閑話63 マリアン皇女の日記帳
ゲルドン物語、マリアン皇女の事情説明と軽い後日談になります。
この話も通常投稿の倍以上のボリュームでお届けいたします。
お楽しみいただければ幸いです。
2020.1.4 AM10:00 誤字修正しました。
(誤)オレンジ色がおっぱいに広がって
(正)オレンジ色がいっぱいに広がって
・・・決して西園寺の性癖を表しているものではありません、悪しからず。
カリカリカリ・・・
パタン。
私は今まで書いていた日記帳を閉じる。
この日記帳は、私の絶望と無力の象徴だ。
私は結局何もできずに、この身を奪われることになる。
少しでも国民の生活が豊かになればと思った。
少しでも辛く苦しんでいる人たちを救えればと思った。
ほんの少しでも・・・・たとえわずかでも・・・。
でも私には何もできなかった。
皇女などとよばれても、しょせん鳥かごの中の鳥でしかない。
父も母も、兄も、何もできずにただ操られるだけ。
この国は腐敗しきってしまった。
わたくし、マリアン・ディア・デュグラントはデュグラント皇国の第一皇女です。
デュグラント皇国は周辺諸国に比べても小さく軍事力は弱小といっても過言ではないでしょう。ただ、錬金術にかかせないレアメタルを産出する山があり、その取引で国が潤ってきました。幾度も戦争に巻き込まれ取り込まれそうになったこともありましたが、そのたびに敵国のさらに敵国とレアメタルのやり取りをうまく行ってけん制することにより、戦争を起こさせることなくうまく立ち回ってきました。
しかし貴族院の連中に国の舵を握られてからというもの、その専横はひどく、一部の貴族だけに富を集中させてしまった。
国は遊み、疲弊していく。ただそれを眺めるだけ。
どの国にも尻尾を振り、二枚舌を使う。レアメタルを武器にやりたい放題していた貴族院たちも、ついに周辺諸国の溜まり切った不安に恐れをなし、自分たちの身の安全を図るため、この国を大国に売り渡す計画を立てた。
それがわたくしを大国の重要人物に輿入れさせるという事だった。
わたくしは今年で十六歳になりますが、妹はまだ生まれたばかりで、実質外交カードとして使えるのはわたくし一人のみ。そのわたくしを最も高く売りつけられる相手を見つけて来たようでした。
何の偶然か、大陸五大国の中でも西の超大国、バルバロイ王国の重鎮の筆頭部下との婚姻がまとまりそうだという。その筆頭部下は他の周辺諸国、五大国からも婚姻が申し込まれるほどの人物だとか。
それがなぜ、レアメタルを産出するとはいえ、こんな小国のデュグラント皇国皇女と結婚を承諾したのか・・・その理由はいやらしい貴族院の大臣からの説明でわかりました。
「皇女様はオークに嫁ぐのですよ! かの辺境伯家騎士団長はなんと魔物のオークだったのです!ああおかしい!あれほどの大国の重鎮が、オークだったなんて!」
愉悦に塗れた顔の大臣を見ながら呆然としました。わたくしの嫁ぐ相手はオーク・・・?
「これであの超大国バルバロイ王国の秘密を握ったも同然! ワシらはさらに富をえることができるじゃろう! よかったですな、皇女様! 国民のためにお役に立てますぞ! その身をオークに差し出していただければのう!」
わたくしを嘲笑うように吐き捨てて出ていく大臣にわたくしは一言も言葉を発することができませんでした。
オークに嫁ぐ・・・?
