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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

となりの伊織くん

作者: 夏野 千尋

あらすじをふざけすぎました。読んでくださる皆さま、有難うございます



 唐突だが、私はクラスメイトの伊織くんのことが、とても気になっている。



 ええ。多分、こういうのを恋というのではないかと思うのである。

 頬に軽くかかる髪の艶やかさとか、まろやかな頬とか、さくらんぼみたいな唇とか。ほっそりとした首筋なんかは特に、とっても甘そうだと思うのだ。


「変態かよ」

「違うもん!純粋な好意だもん!」

「むしろ食欲だろ」

「………………美味しそうだよね。伊織くんって」


 じゅるり。よだれが口の端から垂れて、慌てて口の中に戻す。で、でも確かに美味しそうなんだよ!なんかいい匂いがするし!

 見てると胸が高鳴るし、これは恋だよね!


「戦闘本能?もしくは捕食者敵感情?」

「違うもん!恋だもん!」


 どうしてゆめちゃんは分かってくれないのかなぁ、と唇を尖らせた。




―――――




 朝のニュースを見ていると、テレビから男性のニュースキャスターの声がする。


「………が、最後の一人となりました」


 大画面に写されたのは、白黒の写真。誰も彼もが獣耳をつけていて、穏やかに、和気藹々と酒を酌み交わしている。断じて数世代前のコスプレ写真なんかではない。この世界ではかつて、人間と獣人に別れて戦争をしたのだという。もう、百年ほど前のことだろうか。学校で習ったぐらいでしか、私も知らないけれど。


 そんなものを学ぶぐらいだったら、伊織くん観察日記をつけたい。写真を撮りたい。匂いを嗅ぎたい。

 法は侵さないと決めてるから、泣く泣く諦めた。伊織くん観察日記って、合法かな…。


 とにかく、その戦争では人間が勝った。その時既に獣人は、絶滅危惧種も目じゃないぐらい数を減らしていて、残った獣人を人間は手厚く保護していた。


 だが獣人が繁殖することはなかった、と私は習った。


「……最後の獣人は鶴種で………」


 ニュースキャスターの声を聞き流す。あまり興味はないんだ。だって、早く学校に行って伊織くんに会いたいっ!




―――――




「ゆめちゃーん!おっはよーん!」

「朝から騒がしいわね、あんた」

「やーん、冷たーい。でもそんなところが、ス・テ・キ!マイダーリンッ」

「うざい、シネ」


 私の熱烈な告白に、ゆめちゃんは照れてしまったようだ。て・れ・や・さん・はぁと、と心の中で呟いたら、ゆめちゃんに叩かれた。どうやら私の親友はエスパーだったようだ。


「ん?この香りは………?」

「犬か」


 甘い香りがする、爽やかで、ふっと香るような優しい匂い。


「〜〜!!伊織くんだっ…!」


 つい声を潜めて、ついでに悶える。なぜって、伊織くんがはにかんでいたのだ!マジ神!つか天使!

 きゅぅーんと胃が縮んで、伊織くんが欲しくて堪らなくなる。じゅるり。


「あんたのそれ、絶対食欲よ」


 きっこえませーん!これは恋でーす!




―――――




 伊織くんの半径5m以内には近づかない、物を盗らない、写真を盗らない、が私のルールだ。伊織くんはホントに綺麗で可愛くていい匂いがするから、フラフラ〜っと近づいて何をやらかすか分かったものではない。


 ゆめちゃんに、偉いでしょって言ったら当たり前ってこづかれた。スパルタ……。




 学校の授業は基本的に退屈。だからとりあえず伊織くんを見ておこうと思う。


 姿勢がいい。華奢で今にも折れてしまいそうだと少し思う。でも、運動は苦手じゃないみたい。男女で体育は別だから知らないけど、クラスの男子が言ってた。私も運動は大得意だからお揃いだね!伊織くんはそれより頭脳明晰ですごいけどね!テストは合計1位!ちなみに私は後ろから1位ですけどね!お揃いかな!?


