モナクスィア──孤独な泉
落ちぶれた精霊 ダフネ・メルクーリの前日譚
さらさらと流れていく水。何度見ても飽きないのは、妾がそこに住まう精霊だからだろうか。
この地域には精霊信仰というものが根付いている。だが、それは廃れてしまった。
それにようやく気づいたのは、妾が人間でいう思春期という齢になった時だった。
妾は精霊の中では若輩者だ。そのため、長いこと精霊信仰に携わったわけではない。
むしろ、赤子同然だろう。しかし……年々精霊の数が減っていっているのに、なかなか気づかなかったとはな。
「今日も祠は静かだ」
水辺に建つ祠は誰にも手入れされず、もはや訪れる者とていない。本当に廃れてしまったのか。精霊の中でも割といい地位を授かっていた妾でもこればかりは分からない。
もしかしたら、まだ精霊信仰を続けている者がいるかもしれない。
そう思ったら即行動。妾は村々へと繰り出した。
──なぜだ。なぜ、どこにも神殿がない。
打ち壊されたり、寂れたりした祠ならいくつか見つけた。
だが、綺麗な祠はどこにもない。
村がダメなら、街。そこもダメならどこに行けばいいのだろう。
「……なぜ、人は簡単に信仰を捨て去るのだろう」
街にあるのは真新しい教会。聞けばどこぞの新興宗教らしい。
そう言えば、何やらよく分からないことをほざく人間がいたな。あいつが言っていたのが教会の主神のことだろうか。
別に教会が嫌いというわけではない。むしろ、神殿のようで好きだ。
「精霊様、どうか我が子にご加護を」
ふと聞こえた声に電流が走る。
老婆の声が精霊に呼びかけていた。かつてのように精霊を畏れ敬い、祈りを捧げる祭りは随分行われていない。
だからこそ、老婆の声は身に染みた。
妾はまるで導かれるように、老婆の家に向かう。
ようやく辿り着いた家は小さく、昔ながらの風情を醸し出していた。薄汚れた窓の向こうに、精霊の像に向かって祈る老婆の姿。頭巾を被り、節くれだった指を必死にあわせて祈っている。
それだけで十分だった。
ここに来る途中の村々でも、祈っていたのは年寄りだけ。
若者は新興宗教を信奉しているらしかった。
「信仰してくれてありがとう」
風に吹かれればすぐに消えてしまいそうな声をぽつりと零す。
妾はそっと窓の外に月桂樹の冠を立てかけた。
感謝の証だ。どうか受け取ってほしい。
その言葉をのどに押し込み、妾はその家を後にする。もう廃れてしまったのにまだこんなことをしようとは、情けないものだ。