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すべてが君のせいで  作者: 三日月ケンジ
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独り言

放課後、俺は教室で悶々としていた。むしろ、悩み込んでいた、という表現が正しい。

テスト期間で部活は休み。教室は自習部屋として開放されている。

周りには本気で勉強をしている真面目な女子が数人いた。


どうして篠原に話しかけてしまったのか


強い後悔の念に駆られている。話をする動機があれば良しとするが、ただ椅子を蹴っただけのチンプンカンプンな男子高校生を演じてしまった。

しかも、顔が赤くなったところで吃り、涼しい顔で無視される、という南極レベルの寒い展開に発展させてしまった。

非常に遺憾とするところだ。憤怒だ。俺としたことが。

様々な感情が絡み合い過ぎて、いばらの森に濃霧がかかり迷子になって深淵に落ちる感じだ。


ただ、今回の一件の核心は「篠原との出会いと別れ」ではなく、


「俺は篠原のことが本気で好きなのではないか」


という事実。

これを受け入れなければいけないターンに俺は教室の中で直面していたのである。

男が男を好きになるリスクは計り知れない。

世間が許しても家族が許さないかもしれない。

イメージとしては俺の住む世界の80パーセントほどを捨てるような感覚だ。

後の20パーセントは俺の健康な体と篠原に対する想いだけ。

やりたいことを見つければ失うものは何もないから進め、というのは正論であり虚構だ。

万人に当てはままらない。


テスト勉強をするつもりは毛頭ないが、あまりにも深刻な問題なのでこれは一人で解決することは困難だという結論に至った。

けれど、相談できる相手がいない。家族、担任の先生、男友達。どれも無理だと直感で感じる。

思春期のぼんやりとした趣向だろう、一過性のものだということもあるかもしれない。

既存の作り上げた人間関係を尚更こじらせたくない。


四月から俺は篠原のことばかり考えて過ごしていた。

目の前の綺麗な美術品を鑑賞することで、欲望が満たされていく感覚を味わった。

そこには審美眼を養う、という主題があったとしても、エロスもタナトスも同居していたことは否定できないのだ。

甘美さとは他人を傷つけて自らを高めること。

何度も空想の中で篠原の綺麗な顔にナイフを当てていた。

理想となる象徴的偶像を破壊する衝動を空想の中で昇華させていたのだ。


腕をきつく組み、机の上に足を乗っけて椅子の背もたれを揺らしていると、教室のドアが閉まった。

名前もわからない真面目な女子たちが皆帰ったのだった。

午後五時のチャイムが校内に響き渡る。


「・・・篠原」


教室で一人になった俺は言葉に出してみた。


「俺は篠原が好きなのか?」


疑問符は三十個以上ある机と椅子に吸い込まれた。

そして、答えは返ってこない。


「篠原・・・・」


篠原のことが好きだった。


俺は現実を理解すると、涙が出た。

これからの人生が真っ暗になっていく。

俺は男が好きだったんだ。

女の子と付き合ったことはなかったが、人並みに男子と猥談で騒いでいたし、女に性的なものも感じていたはずだ。

けれど、今となっては女より篠原の体が気になり、篠原を思い出せば色々熱くなるのだった。

同性愛者。ゲイってやつだったのか。


「うわー受け入れたくねー」


机に突っ伏して全部忘れようとした。

窓の外を見ると夕日が山に落ちる途中だった。夕日が差し込む教室が赤い。

カラスが森に帰るらしくざわざわと空を舞っていた。

涙で夕日が霞む。


「タイムスリップしてまた四月からやり直せるかな。

例え生まれ変わっても、同じように篠原のことを好きになってしまうのかなー。


片思いって、どっちかといえば楽しいから、ま、いっか。」


今を楽しく生きようとする俺は、どちらかといえばポジティブな方だ。

ちなみにポジティブと積極的な性格とは違う。


「篠原。大好きだああああああああ!!!!」


教室に誰もいないことをいいことに叫んでみた。


すると、


ガチャーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!