 でも、男子はいいなぁ。伊織くんの勇姿が見れて。私もこの髪切ったら男子に混ざれないかなあ……。

 ポニーテールの先っちょですら腰に着きそうな長髪は私のお気に入りだ。色は、超!カワイイ薄ピンクだって言うのに、ゆめちゃんは、

「あんたにぴったりな色ボケ色よね。花が咲いても驚かないわ」

 って……。


 ひどい!ひどいけどゆめちゃん可愛いから許す。



 揺れる横髪とか、第一釦が開いてるからちらっと見える首筋とか、ペンを持つ白い指先とか……ああ!私!伊織くんのペンになりたい!よく頑張ってるな、とか誉められたら……きゃあっどうしようっ。


 残念ながら、まだ話したことはないの。でも声は少し低くてとっても綺麗で、私、大好きです!ああ!あの声で名前を呼ばれたいっ。


 …いや?でも感極まってとろけた上に伊織くんの声帯に齧りついちゃいそうだからなくていいのかも?伊織くんに迷惑かけない!これ鉄則ね!




―――――




 それはとってもきれいな人だった。老貴婦人、というのがぴったりで。まあ、私の一番は伊織くんだけどね!


 シンプルなグレーのドレスに濃緋のショールをかけている。背中には白い羽根が一対、静かに畳まれていた。


「戦争が終わったのはね、私が十二ぐらいの頃だったかしらねえ。獣人は人間より少し長生きだから、わたくしはこんなに長く生きることになってしまったけれど、わたくしたちの中ではそれが普通だったのよ?けれどついに最後の一人になってしまいましたわね……」


 そう言う彼女は少し寂しそうで、私は少しため息をつく。


 今日は校外学習で獣人に話を聞いている。獣人の仕事だそうだ。私は少し穿った見方をする。人間は獣人にそういう職業しか許さなかったらしい、と。


 獣人は愚かなのだと誰かがいった。だから、こんな手厚い待遇の中ででも繁殖しないのだ、と。


 ぼんやり宙を眺めていた私は響き渡った声に身体中の毛を逆立てた。


「お前のような奴がいるからだ。少しは分かれ。分からないのなら口を開くな」


 刺々しい、伊織くんの声だった。こんな声は初めてだ。思わず耳に手をやる。


「なあ、知ってるか?獣人研究所って?」


 実にオカルトじみた名前。伊織くんはオカルトにも詳しいのね!


「人間はかつて、獣人を支配するために戦争を仕掛け、獣人の卓越した身体能力や、長寿なんかに目をつけて、人体実験を繰り返した。獣人は不当に捕らえられ、地獄に放り込まれた。

 あの戦争はな、それに対する必死の抵抗だったって話」


 伊織くんは、酷薄な笑みを浮かべていた。でもそれは伊織くんによく似合っていて、私は惚れ直した。どんな表情でも君は麗しいよ!


 みんな、笑ったり、眉をしかめたり。スファさんは柔らかく微笑んでいた。鶴種の獣人はスファさんと言うらしい。私は笑った。にっこりと。

 すうと息を吸い込んで、話す準備をした。


「やっぱり伊織くんはイケメンだね!マジ神!女神の美貌ですらくらませ―――っあだ」


 頭を叩かれた。


「言うに事欠いて、テメェはまたそれかっ!」


 担任教師だった。暴力反対っ!




―――――




 スファさんがいなくなったあと、私は鳥を追っかけていた。


 何かに、何かに呼ばれていた。私にはそれがわかった。理由は分からなかった。


 前を羽ばたく白い小鳥は小さな鶴のようだった。どうしてもスファさんを連想する。


 わからないけれど、どこまでも追いかければ、気がついたら野原にいた。どこを見ても建物が見当たらない、ただただ緑と青ばかり。ここは、どこだろう。


 優しい、包み込むような風が吹いて、私は鼻をひくつかせた。――こ、これは!伊織くんの香りかっ!でもいつもより濃いから、伊織くんに抱き締められてるみたい!じゅるり。この香りの正体を見つけなければ!


 私は走り出す


 どうやら白い鳥は私を案内してくれてるみたいなので、その子についていく。


 すると、ふと周りの風景が開けて、そこには美しい花が、咲き誇っていた。ああ、この香りだったのだ、と思う。伊織くんの香りがこれなんじゃなくて、この香りが伊織くんの香りだった。