自分の体は壊されてしまうかもしれない、飽きられたら食べられてしまうかもしれない。
国民のためにできることを探してきたわたくしに、残された道はオークの慰み者になるだけ・・・。
わたくしは毎日夜泣きつかれるまで眠れない日々が続きました。
バルバロイ王国へ夕刻使節団の名目で貢物とともに出発する日が来ました。
偉そうに話していた大臣は誰一人国から出ず、若手の騎士たちと貴族院の息がかかっていない若手政務官たちで構成されていました。
若手の政務官たちは貴族院の悪意など知る由もなく、ただただ大国の重鎮の部下に皇女様が嫁ぐことになり、その大役を任されたと意気揚々な人たちばかり。
何度彼らにすべてを話してしまおうか、悩みに悩みましたが、バルバロイ王国にわたくしが嫁がなければ、周辺諸国から攻められて国が崩壊してしまうかもしれないこともまた事実です。悔しくて涙が止まりませんが、貴族院の大臣たちの思惑通りバルバロイ王国との好を強く結び、我が国に援助をしてもらわなければならないのです。
バルバロイ王国の鉱山都市マーロという街に到着しました。
ここはヤーベ・フォン・スライム伯爵・・・いえ、今は辺境伯に陞爵されておられたんでしたか・・・が治める領地だとの事です。
到着した時から、途轍もなく美しい街だと私の心は震えました。明日スライム辺境伯様と顔を合わせ、騎士団長であるオークに引き合わされてしまう・・・。そうなれば自分の人生は後どれだけ続くかわからないが、終わることだけは確実だろう。そう思ったとき、この街を自分の目で見てみたいという欲求が湧いてきました。
どうせこの先自分の人生はめちゃめちゃになってしまうのなら、明日一日くらいわがままを言っても・・・。そう思い、到着後、晩餐の申し出も体調不良を理由にキャンセルさせてもらい、早々に部屋に引きこもりました。そして朝早く宿泊先を抜け出すと、一人で街に飛び出しました。
街に出て驚いたことは、人々がみな笑顔だったことでした。皆忙しく働きながら、でもとっても活気のある街並みでした。みんな笑顔で嬉しそうに商売する声が響く。デュグラント皇国では見ることのできない光景でした。
そして私は奇跡の出会いをしたのです。
わたくしを探しに来た政務官たちから逃れるため走っていた時、通りの角でぶつかってしまった人、それがゲルドン様でした。
精悍な体つきながら、笑うととても愛嬌のある優しい雰囲気の人でした。
人間族ではなく、亜人の方のようでしたが、わたくしにはあまり関係がありませんでした。
何と言っても明日オークの慰み者になる身。それに比べればゲルドン様のお顔など正直わたくし好みのイケメンさんでした・・・エヘッ♡
ゲルドン様は私をお姫様抱っこすると運河に身を躍らせました。
声も出ないほど驚いたのですが、凄まじい身体能力でこともなげに着地すると、船に乗ってわたくしたちは大きな袋の下に隠れました。
・・・暗い中二人で身を寄せ合い・・・ドキドキしすぎて死んでしまうのではないかと思いました。
その後もゲルドン様は食べた事のないようなものを御馳走してくださったり、乗ったこともないような乗り物に乗せてもらいました。食べ物はとても美味しく、二人で大通りを疾走した乗り物はまるで風になったようで感動しました。
そして、今でも心にはっきりと焼き付いている風景。
ゲルドン様が『大切な人といつか一緒に見たかった景色』と仰って下さった、あの洛陽の景色。まるで夕陽に包まれるような感覚。キャンバス一面に優しいオレンジ色がいっぱいに広がって、黄金色に輝く運河の水面に感動し、街並みも全てオレンジ色に染まっていく様子に心が震えました。
でも、それだけでは終わりませんでした。
それ以上ドキドキすることがないと思っていたのに。
時計塔のてっぺんで警備兵に追い詰められたわたくしたちは、もうここで二人のデートが終わってしまうと思っていた。でも、ゲルドン様はわたくしの肩を抱いて時計塔から飛び降りたのです。
一瞬頭が真っ白になる。つい叫び声をあげてしまいました。
でも次の瞬間、このままゲルドン様と一緒に死んでしまっても後悔はないと思いました。
