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いつかのこと  作者:
2/6

■雛子のこと


「おいおまえ、地獄をしってるか?」


 じごく。 いやなことば。

 ヒナはじごくはいや、じごくはきらい。


「しってる。 夏におてらのおしょうさんが、じごくのはなしをしてくれた。 じごくの絵もみせてくれたよ」


 ほのおがもえてて、くるしそうで、あかやあおの鬼さんがひどいことをしている絵。

 かなしそうで、くるしそうで、だれもしあわせそうじゃない。

 だからヒナはじごくはきらい。


「そうか、ならわかるだろう? オレたちは自分がしんだらどうなるかをしってる。 だからしぬのなんてこわくない。 オレたちはしんだらあのじごくへいく。 そしてこの世でふんぞりかえってきたおまえら人間を、じごくではオレたち鬼が永遠にいたぶって楽しむんだ」


 鬼さんはとてもこわいかおになった。


「だからおまえら人間は、しぬのがこわいだろうな」


 こわいかおで、とてもうれしそうにわらった。

 なにがそんなにうれしいの? なにがそんなにたのしいの?


「でも、鬼さんは生きてたいんでしょ?」


 だから、さっきせきをしたとき、とってもくやしそうだったんだよね。


 けど鬼さんがいったことばは、ヒナがおもっているのとはぜんぜんちがった。


「ああ、オレはまだしねない。 オレにはまだこの世でやらなきゃならねえことがある」


「やらなきゃならないこと?」


 ききかえすと、鬼さんは手にもった包丁をみつめながら、にたりとわらった。


「そうだ。 まだまだ生きて、この世の人間どもをもっともっとじごくへおくってやるんだ。 そうすればさきにじごくにいったオレの仲間たちが、亡者になったおまえらにおもうぞんぶんしかえしができるからな」


 鬼さんはうれしそうにいった。 ヒナはせなかが、水をかけられたみたいにつめかった。


「どうしてそんなひどいことするの?」


 ひどいことがしたいから、鬼さんはいきていたいの?

 鬼さんににらまれて、石になったみたいにヒナのからだはうごかなくなる。


「ひどいことだと? この世でおまえらがオレたちにしたことを、じごくではオレたちがするだけだ」


 鬼さんたちは、じごくの絵でみたような、あんなことを、されたの?


 こわかった。 でも、こわいよりももっとつらいなにかが、ヒナの胸のおくからわきあがってきた。

 なんだろう。 お兄ちゃんがいなくなったときみたいな、とってもつらいきもちがいっぱいになって、息ができないくらいくるしくなる。


「だからおまえも、しねばじごくでああいうめにあうんだ」


 あつくて、くるしくて、いたそうで、まっ赤なじごく。


「泣きわめいても、だれもおまえをたすけちゃくれねえ」


 たまらなくて、おおきなこえを出しそうになったとき、ふとあたまのなかにシンちゃんの顔がうかんだ。


「ヒナは」


 ヒナはいやだよ。 そんなのいやだ。


「ヒナはじごくになんていかないもん!」


 なみだがいっぱいあふれてくるけど、でも、ヒナはせいいっぱい鬼さんにいってやるんだ。


 シンちゃん、そうだよね。



■鬼のこと


 泣き叫んで、おびえる姿をみたかったが、とつぜんむすめが大声をだした。


「ヒナはじごくになんていかないもん!」


 なんだそりゃ。  ばかばかしい。あきれてものも言えねえとはこのことだ。


「おまえがどんなにいやがっても、おまえら人間はみんな地獄いきだ」


「ちがうもん! だって、シンちゃんがいってたよ。 ヒナのお兄ちゃんや、おとうさんやおかあさんも、みんなお空のむこうで、ヒナたちのことをみていてくれるんだって!」


 お空のむこうだと? どこにそんな世界がある。


「なら、そのシンちゃんとやらは大ぼら吹きだ。 そんなおまえらにつごうのいい世界なんざ、どこにもありゃしねえんだよ」


 たまらずに笑いだすオレに、むすめは顔を真っ赤にしてくいさがってくる。


「シンちゃんはほらふきなんかじゃないもん! 鬼さんこそお空のむこうにいったら、じごくのみんなとあえないんだからね! それに、みんながお空のむこうにいるかもしれないでしょ、そしたら鬼さんじごくでひとりぼっちなんだからね!」


 こいつはなにをこんなに必死になってやがるんだ。

 オレたち鬼が行くのは地獄に決まってる。


「うるせえぞ。 空の向こうに世界なんざありゃしねえ。 あるのは真っ暗で、熱くて、地の底で炎と血が煮えたぎる地獄だけだ」


 いらいらする。


 せきがでる。


 いらいらする。


 こんなむすめひとりに、オレはなんで腹を立ててるんだ?


 こんな、地獄も絵でしかみたことがないような、こんなむすめひとりに。


 そうだ。 地獄をしらない。 あの地獄をみたことのない、人間のむすめ。

 オレが、オレたちがどんなめにあってきたかもしらない、ばかな人間。


 いますぐに胆を取り出してしまえば、こいつの口は動かなくなる。

 だが、どういうわけかそうできない。

 泣きわめいて、なんにもできないはずの弱いむすめが、どうしていまはこんなにはっきりとものを言いやがるのか。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で、それでも逃げずにオレになまいきなことを言いやがる。


 シンちゃんとかいうやつのせいか?

 そいつがいるから、このむすめはこんななまいきなことを言うのか?


「なら、そのシンちゃんってやつはどこにいるんだ?」



■信介のこと


 わたしのせいだ。


 となり村まで出かけて、夕方にもどると、雛子がいなくなっていた。

 村のものたちにたずねてまわれば、どうやら山に栗拾いに行ったという。


 あれだけ山には入るなと言っておいたのに。


 それに、雛子はいま動き回っていいようなからだじゃない。

 だから掃除や洗濯、飯炊きもわたしが気をつかってきたつもりだった。


 でも、それがかえって雛子にさみしい思いをさせていたのかもしれない。

 せめてわたしの好物の栗ごはんをつくるんだと、栗拾いにでかけたのだ。


 雛子、わたしはきみといっしょにいられるだけで、きみが笑っていてくれるだけで、本当にしあわせなんだ。

 だから、どうか無事でいておくれ。


 峠の地蔵のまえに、どろでこねただんごが三つおかれていた。

 雛子がままごとをして、供えたものにちがいない。


 つまり、雛子はこの峠の向こうまで栗を拾いに行ったということだ。


 この山には、鬼がいる。


 たびかさなる山がりからのがれ、ひっそりと峠を行き来する人間をねらう鬼が。


 おそろしいことが、わたしのあたまの中でうずまき、それをふりはらいたくて、わたしは必死に山道を走った。


 落ち葉のつもるひらけた場所にでた。

 栗拾いをするなら、ここだ。


 探せばすぐに雛子がここに来たことがわかった。

 雛子のぞうりが片方、落ち葉の中におちていたからだ。

 その場所で、わたしは足あとを探す。

 雛子をかついでさらったなら、はっきりとした足あとがのこるはずだ。


 ふきだすあせも、息がきれるのも、まるでひとごとのように感じていた。

 今はただ、いっこくも早く雛子をみつけたい。 それだけだった。




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