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第2話


   2



 戦車は体育の授業で乗ったことはあったけれど、興味はそれほど無かった。

 もちろん、世界的な競技で、ワールドカップやオリンピックに瑞穂が出場してるのも知ってるし、国内にTリーグがあるのも知ってる。

 最近だと女子の代表がワールドカップで優勝して、選手や監督がCMに出るようになったり、ちょこちょことニュースでも取り上げられるようにもなってた。


 でも、実際に試合を見に行ったことは無いし、テレビ中継もチラッと見たぐらいで、しっかりと見たことは無い。

 それに、わたしが通う蓮華女学院には、戦車部がなかった。

 別にお嬢様学校という訳ではなくて、銃剣道部とか、射撃部とか、落下傘部は普通にあるし、特に射撃部はインターハイに出たこともある。

 だけど戦車部は今も昔もあったことがなくて、だから戦車とはあまり縁の無い生活を送ってた。


 でも、別に何の不自由もなかった。困ったこともなかった。

 強いて言うなら、つまらない日々に、少しだけ飽きてた。

 飽きてたけど、自分から何かしようとは考えてなかった。

 このまま、平凡に日々を過ごして、勉強して、大学受験を向かえて、大学に行って、就職して……。

 どこかで躓くかもしれないけど、そんな平坦な人生を、ただ黙々と歩いてるだけだった。


 そんなある日、彼女がわたしの前に現れたのだ。



「みなさん、こんにちは!」

「……こ、こんにちは」


 ぼそっ、ぼそっと条件反射のように、わたし達は返事をした。

 そんなわたし達を、教壇の上から首を傾げながら、その人は見てた。

 ホントに、先生なの?

 それが、わたしたちの率直な感想だった。

 廊下に面したガラス越しに歩いてるところは見えたけど、まさか先生だとは思わなかった。

 転校生、それも下級生だと思ってた。


「初めまして。今日から皆さんの授業を受け持つ山下夢乃です。宜しくね。

 それで、みんなの顔と名前を早く覚えたいので、名前を呼ばれたら変事をして下さいね。新井さん……伊藤さん……」


 柔らかい声を聞きながら、わたしは教壇に立ってる小さな先生を眺めた。

 髪の毛は肩辺りまで伸ばしてて、今は後ろで小さなお団子を一つ作ってまとめてる。

 服はふんわりした、オフホワイトのサマーニットに、黒のフレアスカート。

 モノトーンでおとなしい服なのは、少しでも大人っぽく見せるためなのかも……と思えるほど、先生は若いというか、コドモっぽいというか。

 わたしたちと同じセーラー服を着たら、絶対に生徒に間違えられると思う。

 顔も幼いって言ったら失礼だけど、少なくとも一〇代で通用しそうだし、それに、背もかなり低い。たぶん一五〇前半ぐらいだと思う。

 大人の先生に使うのは間違ってるけど、女の子らしくて羨ましい。

 一〇センチ、いやせめて五センチぐらい、先生に分けてあげたい。


「小山……小山遥さんっ?」

「え? あ、はい」


 同じ苗字の子もいないのに、わたしだけフルネームで呼ばれた。

 そして、先生がわたしのことをジーッと見てる。

 ……な、何なの?

 クラスの子たちが興味津々な顔でわたしを見てる。


「……先生、どうしたんですか?」

「え? あっ……ごめんね。えっと、次は……須藤さん……田中さん……」


 何事も無かったように、先生は他の子の名前を呼び始めた。

 周りの子たちは、コソコソと何か話してたけど、別に気にしなかった。

 人から注目されることには慣れてるし、被害が無いならどうでもいい。

 それに理由は何となく分かってた。

 ……たぶん、他の先生から、何かしら言い含められてると思う。

 でも、この人が何かできるとも思えないし、わたし自身、どうするつもりもなかった。


 先生から視線を反らして、ぼんやりと外を眺めた。

 秋の澄み切った空の下で、どこかのクラスが体育の授業をしてる。

 少し離れたところに陣地を作ってるから、フラッグだと思う。

 向こう側の塹壕では、作戦の相談をしてるみたいだし、こっちは落とし穴を作ってるから工兵部の人がいるのかも。

 さて、どうなるのかな……と考えてたら。


「さてと。じゃあ、授業を始めよっか」


 出席を取り終えた先生は能天気な声で、教科とノートを開くように言った。

 ……どんな授業をするんだろう。

 先週まで授業をしてたのは、定年ギリギリまで教壇に立ってた大ベテラン先生だった。

 教え方も上手かったし、ちょっとした雑談もいろいろな経験があるからか、他の先生からは聞けないような、とても深い内容だった。

 激しく怒ることはないけれど、自然と授業に引き込まれてて、ちょっと斜に構えてるような人でも、「おじいちゃんの話は聞かなきゃ」って、マジメに授業を受けてたぐらいだ。


 ……この先生じゃ、さすがにムリだろうなぁ。

 みんなの、不安と挑戦が入り混じった、何ともいえない空気を感じながら、教科書とノートを開く。

 だけど、先生は相変わらずニコニコしてた。

 前の席の子に、前回までのページを確認してる。

 そして授業を始めた……んだけど、予想が裏切られたカンジだった。


 高校生にも思えるような幼い声だけど、出てくる知識が豊富で、歴史好きの子が目をキラキラさせて授業に引きこまれてた。

 自習用にって配られたプリントは、ウサギとかクマとかタヌキとかのイラストがたくさん描いてあって、まるで小学生向けにも思えるけど

 覚えにくいところや、間違えやすい用語が整理されてて、市販のものよりも分かりやすかった。

 とはいえ、見た目のこともあるし、授業中にコソコソと遊んでる子もいたんだけど、やんわりと恥をかかないように注意をして、授業に引き戻してた。


 ……この先生、何者なんだろう。

 時間が進むにつれて、先生に対する興味がどんどんと膨らんでいった。

 あまりにも不思議すぎて、ギャップがあり過ぎて、どう整理すればいいのか分からない。

 見た目はとっても幼くて子どもっぽいのに、知識は豊富で、授業も上手くて。頼りないように見えるけど、芯はしっかりしてるみたいだし。

 先生のちょこっとした説明もノートにメモしながら、いつの間にか、先生のことばかり考えてた。


「……以上が、この戦争の時代背景ということを覚えておいてください。さてと……まだ授業時間は残ってますけど、キリのいいところまで進んだので、今日は終わりにします。

 質問がある人は、授業中以外は資料室にいますので、いつでも来て下さいね。あと……」


 先生は少しだけ首をかしげると、おもむろに。


「戦車に興味がある人は、ぜひ、来て下さいね!」


 教室が少しだけ静かになった瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。

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