閑話60 ゲルドン、マーロの休日【第三夜】
皆様、明けましておめでとうございます。
2021年、令和3年が始まりましたね。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
元旦から「まさスラ」をお読みいただける皆様へ西園寺からドドーンとをお年玉を!
この【第三夜】は、通常の約3倍の9000字を超える大ボリュームでお届けいたします!
新しい年の始まりをどうぞ「まさスラ」でゆっくりまったりお過ごしいただければと思います。
(ゲルドンの話が長すぎて一話を長文にしないと正月中にゲルドン祭りが終わらないんだろう、というツッコミはそっと横に置いておきます)
それではゲルドンと謎の美少女のひと時のデートをお楽しみください。
今年もどうぞ「まさスラ」応援の程よろしくお願いいたします。
「とにかくまずはサンダルを買うだよ。その靴じゃあ歩いていると足が痛くなるだで。ピンチの時に走れないだろうし」
「あ、でもわたくしお金を持っていなくて・・・」
「いいだよいいだよ。こんな美人とデートできるだ。もちろんおでが買ってプレゼントするだよ」
すまなそうに無一文を告げるマリーに心配するなとゲルドンがほほ笑んだ。
「び、美人・・・」
両手で頬を抑えてテレテレしていたマリーだが、はっと顔を上げてゲルドンを見た。
「よろしいのですか・・・?」
「よろしいも何も、デートで女の子にプレゼントしたり食事をおごったりするのは男の甲斐性だて」
ヤーベが聞いたら『随分と昭和チックだな、今どきは割り勘が基本だぞ』とツッコミを入れられていたことだろう。
「あ、ありがとうございます・・・」
頬を染めながら照れて俯くマリーを心底可愛いとゲルドンは思った。
「オヤジ、この娘の足に合うサンダルをくれだて」
「あいよー、こりゃまた別嬪さんだ」
褒められっぱなしのマリーは顔が赤くなる一方だが、何とか靴屋の親父の店でサンダルを買い、洋服店でオババ手作りの新品であるワンピースを買ってもらい着替えると、王女様チックなイメージが幾分和らぎ、名家のお嬢様チックになった。
「後はその綺麗で長い金髪を隠せる帽子でもどこかで買うだか・・・」
きょろきょろとあたりを見回すゲルドンにあわせてマリーも周りを見回す。
ふとマリーはハサミの看板が出ている店を見つけた。
「こちらはどのような店でしょうか?」
「ん?ここは散髪屋だよ。髪を切る店さね・・・アンタ、見事な金髪だね!もし髪を売ってくれるなら高く買うよ!」
散髪屋のオババがマリーの見事なプラチナブロンドを見つめながら言った。
「わたくしの髪がお金になるのですか・・・?」
「ああ、アンタの髪はそりゃあ美しい。高く買うよ!」
「ではぜひお願いします。そのお金でゲルドン様を護衛騎士として雇わせていただければ・・・」
マリーは嬉しそうな表情でゲルドンを見たのだが、ゲルドンは怖い顔を向けた。
「馬鹿なことを言うでねぇ!おではデートのつもりだで!マリーちゃんに雇われているなんて悲しい事言わないでくれだて!おではマリーちゃんと一緒にいたいから自分の意志でマリーちゃんと今デートしてるだよ!」
マリーの両肩を掴んで必死に訴えるゲルドン。
そのゲルドンの思いにマリーの胸は暖かいものがいっぱいに広がっていく感覚を覚えた。
「あ、ありがとうございます・・・。ゲルドンさんの気持ち、とてもうれしいです。でもきっと追手から逃げたりするのに長い髪は邪魔になります。一度ばっさり切って短くしたいと思っていましたし。髪を売ったお金はゲルドン様が不要なら、表の教会に寄付しましょう。『今日のデートが楽しいものになりますように』ってお祈りして」
微笑みながらゲルドンの手を握るマリーの言葉に何も言えなくなるゲルドン。黙ってゲルドンは頷いた。
「アンタのその美しさはショートカットにしたって消えやしないさ」
髪にはさみを入れるオババも微笑んでいた。
