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途中、2話部分のサラ視点が入りますが、背景説明を省いております。
お手数ですが、2話も合わせてお読みいただくようお願いいたします。
サラは心を閉ざしたまま、目の前の鏡に映る自分をみつめていた。
本邸は嫌いだ。なんか温度が低い。
でも本邸に来ないと着付ける侍女もいないし、そもそも自分が暮らす箱みたいな別宅に、ドレスが置けるスペースなんかない。
本邸に来ないと夜会に行けない。だから夜会も嫌いだ。
「終わりましたの?」
ノックもなく現れる老女。
サラを見ると目を眇める。
「貴女···少し日に焼けていてよ?淑女らしからぬ不手際ですわね。子供の頃のようにお仕置きされたくて?」
知ったかぶりやがって···。サラは息を吐く。ため息にならない程度に。
「大叔母さまったら、いつの間にお祖母さまに聞いたのです?幼い頃の話なんて、お恥ずかしいですわ」
老女はふふん、と鼻を鳴らす。俺がやったら大目玉だよな、それ。
「口ばかり達者になったって何の得にもならなくてよ。貴女はこのウェルズリーを支える本筋。実力を持った男を捕まえなくては。ここを支えていかねばならぬのよ」
ガチャ、とドアが開く。
どいつもこいつも無断でドア開けやがって、今度真っ裸で寝そべっててやろうかな。少しは遠慮も覚えるんじゃねぇの。
いや待て、どうせならヴォルターを真っ裸にして···。と、サラが不穏な計画を練っている側で、サラの母親が部屋に入ってくる。
「ウィンザー様···、またいらしてたんですか。サラならもうれっきとした淑女。ご自分の世話はご自分でなさるのではなくて?」
母は溜息を隠しもせずそう言う。
大叔母さまはすぐさま応戦。歳の割にすばやいこって。手にした扇子を母に向け、鋭く言った。
「ワタクシの事をウィンザーだけで呼ぶのはおよし、このあばすれが。誰が見たってわかるでしょう。ウェルズリー家の人間は紫の目を持つのよ?あなたが可愛がる息子の目は何色?」
バラバラっ!と扇子が開く音がする。
大叔母さまは、扇子を口元に当てつつ大きな声で言う。
「汚らしい灰色!昔いたわよね。ねずみみたいな色の目の男が。たんすから小金抜いて消えたのでしたかしら?」
母は手にした扇子を折りそうに握って叫んだ。
「なんてことを···!我が子アンドリューを貶す事、許しませんよ···ここは本家で、ワタクシはその奥です!!アンドリューがそれを継いでいってくれるでしょう!」
あ〜、わかったからそれどっか他でやってくんない?サラはこめかみを抑えながら願った。
サラにとって、願いとは叶うことのないもの。空想の物語。
この言い合いも、他でやるはずがない。なぜなら、仲の悪いこの2人の共通な目的が、サラに話を言い聞かせる事だから。
遡れば300年まではいけるほどのここ、ウェルズリー侯爵家。
国きっての旧家であるウェルズリー家は、血を薄めることをよしとせず、ずっと近場でその血を永らえてきた。
当然血は濃くなり、それはあまりいいことではない。それゆえ最近では少し離れた家からも、本家に嫁がせるようにはなってきた。が、血縁主義な一族は、変な血は混ぜたくない。
当然、婚姻は本人達の預かり知らぬところで勝手に約束がかわされていくこととなる。
本家に産まれたものは、産まれたその時からそのことに覚悟を決めている。その為の贅沢。そのための教育。
しかし、遠縁から血のうまい塩梅の保持のために連れてこられる娘にはそれは効かない。
サラの母もそうだった。特に感情豊かな女性だった。
愛することもできない男に、許諾せぬまま抱かれて身籠ったのがサラである。
生まれた赤子が女であると告げられた時、母は慟哭したと言う。
こんな思いをもう一度!男が生まれるまで続けるというのか!
