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◎池谷は見た! ~前編~

(――ああ、ゴールデンウィークが終わってしまう……)


 病室の窓から市中を走る電車を眺めながら、オレ――池谷諒太はこっそりとため息をもらした。

 部活一辺倒だった自分にとって、連休最終日の今日がほんとうの意味での休日だったんだ。

 だから最後ぐらいは好きなことをしようとあれこれ思い描いていたのに、なんの因果か某総合病院にて部活仲間の監視係を任されてしまった。

 サイアクだ!

 仮にこれがかわいい女の子だったりしたら、こちらとしても申し分ないよ。

 だけどさ、監視対象は盗み食いをして病院送りになった自業自得のボケナスなのだ。

 しかもこいつの自爆のせいでオレは無関係の人間を疑ってしまうことになって――自分の立場が危うくなりかけたのも記憶に新しい。

 多少の恨みつらみがこもってしまうのも仕方ないだろう。

 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、目の前のボケナスこと菊池真人は、差し入れのポテトチップスをバリバリとほうばりながら呑気につぶやいた。


「やっぱさ、ポテチは塩味に限るよね。うめえ」


 この菊池真人という人物は、自他ともに認めるなかなかのクズだ。今までやらかした出来事をあげればキリがない。

 たとえば先ほども点滴が嫌だと抵抗してる最中に訪れてしまい、見舞いに来た早々とんだ赤っ恥をかかされた。

 そして死んでしまうと泣いて暴れていた菊池は針を挿されたとたんケロッと居直り、今度は3時のおやつを所望しだした。今は差し入れた菓子を次々とたいらげている。


(飼い主、早く戻って来いよ……)


 こいつの手綱を握れるのは、ごく少数。

 同学年では東知樹だけという有様だったが、その東知樹は飲み物を買いにいくと席を外したまま、なかなか帰ってこないのだ。

 オレを半ば無理やり連れてきておいて、この仕打ちはないだろうと思う。

 たいして親しくもない――というか、絶対的に波長が合わない人種とふたりきりにされて、居心地の悪さに途方に暮れていると、菊池は空になったポテトチップスの包みをクシャクシャと丸めてオレに差し出してきた。


「げふっ。キョロ谷のくせにさっきからだんまりしちゃって感じ悪いよ。オレらも隣のおっさんの痰吐き音に負けないぐらい騒ごうぜ!」


 いや十分騒がしいと思う。

 オレはちらりと隣のおっさんのほうを見る。病室の各ベッドはカーテンで仕切られているために隣の様子を窺い知ることはできないが、たったいまひときわ大きな「カーッ、ペッ!!!」という音が聞こえてきたので、おそらくこれは抗議の痰吐きだろう。

 オレはますます身の置き所がなくなって、この場からどうやって脱出しようかと頭をめぐらせた。


「そ、そういえばさ、東のやつ遅いよね。ごみ捨てついでにその辺を少し見てまわってくるよ!」


 とっさに考えついたことだけど、我ながらナイスアイディアだと思った。

 受け取ったポテトチップスの包み紙を握りしめてオレは素早くパイプ椅子から立ち上がる。こういう時はさっさと行ってしまうに限る。だがしかし上着の裾を素早く掴まれて、じとりとした視線がオレを引き留めた。 


「キョロ谷も理由をつけてシズニーのところに行くつもり?」


 油のついた指で買ったばかりのパーカーを掴まれてショックを受けたが、それよりもシズニーという言葉が気にかかった。


「シズニー??」

「ともっちの幼馴染の、キュートな女の子のこと」


 東の幼馴染ということは――、あの鈴木さんのことだろうか。

 つい先日、久方ぶりに対面した元クラスメイトの姿を思い浮かべる。

 記憶の中では横暴な男女だったが、いつの間にやら色白の美少女になっていて驚いた。――喋ると相変わらず残念な感じではあったけど。

 それと見違えたといえば西園寺聖司という元いじめられっ子もそうであったけど、自分は男には興味がないのでこの際どうでもいい。むしろイケメンむかつく。

 ただ鈴木静を追い駆けまわしていた西園寺の趣味が当時はまったく理解できなかったけれど、今ならよくわかる。あんなに可愛く化けると知っていたら、俺だってもっと絡みにいってたはずだ。実に惜しいことをした。


「なに鼻の下のばしちゃってんの。ヤラシー」


 ハッと気が付くと、菊池がにやにやしながらオレの様子を観察していた。

 ものすごく気まずくなって、オレは咳払いをひとつして誤魔化す。こほん。


「東の幼馴染って、鈴木さんのことでしょう? その子がどうかしたの」


 ごくごくさりげない風を装って尋ねてみると、急に菊池の表情が一変する。

 今度はやたら深刻そうに菊池は言った。


「あの子、一昨日の晩に容態が急変して亡くなったんだよ」

「えええええっ!?」

「――って、ともっちが言うんだけどさ、にわかには信じられないんだよね。だけど真偽を確かめたくてもホモが守ってて近寄れない状態なんだ」

「…………」


 話がぶっ飛び過ぎてて何のことやらさっぱりだった。

 それでも辛抱強く聞いてみると、どうやらあの鈴木さんもこの病院に運ばれて来たそうだ。

 先日校内で転落事故が起きたことは耳にしていたけど、なんとびっくり、あれが鈴木さん本人だったらしい! 

 そして院内で知り合った菊池はすぐさま彼女の病室を調べ上げ、毎日押しかけるつもりで胸を躍らせていたのに、翌日東から訃報を聞かされてショックで膝から崩れ落ちたそうだ。

 ちなみに鈴木さんが居た病室は現在、同姓同名の女の子が入院しているとのこと。


「思わず泣いちゃったんだけど、よく考えたら絶対怪しいよね」


 怪しいなんてもんじゃない。さすがに嘘だろうよ。

 彼女に被害が及ばないように誤魔化したに決まっている。


(――だけど東、その言い訳は苦しくないかい?)


 オレはあいまいに相づちを打ちつつ、なら東のヤツは今頃かわいい幼馴染と面会中なのかと想像して唇を噛みしめた。

 看守役をこちらに押しつけておきながら、まったくいいご身分だよな。けしからん!

 だから彼女の病室を確かめに行くかという話の流れになったときも、オレは自然とうなずくこととなった。


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