 私は知っている。今は思い出せないけど、私は確かにここを知っていた。


「……………―――サクラ」

「この花は…サクラっていうのよ?」


 呟きに返ってきた声に慌てて振り返れば、不思議な装束を身に付けたスファさんがいた。


「ど、どうして、スファさんが、こんなところに……?」

「こんなとこって失礼ね。ここはわたくしたち獣人の、最後の安寧の土地。神様のいらっしゃる場所」


 スファさんは歌うようにいった。

 獣人の、土地。私はどうしてこの花を知ってるのだろう?こんなきれいなもの、見たことないのに。


「わたくしね、ずっとあなたを待っていたんですのよ。お姉さま」

「人違いです」


 バッサリいかなきゃ。人違いとか気まずすぎる。


「あらあら、お姉さまはお元気そうで嬉しいですわ」

「自分より年上の妹がいてたまりますか。しかも百歳」

「そういうところ、変わってないですわね」


 微笑むスファさんは動じない。その微笑みに私はたじろぐ。どういうことか分からない。分からないけれど、どこかで知っている、と思うのだ。どういうことなのだろう。


「お姉さまは覚えてらっしゃらないのね」


 少し寂しそうな笑みに私は罪悪感を感じる。そっと私の手は包まれて、その手の細さに、懐かしさと寂しさを覚える。


「お姉さまは忘れてよろしいですわ。

 わたくし、どんなお姉さまでもお会いできて、とてもとても、嬉しいのですもの」

「私は……」


 違うとは言えなかった。だってスファさんは泣いていたから。


「泣かないで……泣かないで下さい」


 肩を撫でればスファさんは泣き笑いの表情でまた言った。


「また会える機会があれば、お会いしましょう。今のお名前は羽奈さんでしたわね。今度はただのお友だちとして」


 さようならをして、しばらく私は立ち尽くしていた。嘘みたいな話。でもきっと、真実。だって私はここを知っているから。

 次に会うとき、スファさんにまた聞こう。そう思ってきびすを返して―――


 一週間後、

 最後の獣人鶴種が死んだとテレビが無感情に告げた。




―――――




 獣人の歴史、という博物館の特別展に行った。誰ももう生きていない獣人の写真ばかりが並べられていた。


 私はスファさんのことを、前世の私のことを知りたくて良くわからないままに見て回った。人はまばらだ。静かな空気がどこかむず痒い。

 静かより騒がしい方が好きだし、勉強より運動の方が好きだ。


 でも、頑張ろう。私は知りたいから。


 獣人と人間との戦争は、百年ほど前に起こった。その当時既に獣人は、絶滅危惧種並みに数を減らしていた獣人は、獣人の中でも鶴種、狼種、兎種、とそれぞれ一人以下しか残っていないような有り様だった。

 にもかかわらず、彼らは長く人間に対する抵抗を続けた。一時は人間が圧されることすらあったその理由は、戦闘種と呼ばれる肉食動物種の獣人の種の攻撃力の高さに由来する。


 彼らは鋭い牙と爪を持ち、力や俊敏性が人より遥かに優っていた。沢山の敵を屠り戦場をひた走る姿は、黒い悪魔と畏れられるほどだった。


 だが、終わりは呆気ない。


 戦闘に特化した獣人がすべて死んで、抗う術を失った獣人は人間に投降した。


 人間側も、滅びの淵にいる獣人をそれ以上殺すこともなく、敗者以上に絶滅危惧種として彼らを庇護するようになった。


 元々数を減らしていた獣人は、年を減るごとにさらに少なくなった。

 子を産んで数を増やすように言う者も多かったが、彼らは人間と同じように生き、思考する生き物だ。獣人の意思を尊重した結果、彼らは子を生むことはなく、滅びの道を歩んでいく。


 鶴種のスファ。

 彼女が最後の一人となったのは、もう十五年は前だ。長寿と呼ばれたのが嘘であったかのように、獣人は死んでいった。


 そして今、獣人は本当に絶滅してしまったのだった。



 そこにどんな感情が隠されているのか、私には分からないと思う。どんな気持ちで生きて、私のことを姉と呼んだのだろう。


 分からない。分からないことばかり。

 ただ、スファさんがあんな風に泣いたことは忘れないでいようと思った。



 しばらく写真を見て回る。

 スファさんの写真も多くあった。穏やかに笑うのは敗戦前で、少しきりっとした表情をするようになったのは敗戦後だろう。

 なんだか少し切ない。


 感傷を振り払うように伸びをして深呼吸。

 くん、と鼻をひくつかせた。


 あれ?なんか、嬉しい予感がする。


「伊織くんだ!!」


 大声を出してしまい、周りに睨まれる。ぺこぺこ頭を下げて、勘と匂いで伊織くんを目指す。


 い、伊織くぅん……

 伊織くんは、小さな小さな写真を、じっと睨むように見つめていた。

 い、いつになく真剣な顔……!伊織くんかっこいいっ……。


 私は例のごとく伊織くんを物陰からじっと注視する。時折知らない人に見られてる気もするけど気にしない!


