第3話 悪魔の頼みごと
6つか7つくらいか。
女の子はそれくらいの歳に見えた。
「どこから入ったっ?!」
「下から」
ベッドの下にでも隠れていたのか?
いや、それに気付かないほど間抜けではない。
この子は嘘をついているのだろうと思った。
「どこの子だ? いや、そんなことはどうでもいい。早く帰れ」
「用が済んだらね」
家出娘か、もしくは子供の同業者だろうか?
とすれば、目的は飯と寝床だろう。生憎、子供の面倒を見てやれる余裕は無い。
「悪いけども、おじさんは貧乏なんだ。食べ物は無いよ」
「いらない」
「なら寝床か? こんなボロ屋じゃ外と変わらんよ」
「違う」
それじゃあなにをしにここへ来たのか?
まさかこんな小さな子が美人局ではあるまいし、娼婦なわけもないだろう。
「レイヴンにやってもらいたいことがあるから来た」
「俺にやってもらいたいこと? それよりもどこで俺の名前を……」
「アレクス」
その名を聞くと、激しい怒りで心臓が痛くなる。
俺の足を切り落とした、もっと恨めしい男の名だ。
「カナ、サイード、タゲン、ナヂュラス、ハンゾウ、マキナ、ヤーマス、ラーバン」
「ははっ……英雄様の名前だ。小さいのによく知ってるねお嬢ちゃん」
この世界に生きていれば、たいていの者は知っている。
なぜ女の子が今、その名を口にしたかはわからないが……。
「かりそめのね」
「……なんだって?」
「デモンデモンを殺したのはレイヴン、お前だ。彼らじゃない。彼らがやったのはせいぜいおとり役。レイヴンこそがデモンデモンを殺した真の英雄」
それを知っているのは俺と仲間だったあの9人だけだ。
奴らが誰かに話すはずはないし、俺も話したことはない。
「9英雄と呼ばれている人達はあなたの右足を奪い、名誉も栄光も奪った。憎くはないか? 彼ら嘘つきの英雄が?」
「なんでそんなことを知っているんだ?」
寝込みを雑魚に襲われた恥まで知られている。
あの日、宿にいたのは俺と奴らと宿の主だけだ。他に客はいなかった。
宿の主は口封じのために殺されただろう。
ならば他に誰が知っている?
30年も前のあの日にこの子供が現場にいたなんてことはあるはずがない。
「それはわたしが悪魔だから」
「悪魔? お嬢ちゃんが? 見えないな」
とはいえ、悪魔でもない限りあの出来事は知り得ないとも思う。
悪魔が憑依しているのだろうか?
等級の高い悪魔はわざわざ実体で人間の世界に来ず、人間の体を借りて手下を統率する。
これはその類だと思った。
「わたしの名前はモンモン。デモンデモンは私の父親だ」
「なるほど。今さらになって仇でも討ちにきたか」
それはいい。
寒さで凍えて死ぬよりも、よっぽど武人らしい死にかただ。
怖いなんて感情は無い。むしろ俺は悪魔に殺されることを喜んだ。
「仇? 違う。わたしはお前を恨んではいないし、それどころを尊敬している」
「尊敬だって? 自分の親父を殺した男をか?」
「父はあなたより弱いから死んだ。それだけだ」
ずいぶんと達観している。
子供の姿をしているから違和感を感じてしまうが、中身は悪魔のはずだ。
人間と同じ感情で物事を考えたりはしないのだろう。
「なら、なにをしに俺のところへ来た? 父を殺した偉大な男が乞食になっているのが哀れで施しでも与えに来たか?」
「違う。頼みごとだ」
今となっては物乞い以外にできることはない。
それに俺は人間だ。人間の敵である悪魔の頼みなど聞けるはずはないが……。
「なんだ頼みごとって?」
聞くだけ聞いてみる。
問答無用で悪魔を叩き伏せる力も勢いも、今の俺には無い。
「世界中にいる各国最強のデーモンバスター達を殺してほしい」
「……それが頼みか?」
なんというか、冗談にしても笑えない。
人間で、かつてデーモンバスターだった男にそんなことを頼むか?
乞食に身を堕としたって誇りは捨ててない。悪魔の味方なんてできるものか。
仮に頼みを受け入れたとして、こんなポンコツのロートルになにができる?
頼む相手を間違えてるとしか言いようのない話だ。
「頼む相手を間違えてるよ」
「いいや。あなたがわたしの父を殺したレイヴンなら間違いは無い。各国のデーモンバスター共は、力を結集して我が主様である帝を討伐しようと目論んでいる。それを止めてほしい」
帝とは最高位の悪魔のことだ。
すべての悪魔はこいつに従い、行動していると聞く。
「なんで俺なんだ? 他にもデーモンバスターはいるだろう?」
「帝が最強の悪魔なら、あなたが最強の人間だからだ」
「それは昔のことだ。そもそも、人間の力に頼るなんて情けなくはないのか? 主君を守りたいなら自分らの力だけで守れ」
「我々は若手の育成に失敗して、有能な者を欠いているのだ。今ある戦力だけでは帝を守ることができない」
なんとも情けない話だ。
かつて多くの人間達を震え上がらせた悪魔が、こんな年寄りを頼らなければならないほどに弱体化していたとは。
若き日、悪魔退治に心血を注いでいた自分まで情けなく思えてきた。
「……話はわかった」
「それじゃあ……」
「俺は人間だ。なんでこんな老いぼれを頼ったかはしらないけど、悪魔に力を貸す気は無い。帰ってくれ」
人間の敵になる気などない。
……こんな体じゃ敵にすらなれないと思うが。
「恨みを晴らしたくはないのか?」
「できるならもうやってる。できないから俺は乞食なんだ」
「やれる力を与えてやる」
「なに?」
モンモンが俺に手をかざす。
なんだ? 身体が熱い。まるで燃えて……。
「うおあっ!」
真っ黒い炎が俺の体を包んでいる。
熱い。身体が燃えただれていく。
やはりこいつは俺を殺しにきたのだ。
いや、それでいい。武人として死ねるのならば本望だ。
俺は抵抗せず、潔く死を受け入れた……が、
「うん?」
いつの間にか身を焼いていた黒い炎が消えている。
そして俺は死んでいない。さっきまでと同じく、ベッドで横たわっており、悪魔のモンモンもそこにいる。
「殺すんじゃないのか?」
「自分の体を見てみろ」
そういえば焼かれたというに、痛みは一切無い。
どうなっているのかと思い、体を起こしてみると……
「なんだ……なにが起こったんだこれは?」
久しい感覚を覚え、体へかけてある布を捲ると、そこにはあるはずのないものが見えた。
「俺の……右足だ」
もっとよく確かめるため、側のテーブルに置いてあるロウソクに火をつける。
間違い無く右足がついているし、ちゃんと自分の意思で動かせた。
「この足はお前の力で……」
「足だけじゃない。全体をよくみろ」
俺は自らの腕を見、顔に触れ、服を捲り上げて腹と胸を見た。
そして自分の体になにが起こったのかについて結論を出す。
「これは……若いころの体だ」