第八章・そして、始まるタクティクス ~ La・WOOL side➄ ~
「……本当に、あの子の言う通りですね……」
「…………」
アンナの姿はすぐに見つかった。
騎士団の詰め所も面している王宮の中庭、彼女はそこに備え付けられたベンチに座り、ただボンヤリとしていた。
勢いあまって飛び出したのはいいものの聡明な彼女は途中でスグに冷静になり、さりとて冷やし切れてはいない頭と心を落ち着けるべくここにいる、という感じだろうか。
「どこまでも私情、どこまでもワガママ。単にあなたを無謀な策で危険にさらすのが、嫌なだけなんですね」
「……心配してくれてありがとう」
「今更でしょう。私の気持ちを知っておいて……」
「……そうだった。……ごめん」
「そうやって謝るばかりで、それでもあなたは答えてくれないんですね……」
「……ごめん」
「……いいですよ。別に責めているわけではありませんから。……いいえ、本当は責めて攻めてとことん追求してやりたいというのが本心ですけれども」
「えっと……俺はさ……」
「ふふふ、冗談です」
そう言ってアンナは力なく笑う。
「今、私が何を言っても……いいえ、姫様であっても誰であっても想いを伝えてみたところで、あなたはきっと誰にも答えない……」
「……かな」
「それはそうですよね。『死に場所をくれてありがとう』でしたっけ?そんな自分が死ぬことばかり考えて生きてきたあなたは……対して親しくもなかった私なんかの為に進んで自らの体を傷つけた死にたがりのあなたは、恋や愛だけじゃない……他のどんな種類の人との繋がりも持つ気なんてないのでしょうから……」
「……うん、その通りだ。持つ気がないというか、持つ余裕がなかったという感じだけれど」
「なかった、ですか。……過去形で語るのですね?」
「……過去形で語りはじめたという感じ?」
「なんですか、それ?」
「イマイチまだわかんないんだよ。君にもアルルにも、リリーにもゼノ君にも色々と言われて、それで少しはまともになったんだろうかと思っていたところに、あんな言葉がポロっと出ちゃったからね。……本質というところでは、本音の部分では、まだ何にも変わってないのかもしれない。過去形ではなく、現在進行形でまだ俺は単に死にに行こうとしているのかもしれない」
「……大丈夫ですよ、イチジさん」
コテっと、隣合って座るアンナが俺の肩へと寄り掛かる。
「あなたがあんな無謀を提案したのは、何も自分が死にたいが為じゃない。それは必ず姫様を助け出すんだというその一途な想いだけで言われたことなのだと、私は思います。……自分の死の為ではなく、誰かの生の為に……」
「君に言われると妙に安心できる。……いつだって君やアルルの正しさや強さが、未だに自分の気持ちがよくわからないヘタレな俺を導いてくれる。いい歳して情けない限りだけど、そんな君たちの眩しさが、俺の道を照らしてくれている」
「姫様はともかく……私はそんなに正しくて強くて眩しいのでしょうか?」
「俺からすれば、十二分に」
「自分ではよくわかりません。……まだまだやらなくてはならないことがたくさんあるのに、こんなところであなたに寄り掛かり、弱音を吐いて、愚図ついている……そんな私は正しくも強くも眩しくもないですよ」
「それでも君は美しいよ、アンナ」
「……またそうやって、私の心を掻き乱す……」
俺の肩に押し当てた額を、アンナはグリグリとする。
ほら、君はやっぱり強いし、美しい。
じゃれつくような、甘えるような。
そんなとても愛らしい仕草だけれど、不思議と弱々しいところは感じない。
こんな他愛のない会話の最中でも、君もまた、そうやって自分の足で立ち上がれるのだから。
「……大丈夫。ちゃんとアルルは助けるから」
「……はい」
