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第3話



 わたしの前には、入れたての緑茶と、ピンク色の道明寺が置いてある。


「あの……これ、どうしたんですか?」

「小山さん。この間、和菓子が好きって言ってなかったっけ?」

「言いましたけど……」

「昨日、たまたま、帰りに美味しそうな和菓子屋さんをみつけてね。それで、たまたま空いてたから、買ってきたんだ」


 先生はニコニコと笑ってるけど、何となく不自然さを感じる。

 何か企んでる……とは思えないけど、かなり怪しい。


「まさか。わたしのために、わざわざ買いに行ったんですか?」

「えっ! あ、その、えっと……た、食べたかったから、かな」

「そうですか。あと、これは? こんな湯のみ、ありましたっけ?」

「えっと……ほら、犬が好きって言ってたから、小山さん用にどうかなって。カワイイでしょ?」

「カワイイですけど、わざわざ買わなくても、元々、あったと思うんですが」

「そうだけど、せっかく小山さんが来てくれるのに、余ってた備品じゃ、あれかなって」


 先生は何故か視線を逸らしながら、コソコソと自分のイスに座ると、ずずっとお茶をすすった。

 うーん……何だろう。

 放課後の歴史資料室に来るようになって、先生と話すようになって三週間になるけど、こんなモジモジしてる先生を見たことが無かった。

 見た目に似合わず、ハキハキしてて、初めてここに来たときもそうだった。


 赴任初日の放課後、わたしは大荷物を運んでる先生を見かけた。

 声をかけるべきか、それとも……と迷ってる間に。


「あ、小山さんっ」

「先生……あの、半分、持ちましょうか?」

「えっ。ホント? ありがとう、小山さん」


 と、流されるままに歴史資料室へ。

 お礼にって、お茶をご馳走になって、その後はお喋りと言うよりは、先生の話をほぼ一方的に聞いてた。

 最初は学校のこととか、クラスのこととか、そんなごく一般的な会話だったのに、気がつくと戦車の話になってた。


「戦車って言っても、国によっていろいろ違うんだよ。

 外見もそうだけど、チーム戦術とかいろいろあって、例えばナポリオはカテナチオって言って、伝統的に守備重視の戦術で

 ヴェルサイユはシャンパンタンクって言うぐらい、華麗な戦い方をするし、ハプスブルグは力強いところが特徴的かな。他にも……」


 先生の話は、下校のチャイムが鳴るまで続いたんだけど、不思議とイヤではなかった。

 戦車に興味は無かったけど、目を輝かせて話をする先生が気になって、相槌を打ったり、気になったことを質問したりして、話を聞いてた。

 そして毎日ではないけど、放課後はここに来て、先生の戦車話を聞くのが、ちょっとした楽しみになってたんだけど……どうも、今日は様子がおかしい。


 チラッ、チラッとわたしの様子を伺うばかりで、それでいて、わたしと目を合わせようとはしない。

 困ったような、思いつめたような顔をして、下を向いたり顔を上げたりしてる。

 ……そう言えば、一昨日の授業中も、何となくソワソワしてるように見えた。

 もちろん、授業はきっちりとしてたけど、黒板を見てる時間が長かったり、教科書の方ばかり見て説明する回数が多かった。


 ……何があったんだろう。

 あからさまなSOSなんて、今までは気づかないふりして過ごしてた。

 でも……。


「先生」

「え? な、なぁに。小山さん」

「その、どうしたんですか?」

「そ、どうって……な、何で?」

「だって、先生。今日は戦車のこと、全然話さないなって。だから……」

「せ、戦車っ!」


 不自然に声が裏返った。

 ……怪しい。完全に何か隠してる。

 でも、プライベートのことかもしれないし、わたしに話したところで、どうにもならないかもしれない。

 だけど……だけど、話して欲しかった。

 その一方で、そんな自分がいることに、誰よりもわたしが驚いてた。

 今まで、こんなことなかったのに、何故だろう?


「あ、あのね。日曜日なんだけど」

「え? 日曜って、明後日ですか?」

「うん。あ、あのね。その……空いてる?」

「は?」


 思わずポカンと先生を見た。


「や、やっぱりムリだよね。ごめんね、ヘンなこと聞いちゃって」

「あ、あの。先生?」

「大丈夫。他の人に当たってみるから。だから、気にしないでね」

「……何も用事はないですっ」


 思わず大きな声が出た。

 何故か胸の辺りがムカムカして、イライラして。

 こんな経験……今までにない。


「こ、小山さん?」

「何かあるんですか?」

「えっとね、戦車なんだけど……」

「……戦車?」

「うん。小山さん、興味あるみたいだし」

「興味って、戦車にですか?」

「あれ、違うの? だって、いつも戦車の話を聞いてくれたから……」

「あ、えっと……いいですよ。行きます」


 あんなに気にかけさせておいて、ただの戦車観戦だなんて。

 でも、たったそれだけのために、あんなにおかしくなるものなの?