その勢いはすさまじく、生まれた赤子を取って食ってしまうんではないかというほどの激情だったそうだ。
当然、母からの愛情はなかった。父も、あまり覚えがない。幼い頃から決まったレールで、誰かの指示通り歩いてきた父には、自分の意思がなく、人への関心も全くなかった。
その後、3年ほど経ったある日、母は再び身籠った。
使用人たちは一様に視線を交わし合い何事かと囁きあった。
それもそのはず、父と母は結婚したその時から深い溝に阻まれ、サラの誕生によって真っ二つに割れているはずだったのだから。
祖母は弟が産まれて一週間もすると本家に顔を出す。
産まれた弟の、ありえるはずのない灰色の瞳を見ると、すべてを察したのであろう。
サラの手をつかむと、自分の住む家に連れ帰った。
「お前がすべてを背負うんだ。逃れられやしないよ。それがお前の持つべき義務だからね」
サラは、ウェルズリー家のすべてを祖母から叩き込まれた。幼い彼女に老婆は容赦せず、小さな白い手が、血で濡れない日はないほどだったという。
祖母もまた、遠縁から連れてこられた女性だった。彼女は母を見、何を思ったのだろう。
それを知る術は今はもう、ない。
サラが13歳の冬に、祖母は亡くなった。
再び本家に戻されるも、そこにサラの居場所はなかった。
父は、サラとは視線を合わすことなく、「庭にお前の家を作ったからね」と告げた。
別に一人でいい。祖母のところでだって、決して幸せではなかった。
心を通わせる必要なんてない。私にあるのは義務だけだから。
そう思いつつも、彼女はどうしようもなく孤独だった。誰もいない。ここに来る侍女は朝晩だけで昼間はいない。世界に誰もいない···!
彼女は乗馬で使った服を身にまとい、深い森から王都を抜け出していった。
ちょうどサラが14歳になったその日だった。
当てもなく、目的といえば、自分以外の生物をみつけること?そんな冒険をしていたら、目の前に牛が現れた。
サラは目を丸くして見つめた。
これ、これって馬と違う。似てるけど違う···。あ······あぁっ!すごい今うんちした···。すごい、ああやって出すんだ···。
彼女は、自分以外の生物を見つけることに成功した。嬉しくて嬉しくて、この世界には自分以外もいて、みんな動いてて音もするし臭いもするんだなって思ったら泣きそうに嬉しかった。
人はちょっと苦手だから、牛がよく見えるところで、人から見えないだろう所を探して腰掛ける。
後から知ることになるが、この時サラが座ったところは村中からばっちり見える所で、隠れるも何もなかったのだが、彼女はこれで充分だと思っていた。
産まれたときから誰にも見てもらえなかった彼女なので、誰かが自分を気にしてくれるなんて思いもしなかったのだ。
そんな彼女を、村の人たちは優しく包み込んでくれた。
握り飯を無理やり口に突っ込まれたと思ったら、名前!名前!と自己紹介の嵐。
牛の出産にも立ち会ったし、泥だらけで田植えもしたし、秋には村の収穫祭に参加させてもらった。
そして15になる日、皆から野花の冠をもらって、一人別宅で大泣きした。
私の中身はいつでも村にあって、外っかわだけここにくくりつけられてる。いつか戻ってこなきゃいけないけど今だけはここにいたい。この人たちと同じ空気を吸い、同じ言葉でしゃべって、同じ景色を見ていたい。
願いはやはり、空虚な絵空事でしかなかった。
ーー
なんか今日はやたら昔のこと思い出すな···。サラは扇子を顔に貼り付けながら思う。
あぁ、そうか···。
ヴォルターがいないんだ。
もうここ最近はヴォルターとの仲が公認となり、あいつの人柄のおかけで余計な奴らが寄ってこなくなった。計画は成功だ。
夢にまで見た平穏な日常···。でもなんでかな。今日は虚しい気がしないでもない。
まぁ、俺元々夜会嫌いだしな。
そろそろいい時間だ、馬車呼んで帰っかー。とヴォルターを探す。
ああぁ···そうだよ、今日あいついねぇんだってばさ。一人で帰りましょ〜。
カタコトと馬車に揺られて家路につく。
ある日目の前を歩く男が、どう見ても騎士団のエンブレムの入った鞄を抱え持ってて怪しかった。
変な汗出てるし、なんかキョロキョロしてるし、男の着ているものは華美だけと安っちい感じであんま好きになれないし。
これあれだろ?盗んだろ?そうだろそうだよな、そうに違いない。ってゆーか、俺はマジックハンマーチャンスを試したいんだ。お前今からでも盗っ人な。
って具合に盗っ人を退治した。
しきたりは守らねばならない。ルールとは全員が一斉に守ってこそ成り立つもので、母のようにずれたことする存在がひとつあるだけで簡単に瓦解する。
そしたらその鞄はとある騎士様の物だった。
あっちゃー、やっばー。そいつ見たことあんよ。夜会の貴公子とか呼ばれてんだってさ。
貴公子だってよ、うっわー首かゆっ!!
