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ドゥ=シャーロットの店から、ドレスの完成の知らせがヴォルターの元に届いた。
ヴォルターは、自身の実家に届けるよう手配する。
だって着てるとこ見たいじゃん、それも一番に。
作らせたの俺だし、いいよねそのくらい。
でも自分が寝泊まりしてる所じゃ世話する人間がいない。
なんかドレスって着ぐるみみたいに脱ぎ着大変そう。
俺は着せられないし、脱がすこともできないだろうし、サラも頓着なさそう。
実家なら人いっぱいるし、手伝ってくれるんじゃないかな?
次の俺の休みに、サラに時間取れるか聞いてみよ。
俺はルンルンしてた。
ドレスを渡す約束をした日、俺はサラを迎えに行き、馬車の中で実家の方で着てみようぜと提案した。
なんか事前に言って断られたらショックだし、もう向かっちゃってる馬車の中っていう、精神的追い込みってやつ。
そのくらい、俺も早く見たかったし。
サラは少し考え込んでる風だった。
玄関のドア開けたら母がいて、
最高最大級の礼をもって出迎えた。
そ、そうでした···。こいつ侯爵位旧家なんだったまた忘れてた。
俺を見る母上の目が鋭いです、すごく。
これ、あとでお説教くらっちゃうな···。
「ようこそおいでくださいました、ウェルズリー侯爵令嬢さま。あるじは今日、あいにく留守にしておりまして大変失礼を致します」
サラは、そこはさすが、正式な礼をとる。
「先触れもなく訪れたこと申し訳ありません、グレンヴィル伯爵夫人」
と、サラは玄関ホール中央に飾られた大きな花瓶に目を向ける。
「スノーフレークがとても綺麗ですこと。心洗われるようです」
母上の扇子の手が止まる。
「お褒めに預かり光栄にございます。愚息は花に疎くて···。白い花々のこと何も存じ上げないのですよ。お恥ずかしいですわ。ウェルズリー様のお庭には、ハナズオウが咲き誇っておいでと伺いました。ご様子伺いたいわ」
サラは微笑んでいる。
「我が家のハナズオウは相も変わらず。グレンヴィル伯爵夫人ならご存知かもしれませんが鉛色が隠しようもなくて。ふふ、お恥ずかしいですわ。あれがあのまま、いずれは紫に咲き誇るのではないかしら。
ウェルズリー伯爵様は男性でいらっしゃるもの。お花に疎くて当然です。ご興味ございましたら、きちんとご説明申し上げますわ。ワタクシでよろしければ···。
てもワタクシのお庭にございますのはクロユリですの。お気に召すかどうか」
なんだよ、仲良さそうだな。
もういいだろ?
鈴が鳴るように、おっほっほうっふっふ、を繰り返す2人を引き離し、俺は自室にサラを通す。
「なんかすまん、俺の母親ちょっと厳しい感じで···。でも仲良さそうにしてくれて助かったよ」
頭をかきながらヴォルターは言う。
サラは静かにそれを見ると
「優しい、いいお母さまじゃないか。大事にしろよ」
とだけ言った。
グレンヴィル家の侍女により、できたてのドレスを着付けてもらったサラは、明るい日の光の中神々しいまでに綺麗だった。
それは上から下にかけて段々と濃紺から淡い青に変わっていくグラデーションになっていて、そこかしこに煌めく加工がしてあり、まるで満天の夜空のように煌めいていた。
ネックは深くV字にカットしてあり、胸、腰、膝上辺りまでピッタリと体に沿ったラインを描き、裾は少し広がる。
腕も、肩から手首に沿って同じようなラインで、少し広がりつつ肘の少し下のあたりから斜めにカットされて、手首も、内側は見えるが外側は隠れる形になっていた。
「なんかこれでいいのかな、こんな形のドレス初めてかも···」
サラは困惑気味だが、俺は大満足だった。なんで、いいじゃん。
俺好きだな、そういうの。
なんか皆ウエスト部分からこれでもかって広げるだろ、あれ邪魔だよね。
「このお色ですと、どうしてもご夫人が着られるデザインになりますわね。ヴェルズリー様は肌が白くていらっしゃって、とてもお似合いでいらっしゃいますよ」
うちの侍女が優しく説明してくれて、サラも安心した様子。
君グッジョブ、あとで包むから楽しみにしてて!
侍女達が退室すると、サラは両手を少し広げた格好で俺に向き直った。
ちょっと照れながら
「どうかな···」
って言うから俺も少し恥ずかしくなってきた。
「お前らしくていいと思うよ」
素っ気ない!なにそれ!もっとなんかないの俺!!
