「すっかり夜になってしまいました」
〜あらすじ〜
勝手に尾行したらハーピーの集落を見つけてそこの長から信用を得るために厄介なマモノをどうにかすることになりました。
「ハァ………ハァ………」
ルカの体力はもうすでに限界を超えていた。それもそのはず、セラと出会った場所からハーピーの集落、そし今いる場所までほとんど止まらずに歩いてきたのだ。気合とは時に強大な力を発揮するようである。
「ふぅ……」
しかしその底力ももう使い果たしてしまった。
ルカは木の根本に座り込んだ。今の彼にはもはや立ち上がる力さえ残っていなかった。
──すこしだけ……休もう……。
ルカはゆっくりと目を閉じた。
♦♦♦
「すっかり夜になってしまいました」
ルカは一人つぶやく。暗い夜の森にその言葉は消えていく。
「早いとこ村を見つけなくてはいけませんね」
ゆっくりとルカは立ち上がった。軽くその場でジャンプする。蓄積されていた疲労は幾分か軽減されたようだ。ルカは早速歩きだした。草木の香りが鼻孔をくすぐる。静まり返る木々に見守られるような感覚は、何処か不気味なものである。
しばらく歩いていると、ルカは何かの気配を感じ取った。あたりを見渡してみるが、暗闇が広がっているだけであった。
だが、念のため、ルカは近くの茂みに身を隠すことにした。
数分が過ぎる。気配はより濃くなり、足音が聞こえてくる。聞く限り複数いるようだ。足音が目前を通過する。ルカは茂みの中から目を凝らして覗いた。
「オオカミ……?」
ルカの薄暗い視界に映ったものは四足歩行で歩くオオカミであった。その横には人型のスライムと、ラミアの姿がある。
ルカがオオカミを凝視していると、オオカミの姿がだんだんと人間のそれに近づいてきた。
「!?」
初めは我が目を疑ったルカだったが、すぐに合点がいった。どうやらあのオオカミはウェアウルフのようだ。
もしかしたら村を襲う魔物たちはこの魔物なのかもしれない。
そう思いルカはウェアウルフ達の後をつけていくことにした。
♦♦♦
「なにしてるのかしら」
セラは女王の命令通り、ルカを監視していた。見る限り、ルカは何かの後をつけているようだった。だが、その何かがなんなのかはセラには暗くて見えなかった。
「…………」
セラはなんとなしに昼間の出来事を思い返す。
今考えても、やはり出会っていきなりの求婚は知性ある生物が取る行動ではない、その結論しか出てこない。しかも言ってきたのはニンゲンだ。ニンゲンについては悪い噂しか聞いたことはない。おおかた敵の懐に入り込み、油断させたところを突くと言った作戦だろう。
でも、万が一にないだろうけどもし本当にヒトメボレとかだったら――
「……やだ、何考えてるのあたしってば」
セラは緩んだ頬を引き締めてルカの監視に集中した。
♦♦♦
ウェアウルフ一行を尾行しているうちに、気がつくととある村の近くまで来ていた。
ルカは茂みに隠れて、魔物たちの行動を監視し続けていた。近くには小さな川が流れており、その先には木々を切り開いてつくったであろう村がみえる。
まだ彼女たちがこの村を襲うかはわからない。彼女らがクイーンハーピーの言っていた魔物たちではないかもしれない。そんなことを頭の片隅に入れつつルカは様子を見守っていた。
と。そこに風が吹いてきた。微弱な風である。しかし運悪くルカは風上となってしまった。そのニオイに気づいた魔物たちが一斉にルカの方を向いた。
ルカは慌てて茂みの隙間から目を逸らした。
一瞬迷った後、ルカはあろうことか勢い良く立ち上がった。三匹の魔物は突然の出来事に驚き、臨戦態勢に入った。
ウェアウルフはルカを鋭く睨むと一気に飛びかかってきた。
「くっ……!」
ルカは咄嗟に剣を抜き受け流す。その時にウェアウルフの顔がはっきりと見ることができた。
すこしつり上がった目、頭部には狼の耳。小柄な顔を覆う髪は所々がはねており、襟足は長く肩まで伸びていた。
次の瞬間、ルカは剣を地面へ落としてウェアウルフの方を向いた。
「!?」
予想外の敵の動きにウェアウルフ達は動きを止める。
ルカはウェアウルフと視線を合わせると叫んだ。
「結婚しよう!」
「…………」
魔物たちは突然の求愛に唖然とするばかりだった。ルカはウェアウルフに近づく。気味悪がるウェアウルフが少し後ずさったが、ルカは構わず近づき手をとった。
「なっ……! や、やめろっ!」
慌ててウェアウルフは手を払った。
「おや、すみません。貴方が美しすぎて、つい……」
ルカはキザったらしい言葉を吐く。よくもまあそんなことをすらすらと口にできるものだ。
闇夜に溶けてウェアウルフの表情は見えない。
「何が……目的だ」
鋭い目つきで威嚇しながら彼女は尋ねた。
「だから結婚したいんですって」
「…………」
淀みなくそう答えるニンゲンを冷ややかな目で魔物たちは見つめる。そんな沈黙が流れた。
先に口を開いたのはルカだった。
「ところで、貴方たちはここでなにをしていたのですか?」
その質問に人狼は少し曇った表情をみせた。
「…………」
「あれ……僕の声聞こえてないのかな……?」
煽っているのか素直にそう言っているのかわからない口調でルカは喋る。
