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サラの家からびしょ濡れのまま、ヴォルターは詰め所に向かった。

自分に勤務があることを思い出したからだ。


心ここにあらずな様子で、髪から雫を滴らせてふらつきながら入ってきたヴォルターに、部下は真っ青になりながら剣を向ける。


「あ···、え、だ、団長じゃないですかっ!す、すいません、これは···」


部下は隠すように剣をしまう。

普通なら上官に剣を向けることすなわち反逆とみなされる。


しかしヴォルターは、焦点の合わない目で


「おはよう、ボニー」


と言った。


部下は、ちらっとヴォルターを見、あぁ、なるほどと悟ったようにため息をつくと、仕事をしなければ、と渋るヴォルターをなんとかなだめて家に帰らせる。

それは、たまに連れ込まれる酔っぱらいの相手よりもかなり、大変な仕事だった。


翌朝も、時間きっちりに出勤してきたヴォルターに、ボニーから引き継ぎを受けていた部下が、いいから休んでくれ。今日の仕事、自分がど〜〜〜〜してもやりたいから頼むから帰ってくれ。と無理やり帰した。


サラがあの日食べたパンは、ここの食堂のものだったのだ。



ヴォルターは、騎士団詰め所で書類を作成していた。


その、夜勤すっぽかしの件だ。


部下がかわりに勤務していたので、事なきを得ていたが、ヴォルターは馬鹿正直に報告書を出すつもりでいる。


ヴォルターは自分がよくわからなかった。

サラに病院行けって言われた時も、これが薬で治るならどんだけでも飲むのに、と思ったが、そういう類じゃないことぐらいはわかった。


あいつは一族の操り人形で、いつかは言いなりになってどこぞの誰かと結ばれる。

彼女もそれを、抗うことができないと承知の上、受け入れている。


大叔母の夜会の前の、2人のやりとりはつまり、そういうことだ。


それは、婚約を提起したときに俺が言ったことでもある。


なのになんだ、俺は、あいつが俺抜きで夜会に行かねばならないと丁寧に説明しているのに


行かせたくなかった。俺といてほしかった。


つまりは、俺はあいつに惚れてしまった。


「何やってんだかな···」


俺が恋愛沙汰から逃れるために、あいつにも色恋から隔離してやるって話だったのに、俺が巻き込んでどうする。


あいつは、想いをぶつけられるのは攻撃だと言った。

きっと嫌な思いもしてきたんだろう。


俺が変わればいいだけのことだ。

いや、この場合は変わらないでいると言ったほうがいいのか。

今まで通り、戦友としてそばにいてやればいい。


答えが出れば簡単な話だった。


ヴォルターは1人頷き、再び書類に取り掛かった。


「団長」


団長室のドアを開けてボニーが顔を出す。


「昼です。食堂へどうぞ。···って」


ボニーはヴォルターが書き途中の書類を手に取った。


「だめですよ、こんなの出したら交代してたってバレるでしょ!」


「そうだ。あれは俺一人の問題で責任だ。本当に済まなかったな、ボニー。あとは全て俺が処理する」


ボニーは書類を受け取ろうと伸ばすヴォルターの手から、更に書類を遠ざけた。


「だめだっつってんでしょ。団長、俺との夜勤変わってくれるって約束したじゃないですか。」


ヴォルターは、頷く。


「あぁ、用事がないときはいつでも俺がやる」


ボニーはため息をつく。


「いや一回だけでいいですけどね···、まぁ、それでおあいこです。それ以上は何もなし!もしこんな書類出すなら俺も夜勤変わりません。俺には踏んだり蹴ったりだ」


ヴォルターは鼻の頭にシワを寄せる。


「···わかったよ、じゃあそれでおあいこだ···。」


ボニーは笑って、「あとはまぁ、一回奢ってもらいましょうかね」と言って廊下に出る。


食堂につくと団員たちが雑多に昼飯をかっこんでいた。


