地下宮
暗い。そして広い。
廊下を進んで、その先にある「第一の間」。
なぜその様に作られたかはまったくわかっていないが、広い石畳の空間に何本もの太い柱が、大木のように建てられている。おかげで「鬼火灯」があっても、見通しは非常に悪かった。入り口から廊下はわずかに下に下るようになっており、すでに入り口の光はここまで届かない。
その押し迫るような暗闇に、自然とイサベラとエミリアは体を寄せ合った。エミリアは、そのぬくもりにはっと気が付き、あわてて距離をとる。
「ちょっと!近寄りすぎよ。ははーん、わかった。イサベラ、あなた怖いのね。」
「・・・うん、本当に怖い。どうしよう帰りたい(泣)。」
「ちょ、ちょっとやめてよ!あたしまで何だか心細くなるじゃない!」
「お願い、ローブ掴んでても良い?」
「ば、ばっかじゃないの!小さい子じゃあるまいし、・・・・・・まあでも帰られても困るから、ローブぐらいなら良いわよ。」
「(ずびっ)あびばと(ありがと)」
「もう!しょうがないわね、まったく!」
イサベラがローブを掴むと、だぶだぶのイサベラのローブがちょうどエミリアの手に触れたので、ちゃっかりエミリアもイサベラのローブをつかむ。
その場で突っ立っているわけにも行かないので、二人でローブをお互いにつかまりっこしながら、とりあえず壁伝いにスライムの探索をすることにした。
それにしても広い空間だと、イサベラは考えながら身震いした。
広すぎて、部屋の中央付近では方向を見失う事がよくあるが、正方形の部屋なので、とりあえず壁まで行き、壁伝いに歩けば問題なく戻ることができると、歩き方には書いてあったのを思い出し、少し安心する。
しかし、行けども行けども、肝心のスライムが見つからない。しばらく壁伝いにスライムを探してみたが、もともとそんなにたくさんいるわけでもなく、部屋の広さも手伝って、なかなか見つからない。今日に限ってなのかはわからないが、他の探索者たちの姿も見えない。鬼火灯の揺らぐ光と、石畳の上を歩く二人の足音が、奇妙に調和する。
始めに気が付いたのは、エミリアだった。
「い、いた!」
壁際に「それ」はいた。
蠢く灰色の半透明の生物。スライムだ。
「ど、ど、どうしよう、どうしよう。ねえ、どうしよう。」
「お、落ち着いて!出発前に話したでしょ。もちろん攻撃よ、攻撃。とにかく何か当てれば倒せるんだから、・・・ちょっと袖を引っ張らないでよ!魔法が使えないじゃない!」
魔法の発動は素手でもできるが、杖があったほうが、発動は安定し、物によっては魔力の消費を抑えるものや、特殊な追加効果、能力を持つものもある。現在、イサベラが使っている鬼火灯も杖によって、安定維持されている。
出発前に話し合いながら、二人が確認したお互いの攻撃手段は全部で三つ、イサベラの鬼火と、エミリアの荊の鞭、そしてカローナからもらった骸犬だ。骸犬は温存して、なるべく鬼火と荊の鞭で、片付けるのが作戦だ。作戦というか、とにかくスライムを見つけ次第、魔法でたこ殴りするだけの簡単なお仕事です。
エミリアは荊の鞭の発動のために杖を構え、攻撃対象のスライムに集中した。・・・が、スライムの動きが止まっていることに気が付いた。
「(ん???)」
そして次の瞬間、ブルブルッとゼリーのように体を震わせたあと、ぐにゃぁと大きく伸びて、一気にイサベラたちのほうへ距離をつめてきた!意外と早い。
まだスライムの攻撃の間合いには程遠く、単に生物の気配に気が付いたスライムが寄って来ただけだったのだが、そのスピードと、生理的な嫌悪感を直撃する動きは、初見のイサベラたちをパニックにさせるのに、十分だった。
「い、いやぁぁーーーー!!!荊の鞭!」
「あわわわわ、ウィ、鬼火!×2」
二人の出した攻撃魔法は正確にスライムに直撃し、その体は散り散りに飛び散っていく。
「フーフー、・・・び、びっくりしたぁ。エミリアさん大丈夫?」
エミリアは驚いた拍子に尻餅をついてしまったようだった。
イサベラが心配そうに手を差し伸べたが、エミリアは悔しそうに手を振る。
「いい!・・・滑っただけだから!それより核は?!」
かわいそうなスライムちゃんは、核ごと木っ端微塵となり、跡には何かの汁が壁にこびりついているだけだった。見ただけで、明らかに核の入手は失敗だとわかる。
「・・・信じらんない。あなた鬼火撃ったでしょ。しかも二発。」
「・・・はい、撃ちました。すいません。」
「魔力も温存しなきゃいけないのに!分かってるの!魔力が尽きたら帰るしかないのよ!」
「・・・分かってる。」
「分かってたらどうして二発も使ったのよ!しかも核も壊しちゃうし!ホント信じらんない!」
エミリアは、尻餅をついてしまった恥ずかしさと、核もとれなかった悔しさで、言葉がきつくなるのを止めることができなかった。
「だって(ひぐっ)、びっくりして(ひぐっ)、怖くて(ひぐっ)」
「な、なによ。泣いたら私が悪いみたいじゃない。やめてよ!」
イサベラの張り詰めていたものがぷつりと切れてしまった。
「ふぁぁぁん!なんで、何でぞんなにおごるの?何でそんなにわだしにきづいの?嬉しかったのに・・・(ひぐっ)、きてくれて嬉しかったのに(ひぐっ)、誰もいないと思ってたから、誰も私といってくれないと思ってたから、うわぁぁぁん!」
エミリアははっとして気まずい顔になった。イサベラが魔法学校で避けられているのは知っていた。エミリアもカローナに憧れていなかったら、きっと避けていただろう。話に尾ひれが付いたり、多少の偏見はあるかもしれないが、厳然たる事実として、死霊術士は「危険な」存在なのだ。不憫といえば不憫ではある。
イサベラの泣き声の中、しばらく気まずい時間が流れた。
「・・・わ、悪かったわよ。少し言い過ぎたわ。」
「うぇぇぇ(ひぐっ)、わたしも(ひぐっ)ごめんなさい。」
正直言って、エミリアはもっと簡単に終わるものと考えていたが、「はじめて」ということがこんなに緊張するとは誤算だった。加えてこの予想以上の「暗さ」と「広さ」が平常心を揺さぶってくる。確かにこれは「訓練」だと実感する。
しかしクエストの失敗だけは絶対に嫌だった。エミリアは「負ける」とか、「失敗した」という言葉が大嫌いだ。絶対に嫌だった。
「いい?じゃあ気を取り直して、スライム探しを続けるわよ。絶対にクリアして帰るんだから。」
「・・・うん、エミリアさん。」
「・・・エミリアで良いわよ。同い年なんだし、その呼び方だとなんだか私も落ち着かないわ。」
「えっと、じゃあエミリア。・・・ありがとう(わあ、やた、やった!)。」
連携もへったくれもなかった険悪な雰囲気を何とか立て直し、二人は再度スライムを探して、壁沿いを歩き始めた。今度は二人とも無言のまま、自然とローブのつかまりっこになる。
<現在クエスト進行度:スライムの核獲得数=ゼロ>
クエストはまだまだ始まったばかりだ。