本編400話達成記念 ヴィレッジヤーベ開拓記③ 精霊神王国ヴィレーニアの奇跡
3月からはやっと本編に戻ります(^^;)
「――――様! こちらの書類はどのように?」
「それはこちらの書類を回してください」
「この案件はいかがいたしましょうか?」
「それは内務大臣に提出して確認してもらってください」
「こちらの火急の件については――――」
ここは王の執務室。
だが、肝心の王はその席におらず、空席となっている。
そのため、各部署の政務官たちは様々な案件やトラブルについて対応を求めるため、王の執務室付きの執務次官に質問を集中させていた。
いまだ少女と言ってもよい、あどけなさを残した美しい少女は政務官の矢継ぎ早の相談にも戸惑うことなく、的確かつ迅速に支持を飛ばしていった。
「王都北側で発生した魔獣暴走にはローガ殿の一隊を振り分けて対処してください」
「しかしながらローガ様はもとより、四天王の方々も国王様と一緒に魔の森の奥へ魔獣狩りに・・・」
ヒクッ!
流れるような指示を飛ばしていた美しい女性の口元がゆがみ、吊り上がる。
「・・・それでは狼牙族王都守護隊を統括するゼウス率いる一隊を振り分けて・・・」
「ゼ、ゼウス様率いる神都ヴィレーベ十二守護神の方々も魔の森に・・・」
だんだんとプルプルしてくる女性。
「・・・それでは、殲滅の七柱であるルシファーたちに・・・」
「殲滅の七柱の皆様も魔の森に・・・」
「も――――!! ご主人しゃまたちは国防を一体なんだと思っているでしゅか―――――!!」
持っていた書類の束を空中にぶん投げ、魂の絶叫を上げる女性。
美しく透き通る白い肌・・・ではなく、ほんのりと日焼けしたような健康的な肌。特徴ある長い耳。だが、彼女がハイダークエルフの母親とエルダードワーフの父親との子であり、ハーフの種族だということは、あまり知られていない事である。
美しきその女性は第9姫妃リーナ・スライム・ヴィレーニアその人であった。
リーナはぶちまけた書類を見て我に返ると、「コホンッ!」と一つ咳払いをして右手のひとさし指を立てる。
指先に魔力が集まったかと思うと、風がさわやかに吹き、書類の束がリーナの手に戻ってきた。
おおおっ・・・と政務官たちが感嘆の声を上げるが、リーナはそれどころではなく顔を真っ赤にしていた。ついついキレて自分の旦那様・・・王様のことを何年かぶりに「ご主人しゃま」などとカミカミで呼んでしまったことに恥ずかしさを隠しきれないでいた。
「それにしても、私を置いて魔の森に他の奥方様たちと狩りに出かけるなんて・・・」
リーナは国の重要書類を見ながらもブツブツと愚痴が止まらない。
なにせリーナの旦那様・・・精霊神王国ヴィレーニアの創生王ヤーベ・スライム・ヴィレーニアは元バルバロイ王国のヤーベ・フォン・スライム辺境伯である。
バルバロイ王国で辺境伯まで登りつめたヤーベだったが、第二王女カッシーナを娶ったことにより公爵位への陞爵が検討されていた。
バルバロイ王国内では概ね歓迎されていたこともあり、ヤーベが公爵へ陞爵することは既定路線ではあったのだが、カルセル王太子と王太子妃に王子が誕生するとにわかに王城内が騒がしくなった。
将来的には圧倒的実力を持つヤーベの血筋を王家の主流にしたい革新派と、カルセル王太子の血筋を主流として守っていく伝統派に分かれるようになってしまったのである。
そのため、ワーレンハイド国王はカルセル王太子に国王の座を譲る前に宰相とヤーベとカッシーナを交えて相談、ヤーベはバルバロイ王国を離れ、魔の森に新たに自身の国を興すことにしたのである。
(この時、ワーレンハイド国王の前で幼子の如く床に転がり手足をジタバタさせて『国王になんてなりたくない! メンドクサイ!!』と駄々をこねたのは知る人ぞ知る話であり、ついにはカッシーナが『あなた! いい加減になさい! さっさと魔の森を開拓して国を作りますわよ!』と言ってヤーベの耳を引っ張って帰って行ったことも知る人ぞ知る逸話である)
バルバロイ王国との永久的な友好同盟を築くべく、神都ヴィレーベ(旧ヴィレッジヤーベ)を中心とした一帯をヤーベに割譲、その代わり鉱山都市マーロ(旧リカオロスト公爵領リカオローデン)をバルバロイ王家に返納した。
