第5話
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「うー。どうしよう。このままじゃ勝てないよ……」
「……ユメさん、勝ちたいんですか?」
「もちろんっ! やるからには勝ちたいって言うか、負けたくないって言うか。ハルちゃんは違うの?」
ユメさんがまっすぐ、わたしを見つめてくる。
こんなにも負けず嫌いだったなんて……ちょっと驚きだった。
一対一の実戦形式で行われる合同トライアウトだけど、一回でいいから勝とうねって言ってたわたし達は何と二勝もしてた。
ユメさんの操縦は、本当に初心者なのって思うほど上手くて、一回戦も二回戦も、一発のヒットもなかった。
その上、スピードを活かした走行で相手の死角に回り込むから、わたしはただ目の前の戦車に向かって砲撃をするだけでよかった。
でも、三回戦の相手は、それまでとは格が違った。
操縦や砲撃の腕もそうだけど、戦車自身も高性能で、射程、弾の種類、防御力と、スピード以外に勝ち目は無い。
何とか相手の追撃を振り切って、森の中に逃げ込んだけど、勝てる見込みはなかった。
「あたし、もっと一緒にいたいなって」
「え?」
「もっともっと、ハルちゃんと一緒に、戦車に乗ってたいなって。そのためには勝つしかないでしょ?」
「でも、来週だって、その次の週だって……戦車に乗る機会はいくらでもあると思うんですが」
「そうだけど……でも、今日は一度きりだから。ハルちゃんと、初めて一緒に戦車に乗った日は、今日だけだからっ」
「ユメさん……」
まっすぐに気持ちをぶつけてくるユメさんが、眩しく見えた。それと同時に、胸の中の、あのモヤモヤがまた蠢き始めた。
だから、わたしは。
「一つ、いいですか」
「うん。何?」
「どうして……わたしだったんですか?」
「え……」
「何で、そんなにわたしと戦車に乗りたいって思ってるんですか?」
わたしも負けずにユメさんを見つめた。
胸が痛いぐらいにドクドクしてる。
言われたくない言葉が、頭の中をぐるぐると渦巻いてる。
そんなこと、ユメさんは言わないって思うけど、でも、普通に考えれば、その言葉が出てきてもおかしくない。
だけど、もし、違ったら……いや、やめよう。そんな都合の良いことを考えるのは。
「……だから」
「え? 今、なんて」
「キ、キレイだな……って、そう思って」
「……はい?」
「初日の朝の電車で、ハルちゃんを見かけて……キレイだなって思って……そうしたら、受け持ちのクラスにいて……」
「あ、あの。ユメさん?」
「出席のときもね。ちゃんと苗字だけ呼ぼうと思ってたんだけど、下の名前を覚えたいなって考えてたら、ついつい呼んじゃって……」
「はぁ……」
「あと、荷物を持ってくれたときも、ついつい名前を呼んじゃって……でも、それからも、資料室に来てくれるし、あたしの話を面白そうに聞いてくれるし。
でも、戦車が大好きってわけでもないし、そうなると、もしかしてって思っちゃって……」
そっか。そうだったんだ。
ユメさんの言葉が、胸の奥の塊を次々と取り除いていく。そして、代わりに温かいものが、ポツリ、ポツリと灯っていく。
……わたしは、何を見ていたんだろう。
自分の殻に閉じこもって、外の世界に背を向けて、ずっとドアをノックしてくれてた人を疑って。
そんな自分がバカだなぁって思ったら、自然と笑いが零れた。
「え? そこって笑うところ?」
「いえ、ちょっと……。わたしもユメさんと一緒です。だから、勝ちましょう」
「ハルちゃん……。えっと、いいの?」
「いいも何も、イヤなら、初めから一緒に来るわけないじゃないですか」
「でも……」
「まぁ、その話は後にして、今は勝つことだけを考えましょう。何か作戦を考えないと」
「……そうだね。何かいい考えある?」
「相手の戦車の弱点とか分かりますか? どこかの装甲が薄いとか」
「えっと……あッ! 砲塔の後ろのところが、他のところより薄いんだった」
「なるほど。それなら……」
ドアのラックに入れておいた地図を取り出して広げた。
上から砲撃すれば、わたしたちの戦車でも、何とかなる……けど、崖の上からでは、砲身が下がらないから狙えない。
そうなると、斜面を使って……ここならどうだろう?