たまに見かけると、いつも誘惑してましてごめんなさいって笑顔振りまいてるしあれやべ〜よ。
おやっさんが、お前のこと探してたよ。とか言うけど、無視無視。冗談じゃねーや。
もういい加減平気だろって頃に村訪れたのに、まだ探してたらしいね。何その執念。君怨霊か何か?
「失礼だが···」とか言われてついつい振り返ったら、鼻息すごい荒くしてこっちを見てる貴公子(笑)がいた。
俺その時、完全に村人Aだったんだけどさ、格好。
すごい丁寧に接するから尊敬しちゃったよ。普通はふんぞり返るんじゃないの?絵本ではそうなんだけど。
笑顔眩しすぎ。夜会で見かけた時より、なんかちょっと、子供?みたい?なんで疑問系?
ま、結局金とか言うから、だよね〜と思ったけどね。
金はどうでもよくて、姪ごさんにあげる人形を死守したかったとか。まじで?
うそでしょ?
姪ってあれでしょ、兄弟の子供でしょ?
それに人形?なくして必死に探す??
わからん、俺にはわからん系の人種きた。
お菓子皆にくれるって言うから、嬉しくなった。俺はいつでも食えるしいらんけど、村のガキらは絶対喜ぶ。踊り狂うはず。それが見れるなんて俺は幸せだよ。ラッキーハンマーチャンス習得してよかった。
って思ってたのに、突然の大叔母さまのご訪問。
もうマジ勘弁してよ。せめて事前に言えよ、一年前くらいに。
あの大叔母さまは完全にリトルお祖母さま。お祖母さまの意向を一族の総意だと思いこんでいらっしゃり、自分がそれを継がなければならないと確信していらっしゃる。
ばばぁってやっかいだよね。なんせ言葉が通じないんだわ。
同じ言語を双方でしゃべってても、通じないんだぜもうお手上げ。
後日村行ったら、約束通り大量のお菓子を振る舞ってくれたみたいね、あの宇宙人。
みんな泣くほど喜んでるし、現在進行形で見れなかったけど、まぁ良かったかな?
って思ってたら、正体ばれました。てへ。
いや実はそろそろ無理あるとは思ってたんだよね。
村の人たちは、わかっていたのかもしれん。いい機会だった。そう思おう。
どんなものだって、いつかは終わるんだし。この夢のひとときだって、ね。
また夜会だよ。あの宇宙人は楽しそうだけど俺マジ切れそうよ?こっち来んなし、殴る手止められないから。
お前の前じゃ淑女なんてやってられねーの、空気読めカスっ!
「夜会、嫌だな···」
つい言っちゃうんだよ。言ったって仕方ないのにさ。
今日のこの日で、時が永遠に止まればいい。なくすもんなんか何もない。この村で止まるなら何も怖いことはない。
そう思ってた。
「お前俺と婚約しろよ」
なのに宇宙人が時を進めやがった。
驚いたら、人って口が閉まらなくなるんだな。俺、知らなかった。
あいつ何様?俺の何を知ってるんだよ。
おぉ〜い、何そのこれで解決みたいな顔。
やめてくんないかな、俺の人生そんな軽くねぇんだわ。
お前に俺が守れるもんか、俺の抱える闇がどれだけだと思ってんだよ、ちょっと痛い少年みたいだけど。
って思ってたら
「俺を守ってくれ」
って、言われて、
俺は、
この世界がぱっくり真っ二つに割れるかと思うほど、衝撃をうけた。
俺が···、守る?お前をか?
