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番外編⑥ メルト・アイルアの懺悔 上

 「アイルアさん、勉強頑張っているわね」

 目の前で優しく笑ってくれる女性がいる。どこまでも美しく、幻想的な人。美しい銀色を持っている。長い髪が腰までなびき、美しいとしか言いようがない、優しい人。

 リサ・エブレサック様。

 この世界をゲームの世界だと思い込み、お母さんに会えない寂しさを紛らわせるように現実だと思わないようにしていた私。私はやらかしてしまって、もう二度とお母さんに会えない事を受け入れた。

 受け入れるまでの間に、ヒロインであるからと様々な事をやらかしてしまった。

 私はお母さんに会いたかった。

 あの日はいつものように小学校に通っていた。何の疑いもなく、はやく家に帰ろうとそんな風に思っていた。私はお母さんが大好きで、お母さんの話す話も大好きだった。

 通学路を下校している中で、強風が吹いたのだ。不自然な、強い風が。私のもとにのみ吹いているようなそんな風が。

 そして次の瞬間、目が覚めれば、私は私ではなくなっていた。

 目が覚めた私を抱きしめる男女がいた。私の事をメルトなどといって。わけがわからなかった。どういうことなのかさっぱりだった。

 混乱していた。最初は夢だと思っていた。夢を見ているのだと思って、だからただ話を聞いていた。

 そして泣きながら話す男女の話に既視感を覚えた。

 それはお母さんが昔大好きだったという乙女ゲームの主人公の”設定”の話だった。

 お母さんが今は亡き伯母さん(私の会ったことのないお母さんのお姉さん)との思い出の品だっていって語ってくれたもの。数量限定で発売されたという数少ないヒロインの設定の描かれたファンブックは確かに私の家に存在していた。そこには今まで描かれていなかったヒロインの正式な設定が書かれていた。

 私はお母さんが大好きで、そしてお母さんの好きな乙女ゲームも好きだった。昔の作品だったけれど、楽しかった。お母さんと一緒にその話をするのも好きだった。

 だけど確信はなかった。それに夢だからすぐに覚めるだろうなんて楽観視していた。色々わからないままに、様々なマナーを教え込まれた。ただそれを淡々とこなしていれば、学園に行ける、とそんな風に言われた。

 いつこの夢は目覚めるのだろうと思った。いつ、私はお母さんのもとに帰れるんだろうかって。わからなかったけれど、入学のために学園に来てみて、ここは本当にゲームの世界で、私はヒロインのメルト・アイルアなんだって思って。

 そしてこれは夢なんだから、ゲームをしていたみたいにやってみようとそう思った。

 今考えてみればわけのわからない状況になって混乱していて、だけど、ここは確かに私の知っている世界だったから、その通りにしてみようと思った。ここがゲームだって思い込みたかった。現実だなんて思いたくなかった。

 でもゲームと違うところが確かにあって、それが逆に怖かった。ここは私の知っている世界ではないというのならばここはどこだろうと。それを考えたくもなかった。設定と違うなんてあっていいはずがない。設定と違うなんてありえない。そう、思い込まなければならなかった。そうじゃなければ、状況を受け入れるなんて私はできなかった。

 お母さんの事を考えないようにした。ここは夢なんだから。目を覚ますものなんだから。何も考えないで、ゲームのとおりに、ヒロインを動かせばいい。そう思ったのに、ゲームの通りではなくて。

 それを認めたくなくて、行動した結果私はここが現実だと思い知らされてしまった。

 だってゲームの世界であるならば、あの小物悪役令嬢のルビアナ・アルトガルが私を助けるために飛び出したりなんて絶対にしない。私はあの人が攻略対象に何かしらの思惑があって近づいていると思ってた。だってゲームではそうだったから。

 此処が現実だって気づくチャンスをあの人は沢山私に与えていた。そして私にここは現実だから暴走しないでとそういうメッセージが込められていたというのに、事が終わってみなければ気づかなかった。気づこうとさえしなかった。

 現実だと思い知らされて壊れた私を、助けてくれたのはリサ様だった。優しく語りかけてくれた。私自身に。

 私がメルト・アイルアの身体に入った時、ヒロインの家族たちは『さまよっていた魂がようやく帰ってきた』とそんな風にいっていた。そう、ヒロインは真っ白で、岸谷留衣という人格があることを皆知らなかった。知らなかったから何も聞かなかった。真っ新で何も知らない無垢な少女として扱った。だけど、実際には私がいて、私はメルト・アイルアでもなく、のっとってしまったのか、実際に私がメルト・アイルアの魂の持ち主でさまよう過程で地球にいたのか、正直どちらかはさっぱりわからない。それはともかく、私を私として彼らは扱わず、ずっと動かなかった娘が――と感動していた。でもそれは所詮私にとって他人事で、そういう態度もあって一層現実だと思えなかったっていうのもあるかもしれない。

 それは言い訳になるけれど。

 だけどずっと私はここが現実だなんて認めたくなかった。だって認めてしまったらお母さんのもとに帰れないことになってしまう。そんなの認めたくなかった。

 ……でも、認めた今となってはなんでこんなに人の迷惑になることをやらかしてしまったのだろうって後悔ばかりが溢れている。私は罪を犯した。沢山の人を傷つけてしまった。その事実に恐ろしくなる。

 消えてしまいたくなる。けど、それは許されないことだ。私がやらかしてしまったのだから、死んで逃げるなんてしてはいけない、ってそうリサ様はいった。それよりもまともになることが一番だって。そんな風に。


 だから、私は今、リサ様の家で沢山の勉強をしている。





 

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