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◆中学入学式

 4月某日の朝。

 今日からいよいよ中学校での生活が始まる俺は、玄関先の姿見の前でムスッと立ちつくしていた。

 鏡には真新しいセーラー服に包まれた自分の姿が映しだされている。

 が、はっきりいってスカートなんて似合ってない。

 この恰好でこれから人前に出ていかないとならない思うと絶望しかない。

 そんな俺に、しびれを切らしたママが声をかけてきた。


「しーちゃん、そろそろ出ないと入学式早々から学校遅刻しちゃうわよ」

「わかってる」


 わかってるけど、ふんぎりがつかないんだよ!


「なあ、ジャージで登校するのはダメかな?」

「そんなことしたら悪目立ちするわよ」

「でも俺にはこんなヒラヒラした格好なんて似合わないよ」

「しーちゃん、言葉づかい! 俺になってる!」

「あ、うん」


 そうだった。

 ママとの約束で、今日から言葉づかいを改めることになっていたんだった。

 もう中学生だからってことで、一人称は“俺”じゃなくて“あたし”。

 目に余るような言葉は慎む。そしたらおこづかいアップ。

 悪くはない取引のはずだ。

 昨日交わした約束事を頭の中で反すうしていると、ママが再び急かしてきた。


「ほら早く! 心配しなくても初々しくて似合ってるから大丈夫よ」

「そうかなぁ。オカマみたいな気がしてならんのだけど……」

「しーちゃんは美人さんだから何着ても似合うのよ。ママの言うことを信じなさいって」


 せっつかれるように家から追い出されてしまい、しかたなく学校に向かうことにした。

 重い足取りの自分とは裏腹に、朝の光はきらきらと眩しい。

 頭の上に茂る咲きかけの桜に気をとられながら見慣れた公園を横切ってヒガシの家へ近づくと、門前にヒガシが立っているのが見て取れた。


「おっす。遅いぞ」

「ごめんごめん。寝坊しちゃってさ」


 適当な言い訳をして、急いでヒガシと肩を並べる。

 小学校の時は毎朝一緒に登校していたから、その習慣で、入学式も同様に待ち合わせをしていたのだ。

 しかし今朝はいつもと違って、どこかぎこちない空気を感じる。

 それはやっぱり制服のせいだろう。

 学ランに身を包んだヒガシは、急に大人びて見えた。

 そしていつの間にか、目線の高さがほぼ同じ位置になっていることに気づく。


「背、伸びたな」


 思わずつぶやいたら、ヒガシが前を向いたまま頷いた。


「成長期だかんな」

「でも俺……じゃなかった。あたしは全然伸びやしないよ」

「あたし?」

「ママとの約束で、言葉づかいを改めることにしたんだよ」


 金に目がくらんだと説明すると、ヒガシはふーん、と鼻を鳴らして、


「どうせなら“わたし”って言えよ」


 と提案してきた。無茶振りにもほどがある。


「そこは譲れないラインなんだよ。今だってホラ」


 俺はプリーツスカートを指先でつまんでヒラヒラと揺すってみせた。


「オカマみたいだろ!? 知ってるやつらと顔を合わせたら、笑われるんじゃないかと不安なんだ」


 愚痴をこぼすと、ヒガシが突然立ち止まって、じっとこちらを見てきた。

 俺はとっさに身構える。


「な、なに?」

「おまえさ、そーゆー格好をしてると、昔を思い出してカワ――」

「かわ?」

「……いそうだな」


 むかっ。気の毒で悪かったな!

 腹が立ったもんで新品のカバンで一発お見舞いしてから、俺は早足で先を急いだ。

 後ろから「待てよ!」と慌てた声がかかったけど、無視無視。

 そうこうするうちに学校へ着いてクラス確認をしたら、ヒガシとは別々のクラスになっていて、せいせいしたような、それでいて悲しいような複雑な気分になった。


(ああ、これで接点がなくなってしまったな……)


 しかも俺のクラスは、ほぼ知らない名前で固められていた。

 



 ――桜が咲く――ぼっちになる予感がする――……



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