そうか、俺ずっと、
ずーーーっと勘違いしてた。
守られるべきなのに守ってくれないって、そう思ってた。
母も父も祖母も、その前の前の前のずーっとのどいつもこいつも。
今の俺を守るやつなんかいなくて、それが不幸ってことだって思ってた。
違ぇんだな、びっくり。
俺には守るものなんか今までなかった。それがそれこそが、
俺の不幸なこと、だったんだ。
はぁ〜、と馬車から降りそのまま別宅へ向かう。
本当は本邸でドレス脱がなあかんのだけどね。
今は無理よ、本邸で戦うHP残ってないから見逃して。
別宅のドアを開けると侍女が2人。
「あ···、あの、おかえりなさいませ」
サラはドアにかけた手を止め、侍女の2人を見つめる。
君ら何してるの?良い子はお家に帰るどころか、もうお布団入る時間よ?
あぁ、いやいや待てよ。俺確か午後に、突然乗り込んできたヴォルターと話して···。
あっちゃ〜、やっちゃった。
サラは自分の記憶をほじくり返す。
「すまん、先帰っていいって、指示するの忘れてた」
侍女2人は、「いいえいいえ···!」と胸の前で手を振る。
侍女にとってはそれも当然で、主の帰宅も待たずに、帰るとか寝るとか普通はあり得ない。
でもサラは、夜会が嫌いで、時間の進みが永遠に思えるほど長く感じるので、その間別宅で誰かを待たせることを嫌った。
待たせるという発想からすでに、通常とはズレているのだが、そんなサラの男気のある(?)優しさに、侍女からの人気は高かった。
ええ子やろ?みんなここ来ると最初は警戒心むき出しなんだけど、最終的に、とてもよろしいかわいらしさを醸すねんで?
「ほんと悪いね。悪いついでに湯の用意してもらっていい?それ済んだら帰っていいし、明日休み取っていいから」
かしこまりました。と風呂場に向かう2人。
ほんとはドレスも脱がせてもらいたいけど、ま、かわいそうだしね。
びっくりするほど手際よく湯の用意が終わり、2人はドアに向かう。やっぱそうよね、眠いもんね!
「あ、さっきまで結構雨降っててぬかるんでるから足元気を付けろよ?特にシャナ!お前鈍くさいから」
と声をかけると、やだ〜お嬢様ったら〜と、キャイキャイ言いながら本邸にかけていった。
本邸のドアがバタンと閉まる音がする。
よし、泥まみれにはならなかったな。と、こちらもドアを閉めようとしたが、ふ、と門の方に目が行った。
ん···、あれは···
門に人がいる気がする。
真っ暗でよく見えないが、まさかもしかして。
サラは、ドレスを脱ぐには時間がかかるので、靴だけ履き替え、森を抜けて塀の外側に回り込んだ。
「やっぱり、お前、何してんだこんなとこ···で······っ!」
そこにいたのはヴォルターだった。
それはまぁいい。驚いたのは、ヴォルターが全身ぐっしょり濡れていたからだ。
ぐっしょりなんてもんじゃない。ぐえっちょりぐらい、よくわからない。
そういえば夜会の最中雨音が強かった気がするな。何度か雷も鳴っていて、女どもが男にぶら下がるのに忙しそうだった。
人気者の男性だと3,4人はぶら下げてて、見ていたサラはまるで手品のようやないかいっ!と、一人心の中でツッコミを入れていたくらいだ。
「お前なんでこんなに濡れて···、今日は夜勤だったんだろ?まさかずっとここにいたわけじゃあるまいな?」
ヴォルターは虚空を見つめていたかと思うと、俺の声に反応して俺の方を見る。
なんか痛ましい顔してる。
お腹痛いのかな···。
「俺は···」
掠れた声でヴォルターは声を出した。
「好意を持った人に好意を持ってもらう手段を考えていた。」
へぇ、え、でもそれ雨の中で?
