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すべてが君のせいで  作者: 三日月ケンジ
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出会い

教室の窓から新緑と六月の雨がさらさらと降り続けているのが見えた。

黒板の匂いとむせかえるような湿度が、これからの長く暑い夏を彷彿とさせる。

前に座る篠原が窓の外を見ていた。

半袖の制服から出る細い腕で頬杖をついている。

その腕の白さと白いカーテンが重なって、そこだけ空間を隔離していた。

つまらない授業を放棄しているのか、外の景色を眺めているのか、はたまた何も考えていないのか。

俺には篠原のことはよくわからない。


高校二年になりクラス替えで篠原と同じクラスになった。

ギターを弾くのが趣味だと知ったのは、最初の自己紹介で言っていたからだ。

小さな声で、ただそれだけ言ったのだけれど、篠原は自分のことをよくわかっていた。

少なくとも俺に興味を湧かせたのだ。


透き通るような


篠原のような面のことを指す。

肌が白いだけではない。今にも消えそうなシルエットの細さ。

まるで生まれつき病院から一歩も出たことのないような透明感だ。

横顔がミケランジェロの彫刻のようだった。


四月、クラスが変わり席替えのくじ引きで俺らは窓側の席になった。

俺は窓側の一番後ろの席になり幸先の良さを感じ、その前に篠原が座った。

篠原は無言で座り、周りの生徒に興味を示さなかった。

そっけない、という第一印象。友達もいないようだった。

その達観しているような冷めた態度が、俺には新鮮だった。


五月。

スポーツ大会で親睦を深めることもなく、俺と篠原は一言も会話をしなかった。

吹奏楽部の俺は部活で忙しく(コンクールの課題曲が決まったから)、篠原は定時を過ぎるといつの間にか居なくなっていた。

けれど、学校が嫌いというわけではないようで、授業にはしっかり出席していたから、ますますよくわからない。


篠原は女にモテた。

高校生の女は無口でクールでミステリアスな男に憧れるらしい。

篠原は身長も高く、すらりとして、アニメーションの登場人物にいるような理想像だ。

王子様役か、お金持ちのお坊ちゃん役が似合っている。

雰囲気が柔らかいのは、おそらく育ちがいいのだろう。

俺はずっと授業中見ていることで、篠原を分析し、生い立ちや性格を想像するようになっていた。

いつも通り篠原は数学Bの授業中、ずっと窓の外を眺めている。


数学は嫌いだ。

定年間近のおじいちゃん先生の話す理解不能な外国語は耳に入ってこない。

シャーペンの芯を出したり引っ込めたりする作業と、篠原の意外と広い背中を眺めて時間を潰していた。

数学というものに付いていけなくなったのは中学の因数分解だ。高校受験も国語と英語と世界史で受けた。

数字という概念が便利だという事実は理解できるにしろ、生きていく中で必要だとは到底思えない。

一年生の間赤点続きとなり、補講を受けても内申点は底だった。

二年になり更に難易度が上がり完全に出席点だけで落第だけは免れるように、と先生に言われこうして授業に出ているが、もちろん気持ちの中では放棄している。

あと一年間で受験生になる訳で、早くも進路を決めている友達もいる中で、俺は今だけを生きたかった。

その気持ちを理解しているかのように、篠原のノートは真っ白だった。

俺への当てつけなのか。白いノートは馬鹿げた現実を見透かすような透明感だった。


篠原はバンドを組んでいるらしい。高校の生徒達で組んでいるのか外部なのかは不明だった。

吹奏楽部員である俺とは音楽という共通点があったのだが、文化祭でも演奏する時間が違い接点がない。

ピアノを習っていてクラシックばかりを聴いていた俺にはロックは遠い存在だった。

高校生になる時、アーティストの卵みたいなロックバンドがカッコよく見えるようになるんだろうか、と想像したこともあったが、実際は趣向は変わらなかった。

タイムレスブルーというよく知らないマイナーなバンドのコピーをしているのだという。

バンドでは仲間と音楽について議論したり、笑顔で笑うことがあるのだろうか。


篠原は先生の方を一度も見ることなく、ただ外を見ている。

教室にはエアコンが効いていたが、篠原は窓を少し開けていた。

整った横顔にぼんやりとした外の空気が滲む。

まつげが長い。唇が薄い。髪の毛が猫っ毛だ。指が細い。

眠そうにゆっくり瞬きをしながら、雨を見ている姿はまるでスローモーションで、雨の速度すら遅くなっていくようだった。

世界の時間が遅く流れていく。


胸が締め付けられて、やるせなくて、息を吸えなくなりそうで、俺は篠原の椅子を蹴った。


衝撃に慌てることなく俺の方を向いた篠原は


「何?」


とだけ小さな声で気だるそうに言った。

二ヶ月の沈黙を自ら破った。先に話しかけた方が負けという勝負をしていた気分だった。

いつも横顔しか見ていなかった篠原が正面から俺の顔をまっすぐ見た。

顔が火照っていく事実を突きつけられていたが、悟られないように目をそらした。

篠原の目線がど真ん中を突き刺す。


「お、お前さ」


なんとか振り絞った言葉がくるくると窓の外へ転がっていく。

篠原は返事をしない。ただ、俺の方を見ているだけだった。

そもそも、ちゃんと声が出たのか自分でも自信がない。


「あの」


精一杯だった。篠原の目が綺麗すぎるのだ。

時間を戻すことはできない。俺と篠原の人間関係はついに始まってしまった。

そのビッグバン的誕生に幾ばくかの感動があるにしろ、寿命を削ってしまったかもしれないという恐怖が付き纏う。

「ダイヤモンドは炭素でできている為、燃やせば二酸化炭素になって一瞬で消える。」

理科の授業で唯一覚えていることだ。


篠原は目が回っている俺をひとしきり見ていたが、涼しく目を細めてまた窓の外を見る体勢に戻った。

数学Bの授業は進んでいく。俺らの席は聖域なのだろうか。誰もが気がついていない。

窓から湿った風が俺の顔を撫でた。

夏が始まったような、終わったような、今まで味わったことのない味付けのかき氷を食べたような。

高校二年生が始まる。

2話に続きます。

ラストがどうなっていくのか作者にもわかりませんが、

愛すべき進藤の妄想をお楽しみください。

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