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いつかのこと  作者:
3/6

■雛子のこと


「なら、そのシンちゃんってやつはどこにいるんだ?」 


 鬼さんがこわいかおできいてきた。


「きいたらどうするの?」


「ここへつれてきて、おまえにいったことがほらだったと、はくじょうさせてやる」


 こわいこえで、鬼さんがいった。


「なら、こたえない」


 とってもこわくて、とってもむねがくるしかったけど、ぎゅっとくちをとじてそっぽをむいた。


「こたえろ」


「いや!」


 だって、きっとシンちゃんがひどいことされるもの。

 むらに鬼さんがいったら、むらだってひどいことされるもの。


 みんなをじごくにいかせるって、鬼さんはいってたもの。


 ばちんっておとがして、ヒナのほっぺたがあつくなった。


 ぶたれた。


 それでもヒナはぐっとがまんして、なきながらだけどがまんして、ぜったいにくちをひらかないってきめてた。


「つぎはもっといたくするぞ」


 こわかったけど、ヒナはめをぎゅっとつむって、かめさんみたいにまるまった。


 けられた。


 すっごくいたくて、こわくて、にげだしたかったけど、シンちゃんのためだからがまんできた。

 シンちゃんは、ヒナがたたいても、ひっかいても、かみついても、やさしくしてくれたから。


 鬼さんがためいきをついた。

 うすめをあけてみると、ほうちょうがヒナのめのまえにあった。


「しょうがねえ。 胆をのんでからゆっくりさがすか」


 ああ、ヒナは、もうだめなんだね。


 ごめんねシンちゃん。 ごめんね。



■信介のこと


「待てっ!」


 わたしの叫び声で、ふりあげられた包丁がぴたりととまった。


 足あとをたどって行きついたのは、山奥のあなぐらだった。

 うすぐらい穴のなかに、しばられた雛子と、見知らぬ大男がいた。


 包丁をふりあげたまま、男がわたしのほうをふりかえる。

 殺気にみちたその目は、まさに鬼そのものだった。


「おまえ、なんだ?」


「だめだよシンちゃん!!」


 はじけるように上がった雛子の言葉に、鬼がにやりとわらう。


「なるほど、おまえがシンちゃんか。 ちょうどいい、探しにいく手間がはぶけた」


「雛子を、かえしてくれないか」


 震える足をなんとかしずめて、わたしはあなぐらにふみこんだ。


「そいつはむりだな」


「とって喰うわけでもないだろう。 かわりに必要なものは何でもやる、だから、雛子をかえしてくれ」


 精いっぱい頭を下げた。 雛子さえ、雛子さえ無事なら、わたしはなにもいらない。


「オレにはこいつの生き胆が必要なんだ、ほかのものじゃねえんだよ」


「生き胆だと?」


 聞き返したとたん、鬼が背をまるめてはげしいせきをした。

 ひとめでわかる。 わるい胸のやまいだ。


「おまえのそのせきは、生き胆なんかではなおせない」


 わたしがいうと、鬼は包丁をこちらに突き出してどなった。


「うるせえ! おまえになにがわかる!」


「わたしは医者の家で生まれた。 すこしだが、薬のことがわかる。 むすめの生き胆がやまいにきくなどというのは、ただの迷信だ」


「生き胆がきかねえだと? 医者かなんかしらねえが、このほら吹きが! このむすめに、お空のむこうの世界なんて、でまかせをふきこんだようなやつの言うことが、信じられるか!」


 お空の向こう。 雛子からきいたのだろう。


「うそじゃないもん!」


 雛子がさけんだ。


「だまってろ!」


 鬼が包丁をむけると、雛子がふるえて後ずさりした。


「おいおまえ、このばかなむすめに教えてやれ。 あの世には地獄しかねえってことを。 おまえの親も兄弟も、おまえ自身も、死ねば地獄でオレたちにいたぶられる運命だってことを」