この辺りは相当なすったもんだがあったのだが、無事に引き渡しを完了し、ヤーベ一行は魔の森の一部を開拓し、建国を行ったのである。
そして出来上がったのが、『精霊神王国ヴィレーニア』であった。
精霊神スライムを信仰するこの王国は、スライム神の使徒であるヤーベを国王の座に抱く、精霊を崇める国である。
実際のところはヤーベがスライム神と国王を一人二役で対応しているわけだが・・・。
「・・・もういいです。王都北の魔獣暴走は私が対処します」
ついにこめかみに怒りマークを浮き彫りにしながらリーナは自身で魔獣暴走に対応すると告げた。
「第9姫妃直々にですか!?」
「いくらなんでも危険では!?」
「ご再考を!」
次々とリーナを止めようとしてくる政務官たちを笑ってとどめるリーナ。
「問題ありません。それでは、コレ・・・お願いしますね?」
目の前の政務官に持っていた書類の束を押し付けるとリーナはニッコリと笑った。
その笑顔はとても美しかったが、政務官たちは誰一人として見惚れることはなく、その顔は渡された書類及びデスクの上に積み上げられた書類の多さに引きつっていたという。
「も――――! リーナだけ除け者なんて許せないでしゅ! 帰ったらご主人しゃまに抱き着いてたっぷりクンカクンカとギュギュギュ――――の刑に処すのでしゅ!」
18歳になったリーナは年相応の体つきとなり、一段と美しさを増し、輝き放っていた。
王国の中でも最も国民にかわいがられている姫妃―――それがリーナであった。
5歳の時にわずか金貨5枚で買われた奴隷の身分から始まったサクセスストーリーは英雄王の名高いヤーベに第9姫妃として正式に嫁いだことで頂点に達した。
国民だけでなく、レーヴァライン大陸中でリーナの人生大逆転物語をサーガとして、吟遊詩人たちが歌い継ぎ、劇団はこぞって演目としてその物語を演じあった。
「今回の魔獣暴走は約2万の規模でしゅか・・・」
いまだに油断するとカミカミ癖が出てしまうリーナ。だが、そのリーナのカミカミ癖に皆がほっこりとしていて、リーナが噛むとご褒美だという政務官までいる始末である。
18歳にもなって言葉尻が子供っぽいのは大人のレディとしていかがなものかとリーナ自身は気を張って意識しているのだが、生来の癖はなかなか完璧にはなくならず、ともすれば噛んでしまうのであった。
「<竜巻大嵐>!!」
リーナの唱える呪文により、2万の魔獣の群れの真ん中に巨大な竜巻が出現し、その中心に魔獣を吸い込むように風に捉えて巻き上げていく。
「<電磁結界>!!」
大嵐に捉えられ巻き上げられた魔獣たちを嵐の中に発生した電磁界で焼き尽くしていく。
「<殲滅の彗星雨>」
ドドドドドドドドッ!!
弓を引くような仕草をしたリーナの手から光の矢がほとばしり天空へと駆け上がる。
その光の矢が空中で爆発したかと思うと、銀の光をまといし光弾が天空から降り注ぎ、生き残っている魔獣たちを貫いていく。
大魔術3連発。
まったく危なげなく2万の魔獣の群れを完封するリーナ。
そして魔獣の死体からは多くの素材が確保できる。
この国に生きる者として、魔獣暴走から国を守るのは当然のこと、その魔獣の価値を残し、役立てるのも大事なことであった。
尤も魔獣の皮の大半は焼かれ焦げてあまり使い物にはならないだろうが。
だが、リーナが後続から来る部隊に魔獣の素材回収を指示し、城へ帰ろうとしたその時、さらに奥から異形の魔物たちがあふれ出てくるのを感じ取った。
「むむっ!? ゾンビでしゅか・・・おかしいでしゅね? <迷宮>から死霊術師でも出てきたでしゅか?」
リーナが首をかしげる。獣のような魔獣の群れを討伐したと思ったらその背後から大量のゾンビが湧いて出てきていた。
「これは、調査しないといけないでしゅね・・・」
リーナは高速飛翔の魔法を唱えると更なる魔物の群れに向かって大空に飛び出していった。
「レクシオ・ミハエラ・ゴディアゾルナール! 神霊の御名により奇跡の光を打ち照らせ!救済の魂をその手に抱き浄化せよ!! <破邪天昇陣>!!」
ゴバァァァァ!