あ〜、ゴホン、と俺は照れ隠しの咳払いをして
立ち上がりサラの手を取った。
「今日この時を持ってこのドレスをお前にやる。煮るなり焼くなり好きにするといい」
サラは目を煌めかせて
「すげぇ、これ非常食にもなるの?」
そんなわけないでしょ、このおバカちん。
「あぁ、いや···、俺が悪かった。着ようが着まいが、雑巾にしようがパジャマにしようが、全てお前の自由だ」
ま、できれば着てほしいけど。俺の前で。俺もそれ、結構気に入った。
サラは喜んで、なんかクルクル回ってる。
良かったな。
「そうして見ると、首元が寂しいよな、なんか用意しないと」
俺、貴金属って、もっとわかんないんだよね。
なんでつけるの?ってレベルで。でもなんかつけてやりたくなる気持ちがわからなくもなくなってる。
この、大人の階段登ってる感。
「あるよ、俺がつけるやつ」
わかってる。うっさいな、俺が用意したいの。乙女心のわからん奴だなもう。
「まぁ、そのうちな。今日はそれより村に持ってくお菓子選びに、街に行きたい。え〜と···その服···」
脱げる?
俺が聞いたら、サラに変態扱いされた。
ーー
詰め所で仕事してたら、サラからの使いがあって、今日は大叔母の指示の夜会だって知らせてきた。
俺があげたドレスを着てくるらしい。
アクセサリーは間に合わなかったな。でもいいや。
俺も早く仕事終わらせて向かうとしよう。
俺は夕方までの数時間、なぜか部下に会うたび笑われながら過ごした。なんだよ、俺の顔に何かついてる?
夜会会場には、開始時間少し過ぎたあたりに到着した。
チラッと見た限り、ヴェルズリーの馬車も停まってたから、サラももう来てるだろう。
でも、中に通され会場を見廻すも、サラの姿は見えなかった。
来てないわけないのにな···、どこほっつき歩いてんだ?
今までサラが、単身で夜会の屋敷をうろつく所を見たことがない。
たいていつまらなそうに、どこかひとつ所でただじっと時が過ぎるのを待つばかり。
薄いパステルカラーのドレスが色とりどりに舞う会場の中、彼女の濃紺のドレスは目につくはず。にも関わらず見当たらない。
2人、3人、と挨拶を交わしつつ目を配っていたがサラは一向に姿を表さず、
しゃーねーな、ったく。
ヴォルターはよいせっ、と壁に預けていた背中を起こし、歩き出した。
ダンスホールから抜けると、途端に静かになる。
屋敷は広々と廊下を伸ばし、各部屋は一休みしたい参加者に提供されている。使われていない部屋は開け放たれているので、一目でわかる。夜会が始まったばかりの今日今の時間、休んでいる者はあまりいないようだ。
それでも、ヴォルターはひとつひとつ確認していく。
角を曲がってこの家の侍従がこちらに歩いてきた。この先はプライベートルームか。
事前に連絡しておけば、そちらを使用する事も可能なはず。サラがそんな事するはずもないが念のため、ヴォルターは侍従に声をかけた。
「すまんが、この先の部屋は使われているのか知っているかい?」
侍従は頭を下げ、丁寧に答える。
「グレンウィル様、いらっしゃいませ。先程私が見た限りではお使いではございませんでした。ただ、少し前にウィンザー様と、手を引かれるご夫人をお見かけしましたので、もしかしたら···?」
ウィンザー?誰だっけ、なんか聞いたことあるような···。
ヴォルターは侍従に感謝を述べると先に進む許可を願い出て廊下を早足で進んだ。
アイツのドレスは紺。
一見すると既婚者にも見える。
自然に足が早まる。
もう突き当りにぶつかるだろう所で、ガシャーンと破壊音が響いた。
ヴォルターは手近のドアを開ける。
誰もいない。
その一つ先のドアから鋭い悲鳴が上がった。
···サラっ!!
ヴォルターはドアを蹴り開けた。蝶番がふっとぶが、ヴォルターは気づきはしなかった。
ベッドの上から滑り降りる男、と、ドレスを上げて必死に肩を隠そうとするサラの姿が目に入ったヴォルターは、頭の中でバチン!と音がするのを聞いた。
「うごぁぁぁぁぁらぁっ!!」
ヴォルターは男の顎に強烈な一撃をお見舞する。
普段は意識せずともセーブしている力加減を、ヴォルターはこの時全く制御できなかった。しかし、コントロールも効かなかった。もしも勢いそのままに、正確な急所に叩き込んでいたら、相手に命がなかったかもしれない。
男は綺麗に壁まで吹っ飛んで伸びてしまった。男の髪はびしょ濡れで、強烈なアルコール臭がする。
サラが抵抗して酒を浴びせたんだろう。それに激高しての行動かもしれない。
酒を浴びせて止まる程度の人間なら、そもそも部屋に連れ込むようなマネはしない。サラの行動は見当違いではあった。だが、責められるべきはこの男で、サラではない。
男が完全に意識を手放しているのを確認すると、ヴォルターは上着を脱ぎサラに近づいた。
サラはベッドの向こう側に滑り落ちていて、ベッドと壁の、1メートルもない隙間にしゃがみこんでいた。
「サラ、もう大丈夫だ。近寄ってもいいか?怪我がないか確認したい」