国民の皆様には悪いと一瞬心をよぎりましたが、天国でゲルドン様と一緒になれるのなら、それでもいいと思ってしまったわたくしがいました。
ですが、いつまでも衝撃がくることはなく、気づけばゲルドン様に抱えられたまま大空を飛んでいました。一瞬、死んでしまったのかとも思いましたが、美しい夕陽に照らされ、ほのかに頬に光の温かみを感じ、大空を舞う風の冷たさも頬に感じる。
やっと自分は生きていて大空を飛んでいるのだと理解できたのです。
ゲルドン様に飛んでますって伝えると、ゲルドン様は笑っていました。
その後船上パーティでダンスしたのは本当に楽しかったです。
あれほどしっかりしていたゲルドン様がダンスになるとよれよれになって。
でも追っ手が迫って来た時には一人で大立ち回りをされて私を守ってくれました。
その後、ゲルドン様と最後に別れるときの辛さといったら・・・。
本当に胸を引き裂かれる思いでした。
「わたくしを連れて逃げてくださいまし!」といえたらどれだけ楽になれたことか・・・。
どんな生活であろうともゲルドン様となら乗り越えられる気がしました。
でも、わたくしが逃げてしまえば国民に迷惑がかかってしまう・・・。
それにゲルドン様にもきっと迷惑をかけてしまう・・・。
わたくしにできるのは、さよならを伝えてその場から去ることだけ。涙は止めようと思っても止まりませんでしたし、もう止めようとも思いませんでした。ゲルドン様への思いも何もかも、すべて流れ出てしまえばいい。
その夜、宿泊先の建物前で保護され、部屋に戻ってこっぴどく叱られ、部屋の扉にも警護と称して監視がつくようになりました。
でもそんなことは関係ない。今日の幸せな一日が永遠に続けばいいのに、そして絶望の明日が来なければいいのに。そんな事ばかりを日記帳に書きました。日記帳はわたくしの涙で重くなったことでしょう。
それでも翌朝は来てしまいました。
まさにこの世に神様などいないのでしょうね。きっとわたくしの表情は死んだようなものになっているでしょう。それでも歓迎式典に参加せねばなりません。そこでオークに引き合わされ、私の将来は潰える。
・・・そう思っていたのですが、どうやら神様はまだわたくしをお見捨てにはならなかったようです。
もしかしたら、マーロの街で新しく信仰され始めているというスライム神様に寄付をしたのがよかったのでしょうか。スライム辺境伯との謁見時にお会いした私の嫁ぐ相手、騎士団長のオーク、それが・・・まさかゲルドン様だったなんて!
思わず走って抱き着いてしまいました・・・恥ずかしい!
わたくしの結婚は絶望からバラ色へと変化しましたが、このままわたくしだけが幸せになるわけには参りません。国にはつらい思いをしている国民の皆さんがたくさんいるのです。
わたくしは早速ゲルドン様との食事の席で国の腐敗について相談することにしました。
「ああ、そーいう難しいことはヤーベに相談するといいだで」
と言ってすぐスライム辺境伯様を呼んでくださいました。
「ああ・・・そりゃヒドイね・・・」
わたくしの一通りの説明を聞くと、眉間に眉を寄せるヤーベ様。
「ゲルドン」
「なんだべ?」
「騎士団長初仕事だな。お前この前護衛の仕事を部下に押し付けてさぼったし」
「まだ根に持ってるだて」
後で聞いたことですが、わたくしが宿泊先から逃げたように、ゲルドン様も騎士団長のお仕事を部下の方を身代わりにして街に散策に出てしまったとのことでした。でもそのおかげでわたくしはゲルドン様に出会えたのですから、何が幸いするかわからないものですね。
「おでがどうすればいいだで?」
「三千の騎士全軍貸すから、その貴族院とか制圧しちゃって?」
「いきなり武力行使だて!?」
あまりに軽く話したヤーベ様の言葉にゲルドン様が驚きます。わたくしも驚きましたが。
「いや、あーいう年季の入った魑魅魍魎みたいなウザい貴族たちって、自分たちに都合のいいように法整備したり法解釈してるから。相手の土俵でやりあうのってチョー面倒臭いし」
「いや、面倒だからって武力制圧でいいだか・・・?」
ピィッ!