髪をバッサリ切ってさっぱりしたマリーはぱっと見今までとだいぶイメージが違うように見えた。おかげで追手からも見つかりにくくなったかもしれない。
散髪屋の向かいにあったスライム神の教会でお祈りを済ませ、髪の代金を寄付してきた二人。髪の代金は金貨が数枚と驚きの値段だった。
スライム神の教会でも寄付が金貨などと普段ではあり得ない額の上、散髪屋で自分の髪を切ってその売ったお金をすべて寄付しに来たというマリーの話を聞いて教会の神父やシスターは号泣した。
神父やシスターのあまりの感動っぷりに慌てて逃げだしたゲルドンとマリーはいつの間にかお腹が減っていることに気が付いた。
くぅ~とかわいい音が横から聞こえた。
「へうっ!」
咄嗟に自分のお腹を押さえるマリー。
「あ、朝から何も食べてなくて・・・」
顔を真っ赤にしているマリーに早く何か食べさせてやろうと周りを見回すと、通りの角にオープンテラスのカフェを見つけた。
「よし、あそこで腹ごしらえとシャレこむだて!」
ゲルドンはマリーの手をひくと意気揚々とカフェに向かった。
オープンテラスのカフェは目立つと言えば目立つ。その通りに面したテーブルに堂々と座る二人。一方は豚人族か猪人族?(本当はオークだが)ぽい亜人で、その連れの女性はまさに絶世の美少女であった。これで目立たないはずがなかった。
周りの客や通りを歩く人もちらちらとゲルドンやマリーに視線を向けている。
だが、ゲルドンはそんな周りの雰囲気に気づくことなくカフェのメニューとにらめっこしていた。
(メニューがオシャレ過ぎてよくわからんだて!)
ゲルドンは困惑していた。やたら長いカタカナ?表記で書かれたような説明にイメージが出来ない。知らずに頼んで恥をかくだけならまだしも、マリーちゃんの食べられないものを頼んでしまっては・・・と変な汗が出始めるゲルドン。だが、神はゲルドンを見捨てなかった。この神がスライム神ヤーベであるかは定かではないが。
(ホットドッグ・・・! 間違いなくこの前ヤーベが試作で食べていたヤツだて・・・!)
硬いパンが主流であったマーロの街だが、小麦の流通改善に乗り出したヤーベにより、質の良い小麦が大量に安く入って来るようになった。そのため、柔らかいパンも市中に出回るようになったのである。そこでヤーベが新しく考えたのがマーロの北の山でよくとれる魔獣の肉で作ったソーセージをパンにはさんで食べる『ホットドック』であった。
あまりの手軽さにマーロの領主邸では忙しい合間の軽食として大人気となり、鉱山で働く奴隷たちも週に一度の休憩時に差し入れられるホットドッグを楽しみにする者たちが多く出るほどの人気っぷりだった。
そのメニューが今まさに目に前にあった。
「おねーさん、注文を頼むだて」
でかい声でウェイトレスを呼ぶゲルドンに、店の店員たちは苦笑する。
カフェでのスマートな注文はそっと片手をあげる、という方式がお洒落で流行っていたため、ゲルドンの様子を見た店員たちには田舎から観光に出てきて彼女の前でめいっぱい背伸びをしているほほえましい・・・というか若干痛めの男・・・という風に映っていた。
「お決まりになりましたか?」
「ホットコーヒーを二つと、ホットドッグを二つ頼むだべ」
ゲルドンの注文に一瞬眉を顰めるウェイトレス。
今日は天気も良く、温かいというよりは熱くなりそうな陽気である。ここで飾りっ気のないホットコーヒーはよほどコーヒー通でしか頼まないだろうが、コーヒー通はこんなオープンカフェには来ないだろう。
そう読み切ったウェイトレスはゲルドンがメニューのほとんどを理解していないことに気が付いた。
(今話題のホットドックに目をつけるところは及第点だけど・・・他はダメダメね)
心の中で不合格の烙印をゲルドンに押すウェイトレス。
「よろしければこちらの『トロピカルラブサンダースプラッシュ~季節の果物を添えて~』などはいかがでしょう? 今カップルの皆さんに大人気なんですよ?」