「無傷……はちょっと無理だろうけれど、とりあえず俺もちゃんと生きて帰ってくるから」
「……はい」
「そして、それからかな。……ちゃんと君の気持ちも、アルルの想いも、そして俺自身についても……そういう色んなものにもう少し真面目に向き合ってみるからさ……」
「……はい……」
アンナがギュッと俺の体を抱く。
俺もそれに応えて彼女の細い体を抱き返す。
愛する者同士の情熱的な抱擁じゃない。
友達や仲間同士の親愛の抱擁でもない。
もしも、たとえるならば……これは慈愛。
それも、どちらがどちらにと向けた一方通行のものではなく、互いが互いを認め、励まし、支え合うような慈しみの抱擁。
「……私があなたの目に眩しく映るのならば、それはきっと昔、私が姫様の眩しさに当てられ、救われたことがあるからなのでしょう」
「……そっか」
「あの時……私が家のことや家族のこと、その他にも色々なものを抱えて押しつぶされそうになっていた時……姫様は、こうやって私の体を抱いてくれたのです」
「……うん」
「あの正しさ、あの強さ、あの眩しさ、あの美しさ……今でも忘れません。忘れることなんてできません。あの方に憧れているからこそ……あの銀色の少女のように高潔でありたいと願うからこそ……私は私でいるのです。……だから、イチジさん?私も同じなのですよ。姫様という指針の導きがなければ、私は単なる頭が固くて融通の利かない、なんの魅力も面白みもない愚図女でしかないのです」
「……うん」
俺を抱く、アンナの腕の力が少しだけ増す。
それに応えるように俺もまた強く彼女を抱きしめ返す。
押し付けられた胸から、彼女の心音が聞こえる。
ドクン、ドクン、ドクン……
不吉な何かの息づきを知らせるものでも。
醜く膨れた欲望の発露でもない。
これは、確かに彼女が生きている証拠。
彼女が世界に刻み付ける確かな鼓動。
―― この≪マホウの世界≫にあなたの鼓動を刻んでください ――
……これはいつだったかアルルが俺に向けて言った言葉。
そうか、アルル。
俺だけじゃなく、君はアンナのことまで救っていたんだな。
まったく、本当に大した女の子だ。
最終的には世界やら国やら人やら全部、余すことなく救おうとでもしているんだろうか?
本当に憧れる。
本当に眩しい。
そうだな、そんな君だからこそだ。
俺も、彼女も、みんなも。
本気で君のことを救い出そうとしているんだろうな、アルル……。
「……アンナ。もう一度、言わせてくれ」
「……はい」
「俺が必ず、アルルを救う」
「はい……お願いします……」
「……気をつけてな」
「あなたこそ……」
『そうして見つめ合う、俺とアンナ』
「……ん?」
『近づいた顔を撫でるのは、風ではなく、互いの熱い息遣い』
「……イチジさん……」
『頬を赤く染め、そう熱っぽく俺の名を呼ぶアンナのプックリとした唇へと誘われるように視線が向く』
「……姫様とはついに口づけを交わしませんでしたよね、あの時……」
「え、あ、うん。そうね」
『わかってる。わかってるいるの。これは姫様への裏切りなんだって……抜け駆けなんだってことはちゃんとわかっているのよ、私。だけど……だけど……こんにも近くにあなたの顔があるんですもの……』
「答えは戦いの後でと言われましたけれど……少しだけ先取りしていいでしょうか?」
「アンナ?」
「言いましたよね?私はそんなに強くない……あの聖堂でも私はただ怖くて怖くてしかたがなかった……そして、あなたに戦う勇気をもらったのです」
「アンナ?……ちょ、アンナさん?」
『ああ、愛おしい。ああ、狂おしい。あなたに名前を呼ばれるたび、あなたにこうしてふれるたび。私は身も心も濡れそぼる。……ああ、イチジ。おお、イチジ……あなたはどうしてイチジなの?』
