表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかのこと  作者:
4/6

■鬼のこと


 こいつが、あの都の鬼殺しだと?

 こんなやせっぽっちの、青白い人間が?


 ばかな。 オレたちの仲間は、こんなちっぽけな人間にころされたっていうのか?


「おまえが鬼殺しのはずがねえ。 この山に丸腰でくるようなやろうが、こんなむすめに、シンちゃんなんて呼ばれてるおまえが、あの鬼殺しなわけがあるか!」


 やろうはオレの目の前で、着物のそでをまくりあげてみせた。

 うでに大きな傷あとがあった。


「これが、そのときの傷だ。 もう、わたしは刀を振ることはできない」


「信じられるか!」


「うそじゃないよ」


 むすめが声を上げた。 さっきまで涙をぼろぼろ流してやがったくせに、今はずいぶんとはっきりものを話しやがる。


「シンちゃんは、みぎてがうまくうごかせないんだよ。 でも、そんなうでで、いっつもヒナのことをたすけてくれるよ。 おそうじも、おせんたくも、おりょうりも、ヒナよりずっと、ずっとシンちゃんのほうが上手なんだから。 だけど、かたなだけはもたないの。 お兄ちゃんのおはかをつくったときに、いっしょにおはかにうめたもん!」


「ならおまえのシンちゃんは、丸腰でこのオレからおまえをどうやって助けるつもりだ?」


 こいつが本当に鬼殺しだとして、オレが負けるはずがねえ。

 のんきに昔話なんぞしやがって、刀もねえ人間ごときになにができる。


 オレのことばに、やろうはその場で両ひざをついて座りこんだ。

 そのまま、オレの目のまえで両手をついて頭を下げる。


「頼む、鬼よ。 雛子のためならば、わたしはなんでもする。 生き胆が必要だというならわたしの胆をとってかまわない。 だから、雛子をかえしてくれ」


 おいおい、こいつはお笑いだ。

 結局、このシンちゃんとやらには何にもできねえんじゃねえか。

 オレの目のまえで、ぶざまに頭を下げるしか。


「頼む、このとおりだ! 雛子だけは、助けてやってくれ!」


 それをみていたむすめが、たまらずに悲鳴のような声をあげる。


「いやだよシンちゃん! シンちゃんがいなくなったら、ヒナ、またひとりぼっちだよ!」


 うるせえな。


「鬼さん! ヒナのおなかから、おくすりをだしていいから、あげるから! だからシンちゃんはゆるしてあげて!」


 うるせえぞ。


「頼む!」


「鬼さん!」


「うるせえ! ふたり仲良く地獄行きなら文句ねえだろう!」


 なに勝手なことわめいてんだ、人間どもが。


「おまえが鬼殺しだってんなら一番のかたきだ。 絶対に生かしちゃおかねえ。 それからむすめ、おまえははじめからオレに胆を取られる運命だ。 おまえらはふたりともたすかりゃしねえんだよ」


 そうだ。 どのみちふたりとも、ここで死ぬんだ。

 オレにはこいつらの命をたすける理由なんざ、これっぽっちもありゃしねえんだからな。


「見苦しく命ごいなんぞしやがって」


 つばを吐きかけても、信介のやろうは地べたにはいつくばったまま、ただオレを見上げていた。


「頭なら、地獄でオレの仲間にさげるんだな。 おまえが鬼だっただと? オレたちはぶざまに地べたにはいつくばったりはしねえ。 おまえはやっぱり、ずるくて弱いただの人間だ」


 そうとも。 オレたちは死ぬときも、どうどうと死んでいくんだ。


「そうだ。 わたしは、ずるくて弱い人間だ。 だが、あのとき命をもらった。 その命で、いま雛子を助けたい」


 そう言ったやろうの目は、しっかりとオレを見つめていた。


「命を、もらった? ばかが。 おまえはただ、自分の仲間を見殺しにしただけだ。 おまけに自分をかばったやつの妹をたぶらかして、のうのうと暮らしてやがる。 ゆるされるとおもうのか、ひとりだけ逃げ出すなんてことが。 オレの仲間をさんざん殺しておいて、自分だけ生き残るなんてことが!」


 ゆるさねえぞ。

 おまえだけ、そしらぬ顔で生きてやがるなんて、ゆるさねえ。

 この鬼と人間の戦いは、もとはといえばずっと昔、おまえら人間からしかけてきたんじゃねえか。


 金だかなんだかしらねえが、山をほじくりかえすためにオレたちの村を焼き、仲間を、家族を、子どもたちを殺した。

 オレたちは、ただ生きのびるためにもがき、殺された仲間のために戦ってきただけだ。

 それのどこが悪い。


 おまえは、山をほりかえすやつらの片棒をかつぎやがった。

 地獄をみただと? だからどうした。

 おまえのみた地獄は、とうぜんの報いってやつだ。


 おまえらが、さきにはじめたんだから。


 やろうの頭の上で包丁をふりかぶって見せても、やろうは身じろぎもしない。

 目もつぶらず、顔もそむけなかった。


「わたしは、それしかないと信じて、そう思い込んで、怒りとうらみにまかせて鬼を斬った。 だがあの時、あいつは私に逃げろと言ってくれた。 あいつが逃げることをゆるしてくれたからこそ、わたしは戦わないことができた。 生きのびることができた」


 ああ? なんだそりゃあ。


「そしてあの鬼は、戦えないわたしを追ってはこなかった。 だから、わたしはこうして生きている。 わたしはあいつだけでなく、あの鬼にも命をもらったんだ」


 こいつは何をいってやがるんだ。

 オレの仲間がおまえに命をあたえただと? こいつにトドメをささなかっただと?