 伊織くんの口が微かに開かれて、少しの間動いて、またきゅっと引き結ばれた。誰かの名前を呼んだのだろうか。伏せられた睫毛が俯いた頬に陰を落とす。悲しそうな表情に、私まで胸が痛くなった。


 伊織くん!どうしたの?伊織くんを傷つけるようなものは、全部私がやっつけるから!だから、私に教えて。君を傷つけるすべてを。


 でも、声は届かない。


 そのうちに私は、立ち去る伊織くんを見送った。もうちょっとだけ伊織くんを見ていたかったけど、仕方がないよね。伊織くんのこと、もっと知りたいんだもん!


 伊織くんが見ていたのは、小さな写真だった。他にも大きく引き延ばされた写真はたくさんあったのに、どうしてこれを眺めていたのだろう。

 写真に写っていたのは、狼の獣人の少女と、人間の少年。不思議な組み合わせ。

 白黒写真だから、はっきりとした色は分からない筈なのに、どうしてか私にはその色がわかった。


 女の子の方は、目も毛皮も真っ黒。闇のような色。男の子の方は、髪は水色で、目は琥珀色。女の子みたいな顔立ちなのに実は口が悪いんだ。



 ―――ああ、そっか。



 どうして忘れてたんだろ。


 私は全部、思い出した。




―――――




 風が吹く丘で。サクラの木の下。

 戦火もここまでは届かない。ただひたすらに平穏な場所。

 私は私の大好きな人と二人、束の間の安らぎを楽しんでいた。


「ミズホの髪はいいなー。すっごく明るくてきれいじゃん」


 私は自分の真っ黒な髪が嫌いで、瑞穂の綺麗な水色や、スファの銀髪のような綺麗な色が好きだったのに、私の髪も瞳も闇夜の黒だ。

 戦士としては相応しいのかもしれないけれど、女の子としてはもっと可愛らしい色が良かったと思うのだ。


「好きな色を選べるって言うならさー、ミズホの水色か琥珀色か、サクラの薄紅色が欲しいな」


 真上を見上げれば、視界に入るのはサクラの満開の花。風が吹けば、花びらが散らばって、長い私の黒髪に張り付いた。


「別に黒髪も良いと思うけど。サクラの色が映えるだろ」


 隣に座っていた瑞穂がサクラの花びらを取りながら、私の髪を一房手にとる。


「まあでも、要らないなら俺が、エメの色を貰ってやるよ」


 口付けて、そのままついと視線を上げれば、妙に色っぽい。

 私は顔を赤くして慌てて言葉を継いだ。


「それはミズホが自分の色が嫌いなだけでしょ?前に女々しく見えるから嫌いって言ってたよ」

「あ、ばれたか」


 瑞穂の言葉はただの戯れだったけれど、どこかに微かな本気を含んでいた。お互いに、最期まで告げられなかった言葉を隠していた。私たちは敵同士だったから。

 私は獣人族最強の戦士、瑞穂は人間の科学者。瑞穂は獣人びいきで私は人間びいき。私がそんな感情を吐露できるのは、相手の他には妹のように可愛がっていた、獣人族唯一の巫女であるスファだけだったけれど。





 在る筈の無いいつかの約束をした。













 風の吹く夜だった。

 私はまた、サクラの木を見上げていた。やっぱり伊織くんの匂いだ。神様の木の花の香りだけど、なんかやっぱり美味しそうな気がする。すうっと胸一杯に香りを吸い込むと、幸せだと神様に笑いかけた。


「神様、沢山のわがままを許してくださって、ありがとうございます」


 大きな愛で、私の身勝手すら包んで叶えてくれた。微々たるものだろうけど、感謝の気持ちで返したい。


 幹に手を当てると、サクラの鼓動を感じられる気がする。神様の依代。私たち獣人の唯一。


 感謝の気持ちを心のなかで伝えれば、風がいっそう吹いて舞い散る花びらが吹雪のようになった。


 これほど美しい景色を私は知らない。


 満月はさやかな光を落としていて、作り物のように薄い花びらが淡く輝くようで。風の度に花びらは舞うけれど、枯れることの無い満開の花々をつけた幾振りもの枝。


 風が強くてポニーテールを留めていたゴムが解けてしまう。


 髪がたなびいて、月影に染まる。


 幻想的な夜だった。




「おい、何でお前がここにいるんだ」


 だから、再会にも相応しい。

 私はよく知った気配に相好を崩した。伊織くん。私の大好きな人。生まれ変わっても、どうしてか好きだった。忘れていたのに。それもきっと、神様のおかげ。神様が目印をつけてくださっていたから。