「思い浮かぶ案は、どれも···」
ここでヴォルターはしばらく黙る。視線が定まらない。
俺はしびれを切らして
「とりあえずその格好なんとかしようぜ、今丁度湯を沸かしてもらったとこなんだよ」
ぐっとたいみんぐやであんちゃん。と、ウインクまでしてやったというのに無視された、くそ。
「俺が毛嫌いしていた女性たちは、皆、このように思い悩んだのだろうか。だとしたら俺は。ただ撥ね付けるだけなんて、ひどいまねを···」
俺は苦笑した。
「耳が痛いな」
「まぁただ」俺は、ん〜っと伸びをしてヴォルターに背を向けた。
「相手の心に響いていないなら、それはきっと攻撃してるのと変わらない。想いをぶつけるだけの行為を、俺は認めることはできないな」
振り向くとヴォルターはじっと一点を見つめ、
「あぁ、わかる。よくわかるよ」
と言って、踵を返し歩いていってしまった。
ーー
翌日。
侍女が来ないことをいいことに、俺は遅くまでベッドでだらだらして、もそもそしつつ着替え、村に向かった。
結局あの後ドレスひっぺがして風呂入って、って、えっらい時間かかったんだ。
ヴォルターと共に夜会行ってた時は、なんでかそこまで疲れてなかった。
なんか、も一戦交えてもいいくらい?なにと戦うかはさて置き。
もう単体では夜会には行けない体になっちゃったかもしれないな。
ふぅーっと、息を吐き出す。でも、そう。そうなんだよ。
実は俺、昨夜すごい混乱してたんだよな。
雨に濡れたヴォルターは、雫が垂れそうな髪を顔にひっつけ、捨てられた子犬のような絶望的な顔をしてた。
それを見たら、なんかもう、あっためなくちゃいけない気がしてハラハラした。
でもヴォルターは、根が生えたようにそこに佇んでるし、なんかもうこれ、俺が包んであっためればよくね?ってくらい、なんだろ、想いが込み上げた。
あんなに早くベッドに沈みたい、と思っていたはずなのに、ドレス抜いで風呂に入っても、目の前からあいつの顔が消えなくて困った。
あいつちゃんと家帰れたかな?体あっためてから寝たかな?
ってか、午後のあの時間からあそこにいたんならメシ食ってなくね?腹減ってないかな···。
とかなんとか。
侍女に休みあげといて良かった。
寝起きの俺は結構色々ヤバかったから。
だって、混乱しててあんま深く考えなかったけど
あいつ昨日、要は
「惚れた女に告りたい」
って、言ったんだよな。
着慣れた麻のシャツの一番上のボタンをあけて、村に続く街道を歩きつつふぃ〜っと空を仰ぐ。
なんか今日息苦しくない?息苦しい天気ってどんな天気なんだよ。異常気象ってやつかな。
誰···だろな。
あいつが想う人って、さ。
あいつのことだから、村の娘ってのもあり得る。
あいつは、貴族の子っぽい女の子が苦手なんだ。
姉の影響だって言ってた。
俺には理解できん。弟の影響とか、ありえんし。でもあいつんとこならそれもあるんだろう。
きっと普通はそうなんだ。
でもそれなら、
サラは、はたと立ち止まる。
俺との婚約は解消しなきゃいけないんじゃないか?
