第69話 フィレオンティーナ嬢を取り返そう
評価及びブックマーク追加、誠にありがとうございます!
本当に感激しております。大変励みになります。
今後もコツコツ更新して参りますのでよろしくお願い致します!
さて、今回の話は私の作品としては異常に長い9300文字の長文となっております。
通常は3000字前後に抑えて、お仕事や学業の休憩中や、夜寝る前のちょっとしたお時間に呼んで頂き、明日の活力の一つにでもしていただければと思っております。ただ、今回の話は2分割にしようかとも思ったのですが、ヤーベ君の考え方、優しさ、激しい怒りなどが次々と溢れ出てきてできれば一度に呼んでもらいたいっ!と思ってしまいましたので長いまま投稿させて頂きます。少しお時間に余裕のある時にでも楽しんで頂ければ幸いです。
「な、な、な・・・何だ貴様は! どこから来た!?」
明らかに首謀者のボスだかリーダーらしき中央にいる男がいきなり現れた俺に驚いている。
ここは悪魔の塔の屋上だが、屋上と言っても圧倒的に広い。
だから、最初塔の外壁の最上段を触手で掴み、自分の体を引き上げて屋上の端に着いた時には俺の姿は奴らからは発見されなかった。
ただ、その屋上の中央に鎮座するバケモノの石像ははっきりわかった。
高さが3mを超える、手が6本、足が4本もあるバケモノの石像が置いてあるのだ。
あれが封印された悪魔王ガルアードだとするのなら、封印が解けたら相当ヤバいというのが実感できる。
そして像の前に広がる魔法陣、そして陣の中央に寝かされたフィレオンティーナ嬢。
どこからどう見てもフィレオンティーナ嬢を生贄に捧げて悪魔王ガルアードを復活させようとする質の悪い計画だろう。
こんな危なそうな石像をなぜ国がこんな塔の上に放置しているのか?
国がこの塔を管理、防衛し、こんな質の悪い復活儀式など簡単にさせない様にしていないのか?
緊急事態時を想定した防衛システムは考えられていないのか?
いろいろツッコミどころは満載だ。
ラノベの世界ならある程度ご都合主義で話が進んで行くのも大事な事だろう。テンポは読み手側からすると非常に重要なファクターだ。
だが、現実はそんなご都合主義など存在しない。
それだけにこの塔内に騎士団や兵士を拒む山のようなトラップや魔物がいる中で、なぜコイツラが簡単にこの最上階にフィレオンティーナ嬢を連れて来ることが出来たのか?
それは2つの理由どちらか以外に考えられない。
1つは悪魔王自身の復活はまだだが、悪魔王の手下が暗躍している場合。
この場合はフィレオンティーナ嬢を攫った奴らも仲間なのだから、塔内の魔物にコイツラを襲わせない様にするか、寄せ付けない様に配慮する事が出来たのだろう。その場合はこの悪魔の塔をコントロールしているのが悪魔王ガルアードもしくはその手下ということになる。
そしてもう1つの可能性。こちらの方がずっと厄介だが。
もう1つは国が関与している場合だ。つまりこの塔自体を国が管理している場合、ある程度塔内の魔物やトラップをコントロールしている人物、ダンジョンマスターというよりは、タワーマスターという存在がいるという事だ。
そして、その人物は王国に繋がっている可能性が高い。
しかも、タルバリ伯爵内にあるのに、タルバリ伯爵ゆかりの人物を誘拐し、塔内への兵士を拒むような対応を行っている以上、タルバリ伯爵領内でこの悪魔王ガルアードが復活しても良いと考えている人物が少なくとも王国内にいるということになる。
この場合は非常にやっかいだ。
なぜなら、王国全体がそう考えているのか、それともある一部の人間が王国の転覆を狙って企んだ事なのかによって話が大きく変わってくるからだ。
王国全体でそう考えている場合は例えタルバリ伯爵領が大変な事になっても、王都までは被害を出さない腹積もりだろう。悪魔王ガルアードをコントロールする方法でもあるのかもしれない。だが、王国転覆を狙う輩が企む場合は最悪王都が火の海になってもいいと考えている可能性だってある。今の王族が全滅してから王都立て直しのために現れてもいいのだから。
「・・・尤も、この悪魔王を倒す手立てをちゃんと考えているのかわかったもんじゃないけどな・・・」
