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◎池谷は見た! ~後編~

「じゃあ、まずはオレが先陣をきって様子を見てくるよ」


 点滴の針を入れた状態の菊池を同行させるのは非常識だし何よりうっとおしいので、オレは1人で鈴木さんの病室に向かうと主張した。

 菊池はもちろんのこといい顔をしなくて渋ったが、すかさず最終兵器のエロ系雑誌を数冊渡したらおとなしくなった。


「これ読み終わるまでに帰ってきてよ」

「わかったよ」

「あと、ガイジンがいるかどうかの確認も怠らないでね」

「わかったよ」


 刺激しないように二つ返事で答えて、オレは菊池の病室を後にした。

 休日なことも手伝って院内はとても静かなものだった。廊下に行き交う人影はほとんど見当たらず、薬品に支配された空間を歩く。途中でエレベータを利用して、鈴木静の病室に立った時には5分程が経過していた。


(さて、辿り着いたのはいいものの、にわかに緊張してきたぞ)


 東が立ち寄っているならフォローしてもらえばいいが、問題はいなかった時のことだ。

 自慢じゃないがオレは女の子とは無縁な日々を送っている。そりゃまあクラスの女子とはたまに軽口を交わしたりもするけど、相手はようしゃのないあの鈴木さんなわけで……。

 交流のないオレがのこのこと現れたら、あからさまに嫌そうな顔をするに決まってる。それだけならまだしも、「キモイ」を連発されたりなんかしたら当分立ち直れない、オレはそんなに強くないから。


(そう、だからまずは状況確認が必要だ)


 オレはごくりと唾をのみこんでから、辺りをきょろきょろと見回して誰もいないことを確認すると、そっとドアに耳を押しあてた。こうやって東が来ているか把握しようって寸法だ。

 女の子の病室に聞き耳を立てるなんてどうかと思うけど、しょうがない、しょうがないんだ!

 念仏のように心の中で唱えていると、中からくもぐった話し声が聞こえてきた。オレはさらにドアに耳を押しあてて音を拾う。

 耳をすませばしずく――ではなく静の話声が聞こえる。


「じ、自分でやるからいいよ」

「いいからいいから。足だせよ」

「だって汚いよ」


 鈴木さんの声に混じってヒガシの声もキャッチした。

 あの野郎、やっぱりここに来てやがったな!

 オレは憤慨して、続くふたりの会話にドキリとした。

 

「痛くしたら怒るよ」

「わかってる」

「んっ……」


(え、こいつら何やってんだ!?)


 オレはいてもたってもいられず、細心の注意を払ってそろりとドアを押し開けた。

 少しだけできた隙間から室内をうかがうと、東が鈴木さんの足の爪を切っている光景が飛び込んできた。


(なんだ、おどかすなよ……)


 一瞬いかがわしい想像をしてしまった自分を恥じた。

 それにしたって、なんでまたこんなことをしてるんだろうか!?

 改めて2人の様子を見てみる。

 鈴木さんはというと、上半身をゆったりと起き上がらせてベッドに足を投げ出していた。めくりあげたパジャマの裾からのぞく白いふくらはぎが目に眩しい。

 そして機嫌がよろしくないのか窓のほうを一心に見たまま動かない。長かった髪の毛はばっさりと切ってしまっていて、もったいなく感じた。絶対長いほうがいいのに……。

 一方で東は、かいがいしく動いていた。

 鈴木さんの足をタオルで拭ってやって足の爪を切っているのだが、こちらは上機嫌のようだ。

 ややあって鈴木さんが「痛っ」と小さく悲鳴をあげた。

 どうも爪を深く切りすぎたみたいで、鈴木さんの瞳に怒気が閃いた。


「だから自分でやるって言ったじゃん。この下手くそ!」

「悪い悪い。血が出てるから消毒が必要だな」


 全然悪びれるそぶりもなく謝罪の言葉を述べてから、東は鈴木さんの足の指を口にふくんだ。


(えええええええっ!?)


 思わず叫んでしまいそうになって慌てて口元を手で押さえる。

 あぶないあぶない、覗き見していることがバレたらどんな制裁をくらうかわかったもんじゃない。声が漏れなくてよかった。

 しかしまあ、涼しい顔してよくやるよ。見ろ、あの鈴木さんが目を丸くして硬直してるぞ……。

 完全に毒気を抜かれた鈴木さんはしきりに首をかしげていた。

 おそらく平然としている東の姿を見て、これが普通のことかと思い直したのかもしれない。いや普通じゃないから。おかしいから。


 ――おっと、ヤバイ。ついつい釘付けになってしまったけど、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。覗き見してるのがバレる前に退散しとこう。

 オレは音を立てないように気を配りながらドアを閉め、鈴木さんの病室からそそくさと離れた。

 あんな光景を見てしまった以上、そ知らぬフリをして訪ねるのもはばかれた。

 割り込んでお邪魔虫にはなりたくないからね。このまま戻るとしよう。

 それはそうとしてあの2人はつき合っているのだろうか? 昔からどこか特別っぽい空気を感じていたけど――……

 オレは先程の一部始終を思い出して、再び苛立ちがこみ上げてきた。

 ばかばかしい。あんなのわざと切り過ぎたに決まっている。

 東の奴め。あんな変態行為を普通ど真ん中のオレがしようものなら張り手か通報くらうのがオチだろうに、東の場合だとそれなりに様になっていた。

 鈴木さんもまんざらでもなさそうだったし(あの人なら本当に嫌だったら殴るはずだ)、やっぱりイケメンっていろいろ得だよな。爆発しろ。

 ねたましく思いながら菊池の病室に戻ると、まなじりをつり上げた菊池から猛抗議を浴びた。なにこの落差。


「おいふざけんな、この娘ちんこついてるじゃないか! しかもこっちは実話系の病院ホラーものだし! 何なのこの嫌がらせ!!」

「オ、オレが選んだんじゃないよ」


 バスケ部一同からのささやかな気持ちです、と告げると菊池はさらにヒートアップした。そしてひとしきりキレた後にころりと態度を変えて、今度は偵察結果をたずねてきた。気分の切り替えが異様に早いのが菊池の特徴である。

 オレは一拍おいてからつとめて冷静に答えた。


「例の病室を覗いてきたけど、どうも別人みたいだったよ。外人もしっかりいた」


 彼女に迷惑がかからないように、ここはすっとぼけた。だけど東、おまえは許さない。


「それで東は腹痛起こして便所にこもってたよ。みっともないよね」

「ほほう」


 菊池の目がキラリと光って、満足そうに口元を歪める。


「ざまぁ。オレにこんなむごい仕打ちをした天罰が下ったんだ」

「そうだね」

「今後はともっちのことを、ともピーと呼んでやる」

「いいかもね」


 適当に相づちをうって菊池を焚きつけた。

 おそらく戻って来た東は、この誤解を解くことはできないだろう。

 茶化されてる姿を、オレはじっくり見物させてもらうことにする。これぐらいの仕返しはいいよな!?


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