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6話目辺りからの、サラ視点です。
話、前後しまくって申し訳ありません。
ヴォルターがドレスが出来たって迎えに来た。
俺もわくわくしてたんだ!
鳥さんの所に行くんだと思ったのに、どうやらグレンヴィル家に行くらしいってわかって困った。
ヴォルターにはただの実家。だから頓着なさそうだけど、礼儀全く通さないで済む家柄でもあるまい。
玄関に通されると、お優しそうな夫人が出迎えてくださる。
俺は、花瓶にスノーフレークを目聡く見つけると、それになぞらえて許しを請うた。
スノーフレークの花言葉は慈愛。
『貴女の慈愛の心で、無礼を許してくださいまし』
スノーフレークは白い小さな花。
ヴォルターの母は、これを上手に使って返した。
花は女性、特に白い花は、若い娘ととれる。
『ヴォルターは、年頃の娘の事情なんて何も知らないのですよ』
ハナズオウは、裏切り、という意味がある。
裏切りとは、この場合で言うと、不貞に当たると考えられ
『裏切りがあるお家、心配なのだけれど説明できる?(それとも隠すの?)』
鉛色は、灰色の弟の瞳の色をさす。
『鉛色=弟が、紫色=ウェルズリー家当主に、なると思います』
ヴォルターがその辺知らないと言う事を、俺はわかってて、説明する意思はある(まだ今は言ってない)って続けた。
ご夫人との会話は、これが疲れるんだよな···。
つい疲れて付け足した。
クロユリは、『呪い』の意がある。
上手にかわされたから、それも承知の上かな。
ヴォルターに引かれて、部屋に行き、グレンヴィル家の侍女達がドレスを着せてくれた。
え〜!こんなぴっちりしたのでいいの?
なんか腰回りとかスカスカする!お腹に浮き輪装着したい感じ?
でも綺麗だな。動くたびにキラキラ光るぞこれ。
飽くことなく光るから面白がって動いてたら、ヴォルターが言う。
「雑巾にしようがパジャマにしようが、全てお前の自由だ」
雑巾はちょっともったいない。でも、パジャマはありかな?
だってずっと着ていたい。初めての俺のドレス。
だから、大叔母さまが来て、ケントと共に夜会に行くように指示した時、俺は心躍った。
あのドレスを着ていこう。
大叔母さまの指示の夜会で嬉しくなるなんて初めてだ。
ウェルズリー家の馬車に、ケントと向かい合って会場へ。
あっちに着けばヴォルターがいる。
ヴォルターと並んだら夫婦と間違われるかもな、どうやって躱すのが粋かな〜とか考えてたら
ケントが俺の手を取った。あん?
「なんだよ、このドレス」
言ったじゃんお前が今。その通り、ドレスだよ。
俺は扇子装備で華麗にスルーする。
「お前自分の立場わかってないな、僕にそんな態度とっていいのか?」
いいか悪いか知らん。お前みたいな雑魚どーでもいいし。
だいたいこいつは昔から気に食わなかった。
絵本に出てくる悪い領主みたいなそのまんま。
こいつにとって、他人は使う駒でしかない。
そういう雑魚にいちいち相手してられん。手ぇ離せ。
馬車が会場に着くやいなや、ケントは手を離さずそのまま馬車を降りて廊下をズンズン進んでいく。
うっわ、ちょ、あっぶねーな。ドレスの歩幅ナメんなよ、コケるわっ!
俺は悔しいことにドレスの足捌きに必死で、なす術もなく引きずられて行った。
奥まった部屋に俺を投げるように入れ、ドアを閉める。
「大叔母さまに言われてないのか。お前は僕のものになるんだって。他の男の手がついたら汚いだろう?」
は?へ?汚いのはお前の根性、と、あと顔だ。ぬめってるからこっちに近づけんな。
「何を吹き込まれたかは存じませんが、ワタクシにそのつもりはございません。振る舞いへの指南もご遠慮願いますわ」
ケントは無遠慮に近づいてくる。
俺はキモいから後ずさった。
後ろには飲み物の乗ったサイドテーブルがあって、俺はそれにぶつかった。
なんか手ぇ伸ばしてくるし···汚い手で俺のドレスに触ろうとすんなしっ!