「あたしらが何しようと別に関係ないだろ」
スライム娘が口をひらいた。
「そう、だといいんですがねぇ」
ルカは遠い目をして答えた。それからウェアウルフの方を向く。
「で、あなたはお嫁さんになってくれないのですか?」
「お前になんぞ興味はない」
冷たくあしらわれるが、この男、そんなことで怯むタマではない。
「そんなこと言わずに。ね?」
「…………」
「ほ〜ら、じゃあ、せめて名前だけでも」
「答える気はない」
「いけずですね」
「フン……」
ルカはウェアウルフの瞳をじっと見据える。月夜に照らされ光っている。瞬きをしてルカは一歩後ずさった。その顔は少し笑っているようだった。
「それでは……」
そう言ってルカは足早にその場を立ち去った。彼女たちの姿が見えなくなると、ルカは大急ぎで村に向かった。
村の入り口近くまでやってきたルカは適当な木を選び、登り始めた。ウェアウルフたちがいた地点から村への直線上での最短距離に当たる場所だ。村を襲うなら必ずこの下を通るはずだ。
ルカはそこでしばらく待機することにした。
♦♦♦
数分後、何かが近づく音がしてルカは目を凝らした。
それは先程のウェアウルフたちだった。
「ハァ……」
ルカはため息をつくと木から降り始めた。
降り終わったところでルカはあることに気がついた。
──剣拾うの忘れてたッ!!!
そう、ルカは先程のウェアウルフたちとの接触の際、手放した剣を拾うことなくその場を去ってしまったのだった。
この男、実に迂闊である。
万が一のとき用に腰の両端に双剣を忍ばせておいてはいるが、よもやこんな形で使うことになるとは、とルカは嘆く。
まあいい、と開きなおるルカはウェアウルフたちを待った。彼女たちはもうすぐ近くだ。
ルカが足音に聞き耳を立てているとどこからか羽音が聞こえてきた。それはどんどんこちらへ近づいてくる。
ルカは空を見上げた。狭いその視界の中に、一瞬だけ何かの影が映った。遅れてまた別の何かが落ちてくる。その何かはすぐに地面に叩きつけられた。
「これは……」
それはルカの剣だった。
ルカは再び空を見上げた……のも束の間、背後からウェアウルフたちが襲ってきた。
♦♦♦
時は少し前に戻る……。
「レナ……どうする? 村を襲うことバレてるみたいよ」
ラミアはウェアウルフに尋ねた。
「どうするも何も……やるに決まってるでしょ。アタシたちの命がかかってるんだから」
「それもそうね……」
「あのニンゲン、向こうで待ち伏せでもしてそうだな」
スライム娘は体をくねくねさせながらそう言った。レナは少し考えるてから話した。
「いい? もしあのニンゲンが待ち伏せしてるんだったら、見つけた瞬間攻撃開始よ」
その言葉に二匹とも頷いた。
♦♦♦
ルカは即座に後退し間合いをつくった。対峙するのは先程のラミア、スライム、ウェアウルフの三匹だった。
剣を握りしめ、構える。
「…………」
混じり合う視線。お互いに意図を探り合っている。
先に動き出したのはラミアとスライム娘。スライム娘は変形し、ラミアの身体を覆っていき、そして自らを硬化させた。固形化したスライムの鎧というわけだ。
それを纏ったラミアがルカに向かって突進してきた。
ルカはタイミングを見極め剣で薙ぎ払う。しかし硬化したスライムに弾き返されてしまう。
刹那も置かずラミアの後方からウェアウルフが飛び込んでくる。
「ぐっ……」
体重の乗った重い拳をなんとか剣で受け止める。思わずルカは呻いてしまった。
「チッ」
ウェアウルフは素早く下がり、間合いをとる。
すると、今度はラミアが尻尾を振り回してきた。ルカは冷静に迎撃するが、例の如くスライム娘が覆っているため、大きなダメージは与えられない。
そのままジリジリと後退していく。気づくとすぐ後ろには木の幹があった。
「フフ……」
ルカは不敵に笑うと後ろに跳んだ。そして木の幹を後ろ向きに駆け上がり再び跳んだ。それはまるで逆上がりを逆再生しているようだった。
ルカの片足は空中で伸ばされ、かかとがラミアの脳天を直撃した。
「カハッ!」
その衝撃はスライム娘の鎧を伝い、ラミアの脳を激しく揺らす。
ルカが着地するとラミアはフラフラとした後、その場に力なく倒れた。
ウェアウルフは目を見開いた。まさかニンゲンごときにラミアたちがやられるとは思っていなかったのだ。とんだ想定外である。
自分を睨む男の目は月の灯をひどく濁して反射していた。先ほどとは違い、全く笑みが見られない。
ウェアウルフは一呼吸置いてからルカに突っ込んでいった。
連続で引っ掻きを繰り出すが動きが全て読まれているかのように受け止められてしまう。
自分が攻撃しているはずなのに、段々と押されていく感覚。まずいと思ってもそれを打破する索はない。
レナは感じ始めていた。自分より強い相手に対する本能的な恐怖を。それほどまでにルカの出す気は強くなっていた。
段々と攻撃が弱くなっていく。
気がつくとレナは木の幹まで追い詰められていた。そして攻撃をやめてしまう。
そんなレナをルカは鋭い眼光でつんざく。
「ぁ…………あぁ……」
声にならない声を上げる。
ルカは剣を引き、構えた。
ルカは剣を突き出した。
ザクッ!