どうしてああいう悪役は頭が悪いのが多いのかと思ってしまう。
コントロール出来ないバケモノを解き放ち、自分の気に入らない世界を壊そうとする。
だが本当にその後うまくやれるかちゃんと計画立案してるヤツ、どれくらいいるんだろう? 結構行き当たりばったりなヤツ多い気がするけどな。大抵正義のヒーローとかがバケモノを始末するから平和になるんだけどさ。
偶に、あまつさえ自分自身ごと滅ぼそうとするやっかいなサイコ野郎もいるから始末におえない。そういうのは自分一人でやってくれと心底思う。せめて自分に直接敵対した奴だけを恨んでくれよな。この世界が憎いとか、何であった事もない人まで恨んで殺そうとできるのか、まったく理解できないね。頑張って真面目に生きている人だってたくさんいるだろうに。
というわけで、ワナワナしている首謀者らしき男のところまで歩いて来たのでこちらの姿が見つかったのだ。そうして俺を見た男が問いかけてきたわけだ。
「どこからというと、地上からだが?」
「馬鹿なっ!? 塔の中は魔物と罠で埋め尽くされているはずだぞ! お前なんぞが突破できるはずないだろ」
初対面でお前なんぞって・・・お前は俺の何を知っているというのか。
こういった会話一つでも相手のレベルが測れるというものだ。
多分、裏にシナリオを描いた野郎が潜んでいやがるな。
こいつは自分の欲望をエサに操られただけのただの駒に過ぎないだろう。
・・・あーあ、こういう敵、嫌いなんだよね。
北千住のラノベ大魔王と呼ばれ、給料の大半をラノベ購入に充てた俺だ。
死ぬほどのラノベを読み込んできている。
もちろんいろんな話があるのは理解している。ダークな復讐物も、王道チートでハーレムを築くチーレム物も、いろいろだ。その中で、俺はとあるパターンを苦手としている。
それは、メインな敵が姿を現しては、また再登場するというパターンだ。何度も逃げては再び挑んできて、そして主人公が仕留め損ね、また逃げて次の策略を練って挑んで来る。
物語としてはわかる。ストーリーを維持しやすいし話の流れが作りやすい。
一定の敵を表示しておけば、話自体も理解しやすいものだ。
だが、現実ならばどうか?
その逃げた敵をその場で仕留めておくことが出来たなら、次の犠牲は生まれなかったはずだ。より不幸になる人を生み出さずに済んだはずだ。もちろん何度も戦って最後わかり合って仲間になるなんて青春パターンもあるが、それは一対一が基本だろう。何度も罠を張り巡らす敵を逃がすことは致命的な結果を生み出しかねない。
そういう意味でも、この世界に来てから「人殺し」をなるべくしたくない、と考えている自分と、「悪・即・斬」の様に敵と定めたら決して容赦してはいけない、と考える自分が両方いる。なぜなら国や町が定める法律の解釈が地球よりもずっと希薄で、魔法なんてものがある世界で「報復行為」を放っておく事は自らの安寧を遠ざける事に他ならないからだ。
それでも最初、泉の畔に一人でいた時はそれでもいいと思った。自分だけならばなんとかなるだろうし、自分の命だ。しくじったならば自分が責を負うだけの事だ。
だが、今は違う。イリーナがいる。カソの村の人々がいる。ソレナリーニの町にも知り合いが増えた。コルーナ辺境伯家のみんなもいる。俺が狙われる事で、周りに迷惑が掛かるような状況は出来る限り排除せねばならない。俺の敵になる者に決して「二度目のチャンス」をやってはいけないのだ。
・・・尤も、「俺の敵」と定めるには十分な調査などが必要だろうが。
斬してから、「あ、間違えちゃった」ではとてもではないが目も当てられない。
ま、俺を殺そうと向かって来る奴はみーんな敵!という事で「悪・即・斬」で構わないだろうけどな。
「何黙ってんだよ!お前なんぞが突破できるタワートラップじゃないんだよ!」
「そうなの?」
「ああそうだ! この下の59階層には悪魔王ガルアードを模した強力なゴーレムが設置されているし、58階層にはフィレオンティーナの偽物を置いて油断させたところを殺す罠だってあるんだ!」
「そうなんだ、でも俺、外壁を伝ってきたし」
さすがに触手で引き上げましたとは言いにくいので、ボヤかした。一応外壁からってことで、嘘はついてないよな?