ここ最近は王都も落ち着いていて、騎士団のやる事も見回りとか護衛とかが多い。


たいして体も動かしてないが、そこは男どもの群れ。食堂はさながら戦場のようであった。


ヴォルターは手近な空いてる席に座って肉にかぶりついた。

団によっては、団長だけ広い部屋で特別に作らせた食事を楽しむ奴もいるらしい。


だがヴォルターには部下との距離が近いほうが都合がいい。

人となりを理解していれば配置に活かせるし、近況がわかっていればフォローもしやすい。

上に立つには、部下を下げる必要は全く無く、ただただ自分が上に上がればいいだけだ。


斜め前に座る部下が、なにやら熱心に話しているのを、ヴォルターは聞くとは無しに聞いていた。


どうやら、彼女と喧嘩の真っ最中のようだ。


「女って、ホント記念日とか好きですよね。告白して丁度3ヶ月目なのに、覚えてないなんてひどい、とか。そのうち記念日じゃない日なくなっちゃいますよ」


「告白したのか」


ヴォルターはつい口に出してしまった。


部下はたじろいだ。


「いや···告白っていうかまあ、なんとなくなんです。仲良くなって一緒に飯食って?別に何か言ったわけでも言われたわけでもないから、『2人で一緒に出かけないか?』って声かけたのがそれに当たるんだと思うんですけど···。」


言ってないじゃん、それ。ヴォルターは思う。それだったら俺のほうがよっぽどアピってきたんじゃなかろうか?


部下は、へへ···と笑うと


「なんかそんな言葉でも、大事に覚えてたと思うとかわいいんですけどね」


部下は周りの独り身に袋叩きにされていた。


いいな···


虚ろな半眼で虚空を見ているヴォルターの率直素直な気持ちは、これである。


言わなくても気持ちが通じるって、いいよな。うらやましい。


俺実は婚約申し込みまでしてるはずなのに、まぁあれは流れで雰囲気も何も醸してなかったけど、でも


「好きな奴できたん?え、誰誰?」


はないだろ。


でもそれがあいつだ、あいつらしい。


「団長、なにエロい事考えてるんですか?」


はっとしたヴォルターは、そう言う部下にフルネームを呼びつけ敬礼させ


「この先一年間の、王都で行われる夜会資料をすべて、団長室に運べっ」


と指示する。


サラの事思い出しただけでエロい顔になるわけないだろ、あの野郎。俺が変態みたいじゃないか、くそ。


たまには権力行使したって、いいよな。


ーー

ヴォルターとサラは、原っぱの端にしつらえた木のベンチに並んで座っていた。

サラの手には何枚かの紙があり、帽子を抑えながらそれを見ている。


このベンチは、ヴォルターが村に寄与した形で置かれたもので、最近の2人の定位置だった。


「これは···夜会の一覧表だな。でもこれがなんだ?」


サラはこっちを見る。


最近サラは、俺の休みにはたいてい村を訪れるようになっていた。

たまに痛ましい人を見るように俺を観察している。

やめてくれ···俺は余命僅かの病人じゃない···。


俺はサラから用紙を受け取ると、サラにも見えるようにして広げた。


「この中で、おまえが参加する夜会はどれだ?大叔母の手引きのやつ」


サラは途端につまらなそうな顔をして


「知らね。いつも言ってくるのは数日前とかだし、どうせ出るんだ。出るまで知らんでいい」


ヴォルターは辛抱強く続ける。


「気持ちはわかる。でも悪いが考えてくれ。俺は直前だと夜勤の交代が間に合わない。念のためでも合わせておきたい」


「言ったろ、一緒には行けないんだ。大叔母さまを説き伏せるなんて不可能だ」


サラは心底かったるそうに言う。

きっともう、彼女の中では何回も繰り返されてきた打開策の糸口探し。

探す努力すら飽き飽きしてるんだろう。


「わかってるよ。でも俺だって伯爵家。この辺の大抵の夜会から招待状が届く」


サラがヴォルターを見る。だから?

