第7話 仲間だった者
目的の場所へとやってきた俺は、屋敷前にいた門番兵を殴り倒し、中へと入る。
屋敷内で次々と襲い掛かってる衛兵共をなぎ倒し、屋敷の主がいる場所へと案内させた。
「よお、アレクス。ひさしぶりだな」
「なっ! なんだお前はっ! 誰だっ!」
寝室に入ると、アレクスはベッドで若い女を抱いていた。
あれが奴のかみさんかどうか? そんなことはどうでもいい。
俺は遠慮なくズカズカと寝室の奥まで入り込み、アレクスのベッドへと腰掛ける。
「この顔を忘れたか? 俺だよ。レイヴンだ」
「レ、レイヴンだとっ?」
「ああ」
「馬鹿なっ! あの男が生きていたとしても、もう60近いはずだ。お前のような若造なわけはない」
「悪魔と契約して若返ったんだ。お前に復讐するためにな」
首を掴んでアレクスをベッドから引きずり出し、高々と持ち上げる。
「ぐ、うう……。お、俺にこんなことをして、ただで済むと思うなよ」
「なんだ? 自慢の馬鹿息子が助けに来てくれるとでも思ってるのか?」
「そ、そうだ。俺の息子はこの国で一番、剣の腕がたつ。も、もうすぐここへ来るぞ。貴様がどこの誰かは知らんが、早く逃げたほうがいい。死ぬぞ。は、はっは」
「……」
30年間、恨み続けた男を見上げ、俺はかつての自分がいかに愚かな若者であったかを知る。
こんな奴に俺は右足を奪われたのか。
自らの危機に他の誰かを頼るような軟弱な男に。
情けない。
今のこいつもそうだが、かつての自分もだ。
この程度の奴に右足を奪われる俺が悪い。
俺がマヌケであったのだ。
そう考えると、復讐してやろうと昂っていた気持ちは急激に冷めた。
「……お前の息子は王宮へ帰る途中だった。ここへは来ない」
「な、なぜそれを?」
「俺が殺したからだ。今頃は悪魔の腹で悲鳴を上げてることだろうぜ」
尻目にモンモンを見る。
「クリスタスが? そんなデタラメを……」
「信じる信じないはどうだっていい。そんなことよりアレクス。俺の剣を返せ」
「お前の剣なんか知らない……」
「お前らが俺の寝首をかこうとした、あの宿に置いてきたあの剣だ。剣士だったお前が持って行ったんだろう?」
あの場にいた剣士はこいつだけだ。
ネコババしたとすれば、この野郎に決まっている。
「お、お前、本当にレイヴン、なのか?」
「そうだ。ようやく信じてもらえたところで、俺の剣を返せ」
「貴様が本物のレイヴンなら、クリスタスは本当に……。なんてことだ……」
アレクスは俺の戦いを間近で見続け、その強さをよく知っている。
三下のこの男でも、自分の愚息なんかじゃ到底、俺にかなわないことぐらいはわかったのだろう。
意気消沈といった様子でアレクスはうな垂れる。
「……これが復讐か」
「いや、お前の息子を殺したのは仕事だ」
「仕事だって? 悪魔に堕ちて若いデーモンバスターを殺すのが……かっ!」
軽く首の締め付けを強くすると、アレクスは苦しそうな顔をした。
「対価にこのみなぎる若い体を得た。悪い仕事じゃないだろ?」
「くっ……この……悪魔めっ! 人類を裏切った……怪物めっ!」
「その怪物を作る一端を担ったのがお前だ」
首から手を離した俺は、尻をついて落ちたアレクスの額を右足の踵で床へ踏みつけた。
「もう一度聞く。俺の剣はどこだ?」
「し、知らない」
「嘘を吐くな。あの場で剣士のお前以外に誰が俺の剣を持っていくか」
額を踏む圧力を強める。
「いた、いだだだっ!」
「早く言え。頭を踏み砕くぞ」
「本当に知らないっ! 俺が探したときにはもうなかったんだっ!」
「なら誰が持っていったっ!」
「知らないっ! 勘弁してくれっ! 俺が悪かったっ!」
本当に知らないのか?
