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第2話 乞食のもとにやってきた少女悪魔

 ――それから30年ほど経つ。

 ここはもっとも西にある地方国家ゼルノス。

 かつて最強と謳われた男はここにいた。


「あーそこのおにいさんや、哀れな乞食に恵みをくださらんかね?」


「近寄るなよ、きたねーな」


 ドンと、蹴られて俺は尻餅をつく。

 身なりはいいくせにケチな野郎だ。


「そちらの旦那さん、恵みを頂けませんか?」


「うん? ああ、ほら」


 手に持った帽子に1枚の硬貨が投げ入れられる。

 25ヴィン硬貨か。どこかの貴族っぽいから、100ヴィンは出すと思ったんだが。


「ありがとうございます。旦那さんの未来に幸あらんことを」


 前歯の抜けた顔でニッカリ笑って見送る。


 ボロを纏い、通りの端に座り込み、行き交う人々声をかけて金を恵んでもらう。

 所謂、乞食である。


 人々から蔑みや哀れみの目で見られる卑賤な者だが、たいした知恵も右足も無い俺ではこれくらいしか金を稼ぐ方法が無い。


「どうも、かわいらしい娘さん」


「ううん。がんばってね」


 硬貨を帽子に入れた少女の視線が俺の右足に注がれる。

 体の一部が無いってのは、乞食をやるには都合が良い。

 苦労が一目で理解してもらえるからだ。


「おじさん、その足はもしかして悪魔か魔物に?」


「まあね……」


 よく聞かれる、嫌な質問だ。

 商売道具なのでしかたないが、聞かれるたんびにうんざりしている。


 少女は二言三言、労いの言葉をかけてくると、頭を軽く下げてから立ち去った。

 それから何人かに金を恵んでもらい、帽子がだいぶ重くなる。


 そろそろ帰るか。……うん?


