◆父の日の出来事
今日は父の日だ。
あたしは急ごしらえで用意したクッキーを背中に隠して、パパの書斎を訪ねた。
「パパ、静だけどちょっといい?」
「――入りなさい」
威厳のある声で入室を許可されて、そっと扉を開けて中に入ると、難しそうな本や機材に囲まれたパパがパソコンをいじっていた。
「仕事中だった?」
「ああ。だけどお前の話を聞くくらい構わないよ」
パパはキーボードを打っていた手を止めて、ゆっくりとした動作でこちらを向いた。
パパが座っている椅子はアーロンチェアで、実は密かに狙っていたりする。あたしもこんな高級な椅子が欲しい。
でも今はそんなおねだりじゃなくて、日頃の感謝を伝えるべきだとすぐさま物欲を打ち消す。
あたしは一歩前へ踏み出し、パパがいる机にクッキーの包みをちょこんと置いて言った。
「パパ、いつもママやあたしのために働いてくれてありがとう。これ、父の日だから」
するとパパは口角をつりあげてフッと微笑んだ。
「勘違いしないでほしい。私はお前たちのために働いているわけではないよ。私が働いている理由は――」
そう言ってパパはパソコンの脇に置いてあったコーヒーカップを手に取り、一口すすった後に言葉を続けた。
「この1杯のコーヒーが飲みたいがために働いているんだ」
その姿も、そして仕草も大人の風格が漂いとても様になっていて、映画や漫画で知るA級スナイパーそのものだった。
(カッコイイ……、やっぱりパパは渋くてカッコイイ……!)
ママは良い人に巡り合って結婚したと思う。変なもん押しつけてくるのが玉にキズだけど、美人のママにお似合いだ。
あたしはもう胸がいっぱいになって、パパが再びコーヒーを口元に運んだタイミングで湧き上がる感情をそのままに告げた。
「パパ、いつまでもママの十二使徒でいてね!」
パパは盛大にコーヒーを噴いた。