神々しく光り輝くリーナが両手を大きく広げ天にかかげ呪文を唱えると、迫り来るゾンビたちの足元に巨大な光の魔法陣がいくつも展開、その魔法陣から強力な聖なる光が溢れ出し、圧倒的な光の本流が荒れ狂う。
そしてゾンビたちが溶けて消えていく。
だが、その中で、圧倒的な破邪の光を浴びても消えずに残る異形の存在がいた。
「ふむ・・・コレがこの負のエネルギーの正体でしゅか。まるでこれから生まれ出る亡者の湧き出る沼そのものでしゅ。その存在すべてを無に帰すほどの炎で焼き尽くすとしゅるでしゅ!」
18歳の超絶美女がカミカミのセリフとしゃべっているのはかなり違和感があるが、ここにはそれを指摘する存在はいなかった。
リーナの視線の先にはリーナの神聖魔法で崩れ葬られたゾンビたちとは別の、負の怨念が渦巻くような塊が現れていた。
「GUAAAAA!」
だが、リーナは落ち着いて空中で魔力を展開し、呪文を唱え始める。
「深淵に眠る黒の鼓動よ! 黄昏よりも暗き闇の王に願い奉る!」
両手を広げたリーナから黒い炎が噴き出るとリーナの体に巻き付くように渦巻いた。
「慟哭の闇深きサロモルシアの祭壇にかかげる血肉にかかりて、その聖餐杯に罪と罰を満たせ」
リーナが両手を空にかかげると、黒い炎が空中で大きく渦を巻き、大きな剣を形作っていく。
「彼方より現世における理を超越し、深き咎人に断罪の剣を振り下ろせ! <黒死滅殺地獄>!!」
黒く蠢く異形の存在が黒い炎を纏った剣に貫かれ、その存在が無へと帰す。
「ふうっ・・・片付いたでしゅ」
危なげなく2万もの魔獣暴走を討伐し、その後ゾンビの群れや異形の存在をも滅したリーナは王城へ戻ると、休む間もなく政務をこなし続けた。
そこへ夕方になってやっとヤーベたちが帰ってきた。
見ればヤーベは泥だらけである。
カッシーナ達奥さんズの面々も同様に汚れていた。
「ご主人だば―――――!! ご主人だば―――――!!」
だが、ヤーベがいかに汚れていようと、そんなことは関係ないとばかりにリーナがヤーベの胸に飛び込んでギャン泣きした。
「なんだ、どうしたリーナ? 何かあったか?」
「ご、ご主人だばがリーナだけのけ者にしてみんなで魔獣狩りに行ってしまったでしゅ・・・」
号泣しながらヤーベの胸で泣くリーナ。リーナの言葉にあいたたた、それはしまったとヤーベが困った顔をした。
「すまないリーナ。実はお前の誕生日をサプライズで祝おうと思って・・・。それでリーナに内緒にして出かけたんだよ」
「リーナの・・・誕生日でしゅか?」
リーナはすっかり忘れていた。以前ヤーベと一緒に自分の故郷に帰った時、父と母に会って自分の生まれた日・・・すなわち誕生日を聞いていたのだった。
毎年ヤーベたちはリーナの誕生日を盛大に祝ってくれていたのだが、去年まではリーナに誕生日何がしたいか聞いてくれていたし、最近は忙しさのあまり自分の誕生日など頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「コレ! 魔物の森の相当奥深くにしか咲かないっていう幻の『霧散華の花』!」
「これはゴールデンスカルドラゴンの牙ですわ!」
「これはジャイアントアーマードタートルの甲羅の中心部ですぞ」
「こっちはデッドキング・トレントの幹だよ!」
ヤーベや奥さんズの面々が次々と魔物の森奥深くでしか手に入らない貴重なアイテムを取り出す。
「それに、ついに完成したんだぞ! 空を見てごらん?」
ヤーベはリーナを城のバルコニーに連れ出すと、すっかり夜の帳が降りた星空を一緒に見上げた。
ひゅ~~~~~~
ド――――――――――ン!!!!!