 彼が纏う香りは、神様と同じだ。この香りは、神様が私に下さった目印。神様、ありがとうございます。



「……伊織くん!ここね、スファさんに教えてもらったの!伊織くんとおんなじ匂いだね!」


 言わないでおこう。彼の人が気付くまでは。

 人間ってバカだ。こんなに側にいるのに気がつかないなんて。伊織くんは私みたいに昔のことを全部忘れていたわけではないみたいなのに。


 でも、それでいい。それがいい。

 だってそれが、私の愛した人間で、鈍い瑞穂で伊織くんなんだから。


 風が吹く。神様のサクラの枝が揺れて、尽きぬ花びらが舞い踊る。


「伊織くん!私、羽奈って言います!伊織くんのクラスメイトです。

 ―――私、伊織くんのことが、大好きですっ!!!」


 私はそんな中、精一杯きれいに笑って見せたのだった。










おまけ




 空が紅く燃えていると思ったのは、私の瞼が切れているからだろうか。指先まで氷に浸かっていると思ったのは、血を喪いすぎたからだろうか。銃創が熱いのは、私を抱き締めてくれる人に向けた恋情のせいだろうか。

 空が紅く燃えていた。私が護りたかったものばかり、零れ落ちてゆく。何て理不尽なんだろう。何て不条理なんだろう。

 戦士は皆死ぬだろう。誇り高くみっともなく、死んでゆくのだろう。

 残った数少ない獣人は、どうなるのだろうか。瑞穂のような人間がいるのは知っているけれど、それだけではどうにもなら無いことも知っている。


 でも、瑞穂になら―――


 繋いだ腕の感覚はもう既に失われた。勿体ない、と思う。瑞穂の温もりを忘れたくない。この暖かさを刻み付けたかった。


 寒い


 微かに発した言葉を聞き付けた瑞穂は、私の名前を何度も呼んで、私を抱きしめた。でも、足りない。




 さむい、さむいよ…みずほ……

 エメ、エメ!寒いのか?返事をして。今、暖めるから!




 どれだけ外側を温められても足りない。

 寒いとしか言えない。思考がそれで一杯になる。銃創は焼けるほど熱いのに、どこまでも、寒い、冷たい。


 ふと、皮膚の感覚を失ったと思っていたのに、優しい温もりが混じる。


 ぬるりと口内に侵入してきたものが、温かさを伝えた。ああ、温かい。いとおしさと、慕情とがごちゃ混ぜになって私の中をかき混ぜてゆく。

 初めての口付けは血の味がしたのに、どこまでも甘美だった。

 互いの唇を離せば、私の血が瑞穂の唇に移って、まるで死化粧のようだった。

 それが不吉な風に美しいものだから、私はつい瑞穂の方に手を伸ばしてもう一度口付けた。


 死に際にふさわしい化粧になったろうか。


 意識が保てない。


 瑞穂が呼んでいる。でも、もう、答えることすらできない。意識がゆっくりと深い闇に落ちてゆく。私の髪と瞳と同じ色。神様が選んだ、特別な色。夜の夢の深さ。



 神様神様、もう私は死ぬんですね。代えがたい一生をありがとう。かけがえの無い出会いに感謝します。


 でも、神様、とてもひどいお願いをしても良いですか?


 獣人として生きて死にゆくのがいけないわけではありません。ただ、絵空事のような願いを。


 次は、人間に生まれたい。


 ああ、神様、ごめんなさい。親不孝な子でごめんなさい。神様おやの庇護を沢山頂いて生まれてきたと言うのに、こんなことを願ってごめんなさい。


 私は幸せでした。あなたが下さった爪で沢山の敵を屠り、あなたが下さった牙で同胞はらからを守ることができました。


 けれどひとつだけ、願ってしまうのです。


 もっと屈託やしがらみの無い立場で瑞穂に会いたかったと。


 私が人間ならば、と思ってしまったのです。


 神様ごめんなさい。ごめんなさい。

 愛してくれて、ありがとう。

実態は『となりにいたら良いなーと思う、私の大好きな伊織くん』です。物陰から観察する感じがデフォです


名前がほとんど出てきませんでしたので、お披露目

主人公:羽奈(現世)エメ(前世)

伊織くん:伊織(現世)瑞穂(前世)

スファさんはスファーリアが真名だというお蔵入り設定が


読んでくださりありがとうございました



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