 運命。

 そうか、鬼よ。 おまえは運命を信じているのか。


「なぜおまえは、地獄しか見ようとしないんだ。 悲しい運命は信じられるのに、なぜしあわせの可能性を願えない」


 わたしの言葉は、もちろん鬼の心には届かない。


「そんなものがどこにある。 おまえの言うお空のむこうとやらを、おまえは見たことがあるのか?」


 わたしだって見たことはない。

 天国、そんなすばらしい国は。

 わたしだって信じられなかっただろう。

 雛子、きみに出会わなければ。


「オレは地獄を見たぞ。 地獄ってやつは、この世のどこにでもあふれてるじゃねえか」


 鬼よ。 おまえも、わたしと同じなのか。

 いや、わたしも同じだったんだ。

 だからわかる。


「地獄か。 その地獄はわたしも見た。 わたしも、かつては鬼だったんだ」


「鬼だと? おまえがか?」


 鬼があざ笑うように言った。

 雛子をみると、わたしの言葉に目を丸くしている。

 無理もない。 雛子、きみは私が鬼だったなんて、決して信じはしないだろうね。


 おろかものを見るように、鬼がわたしを冷たく見おろしていた。


 ああ、あの夜に見た、月のようだ。


 そう、わたしもおまえと同じだった。

 あの日、あの地獄をみたときからわたしは、いや、俺は、鬼だった。



■地獄のこと


 いまでもよく覚えている。


 村がもえ、家族も友達も仲間も、みんな消えた。

 がれきの下からはいだした俺は、いちめんの焼け野原をさまよい歩く。

 目のおくには、やつらの姿がやきついていた。

 おたけびをあげ、たのしげに、わらいながら、すべてをこわしたやつら。


 まるであふれだした地獄に、俺の村がのみこまれたみたいに、あの鬼どもは俺からすべてをうばっていった。


 だから、俺はきめた。


 俺が、のこらず鬼を地獄に送りかえしてやる。

 その一心で剣術を学び、やつらの隠れ住む村を探しだしては、あの日のうらみをはらしてまわった。


 やつらはてごわかった。

 なんども傷をおったが、父から教わった医の道が俺を救ってくれた。

 そのたびに、あの日の光景が、あの地獄が、俺の胸のおくでまっ黒な炎をもえ上がらせるんだ。


 やがて都にのぼった俺は、鬼を退治してカネをもらうようになった。

 やつらを追い出して、山から金をほりだしたい連中からのたのみだったが、そんなことは俺にはどうでもいい。

 カネがあれば、ひとを使ってもっとやつらを見つけだせる。

 もっとやつらの村を消すことができる。


 怒りとうらみだけが俺のすべて。

 鬼殺しの信介、みなは俺をそう呼ぶようになった。

 俺はもう人間じゃない。 俺は、鬼を斬る鬼だ。


 三年前、ある男に会った。

 ある村をおそうためにひとを集めていたところへ、あいつはやってきた。


 村に残した妹のためにカネがいるのだと言っていたが、それだけじゃないのはすぐにわかった。

 俺と同じように、あいつも鬼におそわれて両親をなくしていたからだ。

 あいつの心の奥にも、まっ黒な炎がくすぶっていた。


 だが、あいつは俺とは違った。

 妹のことを話すとき、ふたりが今くらしている村のことを話すとき、あいつは本当にやさしい顔をする。

 あいつは妹を、のんびりやと言った。

 その、のんびりやが、あいつの心の支えなのが、楽しそうに語るようすからよくわかった。


 天国の話しも、あいつから聞いた。

 のんきなやつだとおもったが、あいつがいうと、まるでそんな場所が空の向こう、どこか遠くにあるような気になってくるのは、なぜだったんだろう。

 酒をのみながら、俺もつられて笑っていたのが不思議だった。


 そして、あの日が来た。

 山奥の鬼の村をおそう日だ。

 このとき俺は、はじめてしくじった。 やつらは俺たちが山にはいったのを知って、待ちぶせていやがったんだ。


 ふいうちをくらって、仲間はみんなバラバラになった。

 俺は鬼のひとりに傷をおわされ、刀を持つほうの腕がうごかなくなった。


 やつが斧をふりおろそうとしたとき、あいつが飛び出して俺をかばった。

 ざっくりと斬りさかれて、あいつの着物が一瞬でまっ黒に染まる。

 だれの目にも、もうだめだとわかるほどの、ひどい傷だった。


「信介、逃げろ」


 あいつがそう言ったから、俺は走り出した。

 振り返ると、鬼は俺を追ってはこなかった。


 夜が明けて、白んだ空がまっ赤に染まっていた。

 まるで火にさそわれる虫のように、俺の足はそこへとむかった。


 焼けおちた村だった。

 生き残った俺の仲間たちが、鬼の村にたどりついていたんだ。


 あの日みた地獄が、そこにあった。


 家がもえる、畑がもえる、村が、鬼たちが燃えていく。

 なにも変わりはしなかった。 俺の村となにも変わらない光景が、そこにあった。 

 赤子を抱えた母親が、叫び声をあげる父親が、悲鳴をあげる子どもたちが。


 吐いた。


 胸の奥から、身を焼きつづけたまっ黒な炎があふれ出したように、俺は吐いた。

 涙が、あの日からかれはてていた涙が、あふれだしてとまらなかった。


 いつまでも、忘れられない光景がある。


 このとき俺は、自分がしてきたことに気づいたんだ。




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