第417話 唐突に攻め込まれたグランスィード帝国に救援を送ろう
亀の歩みで・・・リハビリ中・・・
バルバロイ王国王都バーロンにある王城の一角。
大きな石造りのテーブルは非常に高級な白輝石から切り出し、磨かれたものであり、この大きな会議室に気品あふれる佇まいを見せていた。そしてその大きなテーブルには重要な会議を行えるべくいくつもの椅子が設置されている。
普段行われる会議ではこの部屋が使われることはなく、使われるほどの重要会議があったとしても、数多く用意されたその椅子が全て埋まることはない。
だが、今回開かれた会議では、その椅子が全て埋まっていた。
それほどに呼ばれた人数が多いのである。
その一つに深く座り、大きな溜息を吐いた人物。
バルバロイ王国の国王、ワーレンハイド・アーレル・バルバロイ15世その人である。
非常にピリピリとした空気の中、諸国の重要人物たちが一様に緊張している。
さもありなん、とワーレンハイド国王は思う。
なにせ、付き合いの長いワーレンハイド国王をもってしても彼の人物のこれほどに怒りのオーラを纏う姿を見たことはない。諸侯が緊張し、冷や汗が止まらなくなるのも無理はない。
そして、渦中の人物が口を開いた。
「・・・報告せよ」
「・・・ハッ」
ヤーベ・フォン・スライム辺境伯の言葉に、重々しく返事をしたのは、人ではない。
濃い青色、濃紺と言ってもよい毛並みの狼牙であった。
情報収集部隊の全体を纏める立場にいるハンゾウであった。
「此度の件、我の不徳といたすところでございます」
「よい、お前のせいではない。何より、他国からの侵略に対しての調査など指示しておらん」
「・・・ハッ」
謝罪から入ったハンゾウの言葉を遮るヤーベ。そしてその目は報告を促していた。
「時はわずか5日前にございます。トランジール王国より突如グランスィード帝国へ宣戦布告もなく、いきなり侵略部隊が強襲する事態が発生いたしました」
ハンゾウの流暢な人語による報告に驚く者は誰もいない。驚いているのは、その内容である。
「トランジール王国の侵略部隊は大きく分けて5つ、それぞれがグランスィード帝国の東の端にある村々を襲い、西にあるグランスィード帝国帝都へ向かって進軍しております」
「今はどのあたりにおるのだ?」
質問したのはドラゴニア王国バーゼル国王だ。
「すでにもっとも東にあったダゴン砦は陥落し、帝国の5分の1にまで達しているかと思われます」
「なっ・・・!?」
バーゼル国王が驚くのも無理はない。グランスィード帝国が東のトランジール王国への備えとして築いていたダゴン砦がすでに陥落しているなど、どれほどの戦力なのか想像もつかなかった。
「占領された村々の状況はわかりますか?」
状況確認を問いかけたのはラードスリブ王国宰相の座についているベールホルト・フォン・アーネスト。アーネスト公爵家の当主でもある。
「それが・・・」
質問に対して若干口ごもるハンゾウ。
「どうした?」
ヤーベはハンゾウが言葉を濁すなど初めての反応に懸念を抱いた。
「襲われた村のほとんどは全滅に近い状態に追い込まれ、火をかけられて打ち捨てられたまま敵軍は進軍を止めておりませぬ」
「なっ・・・!?」
各国の王族が言葉を無くす。
村人を皆殺しにしつつ帝都への進軍速度を落とさないなど、通常の侵略戦争ではありえない状況であった。
領地を切り取り拡大、有利な講和を引き出そうといった事を微塵も考えていない。
まさしく相手を根絶やしにして土地を奪う・・・そのような意図が明々白々なのである。
「トランジール王国は一体どういうつもりで・・・」
「確かあの国はわずか12歳の子供が王位についてばかりではなかったか?」
その問いに一同の視線が一か所に集まる。
トランジール王国からの客分としてこの会議に参加を要請され、この場に来ているのはセフィリナ・サンクレストと自称勇者一行である。特にセフィリナはトランジール王国サンクレスト侯爵家の長女であり、聖女の称号を与えられている国の重鎮である。
「は、はい。確かにまだ12歳のクランジール・フォン・トランジール十三世国王が王位についております。ですが、まだまだ子供故宰相のトーウが国政を担っていると聞いております」
「つまり・・・その宰相の策略であると?」
言葉を挟んだのはガーデンバール王国の国王セルジア・ヴァン・ガーデンバール王である。
「いえ・・・宰相のトーウはクランジール国王のわがままにも、「ハッ! その通りでございます!」としか言わないイエスマンだと聞いたことが・・・」
「それでは、一体誰がこの唐突で残虐な侵略戦争の絵を描いているのだ?」
セフィリアの言葉にバルバロイ王国、ドライセン公爵が腕を組みながら唸る。
「それに・・・トランジール王国のそれほどの戦力があったとは思えないのですが・・・」
首を傾げる聖女セフィリナ。