それも早急に。
村に入ると、サラは畑を見回した。
ハラ減ったな···。
でもお日様は、もうすぐ真上に来そうなくらい高い。
今のこの時間に農作業してる人なんかいないだろう。
おすそ分けは望めそうにない。
せめていつも昼飯分けてくれるおばちゃんとこ向かおう···と道を歩いてたら、甲高い声や笑い声が聞こえてきた。
どうやら原っぱでガキどもが遊んでいるみたいだった。
サラはそちらに体を向けて進んでいった。
そこには、土汚れも気にせず取っ組み合いをする、数名の村のガキどもと、ヴォルターがいた。
「お、おぉ、やっと来たか」
体を起こしかけるヴォルターの背中に、容赦なくガキが飛び乗る。
「おい、おっさん!勝負はまだついてねぇ!!」
と、なにをどうしたのか、サラには皆目見当がつかないが、次の瞬間には、ガキはぽ〜んと向こうに放り投げられていた。
「がっはっは、まだまだ甘いわ」
サラは目を丸くしてそれを見ていた。そしてウズウズしながら右手を高く上げる。
「次っ、次俺っ!」
わぁ、おもしろい。こっちを見るヴォルターの目が半分になってるぞ。
「お前にはまだ早い。声変わりできたらな」
「えぇっ、なんだよそれ卑怯だぞ!」
ガキどもを散らし終わったヴォルターは、サラに向き直り手招きした。
「こっちに荷物置いてある。ちょっと来い」
ヴォルターは、自分の荷物を置いた岩そばまでサラを連れて行く。
タオルで汗を拭い、荷物に片手を突っ込んだと思うと包み紙をサラに手渡した。
サラが丁度両手で持てるくらいのそれは、ほんのりあったかくていい匂いがした。
「朝飯、どうせまだだろ。まぁ、この時間じゃ昼飯兼って感じだけど」
包みを開くと、中にはこってりした鶏肉を挟んだパンだった。
トマトとレタスの色が鮮やかでおいしそうだ。
サラは目を見開きヴォルターを見上げた。
ヴォルターは目を眇める。
「なんだ?え、まさかお外で食べれないとかそういう話?」
サラは慌てて首を振る。
「いや、違う違う。なんか、いや」
サラはぽてっとその場に座ると、
「まぁいいや、いっただきます!」
と、ばくっとかぶりついた。
「んんっ、うまい。これうまいな。お前も食った?」
ヴォルターは笑うだけで答えない。
「いっぱい食ってでっかくなれよ。いつか熊でも倒せるようになる」
お腹空いてたし、なんかすぐ横でヴォルターが座ってるし、ぱくぱくとサラは食べた。
手についたソースを舐め取ってると、ヴォルターが苦笑しながら水筒の水をかけてタオルくれた。
なんか至れり尽くせりだな···
サラがありがとうと言うべきか、この野郎と言うべきか悩んでいる間も、ヴォルターは無言で原っぱの向こうの方を眺めてる。
「昨日」
サラは結局、一番聞きたいことを口にする。
「昨日、言ってたろ。お前、好きなやつできたんだな」
ごくん、と、ヴォルターの喉仏が上下する。
サラはヴォルターの不安を嗅ぎ取って、にっこり笑って言った。
「大丈夫だよ、俺はお前の味方なんだから。協力する。まぁ、できれば誰なのか分かってたほうが協力···」 「言ってない」
んえ?
サラが言葉を切りヴォルターの方を見やると、ヴォルターはサラに向き直って肩をすくめた。
「俺言ってない。てか、昨日はお前夜会だったろ?いつ話すんだよ」
おいおい、なんだよそれ。俺未知との遭遇しちゃった?
新しい能力取得したかな。ってそんなわけあるか。
昨日確かにこいつに触れた。びしょびしょに濡れていることを確かめるために、制服に触ったんだ。実在してたぞあれ。
「お前病院行った方がよくね?」
サラは眉を眇めてそう言う。
「なんだよそれ、俺は至って健康だぞ」
記憶抜け落ちるってやばいんじゃないか?
腑に落ちない感じで、サラはヴォルターに聞く。
「んじゃなんか悩み、あるんじゃないか?」
「あぁ、ある」
ヴォルターは悲痛な面持ちになった。
あぁ、やっぱりな。サラは思う。あるだろそりゃ。
「聞いてやるよ、話してみな?」
「お前の鼻の頭についたソースを、どうやってきれいにさせるか悩んでる」
なぜか雨に濡れる男を書きたがる私。
深い意味はない(はず)です。
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