「……だから、もう一度……あの時のように、勇気を下さい……」
『ああ、仕方のない淫乱子猫ちゃんだな』
「そ、そんなこと言わないで……」
「…………」
『今更、ウブなネンネのふりをしても遅いのだぜ。ほら……こんなにももう、熱くなってるじゃないか……』
「だ、ダメ……そ、そこまでは……わ、私、そんなつもりじゃ……」
「…………」
『ほら、全部さらけだすのだぜ。服を開いて、股を開いて、心も何も全部むき出して俺にみせちまうんだぜ』
「い、いけない!!いけないです!!あああ、ああああ!!!!」
「…………」
『服の隙間から入り込む俺の指がアンナの形の良い膨らみを下着越しに這い回り、そこから伝わる熱はまさに彼女の蕩け切った劣情の……』
「そいっ!!(チョップ)」
「ぎゃふん!!!!」
……なんだ、この茶番。
「……まさか、アルル以外にこの技を使うことになろうとは」
「いたいのじゃ~幼女虐待なのじゃ~ドメスティックなイチジなのじゃぁ~」
「それもアルルのやつ」
「……はっ!?わ、私は一体何を?」
「よかった。アンナにまで使う羽目になるところだった……」
「え?え?えええ??」
さすがは伝説の大魔女と言ったところ。
さらりと俺たちの会話に紛れ込み、アンナをちょっとアレな方向へと巧みに誘導してしまった。
「え?え?……あ、わ、私ったらなんて恥ずかしいことを……」
「ようようねぇーちゃん。今の全部録画しておいたからよー、拡散されたくなかったら何でも言うこと聞くんだぜ」
「うにゅぅぅぅぅ!!!!」
「鬼畜か」
心の底から楽しそうなリリー。
ウンウンと頷きながらとにかく嬉しそうなギャレッツ。
ハンカチを噛み、眼鏡の奥のつぶらな瞳から涙を流すヒイラギ。
ゼノ君に両目を隠されながらバタバタと暴れるココ。
そんなココの頭上でこれでもかと言うくらい冷めた目をこちらに向けるゼノ君。
リリー以外は少し離れたところにいるけれど、いつの間にやら集結していた討伐軍ラ・ウール分隊の面々。
「……みんな、お人よしばかりだな……」
「一人は怨嗟を、一人は呆れを向けておるけれどもな」
「み、みなさんどこから……」
「どこかのタラチンの手管が炸裂したところからかのぉ」
「じゃぁ、最初からじゃないですかっ!!」
「最初から垂らし込まれとったとは……」
「はっ!?なし!!今のなし!!」
「そしてその呼び方、ホントにやめて……拡散してもいいから」
「よく意味はわからないですけど、拡散とかいうのも絶対にやめて!!!」
「にょっほっほ~~~愉快愉快」
ワーワー、ギャーギャー。
本当に、このメンバーといればシリアスな展開が続かない。
今はたったの七人。
されど七人。
奇しくも一人が囚われたことで、創世やら革命やらと同じ七人。
この世界において、きっと特別な何かを象徴するこの七人の人間が……俺の……今の仲間たちが揃えば。
なんだかすべてが丸く収まり、みんなで笑える明日を向かえられるような気がしてしまう。
……ああ、そうか。
俺はようやく……本当にようやく。
もういなくなってしまった彼女や彼やらのことではなく、新しくできたこの繋がりを。
ようやく仲間だと受け入れることができたんだ。
「なんじゃ、マスター?笑っとるのか?」
「……俺、笑ってる?」
「……さぁ……どうなんじゃろうな」
「なんだよ、それ」
「わかりにくいからの、お主の表情は」
「……まぁ……悪くない気分かな」
「まだまだじゃ」
「リリー?」
「まだまだまだまだ、まだのまだ。……これからもっとたくさん、楽しいことが待っておるよ、人生というやつには」
「なら……やっぱり死んでなんていられないか」
「当然じゃ。……我ともラブコメの続き、してもらわんと困るからな」
「幼女から王女から才女までか。ホント、タラチンだな、俺」