瓦礫を爆発させたかのような破壊音が聞こえた。

俺は椅子ごと窓側に倒れてしまった。

おそらく条件反射というものだ。俺の体が危険信号を察知している。

爆音が鳴った方をよく見ると、掃除道具のロッカーが倒れていて、箒や塵取は散乱し、その下にうずくまる高校生らしき物体の背中が見えた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


俺は悟った。こやつは俺の全てを知ってしまったことに。そして、逃げようと教室から出たところ、掃除道具ロッカーに足を引っ掛けたかでこの状態になってしまったのだ。


「おい、大丈夫か?」


俺は鬼ではない。天使でもないが、怪我をしているかもしれない人を助けるくらいはできるマトモな人間だ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


箒を頭の上に乗せて、更に頭の上で両手を合わせて謝っているのは、うちのクラスの佐久間歩美だった。

佐久間は体が小さい。モルモットやウサギのような小動物のような印象で、それ以外の印象はない人畜無害だ。


「ごめんなさいごめんなさい・・・


「おいおい、何で謝ってるんだよ。」


キリがないので謝罪を遮る事にした。佐久間に降りかかった掃除用具を取り除くと、小さく丸まった佐久間の全貌があきらかになった。制服が汚れている。特にセーラー服の襟が汚れてしまった事が、少女を汚してしまった罪悪感のようなものが生まれた。

佐久間はこっちを見ないで体育座りをしている。


「佐久間ちゃん。もしかして、俺の独り言、聞いちゃった?」


「ひいいいい」


佐久間は悲鳴をあげた。これではまるで俺が放課後の教室でいじめている(強姦している)みたいではないか。誤解だ。非常にまずい。ここでこの小動物的女子の細い悲鳴が校内に響き、先生やら用務員やら三年生やらが駆けつけ、俺の姿を見たら、100パーセント誤解されてしまう。


「佐久間ちゃん!安心してよ。別に君を責めたりしないからさ。」


今までの人生の中で一番優しく柔らかい声で言ったつもりだ。

すると佐久間は多少落ち着いたのか、肩の震えは止まった。

佐久間はすっくりと立ち上がり、

「ごめんなさい。聞くつもりはなかったの。明日のテスト、古文の教科書忘れちゃったから取りに戻っただけなの。」


明日がテスト初日だったことに言われて気がつき、一瞬焦ったが一瞬で諦めた。

「独り言叫ぶ俺が悪い。謝らなくていいよ。

 さっき気がついたんだ。篠原のこと好きなんだなあって。今までそんな真剣に考えた事なかったんだけどさ。」


俺は正直に佐久間に話した。


「そうなんだ。進藤君の前の席だもんね。毎日見てたら私も好きになっちゃうかも。」

「え?」

「だって、かっこいいもん篠原君。」


こんな短い会話なのに、俺の心は一気に解放されていた。

いばらの森を切り裂いて王女を眠りから起こす王子様みたいに、佐久間が救世主のように思えた。

悩みを分かち合えるってこんなに癒される事だったんだ。


「佐久間ちゃん!」


俺は決めた。この運命的な出会いを無駄にしたくないと。


「え?はい!なに?」

「俺の友達になってくれないか?」


佐久間は笑った。


「本気で悩んでて、でも誰にも相談できなくて辛かったんだ。」


破れかぶれでも言ってよかった。

今まで女の友達を作る事はあまりなかったけど、佐久間はどこか安心して話ができるような気がした。今は自分の直感を信じたかった。

佐久間は、

「いいよ。」

と答えた。


痴漢に間違われずよしなに終わった放課後だったが、俺にとってはとても大きなターニングポイントだ。

佐久間が俺のことをどう思っているのかわからないけど、篠原のことを一緒に話せる人ができることは俺にとって安定剤となることは間違いない。

学校からの帰り道、駅まで佐久間と一緒に帰った。俺は篠原のいいところをたくさん話していた。

今まで溜め込んでいた感情が一気に溢れたのだ。

佐久間はずっと笑ってくれていた。


人生で良いことと悪いことは同じくらい起こる


そう思えばこの先だって悪くない、と希望が持てるのだった。

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