いや、嘘を吐いているかもしれない。
まだもう少し尋問を……。
「レイヴン」
背後でモンモンが俺の服を引く。
「なんだ?」
「そいつ気絶しておしっこ漏らしてるぞ」
「えっ、ああ……」
足の下でアレクスは白目を剥き、小便を漏らして気絶していた。
「……もういい。行くぞ」
こんな腰抜けが自分の命を懸けてまで剣の在りかを隠すはずはない。
それにあの剣だ。
アレクスなんぞに扱える代物じゃない。
他の誰かが持っていったんだろう。
そう結論し、俺はアレクスの屋敷をあとにした。
「王都を出る。もうここに用はない」
「どこに行くんだ?」
「ソルグレム。ここから一番、近い国だ」
あそこは9英雄のひとり、拳法使いのサイードがいる国だ。
俺から右足を奪った連中のひとりでもある。
ふっ……会うのが楽しみだ。
口角を上げて俺は笑った。
一度、ボロ小屋に戻って安物の剣を取った俺は、王都の門から外へ出る。
国一番のデーモンバスターを殺し、その父親である英雄の屋敷を襲撃したのだ。
遅くとも、明日の朝には、国中でお尋ね者になっているだろう。
だから逃げる。というわけではない。
数千、数万の兵隊など、若さを取り戻した俺にとっては恐れるに足りない存在だ。
若さを得るのと引き換えに請け負った仕事がある。
それをこなすため、他国へと赴くのだ。
「お前、一緒についてくるのか?」
当たり前のようにして、とてとてうしろからついてくるモンモンに言う。
「わたしと一緒じゃないと、お前は若い体に戻れないからな」
「ああ、そうなのか」
それじゃあしかたがない。
「それに契約をしたのだ。わたしにはお前の仕事を見届ける義務がある」
「まあいい。足は引っ張るなよ」
「その引っ張れる足をつけてやったのはだれだ?」
外見が子供なせいか、言動がいちいち生意気に聞こえる。
「よく覚えておけ。わたしを裏切ればおまえは……」
「わかってる。魔物になるんだろ。安心しろ。裏切るつもりなんか毛ほどもない」
人類の敵になる覚悟で、この力に満ち溢れる肉体を得た。
ふたたび失うつもりはない。これは永久に俺のものだ。
「それで、お前はそのままで来るのか?」
「どういう意味だ?」
「お前の体だ。子供に憑依してるんだろう?」
「これはわたしの体だ。憑依はしていない」
ということはこいつ、子供の悪魔なのか?
……いや、俺がこいつの父親を殺したのが30年前だ。
少なくとも30歳は超えているはず。
悪魔には人間と見た目が似てる奴もいるが、寿命はまったく違うし、中には不老の者もいると聞く。
こいつは契約で俺を若返らせた。頼みごとを終えれば不老不死にするとまで言った。
恐らく、こいつは生命を司る悪魔だ。
子供に見えて、長い年月を生きている高位悪魔だろう。
高位悪魔は狡猾でずる賢い。
主である帝を守るために、俺を頼ったみたいだが、はたしてそれはすべて真実か?
隙を見せた瞬間に俺の体を乗っ取ろうとでも考えているのではないか?
全面的に信用するのは危険だ。
以前に右足を失ったときみたいな失敗をしないよう、このモンモンという悪魔には警戒することにした。
「ふぁああ……眠い。わたしをおぶれレイヴン」
「は? なんでだよ?」
目元を擦りながら、モンモンが俺の服を引っ張ってくる。
「眠いと言っただろう。早くおぶれ。おぶってくれなきゃここで寝るぞ。置いて行ったら泣くからな。いいのか? おっきな声で泣くぞ」
「ああっ、わかったよ」
しつこくすがりついてくるので、しかたなくおぶる。
軽く、子供らしく体温の高い体だ。
「ぐー」
「寝つきいいな。もう眠ってる」
まさか子供をおぶって国を出る日が来るとは思わなかった。
この悪魔、本当に長い年月を生きてるんだろうか?
そう思った俺の予想ははずれているような気がした。
「お前、俺より年上なのか?」
「むにゃ……ぐう」
あどけない寝顔と小さな吐息からは、老齢悪魔の片鱗も感じられなかった。
……そして日が昇り、朝になると俺は元の右足が無いじじいに戻っていた。