「遠く離れてはいるが……いつでもお主を守ってやるからな」
「…………」
そしてやっぱり……俺は果報者らしい。
「……はい、それじゃこれ配るから」
そして俺は、昨夜の不眠の結晶たる魔道具の一つ、送受信一体型のヘッドセットをみなに手渡す。
「これで、誰でも≪テレ・パス≫が使えるようになるのですか?」
「うん、これを付けている人同士限定だけどね」
「効果範囲は理論上、洞窟や谷底にでもいない限りこの大陸の端から端まで離れても問題はない。チャンネルも頭の中で話したい相手を軽く念じれば勝手につながるように設定しておる。そのまま念話もできるが、そこの横から伸びたマイクを使って声でのやり取りをする方が楽じゃろう」
「むむむ、なんとも面妖な!!」
「あ~なんか、江戸時代の人がタイムスリップしてきて初めてテレビを見た時みたいなリアクションって本当にあるんっすね……」
「もしも~し?もしも~し?聞こえるんだゾ~?」
「こっちは都会に転校してきた田舎娘が主人公とケータイを買いに行き、初めて文明の利器を持った喜びのあまり目の前にいるのに電話を掛けてはしゃいでいるというギャルゲのシチュエーションそのまんまじゃな」
「他にも細々としたものはあるけれど、とりあえずそれは人数分確保できた。これを使って各自……特に司令部のアンナからの指示を仰いでほしい」
「うむ、心得た!!」
「了解っす!!」
「……そんじゃ、次は俺な」
訝し気にヘッドセットを弄っていたゼノ君が、俺の話が終わると声を上げた。
「ココ」
「うむ、こころえたゾ!!」
ピュィィィィ……
ギャレッツの真似する幼女が微笑ましいなぁ、萌えるなぁと思っている間もなく……。
バサ、バサ、バサ……
「キュエェェェェェェェェ!!」
ココの口笛によって呼び出された、三本足、一つ目の怪鳥。
「あんたはこのバケドリに乗って行けよ」
と、ゼノ君は斥候の際に助けを借りたヤタノドリを俺に貸し出してくれるらしい。
「いいの?」
「ああ、今回の俺の仕事にはちょっと図体がデカすぎるからな。一回飛んでる場所だし、慣れないあんたを乗せてゆっくり飛ぶにしても、開戦までにはガストレアにつくだろう。ただ全力でかっとばしたから、あと何時間かは羽を休ませてやってくれや」
「いい、ヤっちゃん?おにぃさんはココの大事なおともだちだから、ちゃんとはこんであげるんだゾ?」
「キュエェェェ!!キュエェェェ!!」
「なんて言ってるの、ココ?」
「うぃーす、らじゃで~す、だって」
「軽いなぁ、ヤっちゃん……」
「キュエェ!!キュエェェ!!キュエェェ!!」
「てゆーか、あーしの上に乗るとかマジ特別だかんね。ココっちがゆーから仕方なくだから。ちょーしのんなし……だって」
「ギャルなのかな?」
「ヤタノドリ……まさか生きている内にこの目で見られるとは……今でも信じられません」
アンナがココと戯れるヤっちゃんを眺めながらシミジミと言う。
「伝説級の魔獣って言ってたっけ?」
「はい。ドラゴンが息づいていた遠い昔に生息し、絶滅指定までは受けていないまでも、まず現代ではお目にかかれない超希少種です。……その珍しさゆえ各地方で語り継がれる伝承によく登場するもので、それによっては神の御使いであるとか、戦の神そのものであるとか色々と言われていますね」
「まんま八咫烏っすね」
「ただどの伝承にも共通していることは、このヤタノドリが味方する限り、その人やその周囲には幸福が訪れ続けるということですね」
「我らにはなんとも縁起がいいもんじゃのぉ、にょっほっほ」
「……しかし、人の手に懐く……いいえ、ここまで従順であれば、もはやテイムですか。このクラスの魔獣を飼いならすなど……ココさんは一体何者なんでしょう」