 ありえねえ。 こいつはオレたちのかたきだ。 憎むべき、きたねえ人間だ。


「その命を、いま同じ鬼であるおまえに返す。 だから、どうか雛子からはうばわないでくれ」


 気にいらねえ。 ありゃしねえんだよ、そんなものは。 おまえの勝手なたわごとだ。

 おまえがそう思い込むことで、つごうよく逃げてるだけだろう。

 お空の向こうとかいう、どうしようもないでまかせと同じだ。


 気にいらねえぞ、そのツラが。

 おまえら人間は地獄がこわい。 だから、いまオレがこわいはずだ。 死ぬのがこわいはずだ。

 だが、このやろうはおびえもしなければ、ふるえもしない。


「おまえ、どうしてこんなむすめひとりに、そこまでする」


 こんなむすめに、なにがあるってんだ。

 あの鬼殺しが、おくびょうでひきょうな人間が、自分の命をさしだすほどのなにがある。


 やろうはオレの背後にいるむすめを見つめていった。


「雛子は、母親になる」


 母親? まさか、こんなむすめの腹にガキがいるのか?

 いや、見た目は十七、八だ。 しゃべりかたで、ガキと話していたような気になっていたが、年ごろのむすめなのはまちがいない。


「おい、いまの話は本当か?」


 むすめにきくと、必死そうになんどもうなづいた。


「シンちゃんからきいたよ。 ヒナ、おかあさんになるんだって。 だから、あんまりうごきまわっちゃいけないし、おなかをさむくしちゃいけないの」


 ひとごとのように話すむすめのことばに、やろうが割ってはいる。


「雛子は自分のからだのことがよくわかっていない。 だが、本当なんだ」


 そうか。 それならオレにも考えがある。

 本当の地獄がどんなものか、思い知らせてやる。


「なら、こいつの身がわりになる女を、おまえがつれてこい」



■雛子のこと


 ヒナは、おかあさんになるんだって。

 よくわからないけど、シンちゃんがいうからほんと。


 ヒナは赤ちゃんがすき。 ヒナはこどもたちとあそぶのもすき。

 みんながわらって、いっしょにあそんでくれるのがすき。


 ヒナがおかあさんになるから、おそうじもおせんたくも、おりょうりだってシンちゃんががんばってくれる。 ヒナだっておてつだいしたいけど、シンちゃんがやるからねっていうから、ヒナはおまかせすることにした。

 

「こいつの身がわりになる女を、おまえがつれてこい」


 鬼さんにいわれて、シンちゃんのかおがまっくらになった。


「それは、できない」


 うつむかないでシンちゃん。 そんなこと、しちゃだめなんだからね。


「だったら、胆はむすめからもらうだけだ。 おまえはそこで、なにもできずにこいつと腹の子がしんでいくのをみてやがれ」


 鬼さんが、包丁をもったままヒナにちかづいてくる。


「じごくでこいつの兄とやらにも、せいぜいあやまってやれ。 けっきょく妹も子どもも、みごろしにしましたってな」


 いや。 こないで。


「やめてくれ、たのむ! どうしても胆がいるのなら、わたしのをやるから!」


 シンちゃん、それはだめだよ。


「おまえは鬼になったんだろう? それがこんなむすめひとりになんてざまだ。 鬼なら鬼らしく、オレと戦ってみろ」


 鬼さんがシンちゃんをばかにするようにわらう。

 ヒナはこわくてたまらないけど、なんだかとってもはらがたった。


 シンちゃんは鬼なんかじゃないもん。 そんなこと、もうしないんだもん。


「シンちゃんが鬼なら、ヒナだって鬼だったよ」


「ふざけたことをぬかすんじゃねえ」


 しんじてくれない鬼さんに、ヒナはがんばっておおきなこえでいいかえした。

 ヒナがどんなにわるい子だったかを、せいいっぱいしゃべった。


 だってヒナは、お兄ちゃんのおこつをもってきたシンちゃんに、ひどいこといっぱいしたもん。

 シンちゃんがどんなにやさしくしてくれても、ひっかいたり、たたいたり、かみついたりした。

 せっかくつくってくれたごはんも、だいなしにしたし、どんなになぐさめてくれても、なみだがとまらないときは、わざとおおごえでシンちゃんにひどいことをいったりした。


 だいきらいだって。 しんじゃえって。 かおもみたくないって。

 お兄ちゃんがしんだのは、おまえのせいだって。


 そんなヒナをシンちゃんはみすてないでいてくれたよ。

 だから、シンちゃんはヒナのためにだれかをつれてくるなんて、そんなひどいことはぜったいにしない。

 ヒナは、そんなシンちゃんにずっといっしょにいてほしい。


 鬼さんはどうなの?

 ほんとに、ひどいことをするしかないの?


 ほんとに、そんなことがしたくていきていたいの?


 ヒナは、お空のむこうでお兄ちゃんにあいたいよ。

 おとうさんや、おかあさんにもあいたいよ。


 でも、シンちゃんとすこしだってはなれたくない。

 だから、ヒナはいきていたい。 シンちゃんと、ずっといっしょにいたいから。


 ヒナは、おかあさんになるの。 赤ちゃんも、シンちゃんといっしょにいたいよ、きっと。


 ねえ、鬼さんはシンちゃんみたいになりたくないの?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