「お前何なんだよ!? タワー攻略はタワー内を通ってくるのがルールだろ! 卑怯だぞ!」
「いや、ルールって・・・。卑怯ってなんだよ? これはゲームじゃない。現実だろうが。そしてお前は卑劣な誘拐犯だ。それも誘拐した美女を殺そうという殺人未遂付きのな。もう一度言ってやろう。お前は単なる卑劣な犯罪者だ。それが現実だ」
あくまで現実を強く意識させる。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな! 誰も俺の事を理解できないバカばかりだ! やはりあの男の言うようにこの悪魔王を復活させて、ダメな世の中を綺麗にしてやらなくちゃいけないんだ!」
あー、そういう人ね。ありがち・・・といったらさすがに可哀そうか?
そして、裏にいらっしゃりやがるのですね、黒幕さん。
苦手なパターンのもう一つにあるのですよ、暗躍する癖にちっとも姿を現さない敵。閑話とかで固有名詞が無いまま悪党計画をちょっと語ったりする奴。ホント、鬱陶しい。さっさと出てきて主人公にタコられろよ!とか思っちゃう。
・・・まあ、俺が悪党嫌いでハッピータイプの物語が好きだから、余計にそう感じるのかもしれないけどね。
「こんなヤツが一人来たところでどうってことない! 儀式を続けて復活させるぞ!」
そう言って魔法陣の周りに立つ10人のローブ姿の手下に声を掛ける首謀者らしき男。
らしき男って言ってるのは俺がそう思っているだけだから。
たぶんあってると思うけど。
「ど、どうした!? 早く儀式の呪文を唱えろ!」
「そりゃ~、無理じゃない?」
俺がそう言うと、10人のローブ姿の手下がどさりと全員倒れた。
「な・・・何をした!お前!」
あれだけ敵が喋ってるんだから、いくらでも対策が取れるというものだ。
気づかれぬよう細く伸ばした触手を10人の手下に伸ばして、一気に首を絞めただけの事。
一応殺さないで落ちるだけにしておいたけどね。
「お、お前は一体・・・?」
「さてね、俺の事などどうでもいいさ。さあ、フィレオンティーナ嬢を返してもらおうか」
俺が一歩首謀者らしき男の方へ踏み出す。
「動くな! 動けばこの女を殺すぞ!」
そう言って魔法陣の方へ駆け出す男。確かに距離はずっと男の方がフィレオンティーナ嬢に近い。そう、距離だけならな。
「<微風の嵐>」
一瞬、フィレオンティーナ嬢の体が風に舞うように宙に投げ出される。だが、その後ふわりと俺の腕の中にフィレオンティーナ嬢が降りてくる。風の精霊シルフィーの力を借りた魔法、良い感じです。
「んんっ・・・、あら・・・わたくしは誘拐されたはずでは・・・。貴方がわたくしの事を誘拐した方ですの?」
「いいえ、違いますよ。私はコルーナ辺境伯とタルバリ伯爵より貴方の奪還を願われた者。このまま無事にシスティーナさんの元へお連れしますよ」
「まあ・・・システィーナのお知り合いですの? あの子ったら、タルバリ伯爵様に嫁いだのに、こんな素敵な殿方が知り合いにいるなんて一言も教えてくれなかったわ」
艶のある笑みを浮かべてフィレオンティーナが少しだけ拗ねる。
・・・カワイイ。
「いや、タルバリ伯爵と奥方のシスティーナさんにお会いしたのは昨日が初めてなのですよ」
「まあ、そうでしたのね? では、昨日知り合ったばかりの妹やタルバリ伯爵様の願いを聞き、わたくしを助けに参ったと・・・?」
「まあ、そうですね。それに、貴方を救えるだけの力が私にあった事。後、貴方がシスティーナさんの姉で、システィーナさんによく似た絶世の美女とお聞きしたことも少しだけ理由に・・・ね」
そう言ってウインクするが、俺はローブをかぶったままの怪しい格好だ。
ウインクは元より、怪しいローブ姿の俺を素敵と称してくれるフィレオンティーナ嬢は大丈夫なのかと心配してしまう。自分で言ってて悲しいけど。ここは吊り橋効果だと思っておこう。
「まあ、ますます素敵なお方・・・。システィーナやその夫であるタルバリ伯爵様は一体何を報酬に貴方様をこのような危険な場所へ送り込みましたの・・・?」
首をこてんと傾げる仕草。お姉さんの色香もあるのに、なぜか可愛さも同居する小悪魔的なお姉さまですね!ボク大好きなジャンルです!
