第六章・結成。討伐連合軍西方部隊ラ・ウール分隊~ ARURU`s view ④~
ガラガラ……
ドシャァァン……
パラパラパラ……
「…………」
そこにモクモクと立ち込めるのは白い煙とホコリ。
「……ああ、もぉ……」
そこに積もり積もる木片、ガラス、金属、紙、etc、etc……。
「なんということでしょう……」
どんな匠でも手に余る、瓦礫ひしめくカオス空間。
控えめに言って乱雑で。
可愛らしく言ってしっちゃかめっちゃかで。
ようするに、わたくしご自慢の工房の有様を端的に述べるのならば。
三分の一どころか寸分の隙もない、一分の一の惨状な現状というところでしょうか。
ええ、もうホント……。
いっそ空回ってマイハートが未来さえ見えないでいてくれればまだ愛嬌はあったのですが。
そこにまざまざと横たわるのは紛れもない今と現実。
コツコツと積み上げてきた、いつか魔術研究のレポートだった物。
セコセコと作り上げてきた、かつて魔道具だった物。
そして一人の少女が万難を排して捧げ、艱難を辛苦して賭し、ことごとく棒に振ってきた煌めく青春の影は、名もなき残骸へと軒並み姿を変えてしまったのです。
「さしずめ爆発オチ担当の実験失敗系博士のラボじゃな」
「誰が博士か……」
実験失敗系ってどんな属性ですの。
いや、まぁ、言わんとすることはとてもわかりますけれども。
「なんじゃなんじゃ、キレが悪いのぉ」
「ツッコむ元気なんてあるわけないじゃありませんの。察してくださいまし……」
「博士!タイムマシンが出来ました!」
「皮肉に満ちた小粋なショートショートが始まりそうな書き出し!!」
「お主ならきっと拾ってくれると信じておったのじゃ」
「ぐぬぬぬぬ……」
なんて嬉しくない信頼感。
ああ、このボケ特化型幼女と遭遇して以来、顕著に表れはじめた自分の性分が恨めしい。
彼女が好む≪現世界≫のネタを理解できるのがわたくしくらいのものだからというのもあるのでしょうが、ホント隙あらばぶっこんでくるんですから。
せめて半分でもいいから担当変わってくれる方、どこかにいませんの?
……あ、≪現世界≫といえばそうでした。
そんなわたくしが好奇心の赴くままに灰色の脳細胞へと節操なく蓄え続けた異世界の知識。
それを仕入れるための唯一の手段であった魔道具、『アラヨ・ガジェット001号機』(自作パソコン)は無事……なわけないですわよね。
「はぁぁぁぁ……」
「……姫様、一通り検証が終わりましたのでご報告いたします……が……」
長く太くたなびく溜息が何一つ有益なものを生み出さないまま虚空へと吸い込まれるのと同時。
工房の中で現場検証をしていたアンナが、入り口のところで待機していたわたくしのところへ報告のために歩み寄ってきました。
「あの……大丈夫ですか?」
「……ええ、もちろん。……それでどうでした?」
「とりあえず空気中に有害な物質は検出されませんでした。他に爆発の危険性のある物もないようですし、もう少し煙やホコリが落ち着いてから原因の検証と掃除を致しましょう」
「……わかりました。ありがとうですの、アンナ。……けれどそちらはわたくしの方でやっておきますから大丈夫ですわ」
「しかしながら……」
「この有象無象の残骸の中から生き残りを選別するはわたくしにしかできませんでしょう?」
「……了解いたしました。ですが、せめて私だけでもお手伝いさせてください」
「そう……ええ、そうですわね、お願いいたします。……皆様もお忙しい中、申し訳ございませんでした。各自、そのまま通常の業務へと戻って下さいませ」
アンナ副団長の指揮の下、鑑識作業などあれこれと動いてくれた近衛騎士団の面々が、敬礼しながら一人、また一人と工房から去っていきます。
「……よいのか?」
その背中をわたくしの横で一緒に見送りながら、リリラ=リリスが問いかけます。
「人手があるに越したことはないじゃろうに」
「騎士団の皆様もお暇ではありませんからね」
「では残ったそこのナンバーツーはお暇ということか」
「……私の最優先業務は姫様のお傍に仕えることですので。何に置いても」
「忠誠心をこじらせとるのぉ」
「人をあまり私事で拘束し過ぎると、うるさ方からそれはそれは心の籠った嫌味を頂戴する羽目になりますし、これが最良の選択なんですわ」
「……お主もお主で色々と難儀よのぉ」
「それに、です……」
わたくしの視線につられ、幼女と才女が同じように工房の中へと目を向けます。
前述のように部屋の内部は惨憺たる有様。
どこを見渡してみても、そこにあった殆どの物が原型を留めておりません。
ええ、そう、殆ど。
決して言葉の綾などではなく、おそらく唯一その殆どからあぶれてしまった物。
工房の最奥に静かに鎮座するソレを見つめるわたくしの眉は、きっと今、露骨に歪んでいることでしょう。
「……なかなかに特殊な事案のようですから、万が一が起きても対処可能な面子でないと」
「にゃるほどのぉ。……じゃ、そういうことで」
「こらこら待て待て」
「ぐえ」
さらっとこの場から去ろうとするゴスロリ幼女。
その首根っこを素早く掴んで捕縛します。
「存在そのものが特殊事案系幼女のあなたがいなくてどうしますの」
「誰が特殊事案捜査課のお色気担当『ロリータ刑事』じゃ」
「いや、ホント誰ですの!?何、その矛盾存在!?」
なんという二律背反。
なんという背徳感と非合法感。
ロリとお色気が合わさったら、それこそ事案発生じゃないですの。
ある種対角線上に位置するもの同士の組み合わせがここまでの劇物を生み出すとは……。
『混ぜるな危険』の表記はやはり絶対順守すべき世の理なのですわね。
「甚だ不本意で、誠に遺憾で、ホントもう苦汁をなめた末の苦渋の決断でしたが、こんなこともあろうかとわざわざ連れて来たのです。大いに役立ってもらいますわよ」
「そこまで嫌々を隠そうともしない者に連行されてきた上にコキ使われる我の不憫さよ」
「ですが、興味はありますでしょう?」
「……じゃな。従ってここはお主の先見の明を素直に褒めておこうかの」
「それでは参りましょう。何があるかわかりませんので姫様たちは私の後に……」
そしてアンナを先頭に、わたくしたち三人は工房の奥へと進み行きます。
待ち受けるは、重々しい1基の門。
おそらくは今回の事案の元凶。
ここから距離的に離れた玉座の間まで聞こえてきた爆発音を王宮内に轟かせ部屋の内部にあった物ことごとくを粉砕せしめた凶器にして、自分自身はまったくの無傷で平然と佇み続ける真犯人。
異世界へと続く扉。
イチジ様との出会いのはじまり。
魔法・≪次元接続≫の発動媒体。
通称、≪門≫です。