親切な(?)ウェイトレスさんがドリンクメニューの一番上に書いてあったメニューをゲルドンに指さす。
「お、おお、そうだべか。ではその人気のドリンクを」
笑顔でホットコーヒーをキャンセルし、別のメニューのおすすめをしてくるウェイトレスの圧に屈したゲルドンは素直にうなずくことにした。
「ホットドッグの後に甘いデザートなどいかがでしょう?」
甘いデザートという言葉にマリーの目がキラキラと輝きだした。
「こちらの『ホワイトノワール、スイートラバーズマウンテンパンケーキ』はいかがでしょう? カップルに大人気のデザートになっております」
「お、おお・・・それではそれも食後に頼むだべ」
「かしこまりました」
優雅にお辞儀をするとオーダーを通しにウェイトレスは厨房に戻っていった。
「お待たせいたしました!『トロピカルラブサンダースプラッシュ~季節の果物を添えて~』になります。どうぞごゆっくり!」
運ばれてきたのは、巨大なワイングラスのような入れ物である。シュワシュワしたブルーの飲み物が入っているそれは、グラスの淵に様々な果物がブッ刺してあった。
何より問題なのはハート形に曲がったストローがドリンクに挿してあり、二人でそれを飲むようになっていることだった。
「・・・今どきこんな物まね芸人のゆう〇ろうが使っているようなグラスがあるだか・・・」
巨大ワイングラスを眺めながら呟くゲルドンの言葉を理解できる地球出身者はこの場にはいなかった。
「ふ、二人で一つの飲み物を・・・」
マリーは顔を真っ赤に染めたが、せっかく運ばれてきた飲み物なのでと、ゲルドンと同時にドリンクを飲み始めた。
(あ、味などわかりません・・・)
一つのドリンクを二人で同時に飲むというシチュエーションに顔を真っ赤に染めながらも一生懸命ストローで吸うマリーだった。
「お待たせしましたー! ホットドッグになりまーす!」
二人の前にホットドッグがのった木皿が運ばれてきた。
「ホットドッグ・・・これはどのようにいただく物でしょうか・・・?」
目の前の皿に乗ったホットドッグをしげしげと見つめるマリー。
何せナイフもフォークも出てこない。
「これはこうやってかぶりつくだよ」
そう言ってホットドックを手に持つと、口を大きく開けるとがぶりとかぶりつくゲルドン。
マリーはその様子を見て目が点になった。
何せ、物を手づかみで食べる、という事が今までほとんどなかった。
あってもお茶会のクッキーやスコーンくらいだろうか。それすらもあまり食する機会はなかった。
それだけにソーセージが挟まったパンをそのまま素手でつかんでかぶりつくという食べ方に衝撃を受けていた。
しかもかぶりついたゲルドンの口にマスタードとケチャップがついていた。
ゲルドンはそのソースを自分の親指で拭うと指を思いっきり舐めた。
「あわわわ・・・」
「ん?ホットドッグはあったかいうちに食べた方がいいだで」
頭がパニックになりかけたマリーはゲルドンの言葉に意識を取り戻す。
再びホットドックを見つめるとそっと両手でホットドッグを掴んだ。
そうっと口を開けてかぶりつこうとするマリー。だがマリーの口は小さく、とてもホットドッグのパンとソーセージを一度に口に入れることはできなかった。
まず飛び出たソーセージが目を引くが、あえて端のパンに口をつけてかじってみる。
「・・・暖かくておいしい」
自分が今まで食べたパンは一度たりとも温かいものなど無かった。暖かくて柔らかいパンがこんなにも芳醇な香りを醸し出すことをマリーは初めて知った。
ちまちまとパンをかじったかと思うと、ついにメインのソーセージをパクッと咥えて齧る。
その瞬間じゅわーっと口いっぱいに肉汁が広がり、口の中に先に入っていたパンと混ざる。
「おいしいっ!」
「お、うまいだか。そりゃよかっただ」
ホットドッグを一生懸命もきゅもきゅと齧るマリーをニコニコして見ているゲルドン。その手にはすでにホットドックが無かった。マリーが一口食べている間にもう食べきってしまったらしい。