「そう言えば報酬の話をしませんでしたね。この塔に到着してすぐにここへ。貴方に危機が迫っていると思いましたので、タルバリ伯爵に挨拶もしませんでしたな。不敬だと言って首を取られるかもしれません」
そう言ってわざとおどける様に首を竦める。
「まあ、妹の夫たるタルバリ伯爵様がそのような無体な真似をなさるとは思えませんが、万一そのような事になりましたら、わたくしも貴方様と共にありましょう。出来れば、2人で逃げ出せるといいですわね。わたくし、これでも占いには自信があって、占いだけでゴハンを食べて行けますのよ?」
魅惑的な笑顔を見せてくれるフィレオンティーナ嬢。やばい、イリーナやルシーナちゃんがいなかったら俺の理性を湛えるダムはあっさり決壊して理性が枯渇してしまうところだ。
「それも素晴らしき人生ですね」
そう言ってお互い瞳を見つめる。
結構至近距離なんだけど、俺の顔大丈夫かな?
「ふ、ふ、ふざけるなぁ! お前達はここで死ぬんだ! 何を悠長にラブってんだよ!チクショー!爆発しろ!」
「んんっ・・・? 何かセリフがすげーモテないダサ男の典型みたいだな、お前。こんな事をしでかす原因に世の中がどうとか言っていたが、お前自分の才能がどうとかの前に、まさかフラれた腹いせがきっかけじゃねーだろうなぁ?」
俺は溜息を吐きながら呆れる様に言った。
「うるさい!うるさい!うるさい! お前の様に女の子とすぐ仲良く話せるようなヤツに何が分かる!お前の様にモテるヤツなんか死ね!」
「無茶苦茶だな。大体こんな怪しいローブを着た男がモテるわけないだろ?」
「今フィレオンティーナからモテているじゃないか!」
「そりゃ、殺される直前に助けに来たんだから、通常よりはモテるだろうよ」
「くすくす、それだけじゃありませんけどね?」
そう言ってフィレオンティーナ嬢がにっこり笑う。
「やっぱりお前はモテる側だ!許せねえ!」
「ははは、俺はついこの前まで全くモテなかったぞ? それよりか、確実に俺はお前側だったし、つい何か月か前は人生のどん底だったな」
「な、なんだと・・・!?」
驚愕の表情を浮かべる男。
そしてフィレオンティーナも不思議そうな表情を浮かべる。
「仕事は山積みで寝る間もない、それなのに給料は上がらず最低限。食事も味気なく毎日仕事して家で寝るだけの日々だ。もちろん女の子とデートは元より喋る機会さえない」
「・・・!」
驚いている首謀者らしき男。
「そんな俺の唯一の楽しみはラノベを読む事だった。お前にわかりやすく言うと「本の物語を読む」だな。現実ではない、空想の物語。だけど、現実が辛かった俺はその空想の物語に夢を見ていた。でも現実からは逃げない。どれだけ辛くてもどうせ逃げられないのだから。それなら、生きて行く中で自分の楽しみを何か一つ見つけて頑張る方がいい。頑張ればその見つけた何かを楽しむことが出来るのだから」
男は両膝を付きそして地面に手を付く。
「だけどっ! 僕には何もなかった!楽しめるものなんて!夢なんて!」
「俺も無かったよ」
「えっ!?」
慟哭に咽ぶ男に優しく語り掛ける。
「俺も無かった。ずっとなかった。子供の頃から、気づいた時には何もなかった。周りの人間の顔色を見て、角が立たない様に、空気を読んで・・・。でもそんな人生に楽しみなんてなかった。楽しいと思ったことなんて数えるほどに少ない。でも、俺は出会った。ラノベに。ラノベの物語に。そして俺の人生に色が映えるようになった。初めて空想の世界に飛び出す自分の気持ちを楽しいと思った。こんな俺でも出会えたんだ。なぜお前が出会えないなんでわかる? きっと出会える。楽しいと思える事に。諦めなければ、誰だって」
男が立ち上がる。
「お、俺でも見つかると思うか・・・?」
「言ったろ? 諦めなければ見つかるんだよ、誰だってな」
そう言って笑ってやる。顔は見えてないだろうけどな。
男が涙を拭って笑った。
お姫様抱っこ中のフィレオンティーナ嬢も「優しい方・・・」なんて呟いてうっとりしている。モテてますかね?俺の時代来た?イリーナいないよね?
