初対面
樹魔法師ディアード。
またの名を「樹王の姫ディアード」。カローナの友人であり、偏見の多く、誤解されやすい死霊術のよき理解者でもある。戦乱の時にはカローナとともに活躍した実力者だが、今では一児の母となり、その良妻賢母ぶりもよく知られている。その上、通り名だけでなく、正式に「姫」の身分を許されている貴族の娘であり、ゆくゆくは王立魔法学校の校長と噂されている。カローナたちが王立魔法学校に受け入れられたのは、ディアードという理解者がいたことも大きい。
カローナとイサベラは、そのディアードの受け持つ教室のある樹魔法の館まで来ていた。様々な魔法植物の植えられている庭園の中にある、石造りだが、びっしりと蔦に覆われた巨木のような館がそれだ。
カローナとイサベラは、ディアードの研究室の前まで来ていた。カローナの話では、ディアード先生の生徒と、実戦学習ということで、パーティーを組む話が通っているらしい。
「着いたわよ。」
「ちょ、ちょっと待ってください、先生。少し身だしなみを・・・。」
イサベラはそそくさと廊下の柱の影で、鞄から手鏡を取り出し、髪形を整えた。
最悪だ。ほっぺたに赤いあとがまだうっすらと残っている。やっぱり普通じゃないと思われたらどうしようとか、目の前で断られたらどうしようとか、ちらっと想像しただけで、おなかが痛くなる。
「先生、やっぱり明日にしましょう。今日はまだ心の準備が・・・。」
「今更なに言ってんのよ。相手はもう待っているのよ?」
カローナはイサベラの返事も待たずに、ドアをもうノックしている。
「でもデモだって、それは先生が勝手に・・・、ひゃん!」
カローナはイサベラを、おしりからがっしり押し出しながら、そのままドアを開けた。イサベラの眼に映ったのは、新芽のような萌える緑色のローブを来たディアードと、そろいの色のローブを纏って立っている一人の少女。
「やっほー、来たわよ。」
「いらっしゃ~いカローナ♡。イサベラちゃんも元気かしら?」
いつもながらの愛情溢れる話し方だが、今のイサベラは、変な声を出してしまった羞恥心と緊張でそれどころではない。
「こ、こ、こ、こんにちは。」
「よかった、元気そうねー。紹介するわ、こっちは私の生徒のエミリア。」
緊張のあまり、イサベラはまともに少女のほうを見れなかった。足元から徐々に視線を上げてゆき、顔を上げると、少女と眼と眼が・・・、・・・あわなかった。少女はイサベラを見ていなかった。金髪に意志の強そうな青い瞳。少女はイサベラではなく、カローナをキラキラした眼で見ていた。とてもわかりやすい。
「カローナよ、よろしくねエミリア。」
「はいっ!始めまして、エミリアです。お近づきになれて光栄です!あの、握手してください!」
(あ!私の友達(予定)なのに!先生ばっかりずるい!)
そわそわとカローナと握手するエミリアはとてもわかりやすく、嬉しさが隠せていなかった、死霊術師とはいえ、その実力の認められた「死の月カローナ」に、魔法を志す生徒があこがれても不思議はない。
「はじっめまして、イサベラです。えーとえーと、よろしくお願いします!」
エミリアは差し出されたイサベラの手に握手を返したが、そこで始めて二人の視線が合った。
「よろしく、イサベラさん。」
下がったテンションがとてもわかりやすい。
エミリアの顔はかろうじて微笑んでいるが、目が笑っていない。友達作戦の失敗を予告するイサベラの脳内警報がガンガン鳴っている。いやまだだ、少なくとも警戒はされていないし、一緒にダンジョンには行ってくれそうなのだ。握る握手に思いをこめる。
一同が座ったところで、ディアードが切り出した。
「二人ともそれぞれきいていると思うけど、あたしとカローナで話し合って、そろそろ実践をやれる生徒同士でパーティーを組んで、ダンジョンで経験をつませたほうがいいかもねってなったの。二人だけだけど、あなたたちならきっとうまくやれると思うわ。」
カローナもうんうんとうなずく。
「あの、どこのダンジョンか決まっているんですか?」
「あら、そうだったわね。イサベラはここに来たばかりだから、知らなかったわね。生徒達の初実践は『王都の裏庭の地下宮』が定番よ♡。」
ダンジョン「王都の裏庭の地下宮」。
高く海を見下ろす雄大な絶壁の上に、イサベラ達の住む王都「シャイン」は位置している。王都市街地から絶壁の下に行くには、壁をくりぬいて作られた石段を下りていくことができ、ねこの額ほどの海岸には小さな港町「王都の裏庭」がある。その奥に、ちょうど王城の遥か真下に位置する場所にあるのが、地下宮の入り口だ。千年王都シャインの建国と共に作られたらしいが、なぜそこにに宮殿が作られたかは、今では忘れ去られ、自然発生する地下系モンスターの巣窟になっている。
上にあるシャインに負けず劣らずの広さを誇るものの、とっくの昔に最奥部まで探索しつくされている。しかし、最奥部の一部のモンスターからはマジックアイテムに使えるレアな素材が手にはいるため、今でも練習目的の駆け出しから、レアアイテム狙いの古参まで、冒険者の出入りは絶えない。
「はい、そしてこれが『王都の裏庭地下宮の手引書よ。必要なものとか、地下宮の地図とか、注意事項とか、だいたいはここに書いてあるから。よく読んでおきなさい。今回はそこに書いてあるクエストの1をやってもらうわ。」
ディアードから手渡された赤い本の表紙には、「王都の裏庭地下宮の歩き方」と書かれている。定番の訓練なので、テキストまであるらしい。
「出発は明後日、今からここで、準備や計画をとりあえず二人でよく話し合って、明日の夕方に先生達と確認しましょう。」
「え?」
ここで?いまから?二人で?ボッチだったイサベラには、ある意味でクエスト1以上の重圧が、早々にのしかかる。
「そうね、後は若い二人にお任せして、フフッ、私たちは退散しましょう。そうだ、ディアード。「魔女の茶釜」に新作クッキーがあるみたいよ。お茶しにいかない?」
「いいわね~♡、じゃあ先生達は出かけてくるから、後は二人でよろしくね♡」
「え?え?」
後に残された、初対面の少女二人。
空気が・・・。
張り詰めてゆく・・・。