サラは実家が絡むと途端に喧嘩腰になる。


「俺が招待された夜会に出るのは勝手だし、そこで誰を気に入ろうと俺の勝手だろ?」


サラは、最初目を泳がせていたけど、段々に顔が輝いてきた。


悪い事、考えてますね。


「この、各季節の大公ご主催の夜会は必ず出る。だから別として、子爵邸のものは省いて考えていいな。大叔母さまからしたらあれは貴族じゃないみたいだから」


「そうなのか、それは助かるな。俺の部下は逆にその辺のに出るから休みを与えたいんだ」


ふむ、と拳を顎に当ててサラは考えている様子。


「没系も省くだろ。こことか、ここのお家は大叔母さま的には終わった感ありげだし」


その後色々話してターゲット一覧を作成した。


「よし、これなら部下に負担もいかずなんとかなりそうだな。服もいくつか新調しとこう···あぁ、」


ヴォルターはサラを見て言った。


「お前のは?なんか自分の趣味で作ってなさそうだし。俺が作らせてやるよ、お前が好きなドレス」


その時のサラときたら、ものすごくおもしろいことになった。


「は?え?いやいいよ、何言ってんの。服なんか隠すべき場所が隠れてればいいんだからさ。俺的にこの格好で行きたいくらいよ?ドレスコードで弾かれるからしないだけ、いやまじで。え?なに?好きな色?え、いやいや、何、お前馬鹿じゃねぇの、ドレスとか高いから!知ってる、知ってるよお前が金に苦労してないことくらい。でもそれとこれは別だろ。俺?俺はそりゃ、自分で何かを買ったことはないけど、いや意見もない、言ったこと。そういうもん、そういうもんだから。それが普通なんやで。え、おねーちゃんの場合?おねーちゃんがなんだよ、おねーちゃんの話出すのやめろや卑怯だぞ」


俺はサラの頬に触れた。爆弾みたいにしゃべるんだもんな。

でも頬に触れたらぴったり止まった。


「じゃ決まりな。とりあえず次の俺の休みに予定しとくけと、別に次でもその次でも、行けるときに行こうな。あと街で、お前が欲しいものがありそうな店にも行こう。なんでもいくらでも買っていい。けど、俺が手に持てる範囲で頼むぜ」