 戦車を観に行かない? って聞けばいいだけのことなのに……やっぱり、この先生は分からない。

 分からないからこそ、どうしても気になる。


「で、でも、無理しなくても……」

「ムリじゃないですよ。別に、戦車が嫌いでは無いですし。それに、先生の話を聞いてたら、少しだけ興味が湧いてきたかなって」

「ホ、ホント?」

「はい。だから、一緒に行きましょう」

「う、うんっ! ありがとう、小山さん」


 曇りかけてた顔が、ぱぁッと明るくなった。

 よく分からないけど……わたしもホッとしたというか、いつの間にかさっきのモヤモヤした気持ちがスッキリとしてた。


「よかった。まさか二人乗りだなんて分からなくて、どうしようって思ってたんだよね」

「……? 二人乗りって、何がですか?」

「何がって、戦車だけど」

「戦車?」

「へ? 小山さん、知ってるでしょ? 戦車だよ?」

「いえ、戦車は知ってますけど……」


 おかしい。話がかみ合ってない。

 でも、先生はニコニコしたまま、とんでもないことを言い出した。


「実はね。親戚から戦車を譲ってもらったんだ。型はちょっと古いんだけど、前から乗ってみたいなぁって思ってた戦車でね。あっ、スマホで撮ったんだけど、見る?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

「ん? どうしたの、小山さん」

「戦車って……わたし達が乗るんですか?」

「うん。そうだよ。ほら、これ」


 先生がスマホを見せてくれた。

 戦車の前でピースしてる先生が写ってる。

 ハプスブルグのアイゼンヴォルフっていう会社の戦車でベルクマッセって言うらしい。

 平べったい車体の右側に砲塔がついてて、前から見ると左右非対称な形になってる。

 こんな形の戦車は見たことがない。


「戦車をあげるって言われて、嬉しくなっちゃって、早速、試合に出たいなぁって思ったら、近くで大会があるから、急いでエントリーしちゃったんだ。

 そうしたら、届いた戦車は二人乗りで、どうしようって思ったんだけど……」


 不意に声のトーンが落ちた。

 不思議に思って先生の顔を見ると、妙に赤いような気がする。

 さっきから興奮してるから、当然なのかもしれないけど……ちょっと違う気もする。


「そ、その……小山さんのこと思い出して……。小山さんだったら、誘ったら、一緒に乗ってくれるかなって……」

「それは構わないのですが……」


 戦車のことよりも、先生が気になって仕方が無い。

 そうして、急にシドロモドロになるのだろう?

 何か隠してる……あっ。


「先生。お菓子と湯のみって、もしかして……」

「あっ。べ、別に、そういうつもりじゃなくて……その、お詫びって言うか、御礼って言うか……」

「えっ?」


 顔を真っ赤にした先生が、下を向いた。

 それってつまり……そういうことなんだよね。

 その手のことに興味が無かったから、あまり気にしてなかったし、気に止めようとも思わなかった。

 でも、こういう経験は初めてじゃない。

 その気持ちがどれくらいなのか分からないけど、一方的に好意を持たれて、手紙とか花とかお菓子を押し付けられたことは何度もある。

 あの時は嫌悪感しかなかった。一方的な気持ちの押し付けにイライラしたこともあった。

 でも、どうしてだろう。そんな気持ちは一欠けらも無い。今までに味わったことのないぐらいに、心が満たされてる感じがする。


「……楽しみですね」

「へっ? な、何が?」

「戦車です。体育以外で乗ったこと、ありませんから。二人乗りも初めてですし」

「あ……う、うん。そうだねっ」


 先生がほわわッとした顔で、わたしを見上げる。

 目と目が合ったけど、もう逸らしてこなかった。

 わたしはゴクリと息を飲むと、平静を装いながら。


「あの、せ……」

「そうだっ。小山さん」

「は、はいっ」

「戦車なんだけど、小山さん。砲撃手をお願いね」


 わたしの耳に飛び込んできたのは、予想もしなかった言葉だった。

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