サラはしゃくりあげるほどに泣いている。
「ダメだ···ヴォルター···、俺、ごめん。ごめん···」
謝罪を繰り返すサラ。
ヴォルターは息を呑む。嘘だろ、そこまでの被害なのか?ドレスは破れてはいるが、脱がされてはいない。時間にしたって半刻程度じゃなかったか···。
ヴォルターはつばを飲み込み、逃げ出した子羊を捕まえるような構えでジリジリ近寄っていく。
「大丈夫、大丈夫だから。俺がいるだろ、もう大丈夫。そばに行っていいな?」
ふわっ、と、上着をかける。破れたドレスを掴むサラの手は、尋常じゃないほど震えている。
ヴォルターはしゃがみこんでいるサラの前にゆっくり座る。
殴られては···いないようだ。あとから腫れてくるにしても、傷がついてないはずがない。
あらわになった肩も、首も、特に問題ないように見える。腕や足は、触れてみないとわからないが、今のサラに手を触れるのはためらわれた。
なるべく冷静に、状況をつかもうとするヴォルターに、サラは両目から大粒の涙を零しながら言った。
「ヴォルター、ごめん···ドレス、守れなくて···。や、破かれちゃったんだ。どうしよう、俺、せっかくヴォルターが···、俺の、俺のドレスなのに···」
ヴォルターは、息を呑む。
目の前でしゃくりあげてるご令嬢は、ドレスの事で、我をなくすほど泣いているらしかった。
ヴォルターはほっと息をつく。そして我を忘れてサラを抱きしめた。
ヴォルターの想像より細い体は、ヴォルターにすっぽり包まれてしまった。ヴォルターは、尚一層強くかき抱く。そうしないとどこかへ消えてってしまうかのように。
腕の中で嗚咽を漏らしながら泣くサラに、ヴォルターはしっかり抱きしめ背中をさすってやった。
「良かった、お前は守られたんだな?ドレスで良かった。何着だって作るから。この世にある全色のドレスを作るから。そんなもの守らなくていい。俺のサラを守ってくれ」
サラはヴォルターに抱きつき、わぁわぁ泣いた。
数日後、
被害届の作成のため屋敷を訪れたヴォルターに、サラは言った。
「届けるつもりはない。あいつは従兄弟だ。大叔母さまに、いずれ俺と結婚するって言い聞かされていた。なのに俺がちっともなびかないからイラついたんだろ。『そんな色のドレス、捨ててやる』って怒ってた。俺が酒ぶっかけて、それに滑って転んで顎打ったことになってる。余計な事言うなよ?」
そうか、侯爵をぶん殴ったんだもんな、俺。
サラが被害届出さないと、なんの理由もなく殴ったことになるから···。
うん、怖いことしたな。でもあのときそんな色々考えてる余裕なかったもんな···。
サラはどうでもよさそうな顔をして続ける。
「兄弟喧嘩みたいなもんだよ。村のカナとマコがよくやってるだろ。わざわざ役人を通す話じゃない」
つまりは濃い色のドレスに嫉妬したってことか?
物を与えられるのが当たり前のおぼっちゃまらしい思考だな。
だが···。
ヴォルターは肩を落とした。
「なら俺のせいだ。軽率だった。お前を危険な目に合わすなんて···すまなかった」
サラは目を見開いた。
「助けてくれただろ?」
サラは、流石に村に来るときのような格好ではなかったが、上品で簡素な服を慣れた様に着こなし、ソファに寛いで座っていた。
当然スカートなので、足を組むのは、家の者が来たときにはやめたほうがよさそうだ、と、ヴォルターは思う。ここの家では許されるのかな···。
「俺自身は大丈夫だ。お前言ったろ?お前がいるんだから大丈夫だよ。ただ」
苦々しい顔でサラは紅茶に手をかける。
「ドレスは、くやしいな。何があっても死守したかったのに」
「別に一張羅ってわけでもないだろうに、死守してどうするよ。まさか、あんまししつらえてもらえてないとか?」
この部屋の調度品の数々、サラの今の格好やそれに慣れた様子など見るに、物で苦労はしてないと踏んでいたんだが。
「ん、どうだろ。普通と比べたことないし、俺が着るドレスってことなら売るほどあるんじゃねーかな。でもあれ俺のじゃないし、俺の為のものでもないからな」
なるほど。わかった気がする。
そういやこいつは、自分を人形って言うんだもんな。
「俺がやった物を、そこまで大切にしてくれるのは嬉しいよ。でも自身をないがしろにするのは金輪際やめてくれ」
ヴォルターはサラを見つめる。
「あそこでお前が汚されていたら、俺は相手を殺していたぞ」
サラは焦って
「俺だって黙ってやられるタチじゃない、でも、わかった。わかったよ。自分も大切に···」
そこで言葉を切ったサラは、視線をさまよわせる。
怪訝に思うヴォルターが、「サラ?」と呼びかける。
「大切に···するよ。あぁ、お前からもらったもの、大切に、する」
いや話ちげぇだろ。と、ヴォルターはサラにツッコミを入れた。
サラとグレンヴィル夫人の会話は、次回サラ視点で説明入れます。まぁ、なくても本筋には関係なく、問題はありません。
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