【掌編】勝ち犬の遠吠え
俺は自称勝ち組だ。進学校に通い、一流大学に進み、就職難といわれる中、無事超大手企業に就職することができた。周りの友達はみんな就職活動しているし、俺自身これといって目指している夢みたいなのもないからとりあえず有名な企業に就職した。
あれから10年経つ。給料も悪くない(むしろ友達より多い)し、合コンではモテまくりだ。この前は初めて二人同時にお持ち帰りしてしまった。やっぱり女は金に弱いな。なんだかんだ言ってこの世は所詮お金なのだから、そういった意味では俺は勝ち組だと思う。
そんなある日、合コンで終電を逃してしまった。会社から駅までは2駅ほどなので、仕方なく歩くことにした。『今日はマシな女がいなかったな』と思いながら見知らぬ道を歩いていると、なんだろうな、細い路地があった。別に細い路地があること自体、そんなに珍しいことではないが、なぜだか俺はその路地を通ることにした。その先には小さな商店街のようなものがあったが、シャッター街のような雰囲気を醸し出していた。今は午前1時を回ろうとしているため、シャッターは閉まっていて当然なのだが、どこかそこには活気というものを感じることができなかった。
誰もいないシャッター街を歩いていると、音――歌声が聞こえてきた。透き通った女の子の歌声だった。道の脇に女の子が立っていた。透き通った声で歌う一方、小汚い制服姿で歌声とは似使わない容姿だった。
俺は彼女の歌声に少しだけ魅了された。歌が下手というわけではなかった。でもそのくらいならただ素通りするのだが、彼女のそのみすぼらしい容姿の同情してやったのか、俺は長財布から千円札を取り出すと、彼女に渡した。彼女はじっと俺を見つめるだけだった。よく見ると彼女の身体は青アザだらけだということに気付いた。
でも俺は何も言わずに帰宅した。
次の日、午前0時を少し過ぎた頃だった。俺はまたあの商店街にいた。やはり昨日の彼女のことが少し気になっていた。彼女は昨日と同じ場所で歌っていた。彼女の歌声を聞くと俺はまた千円札を彼女に渡し、帰宅した。彼女は昨日と同じ制服姿だった。
次の日もまた次の日も俺は彼女の歌を聞きに行った。そんな日々が数日続き、ある日俺は彼女に話しかけてみることにした。
「俺、榊って言うんだけど、君の名前は?」
彼女はか細い声で返した。
「私、ミキ、イナダミキ」
「ね、君いくつ?」
「17」
返ってきた答えは少しだけ意外だった。少しだけって言うのは、彼女は見た目からして若いだろうなとは思っていたからだ。だが、未成年だとは思っていなかった。
「17?高校生かよ。こんな時間まで外で歩いていると親御さん心配するだろう」
「高校行ってない」
彼女の喋りはどこか片言だった。しかも高校に行ってないときた。
「なんでここで歌ってるの?」
「私、歌が好きで、歌手を目指してて」
歌手ねぇ…。まぁ、世の中そんなに甘くはないんだよ。俺だって今の地位を築くためにどれだけ頑張ったことか。内心少し呆れていた。
俺はその時ひらめいた。この娘を犯してやろうと思った。服装は小汚いが、顔自体は悪くない。いかにも貧乏そうな感じだから、金さえ渡せばどうとでもなるだうろう、と。そして何よりこういう娘を犯すことで優越感に浸りたかった。俺は勝ち組なのだって、そう言いたかった。
「なぁ、俺の家近いからちょっと寄って行かないか?」
そう言って俺は彼女と一緒に帰宅することにした。
家に着き、電気を付ける。
「ま、その辺に座っててくれ」
そう彼女に言うと俺はキッチンに立った。軽くチャーハンを作ってやることにしたのだ。彼女はリビングの床に正座し、じっと待っていた。俺はチャーハンとみそ汁を持ってリビングへと向かった。
「さ、食えよ」
俺はテーブルに料理を置いた。その時思った。明るい部屋で彼女の姿を見たのは初めてかもしれない。そんな彼女の身体は青アザの跡が際立って見えた。中には丸い火傷の跡もあった。俺は一瞬あることが頭をよぎったが、一旦彼女から離れ、長財布から万札を数枚取り出し、ズボンのポケットに入れた。
そしてリビングに戻り、恐る恐る彼女に尋ねた。身体の傷跡のことを。すると彼女は意外にもすんなり答えた。小さい頃に両親が離婚して家が父子家庭であること、父親からは今でも性的虐待を受けていること、そのため軟禁されていて高校に行けないこと、そして家には帰りたくないこと、などなど。
俺は思った。勝ち組と負け組って生まれた時からある程度決まっているのかなって。そう思うと、彼女に対する同情と共に彼女に対する優越感が自分の中に込み上げてきた。すると、驚いたことに今度は彼女から俺に尋ねてきた。
「おじさんはどうして働いているの?」
なんとも突拍子もない質問だった。だが、俺はその質問に的確に答えることができなかった。
「うーん、どうして…。やっぱお金、かな…?お金があると生活が豊かになるし」
「働いていて楽しい?」
「楽しくはないよ。毎日毎日上司に媚び売ってさ。仕事もつまんねーし。でも給与や待遇については満足してるからこれでいいかって思ってる」
俺は正直に答えることしかできなかった。仕事自体はつまんないし、やりがいもない。でも、名の通った一流企業だし、それなりの報酬ももらえるし、勝ち組なのかなって思ってる。だから俺は逆に聞いてみた。
「お前は楽しいか?毎日」
彼女は人差し指をあごに当て、少し考える素振りを見せてからこう答えた。
「楽しいよ、最近は。おじさん、毎日私の歌を聞いてくれるし、今日久しぶりに手料理を食べれた。うん、最近は楽しいし、幸せだよ。だから、もう少し夢に向かって頑張ろうって思った」
彼女の笑みがすこしこぼれた。
「俺、外でタバコ吸ってくるわ」
そういうと俺は外に出た。少し肌寒いと感じ、ポケットに手を突っ込むと万札が数枚出てきた。
「俺よりずっと幸せそうだな、何でだろう」
夜風に吹かれて万札が俺の手から離れて行った。
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