俺は手に触れたグラスを引っ掴むと、ケント目がけてぶっかけた。
ボタボタ···っと、琥珀色のアルコールが滴り落ちる。
ケントは「この···」と呟き、俺の腕を引っ張る。
痛ってぇ!
思わず顔が歪む。
それをニヤけた顔で覗き込みながらケントは囁く。
「そう気張られても困る、侯爵令嬢。とはいえ名ばかりで、中身はボロ雑巾みたいだがな」
ケントは俺の腕を捻ったままベッドに投げつけた。
は、鼻打った···、くっそ、ハンマーチャンスしてぇ···。
「僕が着る服はオートクチュールの新品だ。一度袖を通した物は許さない。お前がこんな色着てたら、使いまわしみたいで気分が悪いだろ」
お前ごときが俺を飾り扱いすんなよ、吐き気がする。
睨みつけたら、ケントは顔を歪ませて俺のドレスを引っ張った。
ミシ···と、生地が悲鳴をあげる。
わ、ちょ、馬鹿お前何してるん。
「やめてください。ドレスはやめて···っ」
奴の腕を両手で掴んで離そうとするのに、ちっとも動かない。
なんでだよ、普段これで、村のガキどもにだって勝てるのに。もう少年ってくらいの男にだって負けないのに、なんでだよっ。
離せよ···!嫌だ···っ!
ヴォルター!!
「こんなドレスがなんだ、手付かずだって、まだきれいだって、アピールするのがお前の役目だ。こんな色着て、駄目な奴だな。破って捨ててやるよ。そうすれば、自分の立場もわかるだろ」
ミシ、キシ···ビ···
ケントの見開いた目は、血走ってて怖いくらいだったけど、俺は、ドレスの上げる悲鳴のような音の方が、怖くて怖くてそれどころじゃなかった。
「やめて、やめて!お願いドレスを離してっ!」
暴れる俺の足が、ベッド脇の小机に当たって、乗ってた物もろともひっくり返る。
てもケントはそれを気にする風もなく、俺の声さえ聞こえていないかのようで、俺の必死な懇願が虚しく響くだけ。
どんなに泣いても叫んでも、いい子にするって、いいつけ守るって主張しても
お祖母さまのムチは止まらない。
私の手は真っ赤に腫れあがる···っ!
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
ふっ···っと、ケントの手が離れ俺の上から重みが消える。
俺はすぐ上体を起こしてドレスの肩を見る。
それは無残に、鎖骨のあたりから肩にかけて、数センチ程破かれてしまっていた。
「あ、あ···あぁぁぁ····」
俺は崩れ落ちた。
なんだよ、なんだよ。いつもそうだ。いつだって、大切な物は壊される。取り上げられる。いつもいつもそうやって。
俺にあるのは呪い。
俺が俺であるとこんなにも認識させといて、俺が俺らしくあってはならない、呪い。
ヴォルターには見せられない。あんなにも一生懸命考えてくれて、一緒になって喜んでくれたのに。
目の前にヴォルターがゆっくりしゃがみこんできた。
あぁ···ヴォルター···ごめん、ごめんな。
俺はなんて酷いことを。
お前がくれた自由を、俺は壊してしまった。
そんなことされたら嫌だろう。傷付くだろう。哀しいだろう。
なのに、そっと包んでくれる。
大丈夫だって擦ってくれる。
その右手の指が赤く腫れ上がって。
あぁ、無理しやがって。こんなになって。
たかが俺のためにまで。目の前にある何もかも守るんだからな。
お前は優しいんだ。すごく大きい。
俺が喰らった、ヘドロみたいに汚い色々を、お前には味合わせたくない。お前にまで流れていかないで欲しい。
いつでもそうやって、笑っててほしい。
俺の願いは叶わない、それが呪い。
俺はこの時、それを忘れていた。
ーー
あ、ヴォルターの鼻にシワ寄ってる。
俺はそれを見つけて苦笑する。
でも悪いな。俺は新しいドレスを作る気にならない。
あのドレスがいいんだ。破かれる前の、あれが。
同じ生地、同じデザインならいいかっていうとそれも違う。
わかってる。ただのわがままなんだ。
ヴォルターは最近、仕事が忙しいとかで、村に来れないでいる。
だから、今日は久しぶりに逢った。