いきなりヤーベ様が口笛を吹きます。
「ピピィ(ボス、お呼びで)」
「ヒヨコ隊長、部下を使ってデュグラント皇国の内情を調査してくれ。洗いざらい全部。国民の生活レベルから保有する軍隊組織、貴族院とかいうたちの悪い連中とその金の流れも」
「ピピピィ!(お任せください!)」
颯爽とヒヨコさんが飛んでいってしまいました。
その後、さらさらと何か紙に書きつけています。
「これ、お父さんに渡して、サインもらってくれる。その後はゲルドンと王国の調査員の判断に任せればいいから」
「これ、なんでしょうか?」
「全面降伏状。一時的なものだけど」
「ぜ、全面降伏状だか!?」
「そう、つまり、これにサインしてもらった瞬間から、一時的にデュグラント皇国は戦争敗北国としてバルバロイ王国の調査を全面的に受け入れるという内容だよ。国内が問題なく安定すれば国を統治する権利を返すと記載してある」
「そりゃまた・・・」
呆れたようにゲルドンがため息を吐く。
「馬鹿正直に悪党どもの土俵で立ち回ってやるほど俺は優しくないし、物語の主人公でもないよ。悪党どもが自分の碁盤で胡坐をかいているなら、俺はその碁盤をひっくり返して壊してやるよ」
「まるで正義の味方らしくないだな」
「俺は正義の味方じゃないからね。正義を掲げる物語の主人公でもないし。大事な事はデュグラント皇国自体が正常化され、そこに住む人々に笑顔が戻ることだ。そのために悪党を断罪するのに手段は択ばないし、最も効率よく安全な方法を取らせてもらう。今回の全面降伏状はサインしてもらうことで、こちらの軍隊がデュグラント皇国内で自由に指揮権を振るえるようになる免罪符となる。逆に断られれば実際にゲルドン率いる三千の騎士でデュグラント皇国を攻め落とさなくちゃならなくなる」
「それでは国民に被害が及ぶかもしれんだて!」
「実際に攻める必要はないよ。マリアン皇女のお父さん、つまり現在の皇王様から降伏状にサインをもらって治安回復のための統治権を認めてもらえば問題ないから」
ああ、なんという人なのだろう。すべてを見越してゲルドン様に、わたくしに結果を求められているのだ。
『国民が大事なら父である皇王にサインしてもらいなさいよ』と・・・。
国民を無傷で救うために、なんとしても父のサインをもらって、無血開城でゲルドン様率いる三千の騎士団を受け入れなければならない。受け入れてしまえば貴族院の連中などすぐにでも捕縛できてしまうだろう。
・・・なにせデュグラント皇国の法を無視してバルバロイ王国の権限で動けるのだから。
「この世界、国同士が法を共有する国際法のようなものは全くない。ならば、わざわざ悪党どもが有利な当該国の法の縛りで戦ってやることなどないさ。堂々と自国の法が揮える状況にすればいい。これでも領主だしね。仮統治下として一時的にだが悪党の財産を接収する法を発布してもいいな。接収した悪党どもの財産はその半分を全国民に直接分け与えるとしようか。きっと我々の正当性を全面的に支持してくれるだろう。まあ国の運営に費用が足らないようならバルバロイ王国で援助するし、皇国内の掃除が終わってからの心配はいらないよ」
「・・・は、はあ・・・」
わたくしはもう呆気にとられて声もでません。
これだけの事をすらすらと提案頂いたことも、全面降伏だの、武力制圧も辞さないだの強硬的な判断も驚きですが、一番驚いたのはこの判断を辺境伯個人で決めてゲルドン様とわたくしに提案、指示したことでした。
これほどの内容を王国に指示を受けずに決断できる実力を持ち合わせているという事だった。
「・・・もしかして、あの貴族院の大臣たちは自分たちの保身のために大国に身売りするつもりで、途方もない英雄に話を持って行ってしまったのでは・・・完全に自分たちの首を絞めることに・・・」
マリアン皇女の想像通り、デュグラント皇国はドラスティックに改善していくことになる。
皇王のサインをもらったマリアン皇女はゲルドン率いる三千の騎士団を受け入れることに成功。あっという間に貴族院の連中を根こそぎ捕縛、ヒヨコたちの調べた隠し財産や諸国に流した裏金の流れも明らかにし、皇王の名のもとに当該貴族院の大臣たちを断罪した。
国民たちに接収した資産の半分を還元、その他炊き出しや仕事の斡旋など迅速な対策を実施し、国民から絶大な支持を受けることになった。
レアメタルの取引も各国均等に行うことにより、沈静化を図っている。
驚くべきことはこれらの結果を超短期間でなしえた事だろう。あまりにもドラスティックな改革であった。
「まるで、夢でも見ているかのよう・・・。絶望に押しつぶされ、奈落に落ち続けているような世界から、美しく光り輝く世界に引き上げてもらったと思ったら、長年ずっと少しでも国民のために国を変えたいと思い続けていたその想いもあっという間に叶ってしまった・・・。まるで神様とその使徒様に会えたみたい」
わたくしは日記帳を新しくしました。わたくしが今まで日記帳に辛いことばかり書いているとお話ししたら、ゲルドン様から新しい日記帳をプレゼントに頂いたのです。
「これからは君には幸せな事ばかりが訪れるだて、だから日記帳は新しくするといいだて」
照れながら渡してくれた新しい日記帳。どうもヤーベ様がゲルドン様にわたくしにプレゼントするよう用意してくれたようでしたが・・・。
これからはこの新しい日記帳に、毎日ゲルドン様との幸せな内容だけを書いていけるように頑張ります!
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