第4話
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戦車の乗組員の基本形は三人で、それぞれ車長、砲撃手、操縦手と呼ばれる。
三人一組の戦車十二台を一チームとして、試合が行われる……なんてことは、教科書にも載ってることだ。
そんな戦車の中でも人気があるのは、やっぱり砲撃手で、次いで車長、最後が操縦手になる。
実際、体育でもみんな砲撃手をやりたがるので、順番に役割を交替するようにと先生に言われた。
ただ、わたしは車長はともかく、砲撃手はやりたくなかった。体育祭のときも、操縦手として立候補した。
それは先生も同じだったみたいだけど、わたしみたいに消極的な理由じゃなかった。
「戦車の戦力って、操縦手が決めると思うんだよね。
どんなに頭のいい車長が的確な状況判断を下しても、砲撃手が百発百中の腕前を持ってても、操縦手が下手だったら、何の意味も無いもん。
昔だけど、井原っていう、良い操縦手がいてね……」
先生は戦車を積んだトラックを軽やかに運転しながら、いつものようにニコニコと話しをしてる。
先生の操縦手解説講座を、わたしは相槌を打ちながら聞いてたけど、それよりも心の奥で渦巻いてるものを押さえ込むので精一杯だった。
「シミュレーターで何度も練習はしたけど、本物に乗れるのは年に一、二回ぐらいかな。
でも、これからは、好きなときに乗れるんだって思うと、もう嬉しくて嬉しくて……あーっ、もう、どうしようっ」
「あ、あの、先生。気をつけて運転してくださいね」
「うんっ、任せて! シミュレーターの練習だったら、子どものころからやりこんでるし、プロの人にも筋がいいねって誉められてるんだから」
「先生、その運転じゃなくて……」
「そうそう。一つ、言わなきゃって思ってたんだ」
赤信号の交差点で、先生は静かに車を止めた。
……胸の奥がキリキリする。
昨日も今朝も、行くのをやめようかなって何度も考えた。
でも、どうしても先生に連絡できなくて、先生の車に乗り込んでて……だから、覚悟は決めたつもりだったけど、やっぱり苦しい。
「あのね、小山さん」
「は、はい……」
「先生っていうの……今日だけ変えられる?」
「……はい?」
信号が青に変わった。
先生はゆっくりと車を発進させる。
「確かに、あたしは先生だけど、今日はプライベートだし、それに、戦車のコーチとか、関係者って思われちゃうかなって」
「はぁ……」
「だから、ユメ、でいいからね」
「……じゃあ、ユメさん」
「さんって、つけなくていいよ」
「いえ、さすがに年上の人を呼び捨てにはできませんから」
「そう? マジメだね、小山さんって」
「ユメさんは、そのままなんですか?」
「え?」
チラッと先生……ユメさんがわたしを見た。
ほんの少しだけ車が揺れた。
「ハルでいいですよ。戦車の中で『小山さん』では呼びにくいと思いますし」
「え、えっと。じゃあ……ハル、ちゃん?」
「何ですか? ユメさん」
ユメさんはまっすぐ前を見ながら、きちんと運転してるけど、にまにまと顔が緩んでる。
そんなユメさんを見てたら、心の奥でぐるぐると蠢いてたものが、スーッと静まった気がした。
ユメさんはウソつき……では無いはず。
もし、これが演技だっていうなら、教師ではなく、女優を目指した方がいいと思う。
「ど、どうしよう……」
「どうするも、こうするも、出るか出ないかの二択だと思いますが」
「そうだけど……」
ユメさんはオロオロと周りを見渡した。
駐車場に並んぶたくさんのトラック。その荷台には戦車が載せられてる。
その周りで、たくさんの女の人たちが、忙しく準備をしたり、何か話し合いをしてた。
もちろん、わたし達も端から見れば、似たようなものかもしれないけど、事情はかなりというか、絶対に違うと思う。
わたし達がやってきたのは、郊外にある戦車競技場。
そして、あと三十分後に行われるのは、戦車好きの人が集まる、ちょっとした大会……ではなく、近隣の女子クラブチーム合同のトライアウトだった。
でも、迷い込んでしまったわけではない。
その証拠に、受付はきちんと済んで、登録も終わってる。
つまり……何をどう間違えたのか分からないけど、ユメさんはトライアウトに申し込んでしまったらしい。
だから、周りにいるのは高校や大学の戦車部の人だったり、プロでの活躍を夢見て、努力してる人だったりするわけで、のほほんとした空気は、全く感じられなかった。
着替えをしてる段階で、そんな雰囲気に気づいてはいたけれど、そういうピリピリした空気に慣れていたし
それに戦車ってそういうものなんだって思ってたから、ユメさんに何も言わなかった……のは失敗だった。
「ユメさん」
「なに? ハルちゃん」
「せっかくですから……がんばってみませんか?」
わたしはユメさんの横に腰を下ろした。
ジャージに着替えて、ゼッケンまでつけてる。間違えましたとか何とか言って帰ることはできるけど、さすがに恥ずかしいし、それに。
「わたしはよく分からないんですが、こういう機会でもないと、プロを目指してるような人たちと戦車をすることって無いと思うんですよ」
「うん……」
「だから、ここは胸を借りるつもりで、ドーンとぶつかりましょう」
「……ハルちゃん」
「まぁ、アッサリと負ける気もしますが、どうせ恥をかくなら、戦車に乗ってからにしませんか?」
「ハルちゃんって、すっごく前向きなんだね」
「そんなことないですよ。戦車のことなんて、何にも知らない素人だから、そんなことが言えるんです。それに……」
「それに?」
「いえ、何でもないです。さっ、乗り込んで集合場所に向かいましょう」
「う、うん! よーしっ、やれるだけやってみよう! がんばろうね、ハルちゃんっ」
「はい」
いつものニコニコした顔に、ちょっぴり真剣さが混ざった顔で、ユメさんが立ち上がる。
わたしも立ち上がって、髪の毛を後ろで結ぶと、荷台の戦車に乗り込んだ……けど、体育のときに乗った戦車とはかなり違ってた。
座席の形も、シートベルトも、本格使用な感じがする。
それ以上に、砲撃用のコントローラーが違ってた。
マニュアルを見ながら、一つ一つ、確認したけど、いろんな機能があり過ぎて、一度に覚えられそうにない。
とりあえず、装填と砲撃、砲塔の回転方法とスコープの調節を急いで頭に叩き込んだ。
『ハルちゃん。準備はいい?』
「一応、何とかなると思います」
ヘッドフォンからユメさんの声が聞こえる。
チラッと隣の操縦席を見ると、さっきまでの様子はウソみたいに、活き活きした顔で操縦桿を握ってた。
『じゃあ、出発するね。ユメ、ハル。ベルクマッセ、いっきまーすッ!』
陽気な合図の後、ユメさんがエンジンをかけた。
ブーンっていう低いうなり声のような音の後、車体が振動する。学校の戦車よりも、エンジン音は静かだ。
ゆっくりと荷台を降りて、地上を走り始める。さすがに走行音はヘッドフォンを通しても、それなりに聞こえた。
『とりあえず、一回は勝とうねっ』
「はい。まぁ、ユメさんの操縦テクニック次第でしょうか?」
『え? あたしの?』
「だって、来るときに言ってたじゃないですか。『戦車の戦力って、操縦手が決めると思う』って」
『あ……。あはははは』
「笑ってごまかさないで下さいね」
『……ぜ、善処します』
そんなことを言いながら、わたし達は集合場所へと向かった。




