第5話 蘇る最強
血の流れる左腕を押さえる。
「なんであんたがこんなところに……」
「馬で通りがかったんだ。王宮へ帰るにはここを通るのが近いからね」
見ると、少し離れたところに馬が止まっていた。
確かにここを通れば王宮へ行ける。道があまり良くないので、王族はあまり通らないが、王族じゃないこいつは道の良し悪しなど関係ないようだった。
「あぐっ……」
「おじさんっ!」
痛い。
若いころなら耐えられた傷でも、年老いた体と精神力ではつらい。気絶しそうだ。
「もう出て行けとは言わない。町を乞食の血で汚したくはないが、お前は殺処分したほうがいいみたいだ」
「くっ……」
俺の命もここまでか。
最強を誇った俺が、最後はこんな雑魚に殺されるなんてお笑い種だ。
「ま、待ってくださいっ! こんな……ひどいですよっ!」
「なんだ君は? 邪魔だよ」
ドンと、クリスタスは少女を蹴り飛ばす。
「やめろっ! その子に乱暴するなっ!」
「うるさいな」
「がっ!」
振り下ろされた剣に、杖を持っている右腕も斬られる。
「乱暴だって? それじゃまるで僕が悪者だ。僕はお前達を悪魔から守っている正義のデーモンバスター様だぞ。悪者は正義の僕を不愉快にするお前らだよ」
「罪も無い女の子を蹴り飛ばすお前のどこに正義がある。お前はデーモンバスターの面汚しだ。恥を知れ」
「言ったな、たかが乞食のくせにっ」
腹を蹴られて仰向けに転ばされる。
腕は動かず、こうなっては自力で立つことができない。
「お前は殺す。それは簡単だけど、僕が哀れな乞食を惨殺したなんて噂が流れたら迷惑だ。目撃者も殺しておく必要がある。幸い、ここにいるのは君だけだ」
「えっ? あ……」
クリスタスの剣が少女の胸に深く沈む。
「クリスタス貴様っ!」
「少女を刺し殺した乞食に僕が正義の剣で制裁を与える。どうだい? なかなかありそうな話だろ?」
剣が引き抜かれると、少女は胸から血を流し倒れる。
「お嬢ちゃんっ!」
「乞食なんかに近づいたばっかりに、こんなことになった。これは君のせいだよ」
そうだ。
俺が今日ここへ来なければこんなことにはならなかった。
「すまない……すまないお嬢ちゃん」
ただ謝ることしかできない自分があまりに無力で情けない。
「罪を償うんだ。乞食野郎」
「すまない……すまない」
俺が乞食なんかやっていなければ。彼女が死ぬことはなかった。
「死ね」
……いや、もっと単純に、
「力があれば……」
「――そうだ。わたしと契約をしろ。そうすればお前に力を与えてやる」
剣先が俺の胸へと迫る。
なぜかその剣がひどく遅く見えた。
「契約をすればその女も助けてやろう」
どこにいるか知れないが、昨夜の悪魔が俺に囁く。
実に卑怯なタイミングで、契約を迫りやがってきた。
「選べ。これが最後の誘いだ。断ればお前はこのまま死ぬ」
選べだと?
言っていることが本当なら、選択の余地などないだろう。
「……本当に……助けてくれるのか?」
「わが主に誓おう。レイヴン、女を助けたければわたしと契約をしろ」
「……悪魔、め」
ここで俺が契約をすれば、のちに多くの人間が死ぬことになる。
この少女だって、いま助かったとしてもいずれ悪魔に殺されるかもしれない。
大局を持って考えれば、ここは断って俺は死ぬべきだ。……が、
「わかった。契約する」
「懸命な判断だ」
良い子ぶるのはやめだ。
やめだやめだやめだ。馬鹿馬鹿しい。
「なんだっ!?」
身体が黒い炎によって激しく燃え、業火に包まれる。
その中から燃え盛る手を伸ばす。
そして人差し指と親指で剣先を摘み取り、俺はゆっくりと立ち上がった。
「……良い……気持ちだ。力が溢れる」
最強だった頃に戻りたい。
いろいろと綺麗ごとを頭の中で吐いたが、結局の本心はこれだ。
少女を助けたい?
そんなのは己を綺麗に見せる口実だ。
「誰だ……? お前は……?」
「うん? ああ……俺か?」
正義なんか最初から無い。
人間の敵を駆逐するためにデーモンバスターをやっていただって? 嘘を吐くな。
そんなのは名声を得るために作り出した、偽りの理由だろう。
本当の理由は違う。
「俺は……」
ただ戦いたかっただけ。
自分の最強を満足させるために、悪魔と戦っていた。
世界の平和なんてどうだっていい。
人と悪魔の争いなんて知らん。
戦いこそが俺のすべて。
今一度、最強の肉体に戻って力が振るえるならば、
「俺の名はレイヴン。かつて世界最強と言われ、今この時、悪魔に魂を売った者だ」
喜んで悪魔につこう。
後悔はない。俺の選んだ道を、相棒も喜んでいる。