「あ、おねーさんホットドック後三つくれだて」
「追加ですね。かしこまりました」
ゲルドンさんは大食漢でいらっしゃいますのね・・・とゲルドンの注文を見ていたマリーだったが、ゲルドンの食べるスピードを思い出してホットドッグを一生懸命齧ることにした。このままでは自分が一個食べきる前に追加の三個もペロリと平らげてしまうに違いないと思いながら。
ホットドッグを食べ終わった二人のテーブルにデザートが運ばれてくる。
「ホワイトノワール、スイートラバーズマウンテンパンケーキでございます」
なんとアツアツの二段重ねパンケーキの真ん中をくりぬいてアイスクリームをソフトクリームのように押し出して山のように盛り付けた一皿だった。
これもヤーベが地球時代に中部地方の有名喫茶店の名物を丸パクリして異世界であるもので再現したものが市井でも流行っていた。
「お、おいし~い!」
満面の笑みで口に運ぶマリーに思わずゲルドンも微笑む。
「あったかくて柔らかいパンケーキもおいしいし、冷たいアイスクリームがとけてかかるのもおいしいです!」
それはもう幸せそうに食べるマリーの姿にゲルドンも心の中からほっこりするのだった。
支払いを済ませ、さあ次はどこへ行こうかとオープンカフェを出た二人だったが、遠くの方から同じ服装の男たちが大勢走ってくるのが見えた。
「いかん、追手だて!」
素早く周りを見回すと、カフェの隣は最近売り出し始めた自転車を取り扱う店だった。
ヤーベの試作品を木製にして簡易型にしたものが自転車として売られていた。それでも最低金貨三枚程度はするのだが。
「親父さん、これ貰っていくだて!」
「お、おおい!ちょっと」
サドルが大きめの自転車を掴むと、マリーを自分の前に乗せて通りへとこぎ出す。
ゲルドンは店の親父にポケットから大金貨を一枚取り出すと指で弾いて投げ渡した。
「おおうっ!大金貨!?」
「釣りはいらんだて!」
大通りは結構な人通りだった。だが、南地区は南に向かって緩やかに下っている。
「どいたどいた~だて!」
「キャー!」
人ごみをかき分けるように疾走する自転車。
どう考えてもはた迷惑な行為でしかないが、ゲルドンはマリーとのデートに舞い上がっていた。
(どうせマリーちゃんとは今日だけしか会えないだべ・・・おでなんかとは住む世界が違うだよ・・・。だから、後でどれだけヤーベに怒られてもいい!今日をめいっぱい楽しむだて!そしてマリーちゃんにも楽しい思い出を持ってかえってもらうだべ!)
結構悲壮な決意?で自転車を飛ばすゲルドン。
優雅な自転車デートならば、後ろの荷台に女性を乗せて「しっかり掴まってろよ」みたいなセリフが通常であろうが、疾走する自転車の前にちょこんと座っているマリーはゲルドンのハンドルを握る腕に挟まれながら一緒にハンドルを握っているのが精いっぱいだった。
だが、その恐怖もあっという間に薄れ、風を切るように走るのが楽しくなってきた。
気づけばゲルドンと一緒に笑いながら大通りを疾走していた。
多くの人でにぎわう大通りを自転車で疾走するのは迷惑以外の何物でもないのだが、まだ自転車が高級で普及しておらず、若い男女二人が幸せそうに笑いながら乗っているのを見て、しょうがないな、若い奴らは、のような視線を向ける者が多かったため、ゲルドンたちは通報されずに済んだ。これが貴族街や領主邸が近い北区であれば警備隊が追いかけてきたことだろう。
人が走るよりもずっと早く移動できる自転車は多くの人の目を引いた。
ゲルドンとマリーの大通りの失踪事件は、自転車のデモンストレーションとなりこの後爆発的に売れることになる。しかしながらこの二人のマネをしようとして大通りを疾走するカップルが後を絶たなかったため、大通りは自転車通行禁止となるのだが、それはもうしばらく後の事である。
「いかんだべ、さすがに目立ってしまっただな」
自転車を近くの教会に寄付したゲルドンとマリーは運河の畔を歩きながら次にどこへ行くか考えていた。