なのに機嫌損ねさせて、ごめんな。
おい···おいおい···なんだよこれ。
なんであいつが他の女に囲まれてんだ。
俺は、壁のように立ちはだかる男共の隙間から、ヴォルターを見る。
ズキン、と胸が音を立てた。
オレンジのドレスを着た女が、ヴォルターの腕を触った時だ。
まただ。ジクジクした。
ヴォルターが、少し頭を傾げブルーのドレスの子と目があったのを見て。
自分の顔が醜く歪んで、体の中に汚いものがうごめいてる。
嫌だ、ヴォルター、俺だけを見てくれ。
そんなものは、わがままだ···。
俺は優雅に退席を申し出、ヴォルターに顎で示す。
ヴォルターなら気づいてついてきてくれる。
俺はズルい。ヴォルターの優しさに甘えて。
おもちゃを独り占めするガキどもと何も変わらない。
素直に感情出さない分、もっと質が悪い、よな。
「お前はイケメンだし、優しいし、背も高く、誰とでも打ち解けて、家柄もよくその上跡取りで、将来安泰だ。言うことないさ」
挙げたらキリがない。ヴォルターはいい所ばっかりだ。
それに比べて俺はどうだ。
気づいたらヴォルターの手が俺の頬に添えられて、俺はヴォルターを見ていた。
じっと見つめられたら、金縛りにあったみたいに動けなくて、吸い寄せられてるような気までした。
コンコンっ!
俺は、はっと窓の外に顔を向ける。
なんだ今の!ヴォルターって魔法使い!?
心臓が、今までなったことないくらいバクバクいってて、頭から湯気が出そうにクラクラする。
うわぁ、体から水分が全部蒸発するかもしれない!
だから、間違って持ってきた飲み物に感謝した。
ないすたいみんぐやで、ニーナちゃん。今夜この後、どうよ?ん?
ニーナちゃんは逃げちゃったけど、
俺は、天の恵みとばかりにゴッキュゴキュ飲んだ。
そしたら世界が闇に沈んだ。
闇の中ー
どんどん奥深く潜っていくー
俺は小さな少女で、しきたりや常識を何も知らないと怒られて、毎日手の甲に傷を作って泣いていた。
わぁんって泣いても誰も助けてはくれない。そんなのもうわかってるから、少女は走り出す。
あふれる涙を拭きつつ走ると、おっきい背中にぶつかって、それはヴォルターだった。
『泣かなくていいよ。もう大丈夫』
って笑うから安心したのに、少女の足元がバコンっ!と消えて暗い闇に落ちていく。
『ヴォルター!』って
叫びたいのに声が出なくて、さっきはあんなに大声で泣いたのに変だなって、
『ヴォルター!助けて!!』
って、暗闇に吸い込まれながら叫ぼうとするけど
ついに声は出なかった。
俺はお祖母さまの家ではずいぶん厳しく躾けられ、一転して家に戻ると放置された。
なんの意味か、部屋には溢れんばかりの絵本や蔵書があって、俺は長い一人の時間、そればかり読んでいた。
そんな絵本の一つに、風邪をこじらせた少女を、寝ずに看病する母の描写があった。
その母親も、普段は厳しい人だけど、少女が風邪を引いて苦しんでる時だけは優しくしてくれる。
俺はその絵本に憧れて憧れて、憧れすぎて自分で一晩、ぬいぐるみ相手に寝ずの看病をしようとしたことがある。
でもできなかった。どうしても、寝てしまう。
そうか、あれは絵本だから。本当のこととは違うんだ。
まだ幼かった俺はそう結論付ける。
人は、他人のために一晩中起きてることはできないし、病気になったら母が優しくなるというのも空想なんだ。
目が覚めたら、目の前にヴォルターがいた。
うそだ、ヴォルターはさっきどっかにいってしまった。
俺が下に落ちたから、ヴォルターからは遠く離れてしまったはずだ。
でも、ぐん、と近づいてきた顔はヴォルターそのものだった。
俺は本物かどうか確かめたくなって手を伸ばした。
優しく気分を聞いてくるヴォルターは、絵本の中の母親そのままで、ベッドに寝かされている自分と、ちょっと疲れた感じのヴォルターと、白んでいる窓の外を見て、俺は、非情にも心底感動してしまった。
人生やりたい事リストのひとつに、ようやっと一個、チェックがつきました···!