「ねぇ、ヤっちゃん?これね、これをつかうとね。とおくにいる人ともお話ができるんだゾ!!すごいでしょ!?」
「キュエェェェ!!キュエェェェ!!」
「うーん、でもヤっちゃんの頭には入らないと思うんだゾ……ごめんだゾ」
「キュエェェェ!!キュエェェェ!!」
「うんうん、そうだゾ。おにぃさんとリリーちゃんに頼めばつくってくれるかもしれないんだゾ!今はいそがしいけど、あとでたのんでみるね!!」
「キュエェ!!キュエェェ!キュエェェェ!!」
「……難しいことはともかく、大事な友達なんだよ、きっと」
「ま、そういうことだ。あんま気にすんなよ」
「……ですね。無粋でした」
猫動画でも見ているみたいにホッコリする一同。
守りたいこの笑顔、とばかりにさらに俺たちの士気が高まる。
「むむむむ……萌え萌え幼女枠Bには我も負けられんのぉ」
そして一人、皆とは別ベクトルで張り切り始めた萌え萌え幼女枠A。
「我もここぞとばかりに伝説級の交通機関を召喚してやろう」
「ちょ、ちょっとあなた……」
「マスターよ。悪いんじゃが、ちいとばかりいつもより多めに魔力を借りてもいいかの?」
「ん?ああ、それは別にいいけれど。……なにする気?」
「うーむ、どれにしようかなぁ……」
「ちょ、ホント、あんまり無茶なことはしないで下さいね?」
「よしっ!キミに決めた!!」
パン!
と、いつもの指を弾く動作ではなく、両の手のひらを合わせるリリー。
それもただ合わせたというだけではなく、手のひらから黒い何かが……ドス黒いオーラ的な何かが立ち込め、渦を巻いている。
「むむむむむ……」
その魔力を己の内にため込むように、リリーは目を瞑りながら唸る。
明らかに、今まで以上にとんでもないことが起きそうな予感がビンビンの光景だ。
……そして。
「……かっ!!≪召喚≫!!疾走する迅雷・チョ〇ボ!!」
「それダメなやつっす!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
何かを察したヒイラギが止める声も虚しく、地の底から何者かが這い出してくる音がしてくる。
地面が揺れ、中庭に敷き詰められた石畳が崩れ、王宮全体が大きく傾ぐ……というイメージが頭の中によぎったのだけれど、その実、音がするばかりで俺たちの体には何の影響もない。
「上ですっ!!」
そんなアンナの一声に、皆が一斉に空を見上げる。
するとそこには……そこには……なんだろう?
あまりに巨大すぎてまったく全貌がつかめない。
とりあえず、ソレが巨大であることと、ソレがこの中庭に落ちてきたら、ただでさえ開戦前でピリピリとしている兵士たちを刺激して、敵襲だなんだとパニックが巻き起こるだろうことだけはよくよくわかる。
「どう?どう?我すごい?ねぇすごい?」
「……うん、すごい。……すごいんだけれども……」
「リリーたん!!それダメ!色々とダメなやつじゃないっすか!!」
「うん?なにがダメなんじゃ?」
「いや、だって、ぱ、パクりものは……ともかくその名前はダメっす?」
「なにを言っておる、何がパクりなものか。……ただのリスペクトじゃよ」
「それ常套句ぅ!!」
ズズズズズズンンン……
砂塵を巻き上げて無事着地を果たすソレ。
見た目の重量感の割に衝撃は少なかったのだけれど、中庭の半分ほどを一気に埋め尽くした圧迫感は相当なもの。
「……列車?」
「うむり」
黄色を主体とした塗装をほどこされた重金属。
それが全体を覆った見た目は紛れもなく三両編成の列車。
ただその全長がとてつもなく長く、おまけにあちらこちらに機関銃やら砲台やらが備え付けられているところを見るに、明らかに普通の交通機関には成り得ない。
「長距離移動用甲殻防護装甲列車・通称CHOCOBOじゃよ」
「装甲列車……」