次の休み、俺はしこたま財布に金を詰め込み家を出た。

なんせ今まで買い物したこともないお嬢ちゃんだ。損害額が読めない。

サラの家まで迎えに行くと、いつもとも夜会とも違う、クリームイエローのワンピースに、真っ白な帽子を被って現れた。


いつものように手を取って馬車に乗せるが、表情が硬い。


「俺、やばい。緊張してきた」


「まさか夜会以外街に出ないとか?」


俺は半分冗談で言ったんだが、サラは頷く。


「俺···。なんか変だったら教えて···」


迷子の子猫みたいな顔して言うけど、お前が変なの今更だからな。わざわざ教えることもないよ。


どこ行こうかって考えて、レベル1なわけだし、初歩の初歩ってことでお菓子屋さんに来てみた。


「おい、ヴォルターこれ見ろ!ここが···ほら···今出てくるから···」


ポンポンポンっと、ポップコーンが出来上がる。

サラは弾けるように瞳をきらめかせ


「キター!すっげぇ!!」


と感動してる。

でも、買わない。


色とりどりの飴も、恍惚とした顔で見てるんだけど、買わない。


俺は、サラが欲しいと思うものを買ってあげたかったから、サラが選ぶのを辛抱強く待った、けど


買わない。


何も選ばないまま、昼になってしまった。


俺はなんとなく、サラの意図が読めてきたのでため息をつく。


こいつ、遠慮してやがるな。

くそ、俺が今日、一体いくら持ってきたと思ってるんだ。


サラが見てないうちに一個だけ飴玉を買うと、


「ハラ減った。飯食いに行こうぜ」


とサラの腕を引っ張る。


サラは


「俺はハラ減ってないから、お前行っていいぞ。俺ここまだ見てるし」


とか言ってるけど、迷子フラグだろ。黙ってついてこい。


「ちょっと歩くぞ。その靴履きなれてるか?」


「夜会のよりはマシ。痛くなったら言うよ」


と言ってついてくる。


案内したのは、俺の働く騎士団詰め所だった。

俺は今日休みだけど、他の奴らが飯食うから2人分くらいなんとかなるだろ。


本当は三ツ星レストランとかピックアップしといたのにな···。

あいつの遠慮する姿はあんまし見たくない。


詰め所の中に入ると、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


そうだ···こいつそういえばウェルズリー侯爵家令嬢なんだった忘れてた。


俺たちはあっという間に部下たちに取り囲まれ、食堂はたいへんな騒ぎとなった。


「うぉ〜、団長がウェルズリー家のお嬢様を射止めたって、噂では聞いてたけどほんとだったんですね!」


「本物だ···俺お姫様初めて見た···!」


「だんちょ〜〜〜〜〜、俺羨ましいっす〜〜〜〜」


サラは唇の端がひくひくしていた。


村の酔っぱらいすら華麗にいなすサラが、ここのやつらに驚くわけはない。

けど、流れ的に令嬢モードでいなきゃいけないだろうし、どうしたらいいかわからんのだろうな。


このまま見ててもおもしろいが、そろそろサラが視線だけで俺を殺しそうだから助けるか。


「おまいら、サラが怖がってる。やめてくれよ。

おばちゃん、こいつに何か食べさせたいんだけど、部屋に運べるようなの何かある?ああ、いや俺運ぶしいいよ、ありがとう」


ぱたん、と食堂のドアを占めると、中から声が聞こえてくる。


「くぅぅぅぅ、聞いたか?『サラがっ!』って!!」


「こ、い、つ、にぃぃぃぃ〜ちくしょ〜〜〜団長幸せそうだなぁ〜!」


······。

あいつら、明日覚えてろよ···。


団長室に入ると、サラは途端にクスクス笑いだした。


「お前、愛されてんな〜」


俺はぶーたれて椅子に座る。


「ここに連れてきたのは失敗だった。俺明日からどういう顔したらいいんだ」


サラはいただきます、と食事を取り始め


「今の顔ちょうどそれがいいよ、そんな顔で行け」


男どもに出す、洒落っ気のひとつもない料理。それをうまそうに口に運ぶ女。


「うまいか?」


「ああ、おばちゃんの料理最高だな。すげぇあったかい」


サラをここに連れてきて良かった。



飯も終わり、必死に様子伺おうとする部下振り切って、サラがいつもドレス作ってるらしい店に馬車を向かわせた。

事前に伝えといたから大丈夫だろう。


できれば俺が世話になってる店のほうが、勝手がわかっていいんだが、それだと総寸法とるから時間がかかる。いつも作ってるところなら先端寸法だけでよくて半日でもなんとかなるだろう。


なんでそんなに詳しいかっていうと姉さま達のせい。


総寸法の待ち時間の地獄たるや···、いや、いずれはサラにもうちの店で作らせるようだからいつかは付き合わなければならないけど···


そこまで考えてヴォルターは首を90度横に向けた。


馬車の中で、ぐるんっ!と音がしそうなほど勢い良く首が動いたので

向かいのサラが、「うぉっ!?なんだどうした?」と声を上げたほどだ。


俺は何を考えてる?

まるで結婚式のドレス作るみたいな妄想···。


俺の頭はお花畑になってしまったようだ。

発想が乙女チックで、自分でも気持ち悪い。


目的の店、ドゥ=シャーロットにつくと、サラは所在無さげにしていた。


「俺がドレス作るとき、いつも本邸に人が来てたから···」


と、俺の肩に顎乗せるみたいにして説明してくれた。あぁそう。

顎刺さってますよ。


どうやら、今日は店長がいないそう。

恰幅のよろしいおばちゃまが、「まぁまぁ」を連呼しながら説明してくれた。


いいのよ、俺一見さんなわけだし、気にしてないから。


ドレス作成の打ち合わせ開始から小一時間。俺は必死に生地を見比べていた。


「まぁぁ、グレンヴィル様。ウェルズリー様のようなお若くお綺麗なお嬢様には、もっと薄いお色のほうがお似合いかと思われるのですが···」


ん、そうなの?でも俺ピンクとか黄色とか、薄い色あんま好きじゃないんだよね。サラは髪の色が薄いから、濃い色の方が合うって。俺も好きだし。


「基本、ご夫人やご婚約された令嬢でもない限りは、華やかなお色を好まれます···」


まぁ、困りましたわね。と、店の人はオロオロしている。

あ、そう。でも大丈夫。うちら口約束だけど婚約してるから。


ちなみにサラは、店先においてあった籠の中にいるオウムと愛育んでる。

お〜い、こっちにも愛ちょうだい。俺もう限界。ってか、お前のドレスだ、お前が仕切れ!