その時だ。
急に悪魔像の上あたりに魔力が発現した。
魔力は急激に圧縮したような状態から弾け、怪しい魔導士風の男が姿を見せる。
「まさかっ! 転移か!?」
俺は思わず口走ってしまった。
ラノベの世界ではチート能力の代名詞でもある「転移」。当然ノーチートの俺にはない能力だが、この世界の町や村でも転移という単語も、概念も聞いた事がなかった。そのためこの世界では「転移」は無いか、あっても伝説級なのかと思っていたのだ。
「使えぬデクは悪魔王復活に血肉を捧げるがよい。<光弾>」
「なっ!?」
一瞬にして首謀者らしき男の胸板を後ろから光弾が貫き、胸から血が噴き出る。
「ああっ!」
フィレオンティーナも男が改心に向かっていたのに、まさかこのような状況になってしまったことを悲しむかのように目を伏せた。
「俺も・・・今度は・・・見つけ・・・」
魔法陣に倒れた男は最後呟くと事切れた。
「・・・・・・」
「ふっ、何者かは知らんが、その女が大事なら連れて帰るがよい。儀式は始まっているのだ。この男の血だけでも時間はかかるが悪魔王ガルアードは復活するだろう」
その物言い。それだけでこの男が悪魔王ガルアードの手の者でないことがわかる。
そして想定は最悪の方向へ向かっているという事だ。
「ふ、精々足掻いてくれたまえ。それではな」
そう言って「転移」で消えようとする男。
「・・・・・・」
「な、何っ!? 呪文が・・・発動しない!?」
「・・・・・・」
「どういうことだ!? 貴様、何かしたのか!」
「・・・・・・」
「う、うおお・・・!?」
男が元々自分にかけていた魔法<飛翔>の魔法を維持することも困難になって来たのか、体が空中で揺れ出す。
「な、なんだとっ!?」
そして空中から落ちて地面に叩きつけられる。
「ぐはっ・・・、こ、これは・・・!?」
『ヤーベ!さすがだね!』
『さすがはお兄様ですわ!とっさにこのような魔法を思いつかれるなんて』
「ええっ!? これって・・・精霊様!?」
急に顕現した水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィーにフィレオンティーナが驚く。
「<魔法障害>。この空間ではお前の魔力を高めて呪文を扱うことは出来ない。魔力を集中して維持することも出来ない」
<魔法障害>
この場で俺が思いついた合成精霊魔法だ。水の精霊ウィンティアの力を借り、空気中の水分に俺の魔力を付与させていく。そして一定のエリアで充満するように風の精霊シルフィーの力により風のバリアを作る。
魔法・・・呪文の行使は魔力を集中的に高めて術式を発動させることにある。
ならば、その魔力の集中を邪魔してやれば呪文の行使が出来なくなるのでは?
