第6話 契約、そして初仕事を終える
摘んでいた剣から指を離す。
クリスタスは剣を引き、俺から一歩さがった。
「レイヴンだと?」
「そうだ。パパから聞いたことはないか? この名を」
「……ああ、聞いたことがあるよ。30年前に悪魔討伐から逃げ出した臆病者の名前だ。最低のデーモンバスターだって、パパは言っていた」
なるほど。そういうことになっているのか。
こいつの父親は俺の足を切断したアレクスだ。
戦いとなれば、いつも俺の背に隠れていたあの男が、どんな顔をして息子にそんなことを言ったのか、実に興味深い。
「悪魔となって乞食に化けていたってことかな」
「少し違うが……まあそんなとこだ」
正確には悪魔と契約をしただけなので、悪魔になったわけではない。
しかし、似たようなものだろう。
「悪魔なら、ますます殺さなきゃならないね」
「やってみろ。俺もお前を殺さなきゃいけないみたいなんでな」
一閃。剣の突きが俺の心臓へ目掛けて伸びてくる。
俺はそれを右へかわし、鎧を貫いてクリスタスの左胸に人差し指を突き入れた。
「がはっ! な……んだと……」
「弱い」
俺が指を抜くと、クリスタスの体は崩れるように倒れる。
「あ……ああ」
「この国最強のデーモンバスターがこんなものか」
いや、若返った俺が強すぎるんだ。
こいつはたぶん、それなりに強かったんだとは思う。
相手が俺だったから、弱く見えただけだろう。
「そんなことよりも……」
俺は倒れている少女の傍らに膝をつく。
「契約した。少女を助けろ」
「もちろん」
「うおっ!」
仰向けの少女がむくりと起き上がり、俺を見て微笑む。
そして髪が赤く染まり、顔の形が変わって背が縮むと、昨夜の悪魔少女へと変貌した。
「お前……騙したのかっ?」
「わたしは悪魔だ。人間を騙してなにが悪い」
「いや、まあ……そう言われるとそうなんだが……」
別に怒る気はない。
少女の助命は、この肉体を取り戻す口実に過ぎないのだから。
「さっそく頼みごとをやってくれたな」
モンモンはクリスタスの死体へ近づき、その額に触れる。
「なにをするんだ?」
「魂を食らうのさ。悪い魂ほどうまいんでね。こいつのは良い味がしそうだ」
悪魔に魂を食われた者は永久に苦しみ続けると聞く。
結果的には誰も死んでいないので、クリスタスには少し同情した。
「ああ……うまい。デザートに子供の心臓を食らいたいね」
「……俺の前ではやめろよ」
「冗談だ。本気にするな」
しっしっしとモンモンは嫌味な表情で笑う。
「……さて、これからどうするか」
契約した以上、仕事はしなければならない。
各国最強のデーモンバスターを討伐する。
そういう条件で手に入れた力だ。頼まれた仕事はきっちりやろう。
「まずは俺の剣を取りにいくか」
遊びなら拳だけで十分だが、仕事なら剣が必要だ。
「剣? ならそこに落ちているぞ」
「こんなナマクラじゃだめだ」
俺はクリスタスの剣を踏みつけ、砕く。
「お前の親父を殺したあの剣を取り戻す」
「取り戻すって、剣はなくしたのか? 売り払ったのか?」
「逃げるとき宿に置いてきた」
貴重な剣だったが、あのときは剣を持って行ける余裕などなかった。
「もう宿には無いと思うぞ」
「もちろんだ。だけど在りかには心当たりがある」
「近いのか?」
「すぐそこだ」
「なら行こう」
俺はモンモンを伴い、剣があると思われる場所へと向かった。