「ユメさん。この戦車って、どのくらいの角度までなら、坂を下れますか?」
「え? どのくらいって……」
「ここの斜面を戦車で降りれるなら、相手の戦車を上から砲撃できると思うんですが」
「えぇッ! こ、ここ?」
ユメさんが、素っ頓狂な声を上げた。
でも、それも無理はないと思う。
わたしが示したところは五〇%もある急勾配で、戦車に乗った状態だと、ほとんど崖に思えるはず。
「こんなところに止まるなんてムリだよ? 一気に下まで行っちゃうし……そんな一瞬で砲撃できるの?」
「ユメさんが操縦できるなら、狙い撃ちます」
「ハ、ハルちゃん……」
「どうしますか? 作戦は採用ですか?」
「えっと……うんっ、採用! やれるだけ、やってみよっ」
「はい」
わたしはさっきよりも高い位置で髪をまとめると、先に乗り込んだユメさんを追いかけるように、戦車へと乗り込んだ。
……この髪型にするのは久しぶりだった。
思い出してしまうから、敢えて避けてた。
でも、もう逃げるのはやめよう。
わたしは小さく深呼吸すると、ヘッドフォンを装着した。
『それにしても、ハルちゃん、よくそんな作戦が思いついたね』
「ユメさんが話してくれたんですよ。授業中に」
『え? そんな話したっけ?』
「してましたよ。確か、『鹿も四足、馬も四足』って。それなら戦車は無数のキャタピラですから、下りられるかな、と」
『あぁ、一の谷の戦いの話か……って、いや、それはちょっと……ううん。だいぶ違う気がするけど』
隣の操縦席で、ユメさんが苦笑いしてる。
気づいたら、わたしも笑ってた。
……こんなに楽しい気持ちになれるなんて。
今までよりも、ちょっとだけ戦車が好きになった気がする。
『じゃあ、ハルちゃん。準備はいい?」
「いつでも。では、さっきの地点に誘い込めますか?」
『たぶん、向こうもあの辺りで待ち伏せしてると思うんだ。だから、こっちから行けば、大丈夫だと思うよ』
「分かりました。全てお任せするので、ユメさんは上から急襲する形で、斜面を降りてください」
『了解! 任せて』
ユメさんは左手の親指を立てて、グッと突き出した。
『よーし。じゃあ、鵯越作戦。行ってみよーっ!』
陽気な声の後、戦車は猛スピードで森から出た。
わたしは座席の下からマニュアルを出すと、照準の切り替え方法を探し、電子式から光学式に切り替える。
そして望遠の調整をした後、砲身の角度をほぼ水平にしてロックをかけた。
『そろそろ、相手と遭遇するかも……あ、いたっ!』
「いましたね。ユメさんの推測どおりです」
『まずは、このまま接近するね。陽動で散弾を何発か撃てる?』
「了解。タイミングは?」
『ハルちゃんに任せるっ』
そう言うと、さらにスピードを上げて、相手の戦車へと突き進む。
相手も砲身をこちらに向けて、近づいてきた……と思ったら、砲弾が飛んできた。
ユメさんはスピードを落とさずに、砲弾を避けると、どんどんと相手に接近する。
わたしも、まるで自棄になったように、残りの散弾を連射し続けた。
『もう少し、もう少し引き付けて……よしっ!』
その瞬間、ググッと右に重力がかかり、そのまま体全体が後ろに引っ張られるように感じた。
わたしはスコープに目をつけたまま、左手のレバーを押し倒して貫通弾をセットする。
グリップを握り直し、ゆっくりと息を吸って吐きだした。
身体の力を抜いて、骨格を意識しながら、前のめりの姿勢になる。
身体の重心が安定したところで、そっと左目を閉じた。
支える銃身も無いし、戦車のスコープは両目で見るように調整されてるけど、慣れてるスタイルの方が、正確な気がする。
猛スピードで斜面を駆け上がってる戦車の振動に気をつけながら、トリガーのところに右手の人差し指を添えた。
……チャンスは一度きり。
でも、不安は無い。絶対に当たる。当てる。
わたしはそういう気持ちで、ずっとやってきた。
自分を信じて、成功させてきた。
自分以外を信じてなかったから……だからダメになった。
でも、今は違う。一人じゃない。
ユメさんがいる。ユメさんも信じてくれてる。
信じる力は二倍だから、当たらないわけが無い。
『準備はいい?』
「いつでもどうぞ」
『よーしッ、いっけぇッ!』
一瞬、ふわっと体が浮いた気がした。
でも、すぐに、下向きに力が働く。
今まで青一色だったスコープの景色が、一気に変化した。
緑、茶色、灰色、そして黒色……の瞬間、反射的に人差し指が動いた。
轟音と振動の、そして。
『ピピーッ』
『やった! やったよハルちゃんっ!』
試合終了を告げるホイッスル音と一緒に、ユメさんの歓声がヘッドフォンに聞こえた。
『ハルちゃん、すごいね! ホントに当てちゃうんだもん』
「まぁ、あれだけ接近してましたからね。ユメさんの操縦が上手かったからですよ」
『そうかなぁ』
ユメさんは戦車を待機場に止めた。
エンジンを切ったところで、ヘッドフォンとシートベルトを外して、そして。
「あの、いいですか?」
「え?」
「さっきの続きなんですけど」
「うん。あ、でも、外に出よう。エアコンつけてるけど暑いし、汗びっしょ……ッ!」
わたしはユメさんの顔を引き寄せると、サッと唇を奪った。
「ハ、ハルちゃんッ!」
「外に出ると、人目につきますから」
「そ、そうだけど……っ! じゃなくって」
「あれ? 違いました? 熱烈な告白だったと思うんですが……」
「そ、そうだけど……汗、びっしょりだし……」
「お互い様ですよ。わたし、汚いですか?」
「そんなことないよっ」
「それなら同じです」
もう一度、顔を引き寄せると、わたしはユメさんにキスをした。