剣はレナの頬をかすめ、後ろの木に勢い良く刺さった。
「ひっ……」
ルカはレナに顔を寄せる。互いの息がかかり合うほどの近さだ。恐怖に怯えるレナの瞳をじっと見つめる。その視線はレナの腰を容易に砕かせた。
ルカはずるずるとへたり込むレナを侮蔑するような目で一瞥し、その場を去っていった。
一人残されたレナは身体をわななかせ、ただ呆然としているのであった。
♦♦♦
「女王様ぁ!」
セラは声を張り上げながら村へ戻ってきた。
「おお、どうだったか?」
女王は威厳ある声でそう問うた。
「はい。ちょうど村を襲おうとしていたスライム、ラミア、ウェアウルフの三匹を相手に勝利していました」
「ふむ」
クイーンハーピーは目を細めた。
「それと、死んだ者はいませんでした」
「おぉ。そうか、ご苦労だったな」
「いえ……」
セラは一度顔を俯けると続けた。
「あ、あの……あたし、どうなるんですか?」
クイーンハーピーはセラと向き合い視線を合わせる。
「それは……今はなんとも言うことはできん……」
「…………」
♦♦♦
昼を過ぎたあたり、ハーピーの村にルカが戻ってきた。ハーピーと目が合うたびに手を振っている。恥ずかしそうに片手で口を隠しながら手を振り返すハーピーや、笑顔を返してくるハーピーなどと、前回より格段に好感度が上がっていた。そのためルカはちょっとしたスター気取りであった。舞い上がるのもいいところである。
「ただ今戻りましたよ、女王様」
女王の前でとても偉そうに胸を張ってルカは言う。
「……大儀であった」
「それじゃあ早速約束の話し合いの方を……」
「うむ。わらわも待ちわびていたぞ。こっちだ」
「あ、ちょっと待ってください」
そういうとルカはすべての武器をその場においた。
「疑われたくないんでね」
♦♦♦
どれぐらい経っただろうか。あたりはもう薄暗くなっている。
クイーンハーピーの家からルカとクイーンハーピーが出てきた。
「セラ」
「は、はい。なんでしょうか女王様!」
「ルカと魔王様のところへ行くのだ」
「…………へ?」
セラはポカンとしている。
ルカは満面の笑みでいる。
「よいか?」
クイーンハーピーは妖艶な笑みを浮かべる。
「は……はい」
セラはしぶしぶといった感じで答えた。そしてルカがどんな手を使ってクイーンハーピーを丸め込めたのかに考えを巡らせたが、皆目検討もつかない。
そんな間にも話はとんとんと進んでいく。
「うむ。では出発は明日じゃ。今晩はここに泊まっていくといい。精一杯もてなそう」
「いや、そんなことしなくても大丈夫ですよ」
「ルカ。お主は謙虚だのぅ。気にせんでいい。今宵は宴じゃ」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
その晩、ハーピーたちはルカとセラを盛大に祝福してくれた。食べて騒いでのどんちゃん騒ぎだ。初めは警戒されていたルカも持ち前の話術で次第にハーピーたちの輪の中に溶け込んでいた。ハーピーたちも人間を見るのは珍しいようで、積極的に話しかけてきてくれたのだった。
「ねーねーお兄さん! そ、その……あたしたちと一緒に踊ろうよ!」
若いハーピーの二人がルカに声をかける。すぐさまルカは二人の手をとり「最高に激しいヤツを見せてやるよ」などと意味不明なセリフを発していた。
しばらくその娘たちと踊っていると今度は大人びたハーピーがルカのもとにやって来た。何とも艷やかな色気を全身から垂れ流している。彼女はルカの顔を羽で優しく包むように引き寄せ、そのまま耳たぶを甘噛みした。
「ひゃあんッ!」
ルカの身体に電撃が走る。そしてハーピーは耳元で艶めかしく囁いた。
「ねぇ、坊や……アタシの下で踊り狂いたい?」
「ふぁ、ふぁいぃ!!」
宴は大いに盛り上がったのであった。
2016/01/20 5話途中〜9話までを合体、加筆修正致しました。