そこで考えたのが自分の魔力の波長で相手の魔力の集中を邪魔する事だ。魔力同士を干渉させると魔力圧縮を邪魔することが出来る。魔力には波長がありそれぞれ同じような魔力でも違いがあるのだ。逆に全く同じ波長で同期できるのならば魔力の増幅を外部からの魔力供給で可能にできるのだろうけどな。
ただ、魔力はそのまま空中に放出しても維持できない。そこでウィンティアに力を借りて空気中の水分に俺の魔力を帯電させるようなイメージで作った。
そんなわけで、俺の魔力が空気中に充満するこのエリアでは俺の魔力の波長と合わない奴は呪文を真面に使えないはずだ。
淡々と奴に伝える俺。ビークール、ビークールだ。目の前の改心しかけていた男を殺されて腸煮えくり返っているが、ここは落ち着くんだ、俺。
「ば、馬鹿な・・・、<魔法障害>だと!? そんな呪文見たことも聞いたことも無い! お、お前は一体・・・!?」
それには答えず、俺は男を睨みつける。
「いつでも自分が強者だとでも思ったか? いつでも相手が格下でどうとでも出来ると思ったか? 自分より下の者たちの命などどうでもいいと思ったか? 自分の「転移」を防ぐものがいないとでも思ったか? 自分は何があってもいつでも逃げられるとでも思ったか!」
いかん、喋っている間にテンションが上がって怒りも上がって来ちゃった。
地球時代務めていたブラック企業の上司もそうだったな。自分で喋って自分で勝手にテンション上げて怒り出して怒鳴りつけてくる。最低だと思ったが、コイツにはいいか。
「き、貴様・・・一体・・・」
「お前は魔術師らしいな。呪文が使えなければどうにもならんだろう。洗いざらい吐いてもらおうか。俺は拷問なんてやりたくないが、コルーナ辺境伯やタルバリ伯爵なら部下にそういう事が得意な連中もいるだろうからな」
俺を睨みつける魔導士。だが次の瞬間、
「貴様の思い通りなどにはならん!お前もここで死ね!」
そう言って隠し持っていたナイフで自分の首を切り落とした。
血が噴水の様に噴き出て魔法陣に降りかかる。
そして魔法陣が血を吸うように輝き始める。
「ちっ・・・!」
正直、心臓を刺し貫いても、首の頸動脈を切ってもスライム細胞を使い一時的な応急処置で延命が可能だと思っていた。例えその後死んだとしても、情報だけは引き出せると。
だが、甘かった。まさか自分の首を切り落とすとは。
それほど切れ味の鋭いナイフを持っていた事も驚きだが、魔法やポーションのある世界だ。致命傷も即死しなければなんとかなってしまい、情報を引き出すための拷問を受けてしまうという危機感があったのかもしれない。
俺には正直そこまでわからなかった。
これは俺のミスだろう。
もっと早くあいつをスライム触手で拘束するべきだった。
イラつく敵だった。それだけについ感情的になってしまった。
もちろん逃がさないのは当然だが、情報を全て引き出して敵の全貌を把握したかったのだが・・・。
『ヤーベ、ヤバイよ・・・』
『お兄様、アレは危険です・・・』
ウィンティアとシルフィーが俺に警告する。
魔法陣は大量の血を吸い込んでしまった。しかも、敵の魔導士はかなりの魔力を保有していた。たぶんフィレオンティーナが選ばれたのも美しいだけでなく、魔力保有量が高かったからだろう。そして魔法陣が輝き、禍々しい魔力が吹き荒れる。
「ま、まさか・・・」
フィレオンティーナが石像を見て呟く。
石像の表面に罅が入り、その下から凶悪な肉体が見え始めていた。
悪魔王ガルアードが復活するのだ。
俺はフィレオンティーナを地面に降ろす。
「ウィンティア、シルフィー、ここから離れて彼女を守ってくれ」
『ヤーベはどうするの?』
『お兄様も一緒に離れませんと!』
「俺は・・・責任を取らないとな」
ニコッと笑い、俺はローブを脱ぎ去る。
『ええっ!? ヤーベ、その姿って・・・』
『お兄様・・・そのお姿がお兄様の本当の姿なのですね!』
「・・・・・・」
2人が俺を見て驚く。フィレオンティーナは言葉が出ないようだ。
今の俺は魔法のマントに聖銀の胸当てを装備した矢部裕樹の姿を晒していたのだ。
「さて、悪魔王とやらを片付けるとしようか」
俺は不敵に笑って歩みを進めた。
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