「楽しすぎてドキドキが止まらないです・・・」
胸を押さえながら笑顔を見せるマリーにゲルドンもドキドキが止まらない。
ゲルドンはそんなマリーの笑顔に、できれば一生忘れられないような景色を見せてあげたいと思い始めた。
「そうだ! とっときの場所があるだよ!」
いきなり大声を出したゲルドンにマリーがびっくりした。
「どうしたのですか?」
「マリーちゃん、君に見せたい景色があるだよ!」
マリーの両肩をつかんで熱く語るゲルドンにマリーもドキドキが止まらない。
「け、景色ですか・・・?」
「一緒に行こう!」
マリーの手を握ってゲルドンが駆け出す。慌ててマリーもゲルドンに合わせて走り出した。
「ふう、やっと近くまでたどり着いただよ」
二人が細い水路や裏路地を通り、やっとのことでたどり着いたここは北区の領主邸の近く、時計塔であった。
「すごい建物ですね・・・」
マリーはこれまで生きてきた中でも、見たことのない程高い時計塔の建物を見上げてつぶやいた。
「なんといっても領主サマ肝いりの建物だで。あの塔には『時計』がついていて、ここに住む人たちに『時間』を教えてくれるんだで。この時間がわかればいろんな契約がルール化されやすくなって、悪い商人に騙されたりこき使われたりする立場の弱い労働者を救うことが出来るってヤー・・・じゃなくて領主サマが言っていただで」
「そんなすごいものが・・・」
「こっそりこの中に入るだで」
「ええ?いいのですか?」
「いいのいいの。見せたいものはあの時計塔の上にあるだよ!」
ゲルドンはマリーの手を引きながらこそこそと時計塔に近づいて行った。
時計塔は鉱山都市マーロのシンボルとなるべき建物としてヤーベ肝いりで設計、制作された。その高さはマーロの街でも随一である。
正面には衛兵が立っており、普段は建物内に入ることはできない。
だが、ゲルドンはこの時計塔建築時に作業監督で現場に出ていた時期もあり、裏側に通用口があるのを知っていた。
(ゴメンだて・・・後で修理費はヤーベに請求してくれだて)
勝手にヤーベへの請求と念じて、通用口の扉の鍵をこっそり壊したゲルドンはそっとマリーを手招きして一緒に建物内に入って行く。
「この螺旋階段を上まで登って行くだよ。かなり高いからつかれるかもしれないだが、頑張ってくれるだか?」
「もちろんです!ゲルドンさんがぜひ見せたい景色、絶対に見たいです!」
ふんすっとげんこつを握って気合を入れるマリーを見ながらゲルドンが先に螺旋階段を上がって行った。
「ふうふう・・・」
肩で息をするマリーを優しく待つゲルドン。
「よく頑張っただな。ほら、あの扉の向こうに見せたい景色があるだよ」
時計塔の機関部、まさに時計の裏側を上って来た二人。マリーには大きな歯車がゆっくり回っているのも、組み合わさって複雑な形状をしているのも不思議な光景だった。まるでおとぎの国に迷い込んだような気がしていた。
「さあ、扉を開けるだで。気をつけてな」
そう言ってゲルドンが扉を開ける。
マリーの目に飛び込んできたのはオレンジ色の優しい光だった。
視界いっぱいにオレンジ色が広がる。それが沈みゆく夕陽だと気づくのに少し時間がかかった。
この場所は時計塔の文字盤の中央近くだった。落ちないように腰辺りまで柵があるが、チラリと下を見ればものすごく高い場所だった。マリーは下から見上げたとても高い時計部分に今自分がいるのだとやっと認識できた。
淡い魔導具の光はあったものの、比較的薄暗い時計塔内部をずっと上ってきたマリー。ゲルドンが開けた扉の向こうから飛び込んできた光に驚いたものの、その色彩の美しさに我を忘れて見入っていた。
「この景色はおでのとっときの景色だて・・・。いつか大切な誰かと見たかった景色なんだ・・・」
時計塔からマーロの街の中心部を流れる大きな運河が見えた。その運河にバターが溶け込むかのように沈みゆく夕陽の光がきらめき混ざりあう。はるか遠くまで見渡せる街並みもそのすべてをオレンジ色に夕陽が染め上げていた。