なんと夜空に大輪の花が咲いた。
魔法でもなかなか再現できなかったきれいな花火をヤーベはついに完成させたのだった。
ド――――ン!! ド―――――ン! ド―――――ン!!
連続して大きな花火が打ちあがり夜空に美しく輝いた。
「ボス! 貴重な肉を狩ってきましたぞ! リーナ殿のパーティにドーンと出しましょうぞ!」
バルコニーから下の庭を見ればローガたちが山のような魔物を狩って帰ってきていた。
なかなか手に入らない希少かつ美味な魔獣を狙ってローガたちは手分けして魔獣狩りを行っていたのである。
だれしもがリーナのために行動していた。リーナを驚かせて誕生日を目一杯祝ってやろう・・・そんな気持ちで。
リーナにはみんなの気持ちが痛いほど伝わった。
そのためリーナは涙を止めることができず、ヤーベの胸に顔を押し付けてわんわんと泣いた。
「ご主人だば―――――!! ご主人だば―――――!!」
「はっはっは、リーナはいつまでたっても子供だなぁ」
ヤーベや奥さんズのメンバーが笑っているが、リーナだけは涙が止まらなかった。
「ご主人だば―――――!! ご主人だば―――――!!」
「うおうっ!? リーナどうした?」
「ふおっ!? ご主人だば?」
目から涙を、鼻から鼻水を大洪水で噴出させているリーナはヤーベのおなかに顔を押し当てて抱き着いていた。
リーナが起き上がると、そこはヤーベのベッドだった。
記憶にある、いつもの屋敷のヤーベの部屋。
リーナはきょろきょろとあたりを見回した。
「どうした?」
ヤーベが小首を傾げてリーナの顔を覗き込む。
「ふおおっ!? ご主人しゃまは・・・おーさまになったでしゅか?」
「うん? 王様? いやなってないよ?」
リーナの問いにヤーベは傾げていた首を反対に傾げて答えた。
「ふおおっ!?」
「王様なんて、なんかメンドくさそうだしね」
ヤーベがカラカラと笑うと、リーナはきょとんとした顔をした。
「・・・サプライズのお誕生日会で、とってもとってもたくさんお祝いしてもらったでしゅ・・・」
ボーっとしたリーナがヤーベの方に顔を向けてそんなことをつぶやいた。
「お誕生日会? リーナの誕生日はまだ先だったはずだけど・・・たくさんお祝いしてもらったんだ?」
リーナの様子からどうやら夢でも見ていたらしいと判断したヤーベはリーナの話を聞いてみることにした。
「すごかったでしゅ! ご主人しゃまがでっかい国のおーしゃまになって、魔物の森を支配していたでしゅ! リーナの誕生日のサプライズにゴールデンスカルドラゴンの牙やジャイアントアーマードタートルの甲羅の中心や霧散華の花をもらったりしたでしゅ!」
リーナの言葉にヤーベの顔が引きつる。
リーナが今言ったアイテムはすべて伝説級のアイテムだったのである。
「それにご主人しゃまは夜空にでっかいお花を咲かせてくれたでしゅ! リーナのために花火をいっぱい打ち上げてくれたでしゅ!!」
「!!!?」
今度こそヤーベの顔が固まった。
なにせ花火はまだ研究段階で完成していない。
魔術を使えば似たような感じで明るくはなるが、日本で見たような芸術的な花火とはまだまだ差があったのだ。時間があれば研究してみたいと持っていたヤーベにとっては、まさにまだ見果てぬ夢の産物でしかなかったのだ。
「花火・・・見たんだ?」
「とってもきれいだったでしゅ!!」
屈託のない笑顔を見せるリーナにハハハと苦笑するヤーベ。
だが、近未来において、このリーナの見た夢がまさに正夢であったことなど、ヤーベたちはもとより当人のリーナでさえも知る由はなかったのである。
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