「確かに、こちらの情報でもトランジール王国の兵力は最大でも2万5銭程度だったはず・・・」
バルバロイ王国宰相ルベルク・フォン・ミッタマイヤーがその記憶をたどるようにつぶやく。
「だからこそグランスィード帝国とトランジール王国の小競り合いは毎回1千程度での規模が継図いていたはずだが・・・」
ドラゴニア王国バーゼル国王が首を捻る。
「まさか、リセル・ローフィリア神聖国が裏から糸を引いているのか?」
キルエ侯爵が自身の細い顎を撫でながらハンゾウを見る。
「いえ、リセル・ローフィリア神聖国は、先の天空城探索に置いて、ヤーベ様を敵対した際に大半の戦力及び教皇、コンチャック・シギー枢機卿、スカーム枢機卿ら、主だった危険思想派は淘汰されており、将軍の地位にもいたドルーガ枢機卿とその部下はヤーベ様の元へ亡命しております。他国への侵略を計画する人物も、兵力も今はないかと」
ハンゾウの説明に大半の者たちの表情が曇る。
トランジール王国の意図が全く持って読めないのである。
こんな殲滅戦のような侵略戦争の意義がまるで見えなかった。
「5部隊あるという敵の戦力は?」
ここで話を変えるべく、バルバロイ王国ワーレンハイド国王が敵戦力の詳細について報告を求めた。
「ハッ! 現在大きく分けて進軍している部隊は4つ、別動隊らしき集団が1つです。1つめはトランジール王国のほぼ全軍、2万5千の人間の騎兵を含む歩兵部隊です。指揮するのはトランジール王国のトバル・ジャンキー将軍になります。この部隊が最も北、海側を進軍しています」
「トランジール王国の全軍がまず1部隊だと!?」
ドラゴニア王国バーゼル国王が驚いて立ち上がる。
トランジール王国の全軍が1部隊であるとするなら、他の4部隊は一体何なのか?
「このトランジール王国の軍には現在グランスィード帝国の中央軍約7000人が迎撃に出ています。後詰でゴルゴダ・ヤーン大元帥が帝都のほぼ全軍1万を率いて援軍に向かっています」
「2万5千対1万7千か・・・分が悪い事に変わりはないか」
ドルミア侯爵が報告を聞いて唸る。
「ふむ・・・他の部隊は?」
「それが・・・どうもロズ・ゴルディア大帝国からの援軍のようです」
「なんだとっ!?」
思わずワーレンハイド国王が立ち上がり大声を上げる。
ラードスリブ王国から来ているベールホルト宰相も眉間に皺を寄せる。
戦力は大陸随一と恐れられながらここ十年以上動くことのなかったロズ・ゴルディア大帝国が動いたのである。諸侯の衝撃は大きなものであった。
「・・・大ロズ・ゴルディア大帝国からの援軍という連中の詳細はわかるか?」
「ハッ! すでに調べてございます」
ヤーベの問いかけにハンゾウがよどみなく答える。
情報のキャッチには後手を踏んだハンゾウだが、現状の把握には恐るべき速度で対応していた。
「ロズ・ゴルディア大帝国からの援軍は大帝国十二鬼将と呼ばれる、軍を束ねる将軍クラスが3名、そして別動隊で獄死隊と呼ばれる後ろ暗い仕事を専門に行う残虐非道な部隊が約5千です」
「五千はわかるが・・・将軍3名はどれだけの兵を率いている?」
「それが、派遣されたのはその将軍3名と5千の部隊だけです」
「なに?」
「その将軍3名はそれぞれの能力で軍団を形成しています」
「軍団?」
「ハッ! 1名は魔獣を手なずけているのか、魔獣軍団を率いております。その数約1万。1頭1頭がAランクからSランク級の凶暴で戦闘力が高い魔獣で構成され、一般兵では太刀打ちできないレベルです」
「・・・ほかの2人は?」
「魔導兵・・・当人は魔導兵団と呼んでおりましたが・・・どうも魔法で作り出す兵士・・・ゴーレムのような物を大量に操る能力の持ち主かと。また、その者にはゴーレムだけでなく、直接人を操るような能力があるようです。もう1人は強力な死霊術を操る死霊術師の様です。最初から数千のゾンビ軍団を率いており、襲った村々の人々もゾンビ軍団に吸収しているようです」
「ちっ・・・戦争屋にうってつけの能力かよ・・・」
「3人の将軍は3人とも村人をまるで実験道具化のような使い皆殺しにしております。また、自らの能力に酔いしれて楽しんでいるような雰囲気で、まさしく人間の屑と言えましょう。獄死隊とよばれている5千の軍も村人を凌辱、なぶり殺し、と残虐極まりなく、盗賊となんら変わりないと言えましょう。戦争だから仕方なく、といった様子は微塵も見られません」
ドゴォオ!!
ヤーベの振り下ろした拳により、美しく磨かれた白輝石の大テーブルが粉々に砕け散る。
「西方大同盟を結んでいるグランスィード帝国に攻め入ったんだ・・・それはオレに喧嘩売ってるのと同じことだ・・・」
抑えきれなくなった怒りのオーラが可視化できるほどの魔力となってヤーベの体から漏れ出る。
近くにいる者たちは思わず身震いが止まらなくなる。
「すぐに救援に出る! 連中は必ず止める!!」
ヤーベの瞳は怒りに燃えていた。