気づけばマリーは涙を流していた。この景色をわたくしは一生忘れない。そう思える景色だった。隣を見上げれば、ゲルドンも目に涙が光っているように見えた。
「ゲルドン様・・・」
マリーの声に我に返ったゲルドンがマリーの方を向いた。
「わたくし、この景色を一生忘れません。そしてゲルドン様・・・貴方の事も・・・」
そう言ってそっとゲルドンの胸に飛び込むマリー。
残念ながらゲルドンにはマリーの肩を優しく抱きしめるほどの余裕はなく完全に硬直していた。だが、マリーは気にすることなく精一杯背伸びをすると、ゲルドンの唇に自分の唇を押し付けた。
穏やかで優しいオレンジの光に包まれて、まるで二人の間だけ時間さえも流れることを忘れてしまったかのようだった。
だが、そんな幸せな時間はやはり止まってはくれなかった。
「いたぞ!侵入者だ!」
「時計の裏、機関部にいるぞ!」
見れば下から兵士たちが大勢上がって来ていた。どうやらゲルドンが裏の通用口を壊して侵入したことがバレたようだ。
「これまで・・・ですね」
震えるような声で呟くマリー。ゲルドンの胸あたりの服をキュっと掴む。
「ふふっ」
「?」
時計塔のてっぺん。下から大勢の兵士が上がってくるこの絶体絶命の状況でなぜゲルドン様は笑っているのか・・・。マリーはゲルドンの顔を見つめた。ゲルドンの落ち着いた雰囲気がマリーにも伝わったのか、次第に震えが止まった。
(まあ、マリーちゃんの追手じゃなくてウチの衛兵たちだでな・・・説明すれば何とかなるかもしれんだが、おでの素顔を誰も知らんから、話が通じない可能性が高いだべ)
ゲルドンはマリーの肩をキュッと抱くと自分に引き寄せた。
兵士たちはすぐ自分の足元近くまで上がって来ている。
「さあ、行こうか」
そしてゲルドンはマリーの肩を抱いたまま柵の外へ体を倒した。
「え、えええ―――――!!」
頭から真っ逆さまに落ちる二人。マリーの絶叫がこだまする。
「な、なんてこった!」
「二人で自殺・・・!」
「きっと結ばれない二人だったのだろう」
「天国で二人仲良く・・・」
などと兵士たちが二人の物語を勝手に想像しあっていたその時、
バサリッ!!
大きな音がしたかと思うと、薄いグリーンの翼が空を悠々と舞うのが見えた。
「な、なんだあれ・・・!?」
「鳥か・・・?」
兵士たちがざわつくが、時計塔機関部から時計盤へ出ることができる扉は大人二人が通れるかどうかというサイズのため、それほど多くの兵士たちがその謎の翼を見ることはなかった。
だが、幸運にも、というべきか、大空を舞うその翼を見た数人の兵士たちは口をそろえてこう言った。
『オレンジ色に照らされた薄いグリーンの翼はまるで黄金のように輝いて見えた』と。
「ゲ、ゲルドン様・・・?」
「ん?どうしただべ?」
「お、お空を・・・わたくしたち、お空を飛んでいます・・・」
実際に空を飛んでいるマリーがそれでも信じられないといった表情でゲルドンを見る。
「ほら、夕飯食べる約束したから、まだ捕まるわけにはいかんだべ?」
抱きしめているマリーに言うとゲルドンは笑った。
まるでグライダーの如く優雅に滑空していくゲルドンたち。
もちろん翼はヤーベのスライム細胞で作った魔導具である。
「いや~まるで怪盗〇ッドだでな」
何を参考にヤーベが作ったのか丸わかりのセリフをぽろっと口にしてしまうゲルドン。だが、マリーには何のことだか分らなかった。ただ、沈みゆく夕陽に迫る落日を思いながらも、まだ少しゲルドンと一緒にいられる時間を思い胸が熱くなるのだった。
・・・時計塔から二人で落ちて水道を流れついたり、悪い奴が時計の針に挟まれてピチュンしたりはしないのです・・・f(^^;)
それはさておき!皆様、今年もどうぞよろしくお願い致します!
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