閑話74 ゲルドン御一行様世直しハネムーン(中編)
皆様明けましておめでとうございます。
2022年も始まりましたね。どうぞ今年もよろしくお願い致します。
年の初めはモチロン閑話の続き、ゲルドン年越し祭り継続中です。
お楽しみください!
「待て待て待て待てぇ!!」
腰までつかっている男女を捕まえるべく、ゲルドンは湖の中へ飛び込むように入ると、水をかき分ける様に走って二人の元にたどり着く。
「一体何をやっているだで!」
抱き合いながら湖の中心へ向かっていた男女の肩を捕まえてゲルドンは言葉を叩きつける様に聞いた。
「私たちは全てを失ってしまったのです。もう死ぬしかないのです・・・」
「あの男のせいで、私たちの人生はめちゃめちゃになってしまったのです・・・」
どんよりと暗い表情で俯く二人。
なにより冷たい湖の中で長々と話をしていたくもない。
ゲルドンはとにかく湖から上がって話を聞くことにした。
「詳しい話は湖を上がってからにするだよ。もしかしたら何か力になれることがあるかもしれんだて」
なんとかなだめすかして湖の畔まで二人を連れ戻したゲルドン。
新婚旅行で奥さん二人と湖を見に来てなぜ心中未遂現場に遭遇しなければならないのか。
心の中で思いつく限りの悪態をヤーベに浴びせるゲルドンであった。
「ゲルドン様、一体どうなされたのですか!?」
「ゲルドン殿、その二人は・・・まさか!?」
何気に結婚してからもゲルドンの呼び方が変わらない二人である。
「うん、心中しようとしていたから、とりあえず止めて連れ帰って来た」
湖から上がったゲルドンは連れ帰った二人をとりあえず座らせると、自分は上半身の服を脱いで絞った。ゲルドンの鍛えあげられた肉体美がきらめく。
「ヘ――――ックシッ!」
ブルルッと体を震わせるゲルドン。
「ゲルドン様逞しい・・・」
「ゴックン」
うっとりとゲルドンを見つめるマリアンと生唾をのみ込むレイナクルト。何気にムッツリはレイナクルトである。
御者やお付きの者たちが替えの服や拭き物をゲルドンに準備してくれた。
それを受け取り、着替えながら湖から連れ帰った二人を見る。
「それで、とりあえず名前でも聞くだか」
「私はハチロウと申します・・・」
「妻のタツコでございます・・・」
人生絶望しましたと言わんばかりに陰気に俯く二人に、心中しようとしていたのだからさもありなんと一人で納得したゲルドンはその理由を聞いていく。
「コスィーネン男爵の部下たちに父が経営していた店を騙されて盗られてしまったのです・・・」
「取り返そうにも証拠もなく、この領地では訴えようにもここを治めるコスィーネン男爵が諸悪の根源ですので・・・」
二人は涙ながらに状況を説明していった。
「ははあ、つまりコスィーネン男爵に何もかも巻き上げられてしまったのですね」
「なんと卑劣な!!」
マリアンが同情し、レイナクルトは憤った。
二人の反応がいかにも二人らしいとゲルドンは微笑む。
「そう言えば、この領地に来てからずっと思っていたことがあるだが、店自体が少ないだでな? 他の領地で手広くやってる大手商会が全く見えないだが?」
ゲルドンの質問に表情を暗くしたハチロウが説明する。
「この領地では、領地の人間でなければ土地の取得を認めていないのです。他の領地に本店がある大手商会はこの領地では店を持てないのですよ。それに行商もかなり制限されています」
「ものすごく閉鎖的ですね・・・」
マリアンが眉をしかめる。
そのような政策で領民が豊かになるとは思えないからだ。
まがりなりにもデュグラント皇国の第一皇女として為政者の立場にいたマリアンは領民が苦しんでいるであろうこの状況に胸を痛めた。
「ということは、君たちは土地を買って店を建ててもいいだか?」
「え、ええ・・・私たちは領民ですので可能ですが、連中に騙されて財産の全てを奪われてしまったので・・・」
「うっ、うっ、・・・」
悔しそうに俯くハチロウと涙を流すタツコ。
だがゲルドンはにっこり笑った。
「なら、なんの問題もないだで。問題解決だで」
「・・・は?」
「・・・?」
怪訝な顔を向ける二人にゲルドンは努めて笑顔で説明していく。
「死ぬほどカネ持っている商会の会頭がいるだで。君たちにいくらでもお金を投資してくれるだよ」
「・・・投資・・・ですか?」
「そう。君たちに土地を取得したり建物を建てたりする費用を出してくれるだで。しかも経営ノウハウも全部教えてくれるだろうし、商品もこの領地では取れないようないいものをいっぱい輸送してくれるだで。安心して勉強するといいだで」
「ど、どうしてそんな大金を私たちに・・・?」