「うーん、ギリギリ?……ギリギリセーフ?いや、でも色合いとかまんまだしなぁ……」
「なんじゃ、文句があるのか?それともクロチョ〇ボのがよかったかの?」
「……ちなみ、それはなんの略っすかね?」
「九十六式超高高度殲滅兵装母艦・通称KURO・CHOCOBOじゃ」
「どっちもどっちっす……」
「これも、≪召喚≫ってやつ?」
「うむり。とある世界のとある時代。とある戦場を縦横無尽に駆け回った戦略兵器じゃ。車輪から魔力を発して線路を形成し、空だろうが海だろうが銀河だろうが自由に走行できるという優れもの……まぁ、元が理の異なる異世界の技術をこの≪幻世界≫向けに調整し直したから、パフォーマンスはいささか落ちるがの」
「ホントに何でもありだな、君は……」
「頼もしいじゃろ?」
「……まったくね」
「ほれほれ、地味子よ」
「え、あ、はい!!」
装甲列車の威圧感にあてられて呆然としていたアンナが我に返る。
「我らはこれに乗って帝都へ向かう。ぞろぞろと集まってきた野次馬共を使って早く荷を積み込むのだ。終わり次第発つゆえ、他の者にもそう伝えておくのじゃ」
「わ、わかりました」
「そして、モブ男よ。お主はこれを操縦せい」
「はいっ!?ぼ、僕、列車どころか車の免許だって持ってないんっすけど!?」
「大丈夫じゃ大丈夫。基本は操縦かんを握って走行するイメージを描けば走り出すようなシステムじゃから」
「そ、そう言われてもっすねぇ……」
「ピーピーとうるさいのぉ。あれじゃあれじゃ、トラベルミステリーとか読んどるじゃろ?あれを思い出せ」
「運転に時刻表トリックは一つも関係ないんじゃ……」
バタバタと一層、慌ただしくなる王宮内。
俺たちが作戦会議をしている最中にも、兵士にしろメイドさんたちにしろ、腹にイチモツ持っていたはずの議会議員や貴族の人間にしろ、誰もがみな、忙しくなく己の職務をこなし、己の出来ることを精一杯にやっていた。
国のために。
国王のために。
王女のために。
誰一人として怠けている者はいない。
七人だけじゃない。
彼らも、彼女らもまた……俺たちと志を同じくする仲間なんだな。
「……こうなると、途端に浮いちまうな。俺たちみてーなのは」
「……だね」
人々がキビキビと、見事な連携を見せて準備を進めている中。
確かにあぶれ気味に端によっていた俺に、同じく輪から弾かれたゼノ君が声を掛けてくる。
「ま、あんな雑用なんざ頼まれてもごめんだけどな」
「不良だなぁ」
「あんたもサボってんだろーが」
「いや、俺はあんまり知らない人たちが大勢いるところはちょっと」
「何を急に人見知りになってんだよ」
「以外にそういうところあるんだよ?」
「初対面からやけに馴れ馴れしかった奴の言うセリフじゃねーよ」
「初対面で殺されそうになった君とこうして並んで話しているのも不思議な因果だよね?」
「それは言えてるな……まったく妙な縁ができちまった」
なんだかとても苦々し気な口調のゼノ君。
本気で嫌そうな表情をしているけれど、それでもこうやって話に付き合ってくれているのは、得意のツンデレという解釈でいいのだろうか。
「……獣化、使いこなせそうか?」
うん、解釈正しく、デレてくれたみたい。
「師匠としてはどう思う?」
「誰が師匠だよ。……まぁ、最低限はできてんじゃねーの?少なくとも制御ができなくなってオーバーフロウするようなことはねーだろ。……制御できなくなって暴走した俺が偉そうに言うのもあれだけど」
「訓練に付き合ってくれて助かったよ。俺一人じゃ、こうはいかなかった」
そう、この一週間ほど。
組手などの訓練の合間に、俺は獣化の先駆者たるゼノ君に教えを請うていた。
おかげ様で起動から停止まで、ある程度は自由に使いこなせるようにはなった。
