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マジカル・ビート・タクティクス -異世界ってこうですか?-  作者: YAMAYO
RHASE:03 三つの戦場
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ラ・ウール防衛組~ コッペリア・コンプレックス (前)~

          @@@@@


 昔々と語り出すのは大仰だけれど、昨日今日として振り返るには味気ない、ほんの少しだけ昔のとあるところに。


 なんとも可愛らしい一人の女の子がおりました。


 その女の子の愛らしいことと言ったらありませんでした。


 この世にあるすべてのキラキラした物を束ねても、彼女の弾ける笑顔には敵いません。


 この世にあるすべてのツルツルした物を集めても、彼女の瑞々しい肌には敵いません。


 たくさんの動物たちが彼女の優しい手のひらに撫でられたいと近づいてきました。


 たくさんの草花たちが彼女の可愛らしさを引き立てたいと身を捧げました。


 誰もが彼女を心から愛しました。

 誰もが彼女がそばにいるだけで幸せな気持ちになりました。


 そして、そんな彼女を愛してくれるみんなのことを同じくらい女の子は愛し。


 愛するみんなの数が多ければ多いほど、女の子は幸せな気持ちになりました。



 とりわけ女の子の両親は彼女を愛し、可愛がりました。


 彼女の無邪気な笑顔を、彼女の玉のような肌を、

 彼女の透き通るような水色の瞳を、彼女の柔らかなスミレ色の髪を、

 彼女の心の優しさを、彼女の頭の良さを、彼女のすべてを溺愛しました。


 父親は『ていこくぐんのかんりょう』という仕事をしていました。

 母親は『こうきゅうかんりょうふじん』という仕事をしていました。


 まだ幼い女の子には、両親の職業がどんなものだったのか正確にはわかりません。


 週の殆どを屋敷の中で過ごし、毎夜のように華やかなパーティーを開き、

 豪勢な食事とお酒でお腹を膨らまし、豪華な装飾品で全身を着飾り、

 唄い、踊り、笑う、とても楽しいお仕事をしていることだけしか女の子にはわかりませんでした。

 

 女の子はよく宴の場に連れ出されました。


 可愛い服を着て、可愛い笑顔を浮かべ、可愛い声でお客様とお話をする。

 それだけでいいからと両親に言われて顔を出します。


 面倒だとも退屈だとも女の子は思いませんでした。


 何故なら、彼女は幼くとも聡明な女の子です。


 可愛い服を着て、可愛い笑顔を浮かべ、可愛い声でお喋りをするのが自分のお仕事なのだという自覚を既に持っていたのです。


 自分がいれば、お客様も両親も場にいるすべての人達も、とても幸せそうにします。


 歌も踊りも笑い声も、自分がいるだけで一層、愉快で楽し気なものへと変わります。


 女の子はそれを嬉しく思いました。


 彼女は誰かの幸福を自分の幸福と思うことができる優しい心を持っていました。


 だから女の子は笑います。


 彼女の姿を見た誰もが『まるでお人形のようだね』と誉めそやすその愛らしさを持って。


 女の子は可憐な笑いを世界に振りまき続けます。



 そんな幸福な時間が、何年続いたでしょう。


 女の子も年を重ねた分だけ順当に少女へと変わっていきました。


 無垢さを十分に残しながらも、深みを増した笑顔。


 瑞々しさもそのままに、微かな色香まで纏いはじめた肌。


 澄んでいるところは変わらずとも、理知的な光が帯びた瞳。


 真綿のように細く柔らかな手触りが、絹のような艶やかなものになった長い髪。


 天使の歌声のごとく高音だった声質は、声帯と何より内面の成長によって、女神の囁きめいた落ち着いたものへと変わりました。


 まだほんの兆ししかうかがえずとも、やがて豊かに育つであろうことを予感させる女性的な曲線が、手足に胸に腰回りに浮かんでくるようになりました。


 そう、愛らしい女の子は美しい少女へと変わっていったのです。


 それは少女にとっても、周りの人達にとっても喜ばしいことだったはずです。


 年の若い異性は、彼女の前に立つだけで緊張して何も言えなくなり、そっと小さく微笑みかけられるだけ舞い上がり、誰もかれもが彼女に恋をしました。


 同年代の少女たちも、彼女の美しさをまるで笠に着ない気さくで明るくてお喋りも巧く、そしてとにかく優しい性根に憧れ、溜息をこぼし、誰もかれもが彼女を好きになりました。