俺はサラの背中に手を回し、とりあえずピックアップした生地を見てもらった。


「これが、俺が着てもらいたい色。だいたいな。この中だったらどれがいい?」


サラは口に手を起き考えてる。なんかちょっと手震えてない?え、なに笑うとこ?ここ。


デザインは流石に無理。なんか考えてたら、限界迎えて裸でいいじゃんとか言いそう。


これ以上、俺が変態だと誤解されるのは困る。


サラも無理。だからデザイナーさんに、丸ごと任せることにした。


店の外出たら、もうとっぷり日が暮れてた。


馬車に乗り込むと、サラが帽子をとって照れたように笑った。


「俺···今日楽しかった。ありがとな。なんかせっかくの休み潰させたけど···」


俺はサラのほっぺをつまんだ。うわ···っ、柔らかい。


「にゃにひゅんやよ」え?なんて?通常言語で頼む。


「俺も楽しかった。村もいいけど街もいいな。今度村に持ってく菓子選ぶときまた付き合ってくれ。お前と一緒のほうがいい」


ほっぺつまんでる俺の手を、サラはそっと握った。


「あぁ、付き合うよ。俺でいいなら」


サラの家につき、門のところで俺は、昼間買っといた飴を渡した。


「結局お前、何も買わなかったな。次は自分の欲しいモノ、ちゃんと俺に言えよ」


サラは口を半開きにして俺を見て、ひゅっと息を吸ったけど何も言わなくて、一歩俺に近づいてから俺の上着を少しつまんで、おでこを俺の肩にぶつけて呟いた。


「うん、ありがとう」


ーー

今日も俺らは夜会に来ていた。


サラは、前ほど夜会を嫌がらなくなってはきてたけど、俺はもうはっきり、夜会に行きたくて仕方なかった。


だって夜会だとサラといれる。


サラの視線も意識も全部俺の方に向いてる。


わかってる。彼女には、それ以外見るとこがないだけ。

でも、それでも俺は、彼女があんまり嫌がらないのをいいことに、それとなく夜会に連れ出していた。


サラが花摘みに行くのに付き合って、2人でホールに戻ろうとしてたら、サラが舌打ちをした。


「嫌な奴来てんな···。ちょい、ヴォルター離れてな」


ん、なんで?


「お前じゃあれの相手は無理だろ。廊下じゃ避けようもないしどうにかするよ」


あらカッチーン。

俺はサラの腕を取ると、にっこり笑って俺の腕に絡ませた。


今から振りほどいたら変だ。サラはすごい顔した。ほんとすごい顔。


「これはこれは。綺麗な花が咲いてると思ったんだ」


キザっていう単語が廊下歩いてるっ!っていうのが素直な感想だった。


サラはにっこり笑う。


「まぁ、セシル様。お会い出来て、このサラ光栄ですわ」


セシル卿は、眉を寄せて首を振る。


「君なら、ソールズベリーって呼んでくれる方が僕も嬉しいな。君とこうして運命の出逢いを果たすのも、これで何回になる?」


サラは考えるまでもなく答える。


「6回になります。運命なんて···。ワタクシ···。7回目もございますでしょうか···」


片手を頬に、うっとりと、小首かしげるサラ。

もう片方の腕は俺のとこ。なんかごめん。ほんとごめん。俺が悪かったから離してくれていいよ。だって見てみなよ、セシル卿。

ちらっとも俺のこと見てくれないんだよ、俺も運命感じたい。


その思いが通じたのか、セシル卿が俺をちらっと見る。


やった、愛が通じたぜ?


