせる白い肌によく映えている。ほっそりとした長い手足が、背を高めに見せていた。腰の辺りまで伸びた髪は彼女の耳を覆い隠すくらい長く、そして黒い絹のような光沢を放っている。切れ長の双眸に、絶妙なバランスで上向いた鼻梁、鉱物めいた、非現実的な美貌。

一言で言うと、美人。


 左手に持っているのは―新聞、か?


「ここに新聞があります。読みますか?」


 親父とお袋を名乗る赤の他人に、俺の様子をすでに聞いていたのであれば、この展開は彼女にとって想定内だろう。


 蛍光灯をつけてもらう。眩しさに思わず呻き声をもらしつつ、彼女に広げて見せてもらった新聞で、俺が真っ先に見たのは、日付。


 正化9年(西暦1997年)7月23日、とある。


 大きく深呼吸し……落ち着けるかこんなのっ!


 目が覚めたら年号が変わっていて『正化』だと?! 気付いたらタイムトラベルしただけじゃなく、よく似た別世界に転移したとでも言うのか?!


「そうだ、鏡! 鏡を見せてくれっ!」


 年号はともかく、西暦1997年だと言うなら、俺は15歳のはずだ!


 35歳の俺が15歳になっていると言うのなら、鏡を見せてもらえ……れ……ば……鏡に映る俺に、髭が、ほとんど生えていない。もみあげの辺りに見えた、白髪も見えない。


 今になって気づいたが、俺は眼鏡だってかけていないじゃないか。受験勉強で視力を落としてからは、日常生活では眼鏡が必須だったのに、眼鏡がなくても新聞が読めていた!


 ど、どうなっているんだ……?


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