ふ〜ん、そうか。俺はヴォルターから事情を聞く。
変な感じすると思った、眠り薬だったんだな、あれ。
おいちょっと待て。今そんな話してんのに簡単に水飲もうとすんな。ったく、俺に貸せ。
外はまだ夜が明けきらず静かで、世界に俺とヴォルターしかいないような錯覚すらする。
髪の毛をいたずらしてたら、ヴォルターが目を閉じてしまって
その、綺麗に長いまつげとか、すっと通った日焼けした鼻とか、少し笑みを浮かべてる口を見てたら···。
は···
はっ!?
今何した、俺!
わーわーわー、ヴォルター気づかなかったかな。やっべぇ何してるん。
俺はなかった事にした。
気づいてないよね?
不本意ながら馬の上、お姫様みたいな乗り方をして、でもなんか俺は気分が良くなってきてしまった。
ダメかな···。
俺、ずっとここにいちゃ、ダメかな。
俺の両側にはヴォルターの腕があって、すぐ横にはヴォルターの広い胸板があって、見上げるとヴォルターが前を見てる顔がある。
俺が見てると、ん?って言って、いたずらっぽい笑顔浮かべる。
俺ここにいたい。ここにいれるなら、何でもする。
お母さまに頭下げてみよう。お願いするんだ。何回でも。
俺は正真正銘生まれて初めて、人からキスをもらった。
ヴォルターの唇は、燃えるように熱くて、家に入ってからも俺の唇は、ジンジンした。
ーー
俺は別宅へ帰り、脱皮するかのごとくドレスを剥ぎ取る。
シャワー浴びたらすっきりした。
気合入れてかないとな。なんて切り出そう。
だいたい俺、お母さまに話しかけた事ないと思うわ。
大丈夫かな···。
よし!言いたい事を紙に書こう!
それなら緊張しちゃってもなんとかなるかもしれない!
俺は机に座り、紙とペンを準備して
いつも座る時するように紫の飴を転がしつつ
ウンウン唸りながらリストアップし始めた。
しばらくすると、玄関扉がノックされる。
ん、侍女かな?
ドアを開けると
大叔母さまと、お父さまが立っていた。
え···なぜゆえに。
百歩譲って大叔母さまはわかる。
が、お父さまってのは、無い。
俺は唖然としてしまった。
「中にお通しなさい、早く」
大叔母さまはせっかちにそう言う。
「はぁ···、どうぞ」
俺は呆然としつつ中に2人を通した。頭の上には、クエスチョンがいっぱい浮かんでる。
「オマエ、なにか勘違いしているようね」
さっそく切り出す大叔母さま。
やぶからぼうに、何だよ。
「オマエが夜会に出るのは、有力者とのコネを作るためであって、雄探してはなくてよ。いい?顔と名前を覚えてもらい、相手に気に入られ、何かあったときは手助けしてもらうため地盤を作りに行ってるの」
俺は茶の準備しながら、あんまし聞いてなかった。
「結婚はケントとするのですから、あの子を怒らせないでちょうだい。なんです?最近のオマエは、いつも同じ男といるそうじゃないの。意味ないわ、あんな伯爵ごとき。オマエにもわかるでしょう?昨夜、ひどい目にあったそうじゃないの」
びっっっくり。見てたの?うっわ、最低このばばぁ···。
「薬飲ませて眠ってる間に手を出すなど、人間のすることじゃないわ、汚らわしい」
え、違うよ?寝てる間は何もなくて、
むしろ眠そうで、目瞑ってるヴォルターに俺が···って!わぁぁ、何言わせんの言ってないけど!!