 金を持ってそうなのがこちらへ歩いてくるのが目に入る。

 白い鎧に身を包んだ若い優男だ。

 従者のような者達を連れて3人で歩いている。


 あれが金持ちには違いない。

 だが、奴には声をかけない。あれは面倒な奴だ。


 見つからないうちに退散しよう。


 そう思い、急いで杖をつき、立ち上がったが、


「そこの乞食待てっ!」


 遅かったようだ。

 俺は声のしたほうへ向くと、従者の男が迫ってくる。


「ここでなにをしている?」


「見ての通り乞食ででございます」


「以前にクリスタス様がお前に言った言葉を忘れたのか?」


 クリスタスとは従者のうしろにいる優男だ。

 軟弱そうな男だが、この国では最高のデーモンバスターである。


「みずぼらしい乞食風情が王都をうろつくんじゃない。出て行けと仰せだったはずだ」


「そうは言われましても、この足では他に行くにもひと苦労でして……」


「そんなの知らないよ」


 従者を下がらせ、その背後からズイとクリスタスが出てくる。


「ここは王都だ。美しい都だよ。そんな場所に君みたいな汚らしい人間がいるのは許せない。即刻、出て行くことを命じる」


「そんな横暴な……」


「なんだと」


 クリスタスは腰の剣を抜き、その切っ先を俺の首に向けた。


「この国じゃ殺しはもちろんご法度だよ。でも僕はこの国一番のデーモンバスターだ。乞食ひとりを殺したくらいで罪に問われたりはしない。意味はわかるね?」


「……ええ。はい」


「ならば今日中に出て行きたまえ。君なんかの血で美しい王都を汚したくない」


 剣を納めたクリスタスは、従者を伴ってようやく去って行った。


「はあ……」


 参ったなぁと、俺はため息を吐く。

 あれはつい最近、そこそこの悪魔を討伐しただけで国の最高位デーモンバスターになった男だ。

 父親によく似て育ちが悪く、とにかく性格が悪い。

 右足と若さがあれば、人差し指だけで泣きを見させてやるところなのだが。


 ……とりあえず、今日の稼ぎは十分だろう。


 もらった金を帽子から布袋へ移して腰に下げる。

 空になった帽子を被り、俺は寒空のなか、家路を歩く。その道中、遠くに見える王宮を見上げた。

 赤く焼けた空の下、乞食には無縁の煌びやかな王宮がそびえ立つ。


 本来なら俺も王宮に住める身分だったんだよなぁ。


 あそこはもちろん、この国の王が住んでいる場所だ。

 だが、護衛として国一番のデーモンバスターも居住が許されている。


 この右足さえ健在だったなら俺は……クソッ、こんなこと考えても不愉快なだけだ。


 かぶりを振り、俺は自分のボロ家を目指して歩を進めた。


 ――夜。飯を食った俺はベッドへと入る。

 しかし、今夜は寒くてなかなか寝付けない。


 ……どうして俺がこんな惨めな生活を送らなきゃならないんだ。


 王宮では国一番のデーモンバスターが、ふかふかのベッドに分厚い布団で眠っていることだろう。

 対して俺は壊れかけのベッドに、薄い布っきれだ。


 かつて最強であった男があまりに惨めではないか。

 あのとき、右足を奪われさえしなければこんなことにはならなかった。


 俺をこんな目に遭わせた連中に復讐してやろう。いつか後悔させてやる。

 若いころはそればかりを考えて生きてきたが、やはり右足が無いのはだめだ。復讐しようにも、こんな体じゃ返り討ちにされる。


 あの日、ほぼ俺ひとりで倒した高位悪魔は奴ら9人が討伐したことになっている。


 高位悪魔デモンデモン。

 最高位悪魔の最側近と言われる奴を殺した名誉は多大なもので、それを成し遂げたことになっているあいつらは、世界中で9英雄と呼ばれてもてはやされている。

 あののち、奴らは各々の祖国へと帰り、国の英雄として厚遇されたらしい。


 この国にはその中のひとりがいる。クリスタスはその息子だ。

 しかし俺がこの国に来たのは偶然で、そいつに復讐をするためではない。

 しようと考えたことはあるが、奴は形だけとはいえ英雄だ。屋敷には衛兵も大勢いるだろう。

 そんなところへ右足の無い乞食が飛び込むなど無謀の極みで、むざむざ殺されに行くようなものだと、だいぶ前に諦めた。


 恨み続けるのにも疲れたしなぁ。


 思えば遠くの国へ逃げてきたものだ。

 奴らは俺が死んだと思ってるのか、今の今まで殺しにはこない。


 仮に俺が奴らの所業を訴えたところで証拠も証人もない。生きていたところでどうということはないと考えているのだろう。


 訴えるつもりなどそもそも無い。

 あんな雑魚共に右足を奪われたなど、一生の恥だ。

 それを晒すことは俺のプライドが許さなかった。


 しかし惨めだ。


 乞食の生活にも慣れてしまった。

 年月と老化が俺から深い恨みを奪い、前ほど奴らへの復讐心が無い。

 それに30年も経つのだ。奴ら全員がまだ生きているのかも怪しいし、今さら復讐など遅すぎる。


 気付けば俺も55だ。


 熊のようにでかく、大量にあった筋肉は今や骨と皮だけ。

 目も年齢なりに悪くなり、耳も遠くなってきた。

 歯も何本か抜け落ちたし、髪も白くて薄い。


 もう戦える身体じゃない。

 剣を取ってもネズミすら殺せない体たらくだ。


 たぶんこのまま乞食で死ぬんだろう。


 あの世があれば、恨みはそこで晴らせばいい。

 そんな諦観した思いを胸に、俺は目を瞑って無理に寝ようとした。


 ――レイヴン。


「うん?」


 誰かが俺の名前を呼んだ。

 こんな夜更けに乞食を訪ねて来客とも思えない。


 俺は傍らに置いてある剣を鞘から抜き、ボロ屋の扉を見つめた。


「……気のせいか?」


 今日は風が強い。

 風の音を声と聞き違えたのだろうと、ふたたび俺は床につく。


 ――レイヴン。


 いや、やはり聞こえる。

 外ではない。家の中から聞こえた。


「誰かいるのか?」


「いるぞ」


 女の声だ。

 しかし、狭い家を見渡しても女の姿など見当たらない。


「どこにいる?」


「ここだ」


「うわっ!」


 体にかかっている布が急に膨れ上がり、中から小柄な女が姿を現す。

 小柄というより子供だ。黒いワンピースを着た、短い赤毛の小さな女の子である。

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