 大人達もまた、それは例外ではありません。


 ある者は年の差など越えて本気で少女に恋をしました。

 ある者は自身の若き日の憧れを重ねて心から少女を尊敬しました。


 直接的な求婚や、遠回しに自分の子息との婚約を仄めかす話も後を絶ちません。


 美しくて聡明で捻くれたところもまったくない、もはや完成された理想の女性。


 それは少女にとっても、周りの人達にとっても幸福なことだったはずなのです。


 だから、たった一つだけ。


 彼女にとって唯一、不幸だったこと。


 それは、両親が醜悪で愚鈍で、心も魂も何もかもが捻くれた、歪んだ者であったということだけだったのです。



 少女が12歳になる年、両親が数ある嫁入り候補達を退け、彼女の行く末を決めてしまいました。


 それは父親と同じラクロナ帝国軍の官僚である中年の男でした。


 高給官僚の父よりもまだ階級にしても有する権力にしても上位にある者で、軍内部において多大な影響力を持った男でした。


 階級や権力だけではありません。


 富への貪欲さにしても、権威への執着にしても、お腹の出っ張り具合にしても、すべてが父親の上位互換。


 違うところと言えば中年も後期という年齢で未だ独身であったところと、その未婚の原因が初潮が来るか来ないか辺りの年齢の少女しか愛せないという、かなり特殊で限定的な性癖を持っていたことぐらいです。


 男は前々から、少女に目を付けていました。


 少女の屋敷に招かれる度、彼女に高価な贈り物をしたり、持ち寄ったドレスを着させたり、父親に命令して自分のところへ優先的に来させたり、膝の上に座らせたり、耳元で優しく囁いたり、頭を撫でたり、全身をなめ回すように眺めたり、体のあちこちをベタベタと触ったりしていました。


 少女もまた、彼が幸福そうにしているのを見て幸せな気持ちになっていたので、男のすることイチイチに嫌な顔一つせず、為されるがまま受け入れました。


 それが男の欲望と、少女が自分へ好意を抱いているのだという勘違いを更に加速させてしまったのです。


 男は時期を見て、父親に取引を持ち掛けます。


 地位も名誉も金も、もっともっと融通するから娘を養子にくれないか、と。


 それは取引というには、強制力があまりにも強すぎる、半ば命令のようなものでした。


 両親は悩みます。


 その悩みとは、少女性愛の男に大事な娘を委ねていいものか?という問題にではなく、貴族にしても王族にしても、幾らでも貰い手を選べる中で、果たしてこの男は自分たちを納得させるだけの利益を与えてくれるのだろうか?ということだけでした。


 そんな愛する娘の幸せについて本当に頭の片隅にも置かないまま悩みに悩んだ結論として、両親はその取引を受け入れることにしました。


 それだけ男の持つ『ラクロナ帝国の中枢部』というブランドは、重いものでした。


 

 少女は最初から最後まで、文句一つ言いませんでした。


 何せ他でもない、愛する両親がそれで幸福になるのならばと、満足そうに笑うのです。


 もちろん美しさと同時に、とても良く回る頭脳を持った少女でした。


 夫となる男の異常性癖については、とっくに気づいていました。


 そんな男の元に、自分と同じくらいの年齢の女の子が何人も養子や召使として招かれ、夜な夜な慰み者にされた挙句、ある程度の年齢に差し掛かったところで無残に放り出され、その大半が暗い影を落としながら余生を暮らし、中には精神的に狂って自害をした者がいることまでも知っていました。


 きっと自分も同じ運命を辿るだろう。


 わざわざそんな異常者のところに行かなくとも、助けを請えば幾らでも彼女のために立ち上がってくれる善良な権力者だっていただろう。


 少女にはわかっていたのです。


 聡明な少女には、両親の下らなくて底の浅い思惑も十分にわかっていたのです。


 自分が男に求められているのは、美しもなければ聡明でもない、単なる可愛らしい愛玩人形であるのだということも、十二分にわかっていたのです。


 けれど、彼女は笑います。


 それが、自分を生んでくれた両親の求めることならばと笑います。


 それが、自分をここまで育ててくれた両親の幸福に繋がることならばと笑います。


 彼らを裏切りたくないと笑います。

 彼らのために人形になるのだと笑います。


 笑って、笑って、笑い続けて受け入れます。


 そして、正式に養子縁組を成立させる前に開かれた盛大なパーティーの夜。


 いつものようにニコニコと微笑みながら、会場に立っていた少女を激しい腹痛が襲います。


 あまりの痛みに脂汗をかきながら気絶してしまう少女。


 結局、翌朝になってようやく目を覚まさした少女は見慣れぬ天井に首を傾げながら起き上がります。


 全身が妙に重たくて寒くて具合が悪く、特に下腹部にこれまで経験したことのないような違和感を抱きました。


 何が何やらと少女がボンヤリしていると部屋の扉が開きます。


 そこから入って来たのは、両親でも養子を組もうとした男でも召使でもなく、白衣を着た女性医師。


 そして、目の覚めた少女の体調を確認してから医師が慈しみのこもった朗らかな笑顔で告げる言葉の内容に、少女は愕然としてしまいます。


 『おめでとう。これで貴女も大人の女性の仲間入りよ』


 元から血が足りなくなっていた顔から、サッと血の気が引いていきます。


 そうです、彼女の体は彼女を裏切るかのように、あるいは助けようとでもしたかのように、明確な変化を遂げてしまいます。


 それは美しい少女から美しい女性への華々しい成長であるのと同時に。


 幻想的で浮世離れした可愛いお人形が、


 どこまでも現実的な生々しさを持ったただの人間へと堕ちてしまったということでもありました。



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