「だって、君たち領民でなければ土地も建物も買えないなら、買える君たちにお金を渡して買ってもらえばいいだで。金を出す商会もこのコスィーネン男爵領に店が出せて商品を降ろせるようになってWinWinだで」
「ウ、ウィンウィン・・・?」
「まあ、おでに任せておくだで」
そう言うと御者から紙と筆を受け取ったゲルドンはさらさらと何かを書きつけてゆく。
「そのうちアローベ商会という商会から人が来るだで。どんな店をやっていきたいかよく相談して頑張ってくれだで。あ、御者さん、アローベ商会が来るまで、彼らが生活に困らないだけのお金を渡しておいてくれだで。彼らはアローベ商会コスィーネン男爵領支店を切り盛りする大事な従業員になる予定だで」
「ははっ!」
ゲルドンの説明にマリアンとレイナクルトが納得顔で頷く。
「さすがゲルドン様! 見事な差配ですわ!」
「うむ、ゲルドン殿の手腕、見事だな!」
二人の妻はとても嬉しそうだった。
その後、改めて湖の透明度に驚き、ここも観光地化すれば儲かるだでとまるで商人の様な会話で盛り上がると、ゲルドン一行は馬車で帰って行った。
その後、アローベ商会のスタッフがやってくると、市場調査の上ハチロウとタツコの名で土地をいきなり買い占め、どんどん建物を建てて商売を始めた。
安く質のいいアローベ商会の品物に領民たちが飛びつき、生活は潤ったのだが、これに面白くないコスィーネン男爵がアローベ商会に特別な重税をかけ、暴利をむさぼろうとした。
そのためアローベ商会は対抗措置として、営業を全面停止。安く質のいい食料や商品が手に入らなくなった領民は暴動を起こしたが、コスィーネン男爵が子飼いの私兵に鎮圧を命じると、今度は領民が別の領地に大量に逃げ出したのである。
その後、領民の多くが逃げ出して困り果てたコスィーネン男爵がわざわざヤーベの治める鉱山都市マーロの執務室に怒鳴り込んできた。
「スライム辺境伯殿! 一体どういうおつもりか! 我が領土の民をかどわかしてなんとするおつもりか!」
ヤーベの執務室にある高級な執務机を両手でバンバンと叩きながら理不尽な文句を並びたてた。
「いきなり先振れもなく押しかけてきて何なんですか?」
当然ヒヨコに動向を探らせていたため、コスィーネン男爵がこちらに向かっていることを把握していたヤーベだったが、素知らぬ顔で問いただす。
「我が領土の住民を大勢攫っておいて何をぬかすか!」
間違いなく上位貴族への口の利き方ではないコスィーネン男爵。
その上で申し立てている内容に事実の一つもないとなれば、ヤーベの目つきも鋭くなる。
「攫うとは人聞き悪いですな。おたくの領地からもう生きていけないと逃げ出してきた難民たちですよ? こちらでは難民として押し寄せてきた彼らを食べさせるのに大変なお金がかかって困っていますよ」
「なら領民を返しても問題なかろう!」
「ならば彼らに食べさせた食料の代金を請求しますよ」
ヤーベのしれっと出した要求にコスィーネン男爵は顔を真っ赤にして激怒した。
「ふざけるなっ!!」
その物言いにヤーベもデスクから立ち上がる。
「ふざけているのはどちらかな? 税率を95%などと異常な数値に跳ね上げてまともに商売できなくしておいて、商売を止めれば商品が無くなり領民が飢えて生きていけなくなった。それだけの事でしょう? つまりは貴方の失政というわけだ」
「なんだとっ!!」
「このことは王都のワーレンハイド国王に報告させていただきますよ。いかに王国の端の端にある木っ端所領だとしても、まともに治められない役立たずの男爵なぞいる価値もないですからな」
「貴様ぁ!!」
「どう思います?」
「??」
急にヤーベの目線がコスィーネン男爵の後ろに移動し、言葉が丁寧になった。
コスィーネン男爵が振り返ると、いつの間にかそこにはワーレンハイド国王とドライセン公爵が立っていた。
「な、な、な・・・」
「ヤーベ卿あいすまぬ。我の領土近くの問題であったな。我が片づけねばならぬ問題であった」
「いえいえ、小人の行いなど見えにくいものですよ」
存外にコスィーネン男爵が小物過ぎてドライセン公爵のような大物になると気づきにくいものだと説明するヤーベ。
「まあ、自領から大半の領民が逃げ出してくるような為政者には任せておけんわなぁ」
ワーレンハイド国王は呆れを伴う溜息を吐いてコスィーネン男爵を見つめる。
「お、王よ・・・」
「お前は男爵の地位を剥奪。田舎で隠居せよ。代わりの者の選定はドライセン公爵、お主に任せる」
「そんなぁぁぁぁぁぁ!!」
ヤーベの執務室に小物貴族の断末魔が響き渡った。
日本海側は雪が大変みたいですね。どうぞお気を付けください。