しかし、あくまでも、ある程度。
使い方いかんでは、またアンナに怒られて、アルルに心配させてしまったように、体の一部がバケモノ化してしまう危険性はまだまだ十二分に孕んでいる不安定なものだけれど。
「何だかんだで一人でも出来てたろ、あんたのことだから。なにせ、獣人でもないくせに獣化を使えるって時点でまず本来はあり得ねーことなんだから」
「そういう意味でも助かった。……この力の使い方がわからず持て余してたんだよ」
「魂にドラゴンが埋め込まれてるだったか?……わけがわかんねーよ」
「うん、俺も全然わけがわかんねー」
「そんな不確定なもんに頼るのは実際どうかと思うぜ?」
「仕方ないさ。使えるものはなんでも使わないと。……それくらいガムシャラにいかないと、あのデレク・カッサンドラにはきっと勝てない」
「……敵はアイツだけとは限らねーぜ」
「伏兵の可能性だよね?あとは幹部らしき奴らがいるかもだし」
「いや……」
「ん?」
そこでゼノ君の声が少しだけ潜められる。
「……わりぃな。会議の場で実は言ってなかったことが一つあんだよ」
「斥候の報告で?」
「別に隠したかったわけじゃねー。あんまりにも曖昧すぎる上に、俺自身はまったく気が付かなかったから実際に見たわけでも感じたわけでもねーからな」
「……ココが何か?」
「ああ、あの白い霧の奥……もっともっと深くて視界なんざまるで効かなかった奥の奥で、何かの気配があったらしい」
「気配、か……」
「ココにしたって明確に感じ取れたわけじゃねー。鼻も何もあんな場所じゃ用をなさねーし、感じたのもほんの一瞬だったらしい。……ただ、アイツの勘。……俺やあんたでは知る由もない、アイツを純血の獣人たらしめている部分で、かすかに何かの存在を感じたみたいだ。……報告しようかどうか迷ったんだが、とりあえず、あんまりフワフワしたもんだったからあの場では黙っておいたんだが……よかったか?」
「……そうだね。いい判断じゃないのかな。不必要に混乱させても仕方ない」
「そうか。だけど現場に向かうあんたには言っておこうと思ってな。そこまで気にするもんでもねーんだろーけど、頭の隅くらいにはいれといてくれ」
「わかった。……教えてくれてありがとう」
「……ま、がんばれや」
「ゼノ君もね。……ラ・ウールのことは任せた」
「……おう」
一つ、俺の肩を拳で強めに叩いて、ゼノ君が行く。
ぶっきらぼうな彼なりのエールが、しびれる肩からしみわたってくる。
本当に、気のいいイケメンだよ、君は……。
死の大地、伏兵、デレク・カッサンドラ……そして未確認の何か。
考えることは盛りだくさん。
想定される状況もまた多種多様。
それでもやらなければならないことはたった一つ。
そろそろ、俺も出立の準備をしよう。
「…………」
目を閉じる。
耳を閉じる。
鼻を閉じる。
感覚を、思考を、身を、心を、何もかもを一旦閉じる。
何かを考えながら、何も考えない。
すべてを認めながら、すべてを拒絶する。
そんな矛盾をぶつけ合うことでポっと生まれる『無』という隙間。
その内へ内へ、中へ中へと俺は埋没していく。
これは昔から慣れ親しんだ俺のルーチンワーク。
集中力を極限まで研磨し、最大のパフォーマンスを発揮するための儀式。
それが今では、もう一つの意味を持つ。
こうして自分の内側へと深く没入することで見えてくるのは……無明の闇ではなく、朱色の光。
ドクン、ドクン、ドクン……
静かに鼓動を感じる。
俺のもののようで俺のではない。
誰かのようで誰のものでもない。
そんなの生命が世界へと刻みつける鼓動を確かに感じる。
……では行こうか、タチガミ・イチジ。
この目を開いたその時から、俺の戦いは始まる。
さぁ、それでは改めて……。
タクティクスをはじめよう