でもすぐに視線はサラに戻って、俺とサラの間に顔を持ってきて、サラの耳元で


「あぁ、もちろん。楽しみにしておいで、子猫ちゃん」


って言ったあと、勝ち誇ったように俺を見て去っていった。


唖然としてサラを見たら、扇子の中で「オェェェ」って顔してる。

うわぁ、上からだと丸見えじゃん。


ホールに戻って、ソファに座ると、扇子装備して話し出す。


「セシル公爵は、無類の女好きでさ。結構えげつないんだよね。」


俺は扇子ないからサラに近づいて小声で話す。


「でもお前、まんざらでもないだろ。会った回数覚えてるって、そういうことだろ?」


そう、部下だって言ってた。

自分の彼女が、何でもかんでも数かぞえてて、記念にしてるって。

俺結構ショックだったんだぜ、あの即答。


「なにが?」


サラは首かしげる。


「今日で6回目なんだろ?あいつと会うの」


「え、そうなの?」


俺はちょっとイラっとする。俺今すねてるんだからね、ちょっと面倒くさいモードなんだからね。


「お前がさっきそう言ってたじゃないか、禄に考えもしないでもすらっと出てくるほど覚えてたんだろ?」


サラはきょと〜んとした顔して


「いいや?あんなのでたらめに決まってんじゃん」


え···そうなの?でも話通じてたよ?


「あのな、もしちゃんと聞いてたならわかるかな、あいつ俺の名前言わなかったんだけどさ」


ん〜、そうだったっけ···。


「俺が、侯爵家のどれかってのくらいは覚えてるだろうけど、それだけなん。一応俺から名乗ったのは、万が一にもアレに恥かかせないためな。それも、かかせたら俺にとばっちりかくるからってのが理由」


サラは会場に目をやる。

そして俺にだけ見えるように指を指す。


「ほら見てみ、あ〜やって、大したことない家の令嬢に声かけるんだ。あっちの部屋で2人で話そう。僕にはもう君しか見えないよって。何人も」


俺はサラの指す方向にいるセシル卿を見る。

真っ赤な顔したお嬢様に、しきりに耳元で囁いてる。


「何人もって、部屋は修羅場じゃんか」


くいっと飲み物飲んだサラは、再び扇子装備。俺も欲しくなってきた、扇子···。いいよな、便利そう。


「だいたい4〜5部屋もってる。どの会場でも。で、時間差でこの部屋に来て、あの部屋に来て。って口説くんだよ。そうそう釣れない。結構噂広まってるしね。でももし令嬢が現れたら、侍従がセシル卿を迎えに行く。でも相手の名前なんかわからないだろ?」


あぁ、うんそうだよなぁ。あんなに次から次へと声かけてたらなぁ···。

ヴォルターは、少し憐れに思いながら会場見てた。と、


サラがヴォルターの顔を両手で掴み、自分の顔の前に近づける。

長いまつげと、きれいなおでこが目の前に現れて、俺は混乱した。


「ずっと待ってた。この時を。さぁ、可愛らしい君のその唇で、君の名を聞かせてほしい。僕がそれを塞いでしまう前に」


俺別に、頭でっかちってわけじゃない。すらっと八頭身だし、顔の大きさは標準だと思う。

でもサラはすごい小さい。

2人の目の位置合わすと、サラの口は俺の鼻の辺りにきて、喋るたびにサラの息が俺の鼻にかかる。


俺はサラの腕を押し、優しく引き離した。

ごめん、なんかごめん。ぞわわってしたから、なんかダメかもしれないからもうヤメテ。


気持ちを落ち着かせるために咳払いして


「そうやって、相手の名前を引き出すってわけな。すげぇタラシ。随分詳しいけど、お前も被害者の1人だったりするん?」


サラは、俺が乗ってこないのがつまんなそうだった。でも扇子装備してくれた。


「いんや。公、侯爵には手ぇ出さんよ。後々面倒になるからね」


それって、手ぇ出す前から、責任取るつもりないってことだろ?

きちんとした申し込みなら、大公ならなんとでもなるし。


「···、納得いかないって顔だな?」


サラは俺の顔を覗き込む。


「当たり前だろ、女性だって生きた人間だ。道具みたいな思考は吐き気がする」


むすっとした俺の顔を、サラは笑って見ていた。

次回9/24更新予定

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