「ウィンザー家は有能な士官を多く輩出しています。騎士団の行く末など、指先一本でどうにでもなりますわ。すでに随分とトラブルをかかえている様子···。大したコネもないくせに伯爵風情がのさばって、不愉快ですこと。
これでわかったでしょう。ウェルズリー家以外の人間はただの使うべき駒です」
こいつ何の話を···。
「それから、ケントとの結婚の話ですが、オマエの母が何を言おうが決定事項です。覆しませんよ」
「なぜです?」
サラは珍しくくってかかる。聞き捨てならねーぞそれ。
「オマエもその母親も、何も知らぬのね。温室で守られ、それに気付かず、のさばり、愚かなこと。
この家のせいです。オマエの父は、オマエと同じように愚かで、経営する事業が行き詰まっているのです。ウェルズリー本家ともあろう者が!」
サラは思わず父を見た。
父は目線を下にしている。何を思うか、サラには見当もつかない。
「ただ援助するのでは外聞も悪い。ケントが時期当主であるならば、不自然なことにはなりません」
世間体が大事な大叔母さまらしいね。
じゃ、何か。俺は借金のカタにドナドナされていく、と。
そうか···。サラは大叔母の話をまとめていく。
段々ピースがはまってきたぞ。
ヴォルターは最近、いやに仕事が忙しそうだった。
薬飲まされ、寝てた間、俺は何もされてない。
でもヴォルターは、寝ずの番で警戒していた。
女は、男の仕事に口を出さない。
内情も知らない、のが普通。
なのに騎士団のトラブルを知っている大叔母さま。
指先一本で、どうにかしたのか。
ハメられている。随分前から。俺ではなく
ーーーヴォルターが···!
出来上がったジグソーパズルは、クロユリの絵だった。
ーー
「あの···お嬢さま、グレンヴィル様がいらしております」
遠慮がちに侍女が声を掛けてきて、俺は、自分の内部奥深くに沈めていた意識を浮かばせた。
もう3日になるかな。ずっと寝室に篭ってたから。
ドアを細く開けて様子を見ている侍女を、俺は軽く睨む。
「シャナ、誰も通すなって、言ったろ」
だって···と、口に手を当てる侍女。
もう、かわいいな。仕方ない、許す。
俺はたっぷり時間をかけて、できうる限り華美に身支度をした。
扇子の装備はできない。
これを鎧とするしかない。
本邸に行き、部屋に入ると、ヴォルターがとびきりの笑顔でこちらを見る。
そして、俺の格好を見て怪訝な顔をした。
「おはよう、サラ。今日はなにか、特別な日だったりするのか?」
俺はそれには答えない。
「なにか用か?」
「ん···」ヴォルターの眉が、わずかに寄る。
「別に用があったわけじゃない。かわいい我が婚約者のご機嫌を伺いに来ただけさ。村に行こうかなって思ってたけど、その格好なら街に行こうか」
「悪いがヴォルター、ゲームはおしまいだ」
感情を押し殺す。大丈夫、できる。ずっとやってきた。何かを取り上げられるのは、今回が初めてというわけではない。
「なんだよ、ゲームって?···何か···母親に言われたのか?攫っていくと言っただろ。俺は本気だ」
ヴォルターは近づいて、俺の肩にそっと手を置く。
「何を言われた?俺にも教えてくれ。一緒に考えよう。どうにもできなくても大丈夫。俺がなんとかする」
な?って、笑う。
俺の大好きな笑顔。ずっとそうやって笑っていてほしい。そう思ってる。今でも。
なのに
俺は今からお前の笑顔を消す。
「おまえの負けだな、ヴォルター。俺はある賭けをしていた。夜会きっての貴公子を落とすことができるかどうか。どうだ?お前、俺に惚れたんじゃないか?容易いモンだ。尻尾振って命令待つまでになるとはな。だから俺は言ったんだ、そんくらいで俺が欲しがってた宝石を買ってくれるなら安いもんだって。お前ちゃんと報告しろよ。誰って俺の賭けの相手だよ。サラに惚れた。愛してる、誰にも渡したくはない、だから賭けはお前の負けだって。俺の愛すべき婚約者、ケントにさ」
俺はきっちり優雅な礼をする。
ガッツリ裏切られ、そしてなかった事にしろヴォルター。
「ご機嫌よう、グレンヴィル様。怠惰な毎日、大変良い余興でしたわ。ワタクシに暇ございましたら、またお付き合いくださいませ?」
床を見つめる俺の耳